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Ride on Multiverse ~時空管理局並行世界特務調査課~  作者: 夕景未來
第3部『バベルの再建者』
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【FILE.22】古城の逃亡劇

 全身が痛い。思うように動けない。時空の渦に呑まれた影響だろう、気分が悪い。ゆっくりと目を開く。朧げな視界に映るのは高い天井の荘厳な建物の大広間だろうか。さながらホ●ワーツ、或いはRPGのセーブポイントにでもなりそうな教会か。僕―――伊川文月(いがわ ふみつき)は身体の痛みに耐えられず、重くなった瞼は再び目を閉じようと下り始める。

「パトラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ…何だか、とても眠いんだ……」

 身体は動かない筈なのにそんな冗談を言う気力が余っていた事に自分でも驚く(余談ではあるが僕の実家にはパトラッシュという名前の大型犬がいる)。ただこのまま動かない訳にもいかない。苦し紛れの声を上げながらゆっくりと身体を起こす。

「でも、まだ…天使のお迎えに、来てもらう訳にはいかない…僕にはまだ、生きる理由があるんだ…パトラッシュ!」

 本家じゃ存在しない台詞の続きを吐き、立ち上がって少し顔を上げた。中世のヨーロッパを思わせる古めかしい建築の城、その大広間。美しいステンドグラスが外界の陽光に照らされてその美しさを際立たせる。

(この世界に、こんなに美しい場所があったんだ……)

 本当は専門学校の卒業制作の為に来た取材旅行。その最中に世界接続ゲートに不具合が起きて、同行していた後輩とはぐれて、意図しない世界線渡航をしてしまい、正直散々だと思っていた所に飛び込んだ美しい光景。僕の身体を支配していた疲労が、一瞬にして癒される。

(マジでセーブポイントじゃん、こんなの…)

 此処に来たのも何かの縁だ。座標も分からない偶然で辿り着いたこの場所、もう二度と訪れる事は出来ないだろう。そう思った僕は、記念に写真を撮る事にした。持ち込んでいた荷物(特に携帯電話とタブレット端末)の無事を確認して携帯を手に取ると、城内を巡りながらあらゆる場所を写真に収めた。どうやらもう廃城と化しているようで、誰かが住んでいる形跡もない。しかしだからこそ、誰にも邪魔される事なく自由に撮影する事が出来る。夢中になって撮影を続けていたその時、携帯を向けた先に僕以外の人間が写った。服装的には僕と同じ渡航者、年齢は僕より少し上の男性。僕は驚きのあまり操作を誤り、撮影ボタンを押してしまった。しかもよりによってフラッシュまで焚いてしまう始末。僕の存在に気付いた男性は、怒りに満ちた形相で近付いてくる。

「おい、何撮ってんだ!」

「いやいやいや!!撮りたくて撮ったわけじゃないです!!写り込んで来たのはそっちの方……」

「言い逃れしようとしても無駄だ!」

「不可抗力!不可抗力です!!」

 弁解するも聞き入れてもらえず、僕はされるがままに胸倉を掴まれる。

「だ、大丈夫ですよ…ほら、写り込みなんて消しゴムマジックで消してやるのさ☆なんつって……」

「ふざけた口効いてんじゃねえ!」

「すいませんでしたあああああ!!!!」

 必死に謝ると彼は手を離してくれた。

(あれ?案外あっさり許してくれた……)

 安堵した直後、今度は頬を思い切り殴られてしまった。

(油断したあああああ!!!!)

 よろけて倒れ込むと、彼は僕を睨みながら左手を伸ばす。その手には手袋が嵌められており、そこから僅かに禍々しいオーラが見えていた。

「お前…俺の事撮って時警(サツ)に突き出す魂胆だろ?」

(時警って、時空管理局の事だよね!?)

「そ、そんな心算ないです!断じて!!」

「嘘言っても無駄だ!通報したら殺す!!」

 そう言って左手で勢いよく殴りかかる。僕は咄嗟に立ち上がり、彼より低い位置で体当たりをお見舞いすると回れ右をして走り出した。

「おい、おまっ…待ちやがれ!」

 腹を押さえながら男が叫ぶ。僕は聞こえないふりをして必死に走った。


 窮鼠(きゅうそ)猫を嚙むとは正にこの事。学生時代に運動会のクラス対抗リレーでアンカーを任された足の速さと土壇場(どたんば)の判断力には自信がある僕を嘗めないでいただきたい。

 我武者羅(がむしゃら)に走って逃げていた僕はとんでもない事に気付いてしまった。

「あれ…此処、何処だ?」

 古城の中はかなり広く、沢山の部屋や入り組んだ廊下が入り組んでいる構成。むやみやたらに歩いていたら前に来た場所に戻っているなんて事も起きてしまう。尚且つ、まだあの男性が僕を追い掛けてくる可能性も十分考えられる。見つかったら今度こそ殺されてしまうだろう。だからと言って管理局に通報なんてしたら僕は一巻の終わりだ。非対称型鬼ごっこゲームで一人だけ生き残ってしまった感覚に似ている。

「そうだ、電話……圏外だよなあ」

 電波状況は相変わらず悪く、連絡を取る事が出来ない。どうしようか、と思っていた矢先、遠方から足音が聞こえた。

(ヤバい…!)

 僕は近くにあった扉を開けて部屋の中に入り身を隠す。そして廊下の見える窓から少し顔をのぞかせ様子を覗った。案の定あの男性が歩いて来た。高鳴る心臓を押さえつけ、息を潜める。

「クソっ、何処行きやがったあの野郎!見つけたら…」

 男性はそう言うと、近場にあった鎧一式に向かって一発殴った。すると鎧一式は一瞬にして消失してしまった。

「こうだからな!」

 男性はそう吐き捨てると足早に行ってしまった。去り際に「ったく、折角見つけた最高の隠れ場所だったのによ…」と文句を言っていた。

(あの人、時犯説あるぞ!猶更此処から出るしかない!)

 僕は意を決して部屋を出る。先程まで追ってきていた男性の姿はなく、安堵の息を吐く。

「取り敢えず、出口を探さないと…」

 そう呟いて歩き出すと、不幸にもあの男性と鉢合わせになってしまった。

「あ、どうも…」

 僕の姿を見た男性は、やったぜと言わんばかりに笑うと、拳を振り上げて言った。

「やっと見付けたぜ……覚悟しろ!」

 命の危機を感じた僕は再び逃げる。何処まで距離を突き放せるか分からない。だが、捕まったら殺されるのだけは確かだ。僕は必死に逃げ続けた。しかし、どれだけ逃げても男性の気配が消えない。寧ろ徐々に距離が縮まっているような気がする。

(この際●ラえ●んでも男の人でもスー●ーマ●でも誰でもいいから、助けてくれ!!)

 そう願っても誰も来てくれる筈もなく、遂に追い詰められてしまった。もう駄目かと思ったその時、突然背後から爆発音が聞こえた。

「何だぁ!?」

 男性の叫び声。僕はその場で立ち止まり振り返ると、そこには一冊の本を持った女性の姿があった。女性は僕の姿を見るなり驚きの声を上げた。

「大丈夫ですか……って文月!?何でこんな所にいるのよ!」

「それはこっちの台詞だよ、悦子(えつこ)従姉(ねえ)さん!管理局に捕まってたんじゃ……」


 女性の名前は初原(ういはら)悦子。僕の実の従姉(いとこ)だ。

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