【FILE.2】七つ光るテクノロジー
時空監理局並行世界特殊調査課に配属となり、初めての仕事を終えた俺───末田力は疲れで肩を落としながら廊下を歩いていた。
「こんなのバイトの熱量じゃねえだろ……」
俺はそう呟く。その時、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「まーっつん!」
「うわぁ!って、なんだ七五三掛か」
「なんだって何よ!」
幼馴染みで大学の同級生である七五三掛紗和が、薄紫色のセミロングを揺らし頬を膨らませる。
「ごめんって……」
「まぁいいわ。そんなことより、初仕事どうだった?私の言った通り、悪くないバイトだったでしょ?」
そう言って紗和は可愛らしくウインクする。俺は呆れ混じりのため息を吐いて言った。
「あのなぁ…公的機関の仕事をバイト感覚で勧めるんじゃねえ!何が悪くないバイトだよ!マジで死ぬかもだったんだぞ!」
初仕事で俺は世界線を違法に超えて逃亡を図ろうとした強盗殺人犯の確保に当たった。先輩調査員の墨田修太郎の助けもあって仕事は無事にこなせたが、俺一人だったら確実に死んでいただろう。
「え?安定高給だし卒業後も続けられる仕事よ?言ったじゃない、“将来も安泰”って。少しは私に感謝しなさいよ、まっつん!」
そう言って紗和は俺の横腹を強く叩く。
生々しい話は極力避けたいが、実を言うと日給はなかなか高かった。まだバイトという事もあり基本給は少ないものの、正規雇用になれば現状以上の額は期待できる。それはそれとして、命の危険があるような仕事を進んでやる気にはなれない。
「それに…その制服、凄く似合ってるわよ」
「それ本気で褒めてるか?」
「えぇ、本気よ」
「この世には“馬子にも衣装”っつー言葉があってだな……というか、お前も調査員だったのかよ」
今更気が付いたが、紗和も俺と同じ時空監理局の制服を着ていた。
「そうよ。私は正規調査員だけどね」
「嘘だろ?お前なんかが公的機関に就職なんて想像できないんだが」
「パパが此処と提携を結んでる研究センターの職員なの。パパからの推薦があったおかげで、試験無しで採用が決まったわけ」
「ゴリゴリのコネ就職かよ」
俺は頭を抱えて呟いた。しかし今の発言は完全に俺にブーメランだ。紗和の推薦で就職できたも等しい俺も殆ど変わらない。
「あ、まっつん。それ、早速使ってくれたのね!」
唐突に話題を変えた紗和は、俺の左腕を指差した。機関から支給された特殊武器展開システム───イマージュギアだ。
「あー、これ?マジで凄ぇよ。頭の中で考えた武器が出せるとかほぼチートじゃん…」
「ふふん♪当然でしょう?なんたって、パパが設計して開発した物なんだもの!」
「嘘だろ!?」
「こんなところで嘘をつく必要無いでしょ?かつて存在した政府直下機関で使われていた武器展開システムをパパが改良して……」
科学的分野に関しては、彼女が語り出すと止まらない事を俺は知っていた。完全文系人間の俺には1ミリも理解の及ばない話、聞いたところで脳内で疑問符のパレードが練り歩き続けるだけで耐えられない。
「もうその辺で勘弁だ、七五三掛」
「むぅ……まぁいいわ!それよりまっつん、この後暇?」
「仕事も一段落したし、この後予定は無いから帰るつもりだけど」
俺の返答に紗和はパァっと顔を明るくする。そして俺の手を取って言った。
「じゃあ研究センターに行きましょう!そこなら試験場もあるし武器の試し撃ち出来るわよ。まっつんの武器見てみたいし……ね、良いでしょ?」
「おぉう……」
俺は彼女の勢いに気圧されて思わず後ずさった。
「うおぉ、凄ぇ…もう別世界じゃん」
白を基調とした近未来感漂う研究センターの室内に感嘆の声が漏れる。そんな俺を他所に紗和は遠方に捉えた人影に向けて走り出す。そこには薄水色のつなぎの上に白衣を纏った両目隠れの男性がいた。
