【FILE.12】Borderless Love
悪い事をすれば、必ず報いが返ってくる。私―――初原悦子は今、身を以ってそれを痛感している。派手に壊れた携帯型並行世界接続ポータルだったものを見つめ、絶望の声を漏らす。
「……お母さん、ノア様、そして色々な人にごめんなさい……」
私は、2034年のA65世界線から帰れなくなってしまったのだ。
順を追って経緯を説明しよう。
ある日、私は機会があり実家へ久し振りに帰った。そして小説家である母と談笑を交わした。その時に母から"初恋の人"の話を聞いたのだ。
母は私が幼い頃に離婚した。父だった男は母の小説家としての名声と金目当てで付き合っていたようなもので、人気が落ち着いたタイミングで見限る様に離婚を言い渡した最低な男だった。その後母は再婚は絶対にしないと決意して今に至る。再婚しないと決めた理由というのが、"初恋の人"を超える男はこの世には存在しないから、という事だ。じゃあ何故その"初恋の人"と結婚しなかったのか、という話になるのだが、その"初恋の人"は実は女性だった。初見では男性だと思ってしまう程に見目麗しい容姿の人で、住んでいる世界が違ったら男装歌劇のトップスターも目じゃないくらい。母が見せてくれた写真からでも輝かしいオーラが伝わってくる。
「あの人が男だったら私は絶対に結婚してたわ」
そう冗談めかして母は言っていた。ただ、そんな冗談すらも現実に出来るようになってしまったこの世の中。母の"初恋の人"が男性だった世界線を探す、簡単な話だ。ただ、世界線渡航1回にかかる金額は馬鹿にならない。しがない一般企業務めのOLには苦しい。そんな時、私の下に"ノア様"が現れた。歴史修正を生業とする彼は、私に協力すると言い寄った。渡航に用いる技術や機材は最低限支援してくれると言う。それはそれで魅力的だ。私の心は既に決まっていた。
私は"ノア様"及びディメンションハッカーズの支援の甲斐あって、母の"初恋の人"を探す旅に出た。計画としては、"初恋の人"が男性である世界線に飛んで彼を探し、A1世界に連れて行って若かりし母と結婚させる。越境誘拐やら歴史改変やら罪を重ねる形にはなるし、母の結婚相手が変わってしまえば私という存在は消えてしまう。だがそれは覚悟の上だった。あんな名声目当ての最低男の血を持った私なんか存在しない方が母も幸せだろう。
計画は順調―――かの様に思われた。しかしA65世界線に辿り着いたタイミングで、携帯型ポータルが壊れてしまった。そして私は帰る手段を失い今に至る。
「どうしよう……」
生憎機械系統に疎い私は直し方なんて当然分からなかった。それに過去の世界で先進機器なんか出したら確実に怪しまれてしまう。私は鞄の奥の方にポータルだったものを乱雑に仕舞って歩き出した。
「こんなことって、ないよ…」
溜め息を吐いて俯き加減に呟く。そのせいで前方不注意になっていたのか、向こうから歩いてくる誰かにぶつかってしまった。
「あっ、すいません!私が前を見ていなかったばかりに……」
「いえ、お気になさらず…」
慌てて謝る私。ぶつかった相手は気にしていない様子だ。ふと見上げると、帽子を目深に被り色付きレンズの眼鏡をかけた銀髪のイケメンが私に向かって微笑んでいた。
「めっちゃカッコいいやん……」
思わず声に出してしまった。するとその人は少し困ったように笑うと、「大丈夫ですか?」と言ってきた。
「えっ!?あぁ……はい、平気です!」
「顔赤いけど…もしかして、風邪?」
「いやいやいや!そんな事無いですよぉ!?今日ちょっと暑いですねぇ~、あっははあぁ!」
彼に惚れたのか私の顔が赤くなっていたらしい(暑いのは事実だが)。私は誤魔化す様に笑う。その時、私の後ろの方で女性達が甲高い声を上げるのが聞こえた。
「あれ、もしかして増間亮じゃない?」
「うっそぉ、亮様!?きゃー!」
「こんな所で亮様に遭遇するとか……」
"増間亮"―――母の初恋の女性の名前と一致する。男性は眼鏡を外して笑う。
「変装してもバレちゃうか……僕も有名になったものだな。騒ぎになると厄介だ…」
そう言うと彼は私の腕を引き、少し遠めのカフェまで走っていく。
どうしよう、このままだと私の方が彼に惚れてしまいそうだ。これはある意味―――"禁断の恋"である。