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【FILE.13-4】崩れゆく世界の友へ

 どうして歴史を変えてはいけないのか。

 歴史を変えると、その先の未来との矛盾点(むじゅんてん)が生じる。その矛盾を修正する為に宇宙そのものが動き、特殊なエネルギー(修正エネルギーと呼ばれている)が放出されて世界線が増えたり消失したりするのだ。しかし修正エネルギーの放出は宇宙にとっては大きなダメージで、何度も歴史の修正が行われる事によってダメージが蓄積され、一定限度を超過(ちょうか)した時、その世界線は崩壊してしまう。そして崩壊した世界線の先にあるのは―――無だ。

 些細(ささい)な歴史改変も、塵も積もれば世界線を壊しかねない。世界線の崩壊を防ぐ為に、歴史改変を罪としているのだ。


 2063年8月10日、午後6時30分、新津(にいつ)村。

 黒い炎を纏った大鎌(デスサイズ)―――"災禍(さいか)の剣"を振るい、狂気に満ちた笑みを浮かべながら破壊と蹂躙(じゅうりん)を繰り返す別の世界線の僕。それに対するは、パワードスーツに身を纏った青年―――高柳篤志(たかやなぎ あつし)。拳を握り締め、力いっぱい一撃を喰らわせる。緑色のオーラを纏った一撃は"災禍"の鳩尾(みぞおち)に刺さる。だが"災禍"には効いた様子がない。彼の攻撃などまるで意にも介していない様に距離を詰めて斬りかかる。

 僕―――湯川(ゆかわ)すずめはタイムリープを繰り返している篤志(僕の知っている彼とは別の世界線の存在)を追ってこの時間軸に来た。目の前に広がる光景に絶句する。黒い大鎌を振りかざし、狂気を孕んだ高笑いで攻撃を続ける女性はまさに僕だった。

「こんな所で……やられてたまるかよ!!」

 "災禍"の攻撃を喰らい、一度は倒れた篤志だったが、すぐさま立ち上がって反撃する。緑の光を放つ拳が"災禍"を襲う。今度はちゃんと入った様に見える。しかしその攻撃は寸での所で防がれた。


 僕が篤志と"災禍"の間に割って入り、双剣で彼の拳を防いだのである。


「止めるなって…言っただろうがよ!!」

 篤志が叫ぶ。僕は剣で攻撃を弾くと言った。

「過去を変えたらいけない!さもないとこの世界は……」

「知るか!どけ!!」

 彼は再び拳を握ると、渾身の力を籠めて殴りかかってきた。今度は直に喰らってしまい衝撃に耐え切れず後ろに吹き飛ばされた。持っていた双剣の片方が手から離れて遠方に飛ぶ。背中を強打し、その痛みに起き上がれずにいる僕を横目に、篤志が飛んで行った双剣の片方を拾い上げる。

「借りるぞ」

「ちょ、待っ…て……!」

 止めようにも全身が痛み上手く動けない。剣を持ったまま篤志は"災禍"に向けて歩き出す。そんな彼を嘲笑うかのように彼女は一気に距離を詰める。大鎌を高らかに振り上げ、渾身の一撃をお見舞いする―――その刹那。

「散れ、悪魔がぁ!!!」

 腕が上がった事でがら空きになった胸部目掛け、篤志は剣を真っ直ぐに突き刺した。心臓を一刺しされた"災禍"は一瞬にして絶命し、その場に倒れ込む。漸く痛みが引いた身体を起こし、僕は篤志の下へゆっくりと近付いた。彼は僕に剣を返すと、武装を解除して言った。

「もういい、俺は投降する。捕まえるんだろ?俺の事」

 僕は小さく頷く。そして差し出された彼の両手に手錠をかけたその時だった。僕らの周囲が、不具合を起こしたPCの画面の様にちらつき始める。耳に着けた通信機から、オペレーターの久世遊(くぜ ゆう)の声が響く。


『逃げてください!A24世界線は……崩壊します!!』


 見上げれば空は黒い四角が降り、崩れ落ちてゆく。遠隔で開通した緊急退避用のゲートに向かい、僕は篤志の手を引いて走り出した。緊急退避用ゲートは調査課の部屋と直通。ゲートを通れば安全圏だ。

