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【FILE.9】少年少女時空旅行・前日譚

 昼休み中、次の講義まで時間があり人の少ない教室で僕―――伊川文月(いがわ ふみつき)は持ち込んだタブレット端末で絵を描いていた。淀みない動きでスタイラスペンを走らせる。絵を描く事に集中している時は、周囲の雑音すらも聞こえない程に没頭できる。その時ふと視界の端が陰った気がした。顔を上げると、そこには見知った女性が立っていた。紫から明るい桃色のグラデーションがかかった髪色のショートボブカットの女性(嘘だと思うかもしれないが彼女の髪色は染髪(せんぱつ)の産物ではなくれっきとした地毛だ)―――僕と同じ学部の一年後輩にあたる福留(ふくどめ)ゆみだ。

「文月先輩!」

 彼女は僕の名を呼ぶなり嬉しそうに笑みを浮かべた。その表情には喜色満面(きしょくまんめん)といった言葉がよく似合う。

「なんだ、ゆみちゃんか。びっくりした…」

「なんだとは何ですか!!」

 僕は安堵の声を漏らす。ゆみは少し不服そうに頬を膨らませる。と、その時彼女は僕のタブレット端末の画面を覗き込むと、再び笑顔に戻って言った。

「お!これはまさか呪雷(ジュライ)()()の新作ですかな?完成は何時ですか、先生!」

「ちょ、此処でその名前で呼ぶなと言ってるだろ!恥ずかしい!!」

 僕に迫る彼女はさながら進捗を急かす漫画雑誌の編集、或いは執拗に質問をしてくる週刊誌の記者と言った所だ。

 彼女が言った"呪雷"という名前は、イラスト投稿サイトでの僕の活動名だ(自分の名前である文月を英語にして"July(七月)"、その読みをお洒落な感じに当て嵌めただけの安易な活動名だ)。普段は好きなアニメのファンアートやオリジナルのキャラクターのイラストを投稿しているが、最近では僕の叔母(おば)にあたる小説家の初原瑠美(ういはら るみ)が新人賞を獲得した作品のコミカライズに挑戦している、と言った所だ。ゆみは僕(正確に言えば呪雷)の熱烈なファンであり、動画投稿者をしている彼女に僕は一度だけイラストを提供した事がある(彼女は"You-Me(ユミ)Channel(ちゃんねる)"という名義でゲーム実況や楽曲カバーをしている)。

「先生の新作を一足早く見られるのは私だけの特権ですから!」

 なんて彼女は得意げに言うが、僕としては正直恥ずかしい限りだ。

(それにしてもこの子は本当に物好きだよなあ……)


「それで、先輩。噂で聞いたんですけど…卒業制作、あるんですよね?どうするんですか?」

「え?」

 3年生である僕は今期から卒業制作に取り掛かる。映像系専門学校という事もあり、毎年一人一作品の映像を制作するのだが、アニメ、ノンフィクション、3DCGから実写、短編から長編(最長でも2時間という制約はあるが)とテーマやジャンルが自由なのだ。自由度が高ければ高いほど何を作るか迷うのは必然で、僕もどのような映像を作ろうか迷っていた。

「実は…まだ何も決まって無くてね。というか、ゆみちゃんはまだ2年だろ?どうしてそんな事を聞くんだい?」

 するとゆみは少し悲し気な顔で言った。

「ご存じの通り、私は動画投稿者を副業としてやってるわけですよ。お陰様で登録者も20万超えて……それでこのまま活動を続けるってなったら、3年生から卒業制作に手を出しているようじゃ遅い事に気づきまして!」

 そう言って彼女は泣きながら机をその拳で叩き始めた。

(情緒どうなってるんだ、君は……)

「まあまあ、落ち着いて…」

 僕は彼女を宥める様に言う。すると彼女は途端に泣き止んで僕の方を向くと真剣な表情で続けた。

「だから今のうちに、制作用の資料だけでも集めようと思いましてね!構成はもうざっくりと決めてあります!」

 そして鞄から並行世界渡航用パスポートを取り出して見せた。それを見て僕は驚愕した。彼女は笑顔を見せて続けた。

「取材旅行、文月先輩も一緒に行きませんか?」

「え!?良いのかな、それは…」

 卒業制作用の取材旅行の為に並行世界渡航をする―――それは遠回しに言えば大々的に学校をサボると宣言しているようなものだった。僕含め3年生は卒業制作の絡みで講義もさほど入っていない為平気ではあるが、彼女はまだ2年、予定はほぼ講義で埋まっている筈だ。しかし彼女は首を横に振った。

「大丈夫です!先生方には許可を貰いましたので!」

 そう言い彼女は得意気に胸を叩いた。こういう時の彼女の行動力は凄まじい。

「まだ何を作るか決まっていないんだったら、付いてきて損は無いと思いますよ?きっといい刺激を貰えるはずです!」

 確かにそうだ。今の僕には丁度良い機会かもしれない。それに―――

(ゆみちゃんと一緒に行けるのなら、悪くないか……)

 そう思い、僕は口を開いた。

「しょうがないなぁ……その誘い、乗った」

「本当ですか!ありがとうございます!!」

 彼女は嬉しそうな顔で言うと勢いよく頭を下げた。


「そうと決まれば早速準備しないとですね!」

「いや、早いって!」

「善は急げと言いますから!」

「ところで…ゆみちゃん、並行世界渡航経験は?」

 僕は恐る恐る聞いた。並行世界への渡航は今や当たり前になっているが、接続ゲート通過の際に酔ってしまったり異世界線との時差で体調を崩したりはよくある事らしい。渡航経験があればそれなりに体質も把握できるし、それに伴って行動の範囲も考えられる。僕も何度か渡航はした事はあるが、酷い時差ボケを起こした事があった。僕の質問にゆみは悪びれる素振りもなくさらっと答えた。

「え?無いですよ。パスポートも先週末取ったばかりなので」

「嘘だろ、おい……」

 僕らの取材旅行は、前途多難になりそうだ。

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