【FILE.10-2】Revised History
「凶悪歴史改変犯!?」
上官である黒瀬乃亜から聞いた衝撃的な単語に、俺―――末田力は驚愕の声を上げる。そんなSF小説みたいな事って存在するんだ。いや、タイムトラベルが普及した異常避けられない事態というのか。
「過去の歴史上で起きた重大な事件、出来事を意図的に変えることで未来を大きく変えてしまう存在だ。重大事件に非ずとも、個人的に納得のいかない歴史を変えるだけでも同等の罪には値するからな」
彼は淡々とした口調で説明を続ける。
「ただ残念なことに、一度変えられてしまった歴史は、我々管理局の手ではどうする事も出来ない。改めて修正する事は出来ない。歴史を変えられてしまった以上、その改変犯は"事後確保"という扱いになる」
「事後確保…」
聞くところによると、歴史改変犯の殆どが現代技術を超えた装置を所有して、時空管理局―――特に俺達特務調査課の目を掻い潜ろうとしている。その為改変を未然に防げる確率はかなり低く、8割の改変犯は"事後確保"という状況なのだという。
「改変未遂で簡単に確保出来たら苦労しませんよ。まぁ、そうしないと文句を言う奴がいますけど」
モニターの基盤を操作しながらオペレーターの久世遊が言った。彼女がそう言った途端、部屋の自動ドアが開き、部屋中に怒号が響く。
「うぉい、調査課ぁ!!」
「ひゃいぃ!何か用ですかぁ!?」
驚きのあまり俺は裏返った声で返事をした。声の主を見た遊は溜め息を吐いて言った。
「案の定来やがりましたね、小瀧」
怒り心頭といった様子の赤髪オールバックの男―――小瀧潮は、デスクの上にドカッと腰掛けて怒鳴る。
「また改変犯逃したのか!?これだから無能警察って言われるんだよ、お前らはぁ!こっちは歴史が変わる度にデータ書き直ししなきゃなんねーんだよ!こっちの身にもなってくれよ、あぁん!?」
(怖っ!?この人何なの…!?)
俺が恐怖を感じている中、乃亜は冷静な態度のまま言う。
「彼は小瀧潮。時空管理局歴史情報管理課の職員だ。歴史情報管理課はこの世界の歴史全てを管理するデータベースを運営している機関だ」
俺は改めて遊と一触即発状態の潮を見る。確かに管理局の制服は俺達と同じだがネクタイが違う。俺達はターコイズブルーに白の十字のラインが入ったものなのに対し、潮は暗緑色のネクタイに金色の棒タイピンを着けていた。
「こっちだって取り逃がした改変犯の特定に忙しいんです!ただデータ書き換えるだけの簡単なお仕事な貴方にとやかく言われる筋合いはありません!」
「やられる前に捕まえておくのがお前らの仕事だろうがよ!ろくに実地に行かないで指示してるだけのお前に言われたくねえよ!」
「何ですって!?オペレーターだって重要な仕事です!」
潮と遊の口論が激化する。それを見た乃亜は苦笑いしながら言った。
「すまんな、末田君、七五三掛君。彼らは同期で、新人の頃からこんな感じなんだ。目と目が合えば即口論…仲が悪い訳ではないんだが」
「仲が良いように見えますか?」
「見えないですね」
"喧嘩するほど仲が良い"とは言うが、彼らの場合は全く違うように見える。
「とにかく、今回は何の用ですか、小瀧?例の改変事件絡みで何か?」
「ああ、そうだよ。今回の事件はちょっと厄介だ」
「どういうことだよ、それは?」
俺が訊ねると、潮は眉間にシワを寄せて答えた。
「16年前に起きた中央党議員無差別殺人事件に関する歴史が全て無かったことにされた。事件の被害者となった議員は全員生存。犯人だった議員秘書は何者かによって殺害された。恐らく、やったのは今回の改変犯だろうな」
「まさか、そんな事が……」
「あり得るんですよ、末田さん」
信じられないと言った表情を浮かべる俺に対し、遊が答える。
「過去を変える事は、未来を変えることと同義です。特に国会議員の生き死には、この国自体の未来に大きく関わる可能性が高いですから」
俺は納得したように頷く。俺の隣にいた七五三掛紗和が手を挙げて言った。
「その改変犯は特定できたの?」
するとその問いを待っていたと言わんばかりに遊が基盤を操作して画面を切り替えた。そこには黒い帽子を目深に被った明るい水色のおさげ髪の女性が映っていた。
「こちらは事件当時の中央党事務所の監視カメラ映像です。犯人は桧星彗、18歳の女性。国会議員である桧星宙の実子です」
「桧星議員って…事件の被害者の一人よね!?」
「あぁそうだ。本当だったら、な」
紗和の驚きの声に潮が淡々と答えた。
「犯人は既に逃亡。恐らく越境逃亡はしていないと思いますが…」
遊はそう言って再び画面に目をやる。乃亜は腕組みをした状態で言った。
「末田君。彼女の確保、頼めるか?」
「えぇっ!?」
俺は思わず声を上げた。いくら何でもいきなり過ぎる。
(俺一人で!?ちゃんと出来るかな……)
不安げな表情を見せる俺に、紗和が勢いよく手を挙げて言った。
「私も同行するわ!」
「七五三掛……」
「まだまだ新人のまっつんを独りで行かせるわけにはいかないわ!それに、少し気になる事もあるし…」
彼女はそう言うと真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。後半は何故か声量を落として言っていたのが引っかかるが、きっと彼女なりに何かあるのだろう。突き詰めるのは野暮ってやつだ。
「じゃあ、末田君、七五三掛君。頼むよ」
「はい!」
乃亜の言葉に元気よく返事をして、俺達は部屋を出ていった。