【FILE.3】Going Princess Way
"我が道を往く"、そんな言葉が似合う人は彼女以上にいないだろう。
時空管理局並行世界特務調査課に所属してから早一週間。俺―――末田力の夏期休暇は波乱の幕開けを迎えた。バイトの心算だった筈なのだが、これは最早バイトというよりインターンシップに近しいものを感じる。
(別に収入には困らないけど、こんな命賭けの仕事…続けられるか正直不安だ……)
「大丈夫、まっつん?顔色悪いけど」
同級生にして幼馴染の七五三掛紗和が俺の心を見透かしたように聞く。
「あぁ、心配いらない。ちょっと寝不足なだけだ」
(こんなに心労患う様になった一端はお前にあるんだからな、七五三掛ぇ……)
そう思いつつも俺は平静を装った。その時、課長の黒瀬乃亜が声を掛ける。
「仕事が入った。第5区域で起きた誘拐事件の調査だ」
(ゆ、誘拐事件?そんなの普通の警察に任せるもんじゃないのか?)
俺の中に浮かぶ疑問。そこに俺の先輩兼教育係の墨田修太郎が答える。
「今回の事件は並行世界の方から来た時空犯罪者が絡んでいる。しかも複数世界線で犯行に及んでいる質の悪い輩でな。まさか此方にも来ているとは……」
「そ、そうなんですか…」
そんな事を言われ、どんなに恐ろしい相手か想像してしまう。それだけで身震いが止まらない。
「目撃情報を整理すると…子供達が虚ろな眼で倉庫跡の方に歩いていくのを見たとか、遠くで笛の音色が聞こえたとか言われていますね…」
オペレーターの久世遊が焦りを見せた表情で言う。
「洗脳効果のある笛、か……」
修太郎が怪訝な顔で呟く。すると、ゴーグルをかけてノートパソコンを操作している持田琴葉が画面から目を逸らす事なく言った。
「そんな魔法みたいな芸当が出来る所と言ったら……L73世界線ですね。魔法と科学技術を融合させた"メルヘンテック"を掲げるHTDです。童話に出てくる魔法アイテムを作ってるらしいですし」
「HT、D?」
また新しい言葉が出てきた。紗和が答える。
「ハイ・テクノロジー・ディメンションね。此処よりも発展した技術を持った世界線を指す言葉よ。普通なら此方側の接続ゲートで行き来する所を、HTDとの接続の場合は向こう側で製造するゲートを使っているの」
確かに言われて見れば、仕事で並行世界ポートに赴いた時に、見慣れた形式のゲートとは別に特殊な形式のゲートを見た気がする。あれが所謂HTDとの接続専用のゲートなのだろう。一つ勉強になった。琴葉は続ける。
「尚且つあの世界線の人々は正式なゲートだけでなく、世界接続魔法で好きなように世界線を行き来する人達もいるみたいです。ほぼ渡航無法地帯と言えるでしょう……例の誘拐犯は、攫った子供達を正規ゲートで繋げない辺境世界に幽閉してたとか」
「そんな事されたら、誘拐された子達を助けに行けないじゃないですか!!」
「恐らくそれが狙いでしょう。ま、そんなの調査課には関係ないですけどね」
俺の驚きの声に琴葉は冷静に返す。その時、部屋の自動ドアが開き身長の高い女性が現れた。
「その仕事、私にやらせていただけませんこと?」
「やっと来たか、有栖川……」
修太郎が溜め息を吐いて言った。
「えっ、誰ですかあの人!?」
「彼女は有栖川心姫。この調査課ではまだ若手だが、時犯の検挙率は課内トップクラスの成績を誇る」
「ほぇー…」
修太郎の説明に俺は感嘆の声を漏らす。彼は続ける。
「ただ彼女はやり口が独特でな…どんな現場すらも彼女のソロステージに変えてしまう。付いた異名は"麗しき暴走戦車"だ」
(どんなやり口でやったらそんな異名が!?)
