影なる者
ジョニーがイーサン王子たちと出発してから数時間――
「ん? 誰か出て来たぞ皆」
時間にしては深夜。ただ待つだけの俺たちは、日の光が届かない祠の中にいても眠くなるものは眠くなり、一人二人といつの間にか眠りについていた。
そんな静寂の中でのクレアの言葉は、全員が目を覚ますには十分だった。
「誰だ?」
座り姿勢で深くは眠ってはいなかったが、結構気持ち良く寝ていたところを起こされたのはキツイものがあった。それもあり、何の恐怖も無く奥から出て来た人物に目を向けることが出来た。
するとそこには、フィリアの姿があった。
「フィリア!」
ミカエル様の試練を受けると必ずなるのか、奥から出て来たフィリアは俯き、もれなくボロボロだった。
そうなると今のフィリアが影なのか表なのか分からず動けなかったのだが、余程恋しかったのか、あの状態のフィリアを前にしてもリリアとヒーは飛び起きた。
「お、おい!」
二人仲良く……いや、リリア、ヒー、フウラ、マリア。ミニオンズ四人で毛布にくるまり仲良く眠っていた二人は、フィリアの姿を目にすると毛布をぶっ飛ばし駆けだす。それを見て、俺も慌てて二人を追いかけた。
フィリアが影であっても、二人を傷付ける事はしないとは分かっていた。だけど聖陽君から受けた恐怖は、考えるよりも早く体を動かしていた。
「お、おい! フィリア! フィリアだよな!」
駆けだすタイミングが悪すぎて間に合わないと思うと、『これからリリアとヒーがそっちに向かうぞ』という事を知らせるために、咄嗟に大声でフィリアに呼びかけた。
するとその声が耳に届いたようで、フィリアは顔を上げた。
上げた顔は真顔だった。だがそれもほんの一瞬だった。次の瞬間には笑顔を見せ、歯も見せてくれた。
その表情は、かなり汚れていて傷だらけだったがとても柔らかいもので、リリアとヒーの姿を目にすると両手を大きく広げて抱き付くほど、喜びに溢れていた。
「ビィリア! ビィリア!」
「フィリア! 無事でよかったです!」
「ごめんなさい。随分と待たせてしまいました」
「ビィリア! ビィリア!」
戻って来たのはいつものフィリアだった。そして、そのフィリアに抱き付くリリアは、さっきのジョニー以上だった。
「聖刻貰えたのかフィリア?」
「ビィリア! ビィリア!」
ずっとリリアがうるさいが、俺も無事に戻って来たフィリアの声が聞きたくて、ちょっと皮肉っぽく声を掛けた。
「えぇ。この通り」
リリアとヒーを抱きかかえながらも、フィリアは右前腕部にある聖刻を見せた。それはマジでカッコ良く、完全にアニメの主人公のようだった。しかしそれ以上に、フィリアが見せる表情はとても心が落ち着き、絵になった。
「そうか、よかっ……」
「無事で何よりだフィリア。心配したぞ」
「お怪我の方は大丈夫ですか?」
「ビィリア! ビィリア!」
超驚いた。さっきのジョニーの時は、俺たち以外誰一人近づいて来なかったのに、フィリアに関しては気が付けば全員が駆け付けており、正に歓迎という感じだった。
「フィリアさん大丈夫?」
「ご無事で何よりです」
「先ずは傷の手当てを致しましょう」
フィリア大人気。誰しもが我先に声を掛けようとしていて、全員がフィリアを心配していた。それはもう本当に、サイヤ人編で悟空到着を待ち望んだ、読者、クリリン並みで、逆に俺は、全く待ち望まれていなかった我が兄ジョニーを想うと、酷く心が痛んだ。
「ビィリア! ビィリア!」
そんでも、何だかんだ言っても、やっぱりフィリアは美人だし、頼りがいがあるし、見た目的にも人気あるから、まぁ筋肉求めて勝手にどっか行ったジョニーが悪いんだし、それほど心は痛まなかった。逆に、我が姉がアイドル並みに人気があると思うと、誇らしいくらいだった。
「まぁとにかく、先ずはあっち行って怪我診てもらおうぜ? 食うもんだって今頼むから」
「ビィリア! ビィリア!」
フィリアがサインを求められるアイドル並みに集られるのは本当に誇らしかった。だから俺は、『俺はフィリアの姉弟なんだぜ』みたいな空気を出したくなった……っというか、マジでリリア五月蠅いんだけど!
