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【FILE.10】時をかける彗星

 今から16年前の話だ。私―――桧星彗(ひのぼし すい)の父、(そら)は殺された。国会議員だった父は所属していた政党事務所で起こった議員無差別殺人事件の被害者の一人だ。父が死んだ時にまだ幼かった私は、父の死について聞かされることは無かった。母が私の心を案じての事だったという。真相を知ったのはここ数年での事だった。

 政党党首の不正を暴いた秘書が、不正を認めて謝罪・辞職しなければ所属議員を殺すと党首を脅しての事で、私の父を含め5人の犠牲者が出た。党首も謝罪会見の直後射殺された。

 父は、家庭環境や両親の収入等に関わらず子供が平等に自由な教育の機会を与えられるよう政策を打ち立てていた。支持率も高く誠実な議員だった、と父の同胞から聞いたことがある。この世界で生きるべき人間が無惨にも殺されてしまう、そんな事実を私は受け入れられなかった。


 この手で過去を変えられたなら。そう思ったことは何度もある。しかしそれは叶わぬ願いなのだとも分かっていた。過去に干渉することは許されない禁忌(タブー)である。例えそうだったとしても、私は―――父を助けたい。私のその思いを見透かしたかのように、その男は現れた。仮面で顔を隠したその男は、過ちの歴史を正す"ディメンションハッカー"を名乗った。納得のいかない歴史があるなら、変えたい世界があるなら協力をするという。胡散臭いこと極まりない男だったが、藁にもすがる気持ちだった私は彼の力を借りることにした。

 男から貰った携帯型世界接続ポータルを見つめる。今やタイムトラベルは当たり前となったが、それでも渡航手段は限られている。渡航に必要な接続ゲートを好きな時に好きな場所で生成できるその機械は現状の科学技術を超越していた。

「……覚悟はできてる」

 私は呟く。そして必要最低限の荷物を持ち、自室でポータルを起動する。接続地点は16年前、中央党事務所内。真四角に光る枠が生まれ、その中に光の渦が起こる。私は小さく頷くと、意を決してゲートへと飛び込んだ。


 中央党事務所に着いた私は帽子を目深に被り顔を隠す。そして極力他者と出くわさないルートを怪しまれないように進んでいった。

(あんな超科学的なポータルがあるんだったら、もっと潜入に使えるアイテムも用意してくれれば良いのに、あの男……)

 文句を言いたくなる衝動を抑えながら、目的地を目指す。父が殺される現場、彼の部屋はもうすぐ着くはずだ。すると、曲がり角の向こう側から男性の悲鳴らしき声が聞こえる。私は足音を抑えつつ声の先に近づくと、辿り着いた部屋の扉に手を触れる。意を決して扉を開けると、そこには黒いスーツ姿の女性が男性に銃口を向けていた。男性は白髪交じりではあったが私と同じ明るい水色の髪をしていた。あれが私の父だ。私は二人の間に割って入り、女性の腕を蹴り上げて銃を手から払った。突然の出来事に呆気に取られている父に向かって叫ぶように言う。

「逃げて!」

 私が叫んだと同時に腕を押さえながら彼女が立ち上がる。彼女は怒りに満ちた表情でこちらを見ると、懐からナイフを取り出して突進してきた。咄嵯に身を屈め相手の攻撃を避け、私は左腕に身に着けたスマートウォッチ型機械に手を触れた。すると機械の画面が水色の光を放ち、フレイルハンマーが展開された。ハンマーの柄を強く握る。私は勢いよくハンマーを振り回す。鎖の金属音を立てながら棘付き鉄球が女性に向かって飛んでいく。女性は避けきれず右肩に当たり吹き飛ばされるが、すぐに立ち上がり再び向かってくる。今度はナイフを投げてきた。私はそれを弾き飛ばす。弾かれたナイフは壁に突き刺さった。次の瞬間には目の前まで距離を詰められており、腹部に強い衝撃を受けた。彼女の拳による一撃だ。息ができないほどの痛みに耐えかねて膝をつく私に追い打ちをかけるようにして、鳩尾(みぞおち)への強烈な回し蹴りが入る。意識を失いそうになるのを踏み止まり堪えると、私は彼女を押し倒して馬乗りになる。そしてそのまま右手に持つフレイルハンマーを思い切り振り下ろした。鈍い音が響く。女性の頭部から血が流れ出た。私は血に濡れた鉄球を見つめ、息を荒げた。恐怖をその目に湛えた父の方を見る。この時代はまだタイムトラベルという概念が無かった時代だ。だから彼に向って堂々と「未来から来た貴方の娘だ」なんて言えない。私は悲し気な目で父を見つめながら、部屋を出て、元の時代へ帰る。


 自室に戻った私は、頬に着いた血を指で拭い、上着と帽子を脱いだ。その時、階下から母の呼ぶ声が聞こえた。ちょうど昼食時だ。私は震える手で扉を開け、階段を下りてリビングに向かう。何も変わらない光景。しかし、明らかに変わったものがあった。テレビを見ると、昼のニュース番組で国会の様子が映っていた。ほんの一瞬ではあったが、首相の答弁に鋭い指摘をする私の父の姿が見えた。

「あらら、宙君ってば相変わらず痛い所を突くわね…流石というか」

 テレビを見ていた母が苦笑いを浮かべる。父が生きている。歴史が変わった―――いや、私が変えたんだ。そう思うと、心の底から喜びが湧いてくる。

 生かすべき人間を救えたのだ。この手を(けが)した事に後悔はない。この事は両親にも、友人にも、誰にも言えない。端から墓場まで隠し持っていく心算だ。

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