帰って来た男
「ん? まだ誰も出てこないのか?」
「ん? あ、エヴァ、戻って……」
フィリアたちが試練を受けに行って一時間半くらいした頃、やっとトイレに行っていたエヴァが戻って来た。
エヴァは普段教室にいても、たまにどっか行ったり、勝手に休んだり、その辺の不良以上に自由気ままな生活を許されており、それに慣れてしまっている俺たちは、今の今になってエヴァがトイレに行っていたことを思い出したくらいで、誰もエヴァの不在には気に掛けていなかった。しかし……
「ん? どした?」
「い、いや……何でもない……」
「ん?」
エヴァはトイレに行く際、『朝から腹が痛くて、糞してくる』というような事を言っていた。そしてトイレにしてはかなり時間が掛かっていた。それだけならまだしも、戻って来たエヴァは、何故か着ている服がトイレに行く前と全然違った。
こいつ漏らしやがった⁉
「何だよ皆? なんかあったのかよ? 皆して俺を見て」
エヴァがトイレに行ったことは伝言ゲームのように伝わり、全員が知っていた。そして全員がその時間と服装の変化に気付いていた。だからこそ、全員がエヴァは大変な事故を起こしたのだと即座に理解できたようで、スクーピーすら鼻を摘まんで臭い臭いというジェスチャーをしてエリックに止められるくらいで、どうしたら良いのか分からず変な空気が流れた。
そんな決して触れてはならないエヴァに対し、ファウナが大砲を放つ。
「おや? 随分と上品な香りがしますね? シャワーでも浴びて来たのですかエヴァ?」
ファウナ―⁉ 何でそんなことを言うの⁉
ただ何も言わず、自然な話の流れを作り触れないのが絆という物。それなのにファウナは、わざわざ探りと嫌味と下卑、その他もろもろの増悪が籠った言葉を放った。
「あぁ、ちょっと服汚れちまってな。結構大変だったぜ」
絶対ちょっとじゃないだろ⁉ って言うか、エヴァって恥じらいとかそういった感情無いの⁉
流石としか言いようが無かった。おそらく五十歳や六十歳を越えた大人でもこれは恥ずかしいはず。それなのに“ちょっと大変だったわ”みたいな感じで頭を掻きながら言うエヴァには、もはや雲の上の存在と感じざるを得なかった。
しかしながら、そのエヴァと常に行動を共にしていたファウナもまた雲の上の存在だったらしく、普通に会話をする。
「上手くいったのですか?」
「いんや、ダメだった。途中で邪魔が入ってよ、それで手こずった。そのうえ忙しいのに次来るし、もう諦めたわ」
「大丈夫なのですか?」
「しゃーねぇだろ。それに、これ以上は俺たちの出番じゃない。後は現役に任せるしかないだろ?」
「そうですが……」
「そう心配すんな。これも時代ってやつだろ?」
「そうかもしれません……」
オブラートに包んで、なんか裏の任務があって、今ラスボス的な奴と激闘を繰り広げて逃げられた的な話に聞こえるが、俺にはどう聞いても、トイレ行ったら先客がいて、やっとの思いでトイレに入ったらめっちゃノックされて、諦めて漏らした。って聞こえる。そのうえ、最後は片付けホテルの人に任せて、それは時代のせいだって言ってる風に聞こえる。
って言うか、漏らしたんなら漏らしたで、エヴァもその話に付き合うんじゃねぇよ! 大体後は現役に任せるって、肛門壊れたのかよ⁉ 増々聞いてる俺たちが委縮しちまうだろうが!
「安心しろよ、俺もやるだけの事はやるつもりだから」
「それは当然です」
じゃあ今すぐ便所戻って自分のを片付けて来いよ!
