【FILE.11】歌声に狂愛を乗せて
いつからだろう、愛を紡いだ歌声に狂気という雑音が交ざり始めたのは―――
丁度25年前の今日だった。私―――色樹英麗奈にとって最大にして最悪の事件が起きた。忘れもしない、"エース"の結婚報道だ。
エース―――今や世界を又に掛け活躍するジャズシンガーだが、私はその以前から彼の事を愛していた。まだ彼が無名で、小さなジャズバーで歌う位だった時から私は彼の事を知っていた。布面で素顔を隠し、素性を明かさないミステリアスさかつ美しい歌声は世の人を魅了した。私を含めた同業者も魅入られ嫉妬するほどだ。エースはアメリカで放送された世界規模のオーディション番組に合格した事を皮切りに世界的に注目を浴びる事となる。しかし、注目される以前から彼を知り愛した者からすれば既に"これ以上注目されて欲しくない"と願う程であった。そして私は、彼に強く恋をしていた。故に段々と私の心が厄介な方に拗れていった。
彼を独り占めしたい。隠された全てを暴きたい。そんな欲望が日に日に大きくなっていった。そんな中で飛び込んだのが彼の結婚報道だ。彼個人の人生もある。一ファンとしては素直に喜ぶべきなのだろう。相手がただの一般女性だったらそれで片づける事も出来た。しかし実際は違う。相手は、彼のマネージャーを務める女性だった。数年前からその女性と彼は同棲していたとの報道もあった。
(行きつけのボードゲームカフェで談笑したあの日も、ジャズバーで一緒に歌ったあの時も、私の事を見ているように思えて、彼の心の何処かではマネージャーの女性の事を考えていたの……?)
胸の奥底からどす黒い感情が沸々湧いてくる。それを表では出さぬように堪えていたが、歌声は人の心を乗せるもの。歌えば自ずとその心情が出てしまうものだった。
今は色々な意味で良い時代になった。並行世界渡航が夢物語ではなくなった。だからと言って私がエースを独り占めできた世界線を見に行って、この闇に支配された心は満たされるのか?答えはノーである。ならばどうするべきか?彼とあの女性が結ばれる以前に渡航し、女性を殺す。私が思いついたのはそんな計画だった。そんな計画を思いついたはいいが、この手を血で染める勇気は無かった。そんな時に私は、歴史修正者を名乗るスーツ姿の銀髪の男性と出会った。私の計画に出来る限りの支援と協力をする、と言ってくれた。私以外にも正史修正を望む同志はいるようで、彼らが集まる拠点では、すぐに歓迎された。
周囲の支援もあり、覚悟は成った。私は男から渡された携帯型ポータルを握り締めると、渡航先を小さな画面に入力する。
行く場所は25年前の5月、アメリカ。オーディション番組の収録日。テレビ局の前で襲撃を敢行する。