【FILE.22-2】私だけが知る肖像
話は数時間前に遡る。
私―――初原悦子は時空監獄に収監されていた。しかし、現在世界中を震撼させる"バベル"絡みの一連の騒動を収束させる為、時空管理局の特別構成員という体で一時釈放となった。釈放されたとはいえこれは一時的なもの。私が罪を犯した事は消えないし、騒動が決着すれば私はまたあの空間に逆戻りだ。
目的地であるJ17世界線にある某古城に向かう道中、私はそんな事を考えながら歩いていた。先頭を歩く班長の亜久津野薔薇の説明なんて全く頭に入ってこなかった。
(きっとこれは神様がお情けで与えてくれた償いの機会だわ。この一回で償い切れるとは思ってないけど…)
「初原さん…」
隣から聞こえた鈴のように可愛らしい声で私は現実に引き戻された。
「えっと、何かな?」
私は隣にいた管理局職員―――湯川すずめの方を見て聞いた。
「いえ、その……先程からずっと上の空だったので心配になってしまって」
そう言うと彼女は少し俯き加減になった。彼女は私と合流してからずっとこの調子で、私の顔を見る度に悲し気な表情をする。
「何か、私に聞きたい事でも…あるの?」
私は恐る恐るという感じで聞いてみた。すると彼女は少し私から顔を逸らすと言った。
「えっと…初原さんって、あの、ディメンションハッカーズ…なんですよね?僕の友人……正確に言うと別の世界線の友人ですけど、彼もそこに所属してまして。もしかしたら、会った事あるのかな…って」
「あ、そうだったの?」
私が所属している歴史修正組織"ディメンションハッカーズ"には様々な世界線から来た沢山の構成員が存在する。各々が納得のいかない歴史を変えたい、壊れかけた世界を救いたい、死ぬはずの無かった存在を助けたい等、様々な事情を抱えていた。手段は重罪に値するが、その動機に悪意なんてものは1ミリも無かった。
「その友達の名前…聞いても良い?」
私はすずめに聞いた。すると彼女は少し顔を上げて言った。
「高柳篤志君です。彼のいた世界線は、もう消滅しちゃいましたけど…」
その名前を聞いた私は小さく頷くと、思い出せる限り彼について話した。
「会った事あるわ。世界線消滅の話は監獄で聞いた。彼はとてもいい子だったわ。最初は一匹狼って感じで近寄り難さがあったけど…誰よりも優しくて、自分の事よりも仲間達の事を心配していた。 自分のいる世界を、友達を助けたいって気持ちが人一倍強くてね。身体がボロボロで疲れてる癖に、まだやれるって言って無理してた事もあったっけ…」
私の話を聞いていたすずめの瞳からは涙が流れ出していた。そして嗚咽交じりの声で言う。
「世界線が、消えちゃった、の……半分は…僕、のせいで……!篤志がっ、ずっと…あの世界の僕、の為に…頑張ってきた、事を…無駄にしちゃっ…た、んじゃないかって…ずっと……!」
そのまま彼女は私に抱き着いて泣き続けた。彼女の言葉を聞いて、彼がどれだけ優しい人間なのかを思い知らされた気がする。私は彼女の頭をそっと撫でると言った。
「貴方達も私達も、世界を守りたいとか、より良い方に変えたいとか…そういう気持ちは一緒。私達はやり方を違えて道を踏み外してしまったけれど……それでも、あの時の私達に後悔は無いよ。誰かの為になりたいって想いだけは本物だから」
「うぅ、ああ……」
彼女は声にならない声で泣くばかりだった。私は彼女を抱きしめると、背中をさすりながら静かに泣かせてあげた。少し心が温かくなるのを感じた。
(何だか…妹が出来た気分だわ)
目的地の古城に辿り着いた。そこには"バベルの再建者"の遠征部隊の一人、北澤海吏が潜伏しているという。彼は現地世界線の管理局が確保に当たっていたが取り逃がしてしまった。そして潜伏先が割れた事で此方に確保要請が来たのだという。
古城の中を探索する。既に廃城となっており、内装は当時の面影がそのまま残っていた。侵入者を惑わせる為なのかかなり入り組んだ設計がされた廊下。所々崩れている箇所もある。
「これはかなり難航しそうだな…」
野薔薇が一つ舌打ちをして言った。その時だった。何処か遠方から誰かの悲鳴が聞こえた。私は悲鳴の聞こえた方角に走り出す。
「待ってください、初原さん!」
「独断専行はよせ!!」
二人の制止なんて聞いていられなかった。悲鳴の主を助ける事が最優先事項なのだから。
悲鳴を追い掛けて走る。その時、体格のいい男性の後ろ姿をその目に捉えた。どうやら誰かを追い掛けているようだ。相手に怒号を飛ばしながら走る彼は、その前にいるであろう誰かに夢中になっている。後ろは隙だらけだ。私は腕に装着された機械を起動させ、魔導書を召喚する。ページを開き、文書を指でなぞる。なぞった一行が赤く染まり光を放つ。私は一つ息を吸うと、目を見開いて叫んだ。
「大爆裂!」
瞬間、視界が真っ白になる程の閃光と共に轟音が鳴り響いた。爆風で吹き飛ばされそうになるも何とか堪える。
「ぐあっ!?」
男性は突然の攻撃に驚くも避ける事が出来ず、そのまま吹き飛ばされる。土埃が舞う中、その向こうにもう一人いる事に気が付いた。先程の男性に追われていた人だろう。
「大丈夫です、か…?」
土埃が晴れ、私の前に現れた人間に私は驚く。
「え、文月…!?何でこんな所にいるのよ!!」
私の従弟に当たる伊川文月だった。
「悦子従姉さん!?管理局に捕まってたんじゃ……」
「いや、これには事情があって…話すと長くなるんだけど…」
私がそう言いかけた時、爆発で吹き飛ばされた男性が立ち上がった。
「いきなり攻撃してくるとはどういう了見だ!!」
その男の姿を見た私は言葉を失った。先程写真で見た北澤海吏その人だった。私は魔導書を開いていつでも攻撃できるように身構える。
「駄目だ、従姉さん!こいつヤバいんだよ…下手したら殺される!!」
文月が必死の形相で叫ぶ。しかし、私は首を横に振ると言った。
「私は大丈夫だから。あんたは早く逃げなさい!」
そしてページをめくり、攻撃に有用な魔法を探す―――がその時には既に海吏がその場に迫っていた。彼は禍々しいオーラを纏った拳で私の鳩尾に一撃を喰らわせた。
痛みも衝撃も無かった。殴られたその一瞬、私の視界が一気に歪む。時空の彼方に吹き飛ばされたような感覚に似ている。
気が付いたら私は、その場で倒れていた。同じ場所―――の筈なのに、私が爆発を起こした形跡も無ければ、文月と海吏の姿も無い。私は立ち上がると、辺りの様子を伺いながら歩き出した。あの二人どころか、この古城には野薔薇とすずめの姿も無かったのだ。