肝心なこと
クソったれエヴァの退場により、やっと落ち着きを取り戻した俺たちは、フィリアたちが試練を終えるまで待機となった。そこでやることの無い俺たちは不安から逃れるように自然と集まり、それぞれが静かな時間を過ごす事となった。
「フィリアたち、大丈夫でしょうか?」
全員が何かしらの思う所があるようで、集まりはしたがしばらく無言の時が流れた。そんな中、沈黙に耐えかねたのか隣に座るヒーが不安そうに言った。
「大丈夫だろ、三人とも入れたんだから。今頃試練受けてるよ」
「そうですね……」
今朝の登校の際には、緊張しているのか会話も少なく、普段とは少し違う感じがしたが、フィリアもジョニーもいつもとは変わらない様子だった。それに、俺とエヴァがぺちゃくちゃ喋っているのに我慢できずに勝手に先に行ったのを見ると、三人とも無事に聖刻を貰えそうな雰囲気だった。
そんな俺の楽観的な考えに、ヒーも少し安心すると思ったのだが、あまりにも俺が能天気過ぎたのか、思わぬ言葉に衝撃を受けた。
「ですが……命を落とすかもしれない試練です。もしフィリアたちが戻ってこなければ、私たちはどうすれば良いんですか……?」
「え?」
ヒーに言われて今思い出した。それは、試練は命を落とす可能性がある程危険な物だという事。
昨日のエヴァの“聖刻は漏れなくもらえる”から始まったエヴァワールドのせいですっかり忘れていた。
「フィリアとジョニーは、私にとっては姉と兄のような存在です……そんな二人が……」
ヒーの衝撃的な一言で、一気に血の気が引いた。それはもうヒーの声が耳に入らないほどで、もしフィリアとジョニーが戻ってこなかったらという不安に襲われた。
フィリアもジョニーも、俺にとっては姉や兄のような存在だ。普段は口うるさい姉、頼りにならない兄という感じだが、居て当然……いや、ずっといるという存在だった。それが今、死ぬかもしれないという言葉を聞くと、猛烈に二人の顔が脳裏を過り、もう一度声が聞きたくなった。
そして、それと同時に、昨日から今朝……いや、今までもずっと二人とは大事な話などしてこなかったと思うと後悔に襲われ、もう一度だけでも良いから二人に会いたかった。
そんな想いで頭が一杯になると、今度は突然さっき二人が試練に向かう前に俺に何かを伝えようと視線を合わせた事を思い出し、あの時二人が何を伝えたかったのかが分かった。
“もし自分たちが戻らなければ、リリアとヒーを頼む”
二人は最初から覚悟していた。だから今朝も普段と変わらない素振りを見せていた。もしそこで少しでも不安を漏らせば、リリアとヒーは二人を行かせないようにするから。
リリアたちだって本当はそれに気付いていたはず。だけどそれをしなかったのは、俺が何も気付いていない事を知らずに、いつもと変わらない様子だったから。
命懸けの試練だという事を思い出し、フィリアとジョニーが死ぬかもしれないというこの状況を知って、初めて自分の愚かさを痛感した。だけどその全てはもう後の祭りだった。
「……リーパー? ……リーパー?」
「え?」
「大丈夫ですか?」
「えっ! あ、あぁ……大丈夫……」
俺たちにとって姉と兄のような存在だった二人がいない今、リリアとヒーを守るのは俺しかいない。こんなことになるまで何も気付かなかった自分の愚かさには後悔したが、二人が俺を信じてくれた以上、ここは是が非でも期待に応えるしかなかった。
「昨日してたゲーム、どこでセーブしたかちょっと考えてただけ」
俺が今動揺を見せれば、リリアとヒーに広がる。特にリリアが崩れればもう手に負えなくなるため、ここは己の不安など押し殺し、何でも良いから嘘を付き通して心中を悟られないようにするしかない。
「ゲーム……ですか……?」
「あぁ。次いつできるか分からないから、一応覚えとこうと思って」
ありったけの演技で誤魔化した。するとそれが癪に障ったのか、黙っていたリリアが不機嫌そうに口を開いた。
「こんな時に何を考えているんですか! 今フィリアとジョニーは命がけの戦いをしているんですよ!」
あのリリアが、珍しく八つ当たりするように強い語調で言う。
「それがどうしたんだよ?」
「それがって何ですか! 意味を分かって言ってるんですか!」
相当追い込まれているようで、リリアは滅多に見せない怒りの目を見せた。
「分かってるよ。だけど今それを考えてどうするんだよ?」
「どうするって……もしフィリアとジョニーが戻って来なかったらどうするんですか!」
屁理屈上手のリリアが屁理屈さえ言えない。もうリリアには余裕の余の字も残されていなかった。
「そんな訳ねぇだろ? フィリアとジョニーは戻って来るよ」
「なんでそんなことが言えるんですか! 適当な事を言わないで下さい」
「な~に言ってんだよ。うちのじいちゃんですら聖刻貰えたんだぞ? フィリアとジョニーが貰えないわけないだろ?」
そう言うと、今まで怒っていたリリアの表情が一瞬驚きの表情に変わった。
