【FILE.22-3】古城の頭脳戦
悲鳴の方へ走り出し、救援に向かったが遅かった。瓦礫の山の上に立つ、怒りの形相を見せた男性―――北澤海吏が両手に闇のようなオーラを纏いこちらを睨んでいた。その奥には恐怖で成す術なく震えているだけの帰宅困難者と思しき青年の姿があった。
「君、大丈夫か!?」
青年に向けて僕―――亜久津野薔薇は叫ぶ。青年は首を勢いよく横に振ると声を震わせながら言った。
「大丈夫…なんかじゃ、ないですよっ!!この人、ヤバいです!喧嘩売ったら……消されちゃいますよ!あ…ありのまま起こった事を話しましょう……さっき、悦子従姉さんが…僕の事を、助けてくれたのですが……この人に殴られた瞬間に、目の前で従姉さんが、消えたんです!!」
「は?消えた、だと…?」
「嘘じゃないです!何を言ってるか分からないと思いますが…僕でも理解が及ばない状況で……」
「ごちゃごちゃ五月蠅ぇんだよ!!」
そう叫んで青年に向けて海吏が拳を振り上げる。その刹那、同行していた後輩の湯川すずめが青年と海吏の間に割って入った。彼の一撃を直に食らったのは、すずめだった。彼女は一瞬にして姿を消したのだ。そして同時に僕は、青年が言っていた事が本当だった事を悟った。
「ざまぁねえな、管理局も!というかお前…通報したら消すって言ったよなぁ?」
「いやいや!通報してないですって!!」
海吏が青年に気を取られている隙に僕はヨーヨーを彼の後頭部目掛けて勢いよく飛ばす。しかし、彼はそれを軽々と避けてしまう。そして彼の標的は一気に僕へ向く。作戦成功だ。
「青年!君は早く逃げろ!」
「あっ、はい!!」
青年は僕に向けて軽く礼をするとそそくさと逃げ去った。これで思う存分戦える。
「北澤海吏、貴様に過剰世界線干渉の罪で逮捕状が出ている。その質の悪い能力で、罪の無い人達を消し去っているんだろう!大人しく投降しろ!」
「"消し去った"、だぁ?何を人聞き悪ぃ事言ってんだ。俺の能力は"時空転送"。邪魔な奴は別の世界線に飛ばしてやっただけだ。まぁ、安心しな。そんなに遠くには飛ばしてない。言うて此処の支世界線だ。雰囲気似たり寄ったりだし、飛ばされても最初は気付かねぇだろうがな!」
「それでも罪を犯した事には変わりない。貴様を確保する!」
そう言って僕はヨーヨーを投げ、海吏の身体を拘束する。だがそれは簡単に解かれてしまった。やはり彼を捕らえる事は容易ではないらしい。ならば、力ずくで捕まえるまでの事。僕は更にヨーヨーを操り攻撃を続ける。僕に向かって振り上げる彼の腕をヨーヨーで打ち払う。攻撃のチャンスを与える間もなく距離を詰めて足払いで相手を転ばせる。そこから馬乗りになり、海吏の首元に手刀を当てようとした―――が。
「おいおい、こんなんで勝ったつもりか?」
手応えが全く無い。それどころか海吏の姿が目の前から消えていた。一体何処に行ったのかと周囲を見渡すと、背後から殺気がした為咄嵯に身を翻す。するとそこには海吏が立っていた。
「俺の時空転送は自分にも使える。つまりテメェの攻撃なんざ容易く躱せる!」
海吏は再び僕の背後に回り込むと今度は蹴りを入れてきた。それもかなり強い力で。僕の身体は大きく吹っ飛び、壁に叩きつけられる。あまりの衝撃に息が出来なくなる程苦しかったが、何とか立ち上がり態勢を立て直す。
「しぶとい奴だな」
「悪かったな、しぶとい奴で。でも…」
僕は彼に向けてにやりと笑うと、彼の後ろを見つめて言った。
「時間稼ぎには十分、だったみたいだね……」
彼の後ろから銀色に光る鎧の騎士が二体、海吏に向かってランスを突き刺した。
「ぐわあああッ!!」
海吏は悲鳴を上げながらその場に蹲る。騎士の背後から女性が顔を出すのを捉えた。初原悦子が、湯川すずめと共にこの場所に戻ってきたのだ。
「別の世界に飛ばすなら、一人一人バラバラに飛ばせば良かったのに……」
悦子が呆れたような声色で言う。騎士の一体が、例の青年を小脇に抱えて軽く頷いた。青年は困惑と安堵が混ざった複雑な表情をしていた。
「もしかして、この人割と馬鹿なのでは?」
すずめは小馬鹿にしたように海吏を煽る。先程まで恐怖に支配されていた彼女とは一転、この余裕の表情は勝算ありという所だろうか。
「ごちゃごちゃ言いやがってよ……お前ら全員、消してやる!!」
そう言って彼の両手は再び闇のようなオーラを放つ。
(まずい、時空転送が来る!!)
