【FILE.21-3】狂信者のプライド
一縷の望みに賭けて時空の裂け目に飛び込んだ。辿り着いた先は、鉄屑が彼方此方に散らばる荒れ果てた荒野だった。俺―――末田力の眼前、僅かに舞う砂埃の中で、奴が、胡山望深が立っていた。
「今度こそ貴様を確保する。覚悟は良いか?」
班長を務める墨田修太郎が鋭い眼光で彼を睨みながら言う。望深は余裕そうな笑みを浮かべると、手袋を嵌め直しながら返す。
「遣り合うなら手短に頼むよ。メイメイ様の生配信が見たいからね」
そしていつでもかかって来いと言うように構えて煽る。
「行くぞ」
修太郎の声に俺と七五三掛紗和は頷く。そして利き腕と逆位置に装着したイマージュギアを起動させる。
「想像展開!」
俺達は声を揃えて叫び、各々武器を召喚した。その少し後ろで、俺達とは型の違う機器(紗和曰く、イマージュギアのベースとなった旧世代機器)を使用していた桧星彗がどうしたらいいか分からずきょとんとしていた。俺は手に持っていた小銃を降ろし、苦笑いで言った。
「気にしないで良いよ、彗ちゃん。掛け声なんてなんとなくで言ってるだけだし、あって無いようなものだから」
「いや、でも…何か締まらないじゃないですか」
(締まらないとか、そんなの今はどうでもいいんだけど…)
俺達がそんな会話をしている間にも、修太郎は望深と1対1で遣り合っていた。早く加勢に入りたい所だが、さらなる横槍が俺を襲う。
「いいじゃない、掛け声!あんたなりに何かやってみなさいよ。ほら、誰だって中二心で考えたカッコいい口上の一つや二つあるものよ!」
「お前の尺度が世界の全てじゃねーよ、七五三掛。少なくとも俺はそんな事考えた事は無い」
「うっそだぁ~」
「というか、彗ちゃん困ってるだろ!何も思い付きません、みたいな顔してるし!」
必死に色々と考えてはいるが最適解が出ない、みたいな表情で考え込む彗に、紗和が言う。
「0から思いつかないなら、何か参考にしてみたら?ほら、子供の頃に見た魔法少女アニメとか…」
(そういう問題じゃねえ!!!)
心の中でそう突っ込みを入れる。彗は少し俯いて返答する。
「私、テレビはずっとニュースしか見てなかったからそういうのはちょっと……」
さすがは官僚の娘と言った所か、って気にする所はそこではないのは流石に俺でも分かった。こんな下らない事を追求するよりも一刻も早く加勢に入らないと危うい。俺は修太郎の方を見る。戦力差は拮抗しているが、その状態もいつ崩れるか分からない。その時、彗が何かを思いついた様に指を一つ鳴らすと、よどみない動作で機器を起動させ、格好いいポーズを取って見せた。
「コード:"ELITE"、承認。スターフレイル、解放!!」
高らかに挙げた右手が水色の光を纏い、彼女が使うフレイルハンマーが召喚された。
「中々素敵な趣味してるじゃない!」
紗和が感心したように言う。彗は涼し気な表情で言った。
「父さんが持っていたノートに、それっぽいのが書いてあったのを覚えていただけです」
(可哀想に、彗ちゃんのお父様……)
若気の至りで生み出した封印されし黒歴史を娘の手でこじ開けられてしまった彼女の父には同情する。
「これで満足ですか?じゃあ、行きましょうか」
彼女はそう言いながら武器を構えて駆け出した。俺達もそれに続いて走り出す。俺達の参戦に気付いた修太郎が叫ぶ。
「遅いぞ、お前ら!」
「すいません!」
俺は素直に謝りつつ、恨みの籠った視線を紗和に向ける。
(後で責任取れよ、七五三掛…任務終わったらアイス奢らせよう)
俺はそう心に決めた。
望深は武器を持たない分、その拳の一撃一撃が重く力強い。修太郎はそれを捌きながら大剣で反撃するが、その攻撃は全て空を切る。大剣自体も重い為、一度振り抜くと位置を戻すまでに隙が出来てしまう。その間に一撃を撃ち込まれたらひとたまりもない。一方的な防戦を強いられている。
「後ろ、ガラ空きじゃない!」
紗和がチェーンソーが装着された右腕を振り上げ、彼の背後から攻撃を仕掛ける。腕を振り下ろし攻撃―――しようとした瞬間、彼女の前から一瞬にして望深の姿が消えた。
「あれ…?」
紗和がそう零した刹那、望深は彼女の背後を取り、横蹴りをお見舞いした。紗和は勢いよく左へ吹き飛んだ。