「そうですね。私も少し休みたいです」
「じゃああっち行こうぜ」
「えぇ」
普段は化け物みたいに狂暴で、臭そうで、五月蠅い姉だけど、今は俺の言う事に従うフィリアには、正直フィリアが姉で良かったと思った――
「……それで、フィリアは誰と戦ったんだ?」
治療を終え一段落つくと、お腹が減ったということでフィリアの夜食がてら雑談が始まった。
「私の相手はリリア”たち“でした」
治療中、聖陽君とジョニーが先に出た事や、ジョニーがイーサン王子たちと旅立ったことなど、あと……エヴァが漏らしたことなど、俺たちが経験した内容をフィリアに伝えた。そのこともあり、俺の質問にフィリアは素直に応える。
「たち?」
ジョニーはヒーとの一対一の対決だった。なのにフィリアはたちと言った。これには何が理由かは知らないが、人によって難易度はかなり差があるのだと知ると、ちょっと不公平じゃないかと思った。
しかし実際は違うようで、突然フィリアは慌て始めた。
「あっ! いえ! ちちちっ、違います! 実際は一人一人です!」
「一人一人?」
フィリアが慌てた事や言い直したことで、俺たちは首を傾げた。
「そ、そうです! 私が戦ったのはヒーちゃんです!」
「ん?」
もう訳が分からなかった。リリアと戦ったと言ったり、ヒーと戦ったと言ったり、不自然な点が多すぎた。何よりかなり動揺しているようで、完全に何かを隠していた。
「最初は……あ、違った。私が行くとそこにヒーちゃんがナイフを持って立っていました!」
「また私ですか?」
「そ、そうです!」
「やはりヒーはジョニーにとってもフィリアにとっても、一番戦いたくない相手なんですね?」
「何故でしょう?」
「多分ヒーが一番年下だからですよ!」
「リリアも同じ日に生まれましたよ?」
リリアとヒーは本当に素直。完全にフィリアは嘘を付いているのに、全くそれを気にせずいつもの調子で話す。それは逆に言えばフィリアが戻って来たことでストレスが消えた良い証拠でもあるのだが、俺は騙されなかった。
「フィリア。お前まさかリリアを倒したのか?」
「えっ⁉ そそそ、そんな事はありません! わわ、私がリリアを傷付けるような事をすると思うんですか⁉」
今まで聞いてきた話では、ミカエル様の試練は戦いたくない相手と戦う事。そしてその内容から、それは一対一で行われる。多分これはある程度受験者に考えさせる余裕を与え、その時間を利用して幻術に落とすため。
そう考えると、フィリアが最初にリリアと言い、いきなりヒーと言い換えたのは、おそらくフィリアはリリアを倒し、次にヒーが出て来たから。それなら辻褄が合う。
これはあくまで俺の仮説だが、どうやらこの仮説はかなり良い線を行っていたようで、フィリアの動揺はさらに大きくなる。
「じゃあなんで最初にリリアたちって言った?」
「そそそそれは、最初はヒーちゃんがリリリリアに見えたからですよ!」
「じゃあ、一人一人はおかしいだろ? あの言い方だと、まるで何人も出て来たみたいだぞ?」
「そそそそれは、ととと途中でなな何人も出て来たように感じたからです!」
「多分だけどよ。ミカエル様の試練って絶対一対一で戦うもんだと思うぞ? じゃないと影に落ちる理由も良く分かんなくなる」
「かか影⁉ 影って……そう! 影ですよ! 多分リリアの影を見てそう言ったんですよ!」
聖刻者の影についてもさっき治療中にフィリアに話した。それをすっかり忘れているフィリアは確定的だった。それもそのはず、もう全員が俺の言いたいことを理解したようで、フィリアに向けられる全員の視線が、シリアスだった。
「お前、リリアを殺したのか?」
「⁉」
俺の質問に、一気に場が凍り付いた。その凍り付きは凄まじく、フィリアにべったりだったリリアとヒーが爆発物から離れるようにそっと距離を取り、クレアに関しては静かに剣に手を掛けるほどだった。
「……そ、そんなはず……ないじゃないですか……?」
フィリアの声はまるで独り言のように小さかった。
「フィ、フィリア……なんで……?」
