【FILE.15】箱舟は虚空を泳ぐ
世界線座標、年代、地点不明。
此処は一部の人間しか辿り着く事が出来ない場所。そして、世界中を騒がせている歴史修正組織"ディメンションハッカーズ"の拠点である。
構成員が出払っているのか、拠点内部は閑散としている。薄暗い部屋の中、世界線地図が表示された大画面ディスプレイを見つめる仮面の男―――彼がディメンションハッカーズの首領だ。表向きは"ノア"と名乗っているがその本名は明かされていない。
「…まだ、足りないな。このペースだと何時までかかる事やら……」
そう呟いて溜め息を吐く。その時、部屋の扉を叩く音がした。
「入り給え」
入室を許可すると扉がそっと開き、一人の男性が現れる。男性は白のロングコートを靡かせ、真意の読み取れない笑みを浮かべて言った。その手にはブラックの缶コーヒーを持っている。
「言われてたコーヒー、買ってきたよ」
「あぁ、ありがとうございます」
ノアは差し出されたコーヒーを受け取りながら礼を言う。すると男性はディスプレイを覗き込むように距離を詰めて言った。世界線地図は樹形図の様相を呈しており、動きのあった区間は該当する線が赤く点滅する仕様だ。
「ほーん…今回はかなり大規模な改変になりそうだね!」
「改変ではなく修正だと言っているでしょう…」
男性の発言にノアは溜め息を吐いて訂正した。コーヒーを一口飲むと、再び地図を見て言う。
「まぁ…成功すれば、の話ですよ。大規模な修正であればあるほど、時空管理局に嗅ぎつけられる可能性も高くなる」
「え~?あの無能警察共の目を掻い潜るなんて余裕でしょ!」
煽る様に高笑いする男性を横目にノアは続ける。
「君が思っている程、連中も雑魚ではありません。数年前より格段に成長している。修正を未然に防げていない点に於いては我々の勝ちではありますが」
「あっそう」
男性は冷淡に呟く。そして少し間を置いて続ける。
「ノア様はさぁ、どうしてこんな事をしているわけ?僕、ずっと君の側にいるけどさ…どうにも意図が読めないんだよね~」
男性の問い掛けに対してノアは少し驚いた表情を見せると、視線を彼に向けて答えた。
「理由は色々ありますが…一番はやはり、この世界への復讐……でしょうか」
「復讐?」
「私を見捨てたこの世界に復讐をするのです。全ての世界線をこの手で支配し、私が神となる事で……!」
狂気に満ちた瞳を向けるノアに対し、男性は興味なさ気に相槌を打つ。ノアは続ける。
「歴史が変わったり世界線が増減する際に生み出される"修正エネルギー"……それを極限まで集めれば世界全てを意のままに操れる程の力を得られる筈です。そして私は新たな世界を創造する。神座を得た暁には、君には私の使者として下界の民に神託を……」
「あー、そういう事?悪いけど僕は無神論者なんだ。君の復讐には最後まで付き合う心算だけど、神がどうのってのはまた別の話だよ?それと…君が集めた構成員達はどうなるのさ?君の話を聞く限り、歴史を変える事自体に意味はないっていう事になるけど?」
男性は呆れた様子で言う。それを聞いてノアは一瞬押し黙った後、自嘲気味に笑って言った。
「確かにそうですね。歴史が変わる事自体はさほど重要ではありません。ですから、集めた構成員が管理局連中に捕まろうが何等かの事故で死のうが、或いは修正の果てに存在が消えようが知ったことではありません。出来る限り修正が上手く行くように支援はしますが…その後はもう用済みです」
ノアの言葉を聞いた男性は考え込むような仕草を見せて言った。
「中々に非情だねぇ…そういうの、嫌いじゃないけど?」
彼の言葉にノアは少し笑って返す。
「非情なのはお互い様でしょう。貴方だって世界線を破壊して楽しんでいる、全時空指名手配犯の癖に」
二人は顔を見合わせて笑い合った。それから暫くして、ノアは言う。
「君は他の構成員とは違って単なる"手駒"では無いですから、身の安全は最大限保障します。此処は時空管理局ですら辿り着けない最強の安全地帯……」
そこで一旦言葉を区切る。そして男性に視線を合わせ、真剣な表情を見せて言った。
「時空の境界―――"0番世界"、ですから」