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Ride on Multiverse ~時空管理局並行世界特務調査課~  作者: 夕景未來
第3部『バベルの再建者』
32/55

【FILE.20】箱舟の思惑

 研究センターの機械工学部門では"バベルの再建者"絡みの一連の騒動の対応に追われていた。各地の並行世界接続ゲートに生じた不具合の修正作業、そして従来ゲートの代替として携帯型ポータルの開発をするか否かの議論が展開されていた。ただでさえ少数精鋭の部門、世界規模で起きた不具合に手が回る筈もなく、各々が不眠不休の作業に追われていた。

「まさかお前の気持ちが分かるとは思わなかったわ、森重(もりしげ)さん……」

 額に冷却シートを貼り、苦し紛れの声を上げながら後輩の氷室徹(ひむろ てつ)が私―――森重颯斗(はやと)に向けて手を伸ばす。私がストックしているエナジードリンクを所望なのだろう。私は傍にあった炭酸が強めのものを彼に渡す(徹は強炭酸コーラを好んで飲んでいる)。

「Welcome to Underground」

「ははっ、あざっす…」

 私の冗談めいた発言に力なく笑いながら徹はエナジードリンクを受け取る。彼の目の下にはくっきりと隈が出来ており、その疲労具合が見て取れる。PCの画面に視線を向けながら飲料を口にする徹が言う。

「ついこの間まで森重さんに引いてた俺が馬鹿みたいっすわ…エナドリってこうも一瞬でハマるもんなんっすね……」

「あぁ、そうだ。限界まで乗り切った後の反動は凄まじいが、それもじきに慣れる」

 そう言いつつ、私は自机のPCに送られたメールを確認する。とあるメールを開封した直後、私はマウスを動かす手を止めた。

「成程、そういう事か……」

 私は納得した様に呟く。

 

 今日、出勤前に私の住むアパートの一室に送られた一つの小包。差出人不明のそれは無機質な白い箱状のものだった。何処からか開けられる隙間もなければ鍵の類もない。そして箱と同封されていたのは一つしかボタンの無いスイッチボックスだった。怪しく思った私は手を付ける事はせず、此処で解析をしてもらおうと持ってきたのだ。しかし解析に回すまでもなく、送られてきたメールが全ての答えを示していた。差出人は"ノア"を名乗る者だった。


『森重颯斗君、君の元に送った小包は無事に届きましたか?これを添付する座標に置いてきてください。その小包は今回の事態を収束させる為の切り札。本当なら私直々に行きたい所ですが、訳あって表舞台に姿を見せる事が出来ません。その代わり、信頼できる貴方にこの仕事を任せたい。どうか宜しくお願いします。現地の人間にはくれぐれも怪しまれる事の無いよう、慎重な行動をお願いします。』


 文章を読み終えた後、私は添付された座標を調べる。そこは騒動の渦中にあるG51世界線、再建中の塔があるエリアだった。私はPCをシャットダウンして立ち上がると、鞄に数本エナジードリンクを入れ、白衣を脱いで椅子に掛けた。そして鞄を背負い言った。

「急用が出来ました。出かけてきます」

「え!?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!どこ行くんです?」

 徹が慌てて引き留める。

「止めないでくれ。恐らく今回の騒動が終わるまでは帰れないかもしれない」

「それ絶対ヤバいとこじゃないですか!」

「大丈夫だ、問題無い」

「何処へ行く心算だ、(シゲ)さん!?」

 部長の七五三掛聡(しめかけ さとし)が問う。私は淡々と答えた。

「G51世界線です。私一人で行ってきます」

「待ってくれよ、(シゲ)さん!この部で最優秀人材の君に抜けられたら困るんだよ!」

 聡の懇願を躱す様に私は一際大きな声で言った。


「すいません、皆さんを裏切る事になりますが、"バベルの再建者"に加わります。私…メイメイの大ファンなので」


 静寂に包まれる部屋に背を向けて私は足早に部屋を出た。嘘を吐くなんて私には心苦しかった。だが、今の私にとって優先すべきはこの世界を救う事なのだと自分に言い聞かせた。


「嘘だろ、おい!森重さんが裏切るなんて……」

 徹が机を強く叩いて悔しがるように叫ぶ。他の職員達も同様に動揺を隠しきれない様子でいた。

「あの人が居なくなったら誰がこの部門を引っ張っていくんだ……」

 そんな中で全く動じない職員が一人。手毬千歌(てまり ちか)だった。彼女は少し考える素振りを見せると言った。

「いや、森重さんは裏切ってないです」

「どういうことだよ、千歌ちゃん?」

 徹の問いに彼女は顔色一つ変えずに答えた。

「あの人、嘘吐くの苦手なんですよね。きっと、何か彼なりに考えがあるんでしょう。私、分かります。森重さんは良くも悪くも真面目で優しい人です。何でも自分一人で抱え込もうとするのはちょっと考えものですが…」

「でも、だからって……!!」

「氷室さん、今は待つしかないですよ。森重さんが無事に戻ってくる事を、私は信じたいです。大事な仲間ですから」

 そう言って微笑む彼女の瞳の奥には強い意志を感じた。徹はそんな彼女を見て何も言えずにいた。


 私は指定座標に赴く前に、時空管理局の建物へ向かった。並行世界特務調査課(P.S.I.D.)の部屋は調査員の殆どが出払っており閑散(かんさん)閑散(かんさん)としていた。オペレーター数人と、上官の黒瀬乃亜(くろせ のあ)の姿を捉え、私は乃亜の下へ歩き出す。

「黒瀬さん。少しお話が」

「えっと、研究センターの森重君だったか」

 私に気付いた乃亜が言う。私は例の小包の件を話した。差出人の名義が"ノア"になっている事から、同じ名前を持つ彼との関連性を疑っていた。

話を聞いた乃亜は難しい表情を浮かべながら顎に手を当てていた。そして暫く考えた後、口を開いた。

「すまん。それは私じゃない。そんな悪趣味な事をするように見えるか?」

「ははっ、そうですね。失礼しました」

「ただ、一つその差出人に心当たりがある」

「心当たり…?」

 私の問いに彼は答える。

「君が来る数時間程前だったか…ディメンションハッカーズの首領(ボス)を名乗る者からボイスメッセージが送られてきたんだ。その首領は"ノア"を名乗っていた。敢えて私と同じ名を名乗る嫌がらせが出来る奴なんて、私は一人しか知らないよ。あの声、あの人を常に見下したような語り口…全ての破片(ピース)が漸く揃った所だ」

 録音していたという例のボイスメッセージを一部聞かせてもらった事で、彼の言わんとしていた事が理解できた。耳を通して、苦痛を強いられた大学時代が呼び起こされる。少し苦し気に笑いながら呟く。

「成程…道理で私の名前を知っているわけだ」

 乃亜が大画面のディスプレイを見上げ、真剣な表情で言う。


日ノ寺司(ひのてら つかさ)……貴様の目的は何だ?」

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