【FILE.10-3】正史は正しくあるか
歴史改変者の少女―――桧星彗を探して街を歩く俺達。
「こうやって二人きりで街を歩くのって何時振りだったかしらね、まっつん?」
俺―――末田力の隣で軽やかな足取りで歩く七五三掛紗和が言う。
「あー…俺達だけって言うのはあまり無かったな」
「なんかデートみたいね、って言いたい所だけど……今は仕事中だからなぁ~」
「だな……」
そう言って俺は苦笑いを浮かべる。そんなこんなで暫く歩いていると、ふとある事を思い出す。
「あのさ、七五三掛。聞くの今更になっちまうけどさ…」
「何かしら?」
俺は少し気恥しくなりながらも言った。
「この世界には沢山の並行世界がある訳だろ?C○○世界…とかさ。だったら多少歴史変えたとしても、"歴史が変わった"という新しい並行世界が出来るだけなんじゃないのかな…って」
すると紗和は少し考えた後に言った。
「私達の生きる世界線…A1世界って呼ばれてるけど…一口にA1世界って言っても、無数に並行世界が枝分かれしているの。教科書で表向きに習う世界線を"正史"、そこから分岐する世界線が"支世界線"と呼んでいるわ。私達が良く言うC○○とか言うのは正史軸の事ね。まっつんの言った通り、多少歴史を変えようと支世界線が増えるだけだから正史自体には影響はないわけ。それが改変犯を見逃しちゃう理由でもあるんだけど…」
そこまで話して彼女は一旦言葉を切った後、「でもね」と言いながら人差し指を立てて続けた。
「問題はその"改変した歴史"と同じ歴史を持つ支世界線があった時よ!」
「同じ歴史を持つ支世界線……?」
「そう!改変した内容…例えば本来は誰かが死んでしまう世界線が正史だったとして、その裏にはその人が死ななかった場合の世界があるわけよ。でも正史で死ぬはずの人物が生かされた場合、その人が死ななかった世界線が"正史"になってしまうの。表向きに目立つ歴史改変って言うのは、正史と支世界線が部分的に入れ替わる事を差すのよ!今回起こったのはそのケースね。まぁ、どうあれ歴史改変は重罪よ。確実にとっ捕まえてやるんだから!!」
「なるほど……」
俺は納得して頷いた。小難しい話は苦手な俺だが、何故か紗和の説明は分かりやすくすんなり理解できた。
(桧星彗って子、まだ18って言ってたよな…そんな未来ある子が何故にそんな重罪に手を出そうなんて思ったんだろ……)
俺はそんな疑問を抱きつつ足早に歩く紗和の背中を追って歩いた。その時、とある路地で黒基調の水色ラインが入った上着を羽織った明るい水色のおさげ髪の少女と目が合った。俺は制服のズボンに入れていた写真と眼前の彼女を見比べる。完全に一致した。間違いない、彼女が―――
「ねえ、君。桧星…彗さんだよね?」
俺は恐る恐る少女に聞いた。すると少女は訝しげな目つきで俺を睨んで言った。
「何で私の名前を知ってるの?というか、その服…時空管理局の人?もしかして私を捕まえに来たの?」
彼女の言葉を聞いて俺は確信する。やはり彼女は桧星彗本人だと。
「ああ、そうだ。君は歴史改変の重罪に問われている。俺達と一緒に来てもらおう」
俺の要求に彼女は首を横に振った。
「私は…何も悪い事はしてない。私はただ…生きるべき人間を救っただけ!!あんた達には屈しない…邪魔するならここで消えて!!」
彼女はそう言うと左腕に手をかざす。服の袖口から黒いスマートウォッチの様な機械が見えた。それが光を放つとフレイルハンマーが現れ、彗はそれを手に取ると勢いよく振り回す。
「何だっ!?」
咄嗟に避ける俺。紗和は何かを思い出したように彗を指差して言った。
「何であんたが…それを持ってるのよ!?」
「はぁ?七五三掛、いったい何の話を…」
俺の質問に紗和が彗から目を逸らす事無く答える。
「私達が使っているイマージュギア…それって私のパパがかつて存在した政府直下の特殊部隊が使っていた武器展開システムを改良したもの…って前に言ったわよね?」