「褒めたって何も出ませんわよ、修太郎様!ところで、その誘拐犯とやらは今何処に?」
心姫の質問に乃亜が答える。
「S21世界線…正規ゲートの無い辺境地だ。行けるか?」
「了解ですわ!そこの貴方も行きますわよ!」
「え、俺!?」
唐突なロックオンに戸惑う俺。そんな俺を見て乃亜は言う。
「場数は踏んでおいて損はないぞ、末田君」
「そうかもですけど……」
「なら決まりですわね!琴葉、S21に接続、Sil vous plaÎt?」
彼女の要求に琴葉は一つ溜め息を吐く。
「うぃー、まどもあぜる……」
そしてパソコンを操作してゲートを起動させた。彼は俺の方を見て、かけていたゴーグルを額に上げて言った。
「一つだけ忠告を。お嬢…心姫さんがフランス語を使って要求してきた時は、此方に拒否権は無いと思ってくださいね」
「あ、はい……」
「行きますわよ~!!」
俺は心姫に腕を引かれ、半ば強引にゲートをくぐった。
痛む腕を押さえながら辺りを見渡す。桃色の空にチェス盤の様な白と黒の市松模様の地面が続く。まさに不思議の国の様。
「ここがS21世界線……」
俺が呟いたその時、遠くから笛らしき音が聞こえてきた。音のする方を向くと、遠くから笛を吹くドワーフの様な服を着た男を先頭に、子供達が列を成して歩いている。最後尾には先頭の男と色違いの服を着た二人の男の姿があった。
「あいつらですわ!」
「あの…どうするつもりですか?まさか正面から突っ込むとか……というか有栖川先輩、イマージュギアは?」
イマージュギアとは管理局支給の特殊武器展開システムだ。腕に装着するタイプの機械なのだが、彼女の腕にはそれが無かった。
「心配無用ですわ!私のやり方、しかとその目に焼き付けておきなさい!」
そして彼女はつま先で地面を一回叩く。
「想像展開ですわ!」
すると彼女のブーツが光を放ち、靴底にローラースケートが装着された。
「く、靴がイマージュギアだったのか!?」
驚く俺を無視して、彼女は勢いよく走り出す。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺も慌ててギアを起動させ小銃を展開すると、彼女を追い掛けた。笛吹男の一団に向かって突進する心姫。
「誘拐犯諸君、御用ですわぁ~!」
そういうとそのまま飛び上がり、一回転して先頭の男に蹴りを入れた。靴底の車輪が火花を散らす程に高速回転をし、男の顔面に直撃した。男はそのまま遠方に吹き飛ぶ。
「「お、お頭ああああ!!」」
最後尾の男達が悲鳴を上げる。子供達は正気を取り戻し、俺達に泣きながら駆け寄ってきた。
「大丈夫だったか?もう怖くないよ~」
そして俺は無線で本部に繋ぎ、緊急用ゲートを開く様に連絡を入れた。そんな事をしている合間にも、誘拐犯の男は慌てふためくばかりだ。
「に、逃げるぞ!接続魔法だ!」
「おうよ!お前はお頭を拾いに…」
そう言って太めの男が杖を振ろうとしたその時、心姫が男の腕を高く蹴り上げ杖を飛ばした。落下した杖を勢いよく踏みつけ圧し折る。
「世界線外逃亡、なんてさせませんわ!」
「畜生!!」
そう言うと男達は何か抵抗するわけでもなく情けない声を上げて逃げ出した。
「うわっ、逃げた!」
「追い掛けますわよ、新人下僕!!」
「え、下ぼk…うわああああああ!!!」
そして心姫は俺の腕を掴んでローラースケートで疾走する。
ハイスピードで走り出す彼女に引かれるがまま俺は情けなく引きずられる。
("こんなアトラクションは嫌だ・オブザイヤー"決まったなこりゃ……って言ってる場合かあぁぁぁ!!!)
尻の痛さが限度を超えている。下手したら摩擦で燃える勢いだ。しかしそんな事を考える暇も無く彼女は急停止した。目の前には高い薔薇の植え込みの壁があった。痛む尻を擦りながら立ち上がり壁を眺める。左の方には入口らしき洒落たアーチがあった。
「恐らくこれ……迷路っぽい何か、じゃないですかね?」
俺はそう呟く。
「そうみたいですわね……」
誘拐犯は迷路の中に逃げて俺達が迷っている所で時間稼ぎをする心算だろう。だが、その予測を聞いて苛立ちを見せる心姫。
「ええい、めんどくさいですわ!新人下僕…あなた銃をお持ちでしたわよね?あの壁、ぶっ壊していただけます?」
「え、えぇ!?さ、流石にそんな事……器物損壊は世界線干渉に当たるかもなのに!?」
俺の言葉に彼女は俺を鋭い眼光で睨む。
「急を要するの。やっていただけますわよね、下僕?」
この時以上に、大学でフランス語の講義を受けておいて良かったと思ったことは無い。流石に講義の中で"serviteur"なんて単語は出てこなかったが、暇な時間に仏和辞典を読み漁っていた甲斐はあった。
「う、ウィー・マドモアゼル!!」
俺は勢いよく敬礼する。そして持っていた小銃を広径ライフルに変形させ、震える手を押さえながら引き金を引く。
(この世界の庭師さん、貴方の努力を無駄にして申し訳ありません!!)
ライフルから勢いよく高電圧光線が放たれ、植え込みに大きな穴が開いた。植え込みの向こうの景色が見える。
「さぁ、行きますわよ!!」
「ちょ、待ってええええええ!!!!!」
心姫は再びローラースケートを走らせ、植え込みに開いた穴を突っ切る。
「本当に申し訳ございませんでしたあああああああ!!!!」
俺は植え込みに向かって謝りながら引き摺られていく。後ろを見ると、穴の開いた部分から独りでに枝葉が伸びているのが見えた。
「この世界の庭師凄ぇ…」
「そんな余計な事を考えている余裕はあるのですわね」
(聞かれてた!)