「大丈夫か!?七五三掛!」
俺は声を上げる。紗和は起き上がると、ふらつきながらも答える。
「えぇ、なんとか……」
しかし立っていられるのもやっとという感じでそのまま膝から崩れ落ちる。俺達の下に望深がゆっくりと近づく。
「まずは一人……みんな管理局の事警戒してたけど、思ったより雑魚じゃん。期待外れ」
彼はそう言ってため息をつく。
「どうして"バベル"に加担したんだ、お前は!!」
怒り任せの声色で俺は問う。望深は悪びれもせずに答えた。
「まずはメイメイ様を愛しているから、それは前提ね。それともう一つは、俺と同じ辺境地住みを救いたいからって所かな?」
辺境地―――現時点で並行世界接続ゲートが設置されていない世界線を俗にそう呼んでいる。世界線内の治安や技術力、管理体制等の理由でゲートの設置が遅れている世界線がある実態を良く思わない者もおり、今回の騒動の主犯であるメイメイが世界線全てを繋ぐと生配信で宣言した煽りで、辺境地出身の時空犯罪者がこの短期間で急増している。彼もまた、その一人なのだ。
「お前の動機なんてどうでもいい!お前がやった事は許されない事だ!大人しく投降しろ!」
俺は語気を強めて言う。すると望深は首を横に振って言った。
「悪いけど、俺は引き下がるわけにはいかないんだ。時間的に生配信には間に合わなくなっちゃったけど…邪魔者は排除しろって、メイメイ様直々に言われてるからね」
そして拳を振り上げる。挙げた手が眩い光を纏う。俺は紗和の前に立ち、庇う姿勢を取った。望深は俺達を蔑む様に見下ろして言った。
「推しに全てを捧げた狂信者を、嘗めてかかると痛い目見るぜ?」
俺達に撃ち込まれた一撃は轟音を立てて荒野を抉る程だった。衝撃で砂埃が舞い上がり、視界が悪くなる。俺達は咄嵯に身構えるが、一向に追撃は来ない。恐る恐る目を開け、辺りを見回す。砂埃の向こうで揺らめく人影に向けて震える手で銃を構える。
(届け…!)
俺は必死の思いで引き金を引いた。静寂に包まれた荒野に響く銃声。硝煙の匂いが立ち込める中、俺は確かな手応えを感じていた。
(当たった…のか?)
徐々に晴れていく砂塵の中、俺はその姿を捉え安堵する。胸部を押さえて膝から崩れ落ちる望深に俺はゆっくりと近付いた。再起不能状態の紗和を抱いた修太郎が言う。
「貴様もこれで終わりだ。大人しく投降するんだな」
手負いの状態で、もう攻撃もままならないであろう望深は―――
―――苦しむどころか、笑っていた。
「言ったよね?"推しに全てを捧げた狂信者を嘗めるな"って……」
笑いながら彼が言う。銃弾を撃ち込まれて負傷した筈の胸部の傷が段々と埋まっていく。
「なっ!?」
「嘘……」
俺達は驚愕の声を上げる。
「まさか、不死身の能力者……?」
修太郎の問いに、望深は首を横に振る。
「俺の能力は、価値を持った物を代償に身体能力を強化する能力だ。攻撃力、防御力、瞬発力、そして…治癒力も強化できるんだ。金さえあればいくらでも強化可能……いや、訂正。金だけじゃない。俺が価値があると認識した物全てを代償に出来る」
そう言いながら望深は立ち上がり、こちらに歩み寄る。俺達は完全に気圧されていた。
「メイメイ様の計画の為なら俺は……全てを捧げる覚悟だ!!」
叫びに呼応するように、彼の両手袋が光を放ち、彼の周囲が金色のオーラを纏う。
「まずは金!日々バイトして貯めてきた生活費、その全てを此処に込める!」
彼の身体中に金色に光る波の様な模様が浮かぶ。
「次に貴重品!元カノから貰った腕時計も、中二心のままに買って後悔したピアスも…いっそ携帯電話も捧げてやるよ!」
肩くらいまでしか無かった彼の髪が一気に伸びる。
「そして記憶!メイメイ様に出会う前の灰色の人生なんて、思い出せなくなっても悔いはない!さらに感覚、及び感情!痛み、悲しみ、怒り…負の感情なんていらない!」
そして一際大きな声で彼は叫んだ。
「最後に命!推しの為なら俺は命だって賭せる!!生半可な覚悟で推し活なんてできっかよ!!」
彼を覆っていたオーラが晴れる。先程までの平均学生的容姿だった彼は、少し筋肉質の体形をした姿に変わっていた。
(これが…全てを捧げた奴の、力!?)