「あ、氷室さーん!」
「おー、紗和ちゃん!」
紗和が氷室と呼ばれた男性に駆け寄る。彼は紗和に気付くと片手を上げて答えた。
「もしかして聡博士に用か?悪いが今日、博士は外せない仕事でな……」
「パパに会いたいのもそうなんだけど、今日は試験場に用があってね。あ、そうだ!紹介したい人がいるんだけど……」
そう言って紗和が俺の腕を引いた。俺は彼女に促されるまま前に出る。俺は慌てて名乗った。
「まっ、末田力と言います!今日から調査課に所属になりました!宜しくお願い致します!!」
「おいおい、そんなに堅苦しくしなくていいぜ?俺は氷室徹。此処の技術班だ」
「技術班……」
「お前らが使ってるイマージュギアだったり、管理局の電子機器全般は俺達の管轄だ。破損した時の修理や機材プログラムのアップデートだったりを一手に担ってる」
「管理局にいるなら必ずお世話になるから、仲良くなっておいて損はないわよ!」
「それは助かるな」
俺はそう言って頷く。すると徹が同意の意味を込めて笑みを見せると言った。
「そういやお前ら、試験場に用があるって言ってたな。よし、ついて来い」
「あ、ありがとうございます……」
「行くわよ、まっつん!」
そのまま紗和に腕を(強引に)引かれ、俺達は試験場へと向かった。
試験場には射撃の的だったり交通事故実験で使われる様なダミー人形が並んでいた。その光景を見て俺は目を輝かせる。
「すっげぇ……これ全部使っていいのか!?」
「あぁ、好きに使ってくれ。好きにとは言ったが、暴れすぎには気を付けろよ」
「ありがとうございます!想像展開!」
俺はイマージュギアを起動し小銃を展開する。そして的目掛けて5発撃って見せた。俺は一息つくと、今度は銃の側面を軽く叩く。すると小銃はライフルに変形する。そしてダミー人形に標的を移すと、俺は引き金を引いて弾丸を撃ち込んだ。ダミー人形の心臓部の的に玉が当たる。俺は次々と的を変えながら、様々な銃器で攻撃を繰り返す。
(ヤベぇ……超楽しい!)
俺は内心テンションが上がりまくっていた。
「まっつん、良い顔してるじゃん!」
一頻り撃ち終えた俺は、銃を仕舞い紗和の方を向いた。
「こんな気分久々だわ…ゲームしててもここまで楽しかったことねーもんな」
「にしたって初日でここまでイマージュギアを使いこなすとは……末田、お前才能あるぜ!」
徹がグーサインを出して言う。面と向かって"才能がある"なんて言われると少々照れ臭い。
「いやいや…俺もこんなに上手くいくなんて思ってなかったですよ」
するとどうやら俺の試し撃ちが紗和の心に火を着けた様で、彼女は勢いよく場内に走り出す。
「まっつん!私の武器もその目に焼き付けときなさい!想像展開!」
すると紗和の右手に装着されていたイマージュギアが光を放ち、装着型のチェーンソーに変形した。
「わっ!?し、七五三掛ぇ!?う、腕が、腕がぁ……!」
突然の事に慌てる俺を無視して、紗和は左手で勢いよくワイヤーを引くと目の前のダミー人形に向かって刃を振り下ろした。人形は一瞬にして真っ二つになってしまった。
「どーよ、まっつん!……って、あれ?」
「泣いちゃった!」
紗和が此方を向いた時には、もう既に俺は涙目になっていた。
「こ、怖ぇ……何だよそれ、何でもありかよ……」
「怖がること無いじゃない!装着型の武器なんて誰だって使いたくなる位魅力的でしょう?」
「いや、物によるだろ!!」
今の俺は人生で一番情けない声を出している気がする。
「ったく、紗和ちゃんは相変わらず無茶苦茶だな……」
「えへへ♪」
「褒めてねぇよ!みんながみんな"男の浪漫"を分かってくれると思うなって何度も言ってるだろ……」
呆れた様に溜め息をつく徹に紗和は舌を出す。俺はそんな2人のやり取りに苦笑いをした。