なんか一段落した、みたいな感じでまとめようとするが、言っている事とやっている事が矛盾しているエヴァには、その場にいた全員がファウナに同感だった。
そんでもそんな空気など微塵も気にしないのがエヴァ。なんか大仕事を終えたみたいな感じで腰を下ろし、輪に加わろうとする。
「で、何の話してたんだ?」
超気まずかった。それは皆が関わらないように気配を消すくらいで、彼には可哀そうだが、完全にのけ者扱いだった。だがファウナだけは長い付き合いか優しかった。
「聖刻の影について話していました」
「あ~、それか~。ありゃ面倒臭ぇからな」
一応こう見えてもエヴァは特別養子縁組。ウンコ漏らしではあるが、俺たちよりは聖刻に近い存在だった。
「まぁでも、悪いことばかりじゃないからな」
「…………」
ウンコを漏らしてもしれっと先輩面するエヴァ。だけど誰も関わりたくないのか頑なに閉口する。だけどそれはさすがに酷いと思い、この俺が直々に言葉のキャッチボールをするしかない雰囲気だった。
「……どういう事だよエヴァ?」
「影ってのは、言ってみれば裏側だ。表の奴とは違う力の使い方を思い付くんだよ」
「違う使い方?」
「あぁ。例えば、今フィリアたちが受けているミカエル様の力なら、普通は結界の力を使って守りに使う。だけど影の奴は、それを刃のように変えて切断に使ったり、相手を閉じ込めて窒息死させたりして攻撃に使う」
ミカエル様の聖刻の力は、空間を断絶できると言われるほど強力で、アテナ神様の盾と呼ばれるほど固い守りの力らしい。俺にはそのくらいしか良く分からないが、簡単に言えばバリアを作れる力らしい。
「へぇ~。でもそれはそれで有りじゃないのか?」
「有りだ。だから悪い事ばかりじゃないと言ったんだ。だけど正しく力を使う表の奴は、それと戦わなけりゃならん」
「あ! そうか!」
「そうだ」
応用が利くというのは物凄く良い事だと思う。だけど逆にそれが自分を苦しめるのなら、エヴァの言う通りかなり面倒臭い。
「でもよ。それなら表の奴もそういう風に力を使えば良いんじゃないのか?」
「神様の力だぞ? あれやこれややるには、天才でも一年や二年程度の訓練じゃ無理だ」
「まぁ……それは確かに……でも魔王と戦うにはそのくらい出来なきゃダメなんじゃないのか?」
「そのために聖刻を奪い合うんだよ。戦えばそう言った力の使い方も知るし、倒せば相手の力も奪い取れる。三人も倒せばあっという間に一人前になれる」
「なるほど……」
流石神様。完璧ではないと思っていたが、やはり完璧な存在のようだった。
「まぁでも、リーパーやリリアたちにはあんまり関係ないだろうがな」
「どういう事だよ?」
「お前たち二人は、かなり柔軟な頭をしているからな」
「え? 何? バカにしてんの?」
「ちげぇよ。誰の考えか知らんが、お前ら昔っから普通の人がしないイタズラばかりしてただろ?」
部屋の中で水遊び、部屋の中で花火、風呂の中で魚を飼育したり、電子レンジでガンプラチンなど、確かに言われてみれば俺たちはイカれていた。ただ、その全ての発案者はリリアであり、またその被害者のほとんどが俺という鬼畜っぷりだった。
「それは全部リリアだ!」
「何を私のせいにしているんですか⁉ リーパーだって『家はボロいから良いんだ』って言って、『ストラックアウトー!』とか言って、自分ちのガラス割ってたじゃないですか⁉」
あれは、最初にガラスを割ったのがリリアで、何とか隠そうとして段ボール張ろうとしたらまたリリアが割ったから、ほとんど主犯はリリア。結局じいちゃんには風か何かって事にしてバレなかったから良いけど、その罪を俺に擦り付けようとするリリアには驚きだった。
「あれは……」
「やっぱりあれはお前だったのかリーパー!」
「ええっ⁉ どうしたんだよ急に⁉」
一体何があったのか、何が原因かはさっぱりだが、今まで穏やかにしていたエヴァが、ここで突然怒鳴り出した。
「どうしたじゃない! 何故そういうことを正直に言わない!」
「い、いやだってさ、言ったらじいちゃんに怒られるだろ?」
「正直に言わないから怒られるんだ!」
「痛っ!」
エヴァとじいちゃんがどういう関係なのかは知らない。ただ、まさかゲンコツまでしてくるとは、もしやエヴァはじいちゃんの隠し子か何かだと思ってしまった。
「何すんだよエヴァ!」
「何すんだよじゃない! 真面目に正直に生きろといつも言ってるだろ!」
「い、いや……たしかにじいちゃんには言われてっけど……」
「……まぁ良い。今度から気を付けろよ?」
「……分かった」
元々エヴァは頭がおかしいからアレだけど、じいちゃんに言われてるというワードが正解だったらしく、キチンと教えを覚えていると言うと、なんか勝手に納得したようだった。
そんなこんなでまたまた不毛な時間を費やしていると、そろそろ夕食の時間らしく、ここで俺たちのために用意してくれていたようで、夕食が運ばれてきた。
この計らいには皆大喜びだった。いくら重要な試練だといっても、結局のところ試練を受けられない俺たちにとってはただ待つだけの時間が続くだけで、これには久しぶりにワクワクした。
運ばれてくる料理も“頑張ってくれ”というメッセージなのか豪勢で、漂う香りだけで涎が出た。
しかしどうやらこれも神様の試練だったらしく、この重要な場面で再び新たな聖人が姿を現す。