驚きを隠せない俺達を前に望深は続ける。
「逃げるのはあの人を裏切るって事だ。俺は絶対にメイメイ様を裏切る事はしない!だから逃げない!!一瞬でも彼女に夢を見たなら、最期まで命を賭けて推すだけ!それが……真の狂信者だ!!!」
そう言って拳を構え、地面を蹴って俺達の方に駆け出した。雄たけびを上げ、俺に殴り掛かる。横からフレイルハンマーを振るう彗。フレイルの鎖が望深の身体に巻き付いて拘束する。
「綺麗事ばかり並べて…ただのどうしようもない厄介オタクじゃないですか」
彗は溜め息を吐いて言った。しかしその刹那、望深は鎖を一瞬にして引き千切りそのまま勢いよく拳を繰り出す。不意を突かれた為か、防御が間に合わず、まともに攻撃を喰らってしまう。
「彗ちゃん!くそっ…」
俺は小銃をマシンガンに変形させ、望深に向かって半ばやけくそで連射した。弾丸は全て望深に直撃していたが、彼はそんなの何処吹く風と言う様に平然と立っていた。
「あっはは!無駄さ。俺にそんなちゃちな鉛弾なんて効かな、い……」
そう言って腕を挙げた彼は驚愕の表情を見せた。彼の手袋の甲には、円形にカットされた宝石が嵌め込まれていた。片方の手袋に嵌まっていた宝石が、先程の連射で破壊されたのだ。
「嘘、だ…」
どうやらその宝石は彼にとってかなり重要な物らしい。それがどんな物なのかは俺には全く分からなかったが、勝機は見えた。
(あと片方も破壊すれば、鎮圧できる!)
俺はマシンガンを小銃に戻し、彼のもう片方の手袋に狙いを定める。しかし望深は一気に俺に距離を詰めて殴りかかる。
(ヤバい、避けられな……)
俺は咄嗟に目を閉じた。しかしいつまで待っても衝撃が俺に伝わらない。恐る恐る目を開けると、俺の前に修太郎が立っており、望深の攻撃を大剣の幅広の刀身を盾代わりにして防いでいた。
「先、輩…?」
「油断したな、末田」
修太郎は俺にそう言って一つ舌打ちをすると、再び望深と向き合う。
「お前みたいな危険な奴を野放しにする訳にはいかない。此処で決着をつける!」
修太郎が叫ぶと、目にも止まらぬ速さで斬りかかった。修太郎の攻撃は確実に命中していた。望深が反撃する隙を与えずに、何度も斬撃を浴びせる。攻撃を受ける度に苦しそうな声を上げる望深。
「これで終わりだ」
トドメの一撃を振り下ろす。だが、その攻撃が届く前に修太郎の身体が宙に舞った。望深の蹴りによって高く吹き飛ばされた。地面に勢いよく叩き付けられ、砂埃が舞う。
「先輩っ!」
俺の叫び声に反応せず、修太郎はそのまま動かなかった。望深は高笑いをしながら俺に近づいてくる。
「あっははは!!惨めだなぁ…あとは君だけだ」
荒野に倒れる仲間達を見て、俺は自身の不甲斐なさを悟った。
(俺が…俺がもっとしっかりしていれば……)
―――俺のせいだ。俺が弱いから、俺が頼りないから、俺が……
ふと、何かが俺の中で切れる音がした。
俺はイマージュギアを装着した左腕を軽く挙げ、ギアの液晶画面を軽く右手で触れた。そして望深を鋭く睨む。
「何が"推しの為に全てを捧げた奴の力"だよ……そんなさ、絶対に想いが届く事の無い相手に何マジになってんだよ……ただの阿呆じゃねぇか」
俺の言葉を聞いた望深は、怒りの形相を浮かべる。
「……なんだって?」
「本当に人が強くなれる時って何時か、知ってるか?」
「は?この期に及んで何言ってんの?」
嘲笑う様に返す彼に俺は一つ溜め息を吐く。そして左腕を高く挙げて言った。
「大事な物を……傷付けられた時だ!!」
俺の叫びに呼応する様にギアが光を放つ。そして俺の背後から様々な重火器が展開される。俺は両手に持ったマシンガンを望深に向かって狂ったように乱射する。背後のランチャーからミサイルが何発も飛んでいく。避ける事も儘ならず、望深は爆炎に呑まれていく。
「これが本当に愛する誰かを守りてぇって奴の力だ!!遠慮せずに……持ってけえぇぇぇぇ!!!!!!」
俺の叫び声が轟く中、炎と破片が舞い散る。望深は爆風に吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられる。彼の姿は血塗れになりながらも、なおも立ち上がろうとする。しかし、その身体は限界を超えていた。乱射の中でもう片方の宝石は破壊され、望深の身体は元に戻っていた。
「も、もう……駄目だ、な…せめて、最期、は…メイメイ様の…傍、で……」
満身創痍の状態で俺に少しでも近づこうとして、あと一歩の所で倒れた。俺は彼の首筋に手を置く。脈はある。急激に体力を消耗した事で気絶してしまったのだろう。取り敢えず管理局の取調室に送還しようと思い、俺は無線通信に連絡を入れた。その時、大剣で身体を支えながら修太郎がゆっくりと俺の下に近づいてきた。
「やった、のか…末田……」
「だ、大丈夫ですか…墨田先輩!?」
「俺は平、気だ…ただ、他の奴らが…危な、い…救護班の応え……」
―――応援要請を、と言いかけた所で彼も倒れてしまった。
「先輩!!」
俺の視界が涙で滲む。その後からの記憶が全くなかった。応援を受けて駆け付けた救護班の職員曰く、救助が来るまで俺は修太郎の傍でずっと泣いていたらしい。年甲斐もなく子供みたいに泣いていたという。俺は少し恥ずかしかった。