「届けぇ!!」

 僕は叫び声を上げながらゲートに飛び込んだ。背後で電撃の様な音がする中、僕は戻ってくる事が出来た。息を荒げながら立ち上がる。しかし篤志はゲートを超えられず、ゲートを通ろうにも電流の壁に阻まれてしまう。

「篤志!?」

「悪い、俺はこのまま…この世界と共に消える」

「嫌だ…嫌だよ、篤志いぃ!!」

 僕はゲートの向こうに手を伸ばす。しかし此方側から引き込もうとしてもやはり壁に弾かれる。

「離れるんだ!」

 先輩の墨田修太郎(すみだ しゅうたろう)が強引にゲートから僕を離す。抵抗しようにも力の差で押し負けた。ゲートの向こう側から見える崩れ行く景色の中、篤志は涙目で微笑んで言った。

「すずめ。お前は…俺を捕まえに来たんだよな?俺が罪を犯したから。罪を犯したなら、それなりに報いを受けねぇと……だろ?」

「だ、だからって……!!」

 気付いたら僕は泣いていた。篤志は続ける。段々と崩壊していく彼の輪郭。ノイズ交じりになっていく声の中、彼は言った。


()()()()()()()俺にも……宜しく、言っておいてくれ」


 ゲートの向こう側が完全にブラックアウトし、強制的にゲートは閉鎖した。巨大モニターに視線を向けたまま、遊が言った。

「A24世界線及び支世界線……消失です」

 部屋中に流れる通夜(つや)の様な空気。皆俯き、言葉を失っている。僕達並行世界特務調査課(P.S.I.D.)にとって、世界線の消失という結末はゲームで言えば最悪のバッドエンドに相当する致命的大失敗(ファンブル)だ。静寂を破ったのは僕の堰を切ったような号泣だった。

「僕のせいで、守れなかった……うわあぁぁ!!!」

 泣きじゃくる僕を修太郎が冷たい視線で見下ろして言った。

「過ぎた事を延々と嘆くな、湯川すずめ。報告書、書いてこい」

「わ、分かりました……」

 僕は泣くのを止め、溢れ出る感情を押し殺して自分のデスクに向かうとパソコンを立ち上げた。


 報告書を書き終え、家に帰れたのは夜中になってしまった。僕は自室で篤志に電話を掛けた。ちょうど夜勤のコンビニバイトが終わった頃だった。

『お、すずめ。珍しいな、お前から電話してくるなんて』

「うん…ちょっと今、篤志の声が聞きたいな…って思ってさ」

 彼の普段の話し声が、今は妙に安心できる。自然と涙が溢れ出る。彼は少し間を開けてから言った。

『大丈夫か?』

 僕は嗚咽(おえつ)を漏らしながら答えた。

「今日、仕事で失敗しちゃってさ……」

『あー…時空管理局、だっけ?お前、凄いよな。噂じゃ世界を守ってる"ヒーロー"なんだろ?』

 "ヒーロー"という言葉が強く心に刺さる。

「"ヒーロー"……そんな御大層なもんじゃないよ。現に失敗してるんだし……僕、ヒーロー失格だよ……」

『ま、そう落ち込むな。一回失敗した位でめげるんじゃねえよ。次は絶対上手く行く。俺は応援するぜ!頑張れよ、すずめ!』

 篤志の励ましに元気を貰えた気がした。

「ありがとう……」

 そう言って僕は通話を終えた。


 翌日、修太郎から「仕事に私情を挟むな」と怒られてしまった。確かに、先刻の件で標的になっていた篤志と僕の親友である篤志は全くの別人だ。でも僕の中では、この広い宇宙の中で無数にいる並行世界線上の同一存在は全くの無関係には思えない。並行世界線上の同一存在皆で大きな()()()()()というパズルを作っているとして、世界線を消滅させてしまうことは、そのパズルのピースを永遠に失くしてしまうみたいで悲しかった。それが親友でも、知りもしない赤の他人でも、当然自分だったとしても。

 これ以上()()というパズルピースを失くしたくはない。僕はそう心に誓った。

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