フィリアの感じから影に落ちているという印象は全く受けなかった。だから臨戦態勢になるような空気は無かった。その代わり、リリアのぼそっとした一言で、なんかサスペンス的な空気が流れた。
しばらく硬直したような時間が流れた。じゃないと、誰かが『こいつは影だ』なんて言えばいつ殺し合いが起きてもおかしくないような状況で、誰も動けなかった。
そんな沈黙に耐えかねて、フィリアがとうとう白状する。
「……あ、あれはワザとじゃないんです! リリアがあまりにしつこいんで、ちょっと突き飛ばしただけです! だから私にはそんなつもりは無かったんです!」
俺たちの知らない祠の奥で、事件が起きていた。
「ほっ、本当ですよ! ワザとじゃないんです! 信じて下さい! ちょっと押したらリリアが躓いて転んで、それで……だからあれは事故なんです!」
こいつだけ試練受けないでサスペンス劇場に出てた⁉
聖陽君やジョニーだけじゃなく、ツクモや世界中の加護印を持つ者たちが世界を救おうと必死になる中、何故か一人だけ事件を起こしていたという事実は、もう世界観的とかジャンルとかそういう垣根を越えて衝撃を与えた。それも、突き飛ばしたからのちょっと押したへの言い訳は見苦しさを増し、三年一組のほとんどが口を開けていた。
「本当にごめんなさいリリア! 私を許して下さい!」
土下座をするように頭を下げたフィリアは、ある意味相当過酷な試練を乗り越えたようで、縋り付くようにリリアを掴んだ。
そんな衝撃の結末に、さすがのリリアもどうして良いのか分からず動揺しており、今この瞬間においてはサスペンス劇場だった。しかしそこで、またあることに気が付くと、もう少し劇場は続いた。
「お、おい、フィリア……お前……ヒーはどうやって……倒した?」
本当は聞きたくない質問だった。しかし聞いておかなければならない質問だったため、意を決して口にした。
俺の質問を聞くと、あれだけ騒いでいたフィリアの動きが止まる。その手は震えていた。
「……ヒ、ヒーちゃんは…………ちゃんと言えば、分かってくれました……」
最愛の肉親を殺されたヒーが、言葉で分かってくれるはずはなかった。
完全に遣っていた。
おそらくこいつは、向かってくる者なら全員殺す。最初から影……いや悪! 多分ミカエル様もそうお感じになられただろう。
「他に誰と戦った?」
「その……二人だけです……」
「そうか……」
恐らくミカエル様も、これ以上やっても無駄に遺体が増えるだけだと思われたのだろう。だけど実力だけは認めざるを得ない。本当は世に放ってはならない存在だが、世界を救うために仕方が無かったのだろう。
なんと悲しきモンスターの爆誕に、諦めにも似た空気が流れた。
そんな姉のピンチを、殺害されたはずの五十嵐姉妹が救う。
「まぁ良いじゃないですか。だってそれは幻覚なんですから。ねぇヒー?」
「そうですねリリア。第一、私たちがフィリアを襲うはずはありませんから」
「そうですよ!」
二人の言う通り確かにそれは無い。っというか、俺も無い。だって例えナイフを持って奇襲を掛けてもフィリアには通用しないし、仕留めきれなかった時の逆襲が怖い。多分そういう意味でヒーは言ったのだと思うが、フィリアにはなんか深い絆に感じたようで、連行される前の犯人のように言葉を零す。
「ヒーちゃん……リリア……」
そんなフィリアに、リリアとヒーは優しい言葉を掛ける。
「だから私は何も気にしていませんよフィリア。私たちは例え殺されてもいつもと変わりません」
「そうですフィリア。私たちはフィリアが無事に戻って来てくれただけで感謝しています。それだけで十分です」
「リリア……ヒーつぁん……」
深い姉妹の絆を示すフィナーレ。罪を犯し許しを請うフィリア。殺されてもフィリアを許すリリアとヒー。正直試練だから裁判になる必要は全く無いのだが、これでやっと本当の意味でフィリアは試練をクリアした。
フィリアはリリアを事故死させましたが、ヒーに関してはきちんと武を捨て、ジョニーのように倒しました。ですので陰ではありません。ただある意味生粋の影ではあります。




