【FILE.19】メーデー・メイデイ
私―――群生さくらは時空管理局の歴史情報管理課のライブラリに赴き、現在巷を騒がせている配信者"May²"の素性を探っていた。私の大学の先輩であり、管理課ライブラリの司書を務める泊塔子が私の調査に協力してくれた。
「同じ『パラスト』の配信者として、あんな大騒動を巻き起こすなんて許せない!ですよね、塔子先輩!!」
私は怒りに満ちた声色で資料を漁りながら言った。すると塔子はいつものように優しい笑みを浮かべて答えた。
「まぁ…そうね。ある程度関係性があるであろう資料はそこの机に纏めて置いておくわ」
「ありがとうございます!後で目を通しておきます」
私がお礼を言うと彼女はまた優しく微笑んだ。そして手元にある分厚いファイルを手に取り、中身を確認し始めた。
「これって、G51世界線の住民情報……」
「そう。あの配信が行われた世界線がそこだった。メイメイに似た住人を探せば、素性は特定できるはずよ」
「なるほど…」
私は慎重に一枚ずつファイルのページを捲る。
(この人じゃない、これも違う、この人は……)
暫くピンとくる人物が見つからない中、資料も中盤と言う所で気になる名前を見つけた。
「春馬…芽衣」
その名前には見覚えがあった。私の大学の同級生で、現在は『パラレルストリーム』で歌手活動をしているバーチャル配信者だ。確か彼女の活動名義は―――
「年齢は不詳、現職は配信者で活動名義は"May²"……まさか彼女、別の世界線の芽衣ちゃん、って事!?」
活動拠点も名義も完全に一致した。並行世界線上の同一存在が偶然にも同じ名義で配信活動をしている事はパラレルストリームではよくある話だ。私はファイルを閉じて立ち上がって言った。
「ちょっと芽衣ちゃんに会って来ます!何か知ってるかも!」
「待ってさくらちゃん、私も行くわ。私も一応『パラスト』ユーザーだし、配信者の先輩としても後輩は放っておけないわ」
こうして私たちは芽衣が現在一人暮らしをしているというアパートに向かう事になった。ライブラリの奥の方で、「管理課の後輩も放っておいて欲しくねえんだけど…」と不服そうに職員の小瀧潮が呟いていたのは聞かなかったことにした。
「芽衣ちゃーん!」
春馬芽衣の住むアパートの204号室のインターホンを押す。程なくして扉が開かれ、彼女が顔を出した。
「あ、さくら…どうしたの?」
現れた彼女の姿はいかにも寝不足という感じで、普段の快活さは完全に失われていた。
「えっと、話があって……今時間あるかな?大丈夫なら中入っても、いいかな?」
私が言うと芽衣は少し考えた後に首を縦に振った。
単刀直入に例のメイメイの配信の件を彼女に聞いた。
「いやいや!あれ、私じゃないから!!」
「それは知ってる。でも、別世界線の自分かもしれないって言うなら、何かしら気にはしてるのかなーって思ってさ」
「確かに、気にしてないと言えば嘘になるけど……」
彼女はバツが悪いと言った表情で頭を掻いた。そして溜め息を吐くと続けた。
「同じ名前で配信してる存在がいて、住んでる世界が違うだけなのにあっちは超人気の歌手になってて…一方で私は人気とも不人気とも言えない鳴かず飛ばず。必然的に比べられちゃってさ…"G51のメイメイは滅茶苦茶可愛いのに"とか言われてるの聞く度に、なんかこうモヤッとするっていうか……」
彼女は自分の気持ちを整理しながらゆっくりと言葉を紡いだ。そんな彼女を塔子はじっと見つめている。
「なるほどね~」
私は腕組みをして考える素振りを見せる。そして数秒の後、口を開いた。
「よし!じゃあさ、そのモヤモヤを晴らすのも込みで、メイメイの事ギャフンと言わせに行かない!?」
「…へ?」
唐突な提案に芽衣は目を丸くする。私は更に続ける。
「芽衣ちゃんも知ってると思うけどさ、G51のメイメイが起こしてる騒動…下手したら世界が滅亡する勢いなんだよ。そんなの黙って見てるだけって訳にはいかないじゃない?だから私たちでメイメイの配信に乗り込んで、一泡吹かせてやるの!そうしたら芽衣ちゃんのモヤモヤも晴らせるし、上手く行けば私達が世界を救ったヒーローって事で一躍注目の的、宇宙級バズ間違いなしだって!!」
私は拳を突き上げて熱弁した。すると芽衣は呆れたような顔をした後で小さく笑みを浮かべた。
「相変わらずだね、さくら。正直、私も同じ事考えてた。だって、あっちの私は"世界を繋ぐ新時代の歌姫"って名乗って、全ての並行世界を繋ごうとしている。実際世界線渡航したくてもゲートが接続されてない世界があるのは事実だし、そうしたいのは分かるよ。でもその裏で多くの人々が正常な世界線渡航が出来なくなって迷惑してる……それなのに彼女のファンは妄信的に"救世主だ"とか"天使"とか持て囃してる。そんなの、同じ名前で活動してる者として、並行世界線上の同一存在として許せないじゃん!」
彼女の瞳には決意の炎のようなものが見えていた。塔子もそれを見て満足そうに微笑む。
「決まり、ね」
こうして私たちはメイメイの配信に乱入する事を決めた。しかしそこで大きな問題が発生した。
「でもどうやって配信に乱入するの?今や接続ゲートも正常に機能していないし…第一、芽衣ちゃんはバーチャル配信者な訳じゃん。表立って外歩けないでしょ?」
芽衣の活動形式は3Dモデルで作られたキャラクターを介して歌唱やゲーム実況等の活動をする"Vストリーマー"。キャラクター先行な配信形態の為、中の人が表立って前を歩くのは御法度だ。
「いっそそのキャラクターの格好をして乗り込むのはどうかしら?」
提案をしたのは塔子だった。
「それって、コスプレしろって事!?無理無理無理無理ぃ!絶対似合わないって……」
芽衣は慌てて両手を振って拒否反応を示した。
「大丈夫よ、私達も変身するからさほど浮かないわ」
私と塔子は"魔法少女アイドル"というコンセプトで配信活動を行っている。塔子は現在一線を退いているが、この発言は彼女の一時的な復帰宣言と捉えて良いだろう。
「だったら安心か…二人ともありがとう」
芽衣は安堵の表情で言う。それに対し塔子が返す。
「どういたしまして。でも、あくまでこれは芽衣ちゃんが主役なの。私達はそのお手伝いをするだけだから」
こうして私たちは配信乱入作戦を決行する事となる。決行は2週間後、メイメイが『神域凸!』という配信を行う日だ。彼女のチャンネル登録者限定で配信会場に直結するゲートを召喚するパスコードが送付されており、芽衣がそれを所持していた為に乱入は可能。後は衣装を整えて当日まで待機。2週間の期間の中で別動隊が何処までメイメイの関係者を確保できるか、私達はそれに賭けるばかりだ。