僕はそう身構えた、その時―――
「させない!銀鎧騎士、行って!」
悦子の指示で鎧騎士が再び攻撃を仕掛ける。ランスを勢いよく突き刺す。彼は再び叫びを上げた。
「クソがぁ!!」
彼はそう言いながら鎧騎士に手を触れようとする。しかし、その瞬間すずめが双剣を振り腕を弾くと、彼の服の袖を通し壁に突き刺し、彼の動きを封じた。
「んだよ、この野郎……もう一度消してやろうか!!」
海吏がそう叫び、能力を発動する―――筈が、どうやっても能力が使えなくなっている事に気付く。ふと手に目をやると、手袋に嵌まっていた宝石が破損していた。
「……何してくれてんだ!!」
「何が何だかさっぱりだが、能力はもう使えないみたいだな。大人しく自首しろ」
僕が冷たい声でそう言うと、海吏は悔しそうな表情で舌打ちをすると頷いた。
僕が海吏と戦っている裏で何があったのか、僕はその後悦子に聞く事にした。
「正直最初、別世界に飛ばされた時はどうしようかと思ったわ。だって、さっきまで居た世界とあまり変わりなかったから。どうしたら元の場所に戻れるか考えていた最中、何も邪魔が入らなかったのは寧ろラッキー。その時間で本に必要な呪文を追記できたからね」
そう言って彼女は文字で埋められた本の見開きを見せた。その中には鎧騎士に関する記述もあり、先程の鎧騎士は彼女の本から召喚されたものだと知った。
「途中ですずめちゃんと合流できた時は安心したわ。それで時空接続魔法を使って此処に戻ってきて、文月を保護して合流したってわけ」
「また悦子従姉さんに助けられちゃった……」
帰宅困難者の青年―――伊川文月が笑って言った。
「文月の事保護出来なかったら、あんな精巧な騎士は召喚出来なかったわ」
よく本を見ると、騎士の記述の下にリアリティのある鎧騎士の鉛筆画が描かれていた。この絵は文月が描いたのだという。
「めっちゃ凄いじゃないですか!!」
すずめが感動したように言う。和気藹々とした雰囲気に水を差すのは癪だが、僕は文月に向けて言う。
「それで…青年。君はどうするんだ?元の世界に戻るのが難しい現状、本来なら帰宅困難者は保護施設で匿う事になっているが……」
すると文月は僕に距離を詰めて言った。
「僕、皆さんに付いて行きます!実は僕、専門学校の卒業制作用に取材旅行に行っていた所で…そんな中でこの事件に巻き込まれて、一緒に来ていたゆみちゃ…後輩とはぐれちゃって……もしかしたら皆さんに付いて行ったら後輩とも再会できるかもしれない、じゃないですか!此処に従姉さんもいるから安心感はあるし……」
僕は少し困ったような表情で聞いた。
「この先危険な事が君を襲うかもしれない。最悪、君の探している後輩君と再会する前に君が死ぬかもしれない。それでも付いて行くと言うか?」
「はい!絶対に付いて行きます!どんな辛い、世界の闇の中でさえ!!」
何処かで聞いた事のあるフレーズを添えて彼は答える。彼の瞳は真っ直ぐ僕を見つめていた。僕がこれまで会ったどの人間よりも強い意志を、彼の瞳から感じた。彼の熱意を妨げるなんて僕には出来ない。
「わかった、同行を承諾する。ある程度身辺の安全は僕達が保障しよう。ただし、独断専行で事件に巻き込まれた場合は自己責任という事を忘れるなよ」
「ありがとうございます!やったよ、悦子従姉さん!!」
文月はお礼を言うと真っ先に悦子に抱き着いた。それをすずめは微笑ましそうに笑って見つめる。
この中で唯一、兄弟姉妹・従兄妹の類が居ない僕にとっては、羨ましいような妬ましいような光景だ。