少し気恥しくなりながらも俺達は市松模様の地面を滑走していく。前方に逃げ惑う誘拐犯を捉えた途端、彼女はローラースケートの速度を上げた。車輪は火花を散らし、辺りに土煙を巻き上げる。
「ほら、新人下僕!陽動は任せましたわ!!」
心姫は俺の腕を掴んだ手を勢いよく前に振り、俺を前方に投げ飛ばした。
「うわああああああああ!!!!」
俺は勢いよく誘拐犯の前に飛び出し、そのまま勢いよく転んだ。痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がり、俺は持っていたライフルをマシンガンに変形させると男達を睨んで言った。
「もう逃がさないぞ!お前ら、覚悟しろ!!」
そして俺はやけくそで銃弾を乱射した。細身の男が服のポケットから杖を取り出し反射魔法で銃弾を跳ね返す。
「ははっ、蜂の巣にされてたまるかよ!これでも喰らいな!」
頭の男が手を前に伸ばすと、強風と共に俺を後方に突き飛ばす。飛ばされた勢いでマシンガンを手から離してしまった。
「しまった!」
「へへん、ざまあみろ!」
男はそう言って手を上に掲げた―――その時、男は勢いよく横に吹き飛んだ。漸く追いついた心姫が高く足蹴りをかましたのだ。
「ぐはあっ!」
男は地面に倒れ込んだまま動かない。残る二人の男は恐怖の声を上げて後退る。そして彼女は男達を睨み付けて言った。
「貴方達が犯した数々の愚行…看過に値しませんわ!きっとお母様ならこう言うでしょうね……"静かにこの世界から退場して頂戴"、ってね!」
(どういう母親だよ!遠回しに"死ね"って言ってる様なもんじゃねえか!)
心姫はローラースケートを勢いよく加速させて二人に迫る。
「さぁ、ここからは私の独擅場ですわ!新人下僕も、くれぐれも主役食いにならない程度に援護…S'il vous plaît!?」
「ウィー・マドモアゼル!!」
俺は立ち上がり、再び銃を構える。すると男が杖を振り回しながら叫んだ。杖の先端からは炎が噴き出し、大きな火の玉となって飛んでくる。俺は咄嵯の判断で銃口を上に向けて引き金を引く。放たれた弾は火の玉と相殺され空爆する。心姫はもう一人の男の手を掴んで踊る様に高速回転をする。更には杖を持った男をも巻き込んでいく。遠くに吹き飛ばされていた頭の男が彼女を止めようと杖を構えて走り出す。俺は其処に目掛けて銃を乱射した。しかし、俺の放った弾丸は頭の男に当たる事は無かった。彼の前方に透明な壁が僅かに見える。
(くそっ、防壁魔法か!)
心の内で舌打ちをした時、頭の男の手にあった杖が突然消え去った。見ると、いつの間にか心姫が杖を奪っていた。彼女は男達に回し蹴りを喰らわせる。脚の動きに合わせ、火花が弧を描いて散る。高く上がる脚、捲れ上がるタイトスカート、薄手のタイツストッキング―――見てはいけない絶対領域を犯しそうで、絶妙に目のやり場に困る。
(け、けしからん……!こんなの、絶妙に…Hだ!!)
顔を赤らめながら彼女から目を逸らす。その時、彼女から声を掛けられた。
「終わりましてよ」
彼女の声を聞き前を向く。そこには気絶している三人の男がいた。俺は思わず拍手する。すると彼女が俺に向かって手を差し伸べ―――ると見せかけて勢いよく俺の頬にビンタをした。
「え、なんでぇ!?」
「何処を見てらっしゃいますの、このド変態!!」
「ええええ!?見ちゃってましたぁ!?」
俺の抗議に彼女は不服そうな顔で赤面するだけだった。
「ま、まぁいいですわ。早く此奴らを拘束しますわよ」
そう言って彼女は誘拐犯達の手首に手錠をかけた。
連続誘拐犯は不法越境と略取誘拐罪、及び世界技術持ち込み規制違反諸々の罪で時空監獄への収監刑が確実になった。犯行に使われた笛は、本来家畜の服従や害獣の駆除を目的とした軽微な催眠作用を持つものだった。それを違法改造して児童誘拐に悪用していたのだという。
本部に帰った俺はその場に倒れ込んだ。
「お疲れ様、まっつん」
グロッキー状態の俺に紗和が声を掛ける。
「今は喋るのも面倒だ……」
「心姫ちゃん、凄いでしょ?」
「ああ、そうだな……"麗しき暴走戦車"の名は伊達じゃない……というか、有栖川先輩のギアって…」
俺は気になっていた事を紗和に聞いた。彼女の父は管理局の機材系統を扱う研究センターに所属している。その手の話なら彼女も聞かされてはいるだろう。
「あー、あれね。心姫ちゃん用に作った特注よ。彼女の家はお金持ちだからね…結構我儘言って色々優遇してもらってるのよ」
「成程な。確かにあのスピードとパワーは反則級だった。あんなのに轢かれたら一溜まりもないぞ……もうあの人と一緒に仕事したくない……」
そう言って俺は溜め息を吐いた。そんな俺とは対象的に余裕の表情を見せる心姫。俺を一瞥して微笑むと高笑いをして言った。
「私がナンバーワンでオンリーワン!誰にも止められませんわよ!」