「え?あー、言ってたっけな……」
「そのベースシステムになった機械が彼女が使ってるやつよ。どうして…研究資料としてセンターで厳重保管されてたんじゃなかったの!?」
「それが本当なら……現行ギアのデザインどうにかならなかったのか!?」
俺は自分の左腕に装着されているイマージュギアを指差して抗議した。彗の身に着けているものと比べると重厚感のある見た目をしている。もう少しシンプルなデザインにはならなかったものか、と思ってしまう。
「色々機能を積んだらゴツくなるのは当然でしょ!?まだまだ改良の余地はあるってパパは言ってたけど!」
そんなやり取りを鉄球を振り回して煽りながら彗は聞いていた。
「……やたら詳しいのね、あんた」
「科学者の娘、舐めてもらっちゃ困るわ!想像展開!」
紗和がそう叫びギアを起動させる。右腕に装着されていたギアは光を放ち、装着型チェーンソーの形に変わった。勢いよくワイヤーを引くと刃が轟音を鳴らしながら動き出す。紗和は走り出し、彗に斬りかかる。だが彼女は軽々と避けていく。俺もギアを起動し小銃を召喚すると紗和の援護に回った。しかし俺が銃口を向けた途端標的を切り替え、彗は俺の足元に向かってフレイルで攻撃し続けた。距離を詰められてしまったら銃はほぼ無力。俺は後方に跳びながら言った。
「待ってくれ、桧星彗!話せばわかる!だから一旦落ち着こう!」
「管理局連中の話なんか……端から聞く気はないわ!」
彗はそう言うと、俺に狙いを定めて再び攻撃を繰り出す。俺は必死に回避しながら説得を試みる。
「最後まで聞けって!!」
俺の言葉は届かず、彗は容赦なく攻撃を仕掛けた。
「私は……何も間違った事はしていない!私はただ…父さんを助けたかっただけなの!!」
一際大きな声で彗が叫び、フレイルを高らかに振り上げる。鎖の軋む金属音が響く。
(ヤバい、俺…死んだかも!)
そう思った時、紗和がチェーンソーでフレイルの鎖を引きちぎった。鉄球は轟音を上げて遠方に落下した。彗は驚きのあまり硬直した。そこを容赦なく紗和が背後から蹴りを入れる。
「ぐっ……」
彗は地面に倒れた。紗和は彼女に近づくと、目線を彼女に合わせて言った。
「本来こういうのは取調室の仕事なんだけど……彗ちゃん、事情を聞いてもいいかしら?」
彗は紗和を睨んだと思うと、堪忍したように溜め息を吐いた。
16年前の議員無差別殺人事件。その被害者の一人に、彗の父―――桧星宙議員もいた。事件が起きたのはまだ彗が幼い頃で、彼女はまともに父親の顔を知る事が無かったのだという。後々になって父がこの国を良くする為に尽力していた事、多くの人達から厚い信頼を得ていた事を知った。
「父さんは…この国になくてはいけない存在。そんな父さんが死んでしまった世界が……納得いかなくて……」
彗の目からは涙が溢れていた。彼女は続ける。
「重罪になるのは分かってた!それでも…私はっ!!」
「……彗ちゃん、貴方の気持ちはよく分かった。でも……私達と一緒に来て。罪は罪、償わないといけないのよ」
紗和がそう諭すと、彗は涙を流したまま俯き、そのまま同行に応じた。
彼女が持っていた機械は旧式の武器展開システムと一致した。しかし研究センターで保管されている物が盗まれたという報告は無く、未だに入手経路は不明のままだった。
取調室で取調を受けていた彗は、職員を黙って睨んでいた。職員の一人が言う。
「どうもお前は…個人活動の改変者とは思えない。雇い主…あるいは協力者がいるんだろう?さぁ、吐け。そうすれば減刑の可能性もあるぞ」
彗は顔色一つ変えずに答えた。
「雇い主は言えない。でも、私みたいに正史に納得のいかない人達はいるのは事実。世界を混乱させる為に歴史改変をやってる輩とは一緒にしないで」
そして一つ息を吐くと続けた。
「私達は"ディメンション・ハッカーズ"。この世界の正史を修正する為に集まった。正史が全て……正しいって思わない事ね」