【FILE.13-3】I wanna be a Hero
僕―――湯川すずめと高柳篤志は幼い頃からの親友だった。僕達は小さな片田舎の村で暮らしていた。家が近所という事もあり家族ぐるみで仲が良かった。篤志は変身ライダー系ヒーローに憧れていて、毎日の様にごっこ遊びに付き合わされていた。女でありかつ特撮に疎かった僕はそんな彼の相手をするのに少々手間取ったが、内心では楽しかったし、何より彼は僕の事をとても大切にしてくれた。篤志は時々創作したヒーロースーツの絵を見せてくれた。まだ未就学児だった頃にしてはかなり完成されていた絵だったのを鮮明に覚えている。黒と緑を基調とした、狼を思わせるカッコいいヒーロースーツ。篤志は大型犬―――特に狼が好きだったし、彼にはお似合いだと思った。
小学生になったぐらいだったか、僕は彼にこんな事を言ったことがある。
「篤志……僕女の子だし、ヒーローごっこなんてもうやらない!このままだったら女の子の友達出来なくなっちゃう……」
すると彼は少し不満げな顔で言った。
「は?ヒーローになるのに男も女も関係ねぇ」
「…え?」
篤志は笑顔を見せて続けた。
「女でもライダーに変身して戦ってる奴いるだろ?男じゃないとヒーローになれないってルールなんて無いし。大事なのは"誰かを助けたい"とか"悪い奴を許さない"とか、そういう気持ちなんじゃね?」
(そうだ。"ヒーローになりたい"って気持ちに、男の子だからとか女の子だからとか関係ないんだ!)
僕は篤志に向けて笑顔を見せると言った。
「僕も…カッコいいヒーローになれるかな?」
その問いに彼は大きく頷いて答えた。
「あぁ、絶対になれる!!」
形は違えど、今の僕は世界を救う"ヒーロー"として時空犯罪者を追っている。今回緊急で受けた過剰世界線干渉の犯人を確保する任務の為、A24世界線の新津村へと向かった。別の世界線とはいえ此処は僕の生まれ育った故郷。郷愁にも似た感情を覚えながら、僕は目的の場所へと辿り着いた。深い森の奥にある神社。村の中心地から見て鬼門の位置にある祠。それを破壊しようとハンマーを振り上げる男に、僕は双剣を向けて声を掛ける。
「時空犯罪者、高柳篤志。貴方を過剰世界線干渉の現行犯で…確保します!」
僕の声を聞いて振り返った男は、服や雰囲気は所々違えど、僕の親友である高柳篤志だった。僕の知る篤志は元の世界でコンビニバイト中だと言うのは既に確認済み。目の前にいるのは別の世界線の篤志だ。
「……すずめ?何でお前が、此処に……?」
驚きに満ちた表情を浮かべる彼。剣を降ろさぬまま彼に少しづつ近付き言う。
「この世界で何があったかはもう調査済みだ。君が重罪に手を出した理由だって分かる」
今から1年前の夏の日、この村一帯が焼け野原となる大災害が起きた。村に伝わる災いを呼ぶ邪器が解き放たれ、悪魔が村を焼き尽くしたという凄惨な事件だ。そしてその悪魔というのが、邪器に精神を乗っ取られたA24世界線の僕だった。一頻り破壊の限りを尽くした別世界の僕はそのまま力尽きて死んだ。この世界でも僕と篤志は親友で、彼は僕が悪魔になった世界を、焼け野原になった故郷を否定し、救済する為にタイムリープを繰り返していたのだろう。
「でも世界線干渉と歴史改変は犯罪、それは変えられない規則だ!君には此処で捕まってもらうよ!」
僕の宣告に悔し気な顔で拳を握り締め、篤志は言い放った。
「止めないでくれ!俺はこの世界を救わないといけないんだ!例え…どんな手を使ってでも!」
そして手にしたハンマーをその場に投げ捨てると、両腕を前に突き出し前方で交差させ、叫んだ。
「想像、完全武装!」
風で僅かに服の裾が上がり、彼の腰元に装着されていた機械が見える。僕が腕に着けているイマージュギア―――に似た物だった。何かしら改造が施されているのだろう。その機械が緑色の光を放ち彼の全身を包む。光が晴れると、彼の姿は変身ライダー系ヒーロー思わせる機械感の強いものになった。黒と緑を基調とした狼を思わせるヒーロースーツは、デザインに多少の差異はあれど幼き日の僕が見た彼の創作ヒーロースーツに似ていた。存在する世界線が違っても、根本の思考回路は似るのかもしれない。そう思うと、相手は完全なる別人だと分かっていても、自分の知る彼を重ねてしまい攻撃に躊躇いが出る。
「こんな事になったのは……あいつを壊したのは、俺のせいなんだ!!だから、俺が全てカタを付けねぇと……!!」
気迫に満ちた攻撃を僕に撃ち込む。打撃を細い刀身で受け止め、弾く。隙を見せた所で足元に向けて斬撃を飛ばす。篤志がバランスを崩し転倒したところに追撃を加えるべく接近するが、彼は起き上がると同時に跳躍して距離を取った。僕は剣を構え直して言う。
「だけど…君のしている事は世界を救っている様に見えて……世界を壊している行為だ。これ以上のタイムリープは…世界線を増やすのはやめるんだ!そうじゃないと……」
「うるせぇ!!止めるんじゃねえ!!」
この世界線そのものが危ない―――と言いかけたその時、篤志はそう叫んで地面に向けて力強く拳を撃ち付けた。緑色の閃光と共に響く轟音と巻き起こる土埃。僕は咄嵯に防御の姿勢を取る。視界が塞がれ、次に目を開いた時には既に篤志の姿は無かった。
「逃げられた……」
僕は耳に付けていた通信機に手を翳し、課長の黒瀬乃亜に話す。
「標的は何処に逃げました?」
すると乃亜からすぐさま返答が来た。
『2063年8月10日の午後6時30分……の1分前、新津神社の境内だ。今、久世君に頼んで遠隔で接続ゲートを開通する。一刻を争う事態だ、急いで向かってくれ』
「…了解」
僕は真剣そのものという声色で答える。目の前に開通したゲートの極彩色の稲光の眩しさに目を細め、僕は意を決した表情でゲートへ飛び込んだ。
何度も何度も同じ時を繰り返した。あらゆる手を尽くしたが、俺―――高柳篤志の親友である湯川すずめが"災禍の剣"に呑まれ、故郷を焼き尽くす悪魔に変貌する未来は避けられなかった。それならばかくなる上は最終手段である。
―――彼女が"災禍"に堕ちた瞬間に、この手で彼女を殺す。
その身が果てるまで操られ続けるよりは、直ぐに解放された方が彼女も幸せだろう。それに村への被害も最小限に抑えられる。正直こんな事はしたくない。だが、これしか方法が無いのだ。
この手で皆を救えるヒーローになりたかった。だが、ヒーローには必ず正義が付き纏う。今の俺の救済の仕方は正義とは程遠い。俺が憧れた純粋なヒーローというよりは、闇に生きるアンチヒーローに近い。それでも、俺はもう後戻り出来ない所まで来てしまった。
「どんな結末になろうが、これで……最後にする」
携帯ポータルを起動して時間を渡る。新津神社の境内、午後6時30分。俺は"災禍の剣"を手にしたすずめと対峙する。理性を失った獣の様な彼女の瞳が煌々と赤く光る。俺は少し俯くと、小さな声で呟いた。
「……許せ」