「フィリアとジョニーは、俺たちの中で”一番“強いんだぞ? もし二人が聖刻貰えないんなら、俺たち絶対無理だろ?」
二人いるから一番はおかしいが、フィリアとジョニーは俺たち五人の中では間違いなく強い。だから俺たちは二人を上の存在だと認識していた。
それを再確認した事で落ち着きを取り戻したのか、目尻がつり上がっていたリリアの表情が、いつものだらしない表情に戻った。
「そうでした! そうですよ! リーパーのお爺ちゃんだって聖刻を貰えたんでした! フィリアとジョニーが貰えないはずありません!」
どうやら思い出したのは、フィリアとジョニーの頼もしさではなく、うちのじいちゃんの不甲斐なさの方だったらしい。確かに自分で言ってて、じいちゃんが貰えたんなら俺たち余裕じゃね? とは思ったが、ここまであからさまな態度を取られると、ちょっと寂しい気持ちになった。
しかしそのじいちゃんのお陰で、崩れかけていたリリアに明るさが戻った。するとさすがは双子だけあって、リリアが元気になればヒーも元気になり始めた。
「な~んか心配して損した気分です。昨日寝られなかったのは何だったんでしょう?」
「昨日は少し考えすぎましたね? こんなことになるなら、もっと早くリーパーに相談するべきでしたね、リリア?」
「本当にそうです! 何のためにフィリアとジョニーのための遺書を書いたのか意味が分かりません」
「そうですね?」
なんでオメェがフィリアとジョニーの遺書書いてんだよ⁉ オメェに二人の遺産権利なんてねぇぞ⁉
どうやら二人が朝からぼ~っとしていたのは、昨夜寝られなかったことが原因らしい。そして、限界まで追い込まれると理解不能な行動するのは、スペックらしい。
それでも、リリアが通常運転に戻ったことでヒーも落ち着きを取り戻し、最悪の事態になることは避けられた。そして、馬鹿みたいにギラギラな太陽のようなリリアが戻ってくると、その明るさは周りにも広がり、どんよりとした空気を放っていた三年一組のメンバーも徐々に明るさを取り戻し始めた。
そんな空気の変化に、ずっとタイミングを狙っていたのか、警備をしていた関係者が話しかけて来た。
「皆さま、ご報告をしたいことがあります」
俺たちが放っていた負のオーラが相当な物だったのか、はたまた、既に英雄と変わらない存在になった俺たちへ遠慮していたのかは分からないが、このタイミングを待っていたのかと思うと、なんだか恐縮だった。
「現在、ミカエル様の試練は、先ほどお入りになられた、フィリア様、ジョニー様、九十九様の他に、九十九様の兄でおられる聖陽様もお受けになられています」
「えっ⁉」
昨日の段階で、俺たち三年一組より先に、フィリアのおじさん達一軍部隊が出発したのは聞いていた。しかしまだ聖陽君が試練を受けているという情報には、そんなに時間が掛かるのかと驚きだった。
「そして、二時間ほど前に、フィリア様とジョニー様のお父上であるジョン・ライハート様は、無事試練を乗り越え、ミカエル様のご聖刻を授かり聖人となられ、ご出立なさいました」
「えっ⁉」
流石はフィリアとジョニーのお父さん。リリアのおばさん達一軍は、ほとんどの人が加護印を発現させられなかった。その中でフィリアとジョニーのおじさんは見事加護印を発現させ聖刻まで授かった。これはどうやら英雄一番乗りはフィリアたちのおじさんが最有力っぽい。
「また、聖陽様と九十九様のお父上である佐々木刀剣様が、試練を受けるために現在日本からこちらへ向かっております」
「えっ⁉」
ライハート一族が武闘派一族なのは知っていたが、まさかツクモのおじさんまで加護印を発現させていたとは驚きだった。だが逆に、それが仇となり親族全員で聖刻の奪い合いをしなければいけなくなったのは皮肉なものだった……
「って、あれ? おじさんが来るの? おばさんじゃなくて?」
ここである事に気が付いた。ツクモや聖陽君は見た目から日本人に見えるから今の今まで気にならなかったが、よくよく考えればフィリアたちと同じアメリカの血を引くはず。ならば苗字的におばさんの方がライハートの家系のはずで、おじさんがここに向っているは謎だった。
そんな疑問に、マリアが答えを教えてくれる。
「そうか、知らないもんねリーパー?」
「何を?」
「ツクモのお父さんはライハートの人だけど、帰化して刀剣って名前貰って佐々木家の婿になったんだって。だからここに向かってるのはおじさんで間違いじゃないよ?」
「え? 気化?」
「うん、そう」
え? どうゆう事? ツクモのおじさん気化して刀剣になったの?
流石は女子。こういった話は詳しいようで、全く意味は分からなかった。
「そ、そうなんだ……」
「うん」
全く意味は分からないが、今は特にそこを掘り下げる必要も無い。っというか、まだ説明されている中での私語のため、これ以上邪魔してもなんだし、謎は謎のままで良しとした。
「他にも、各地で加護印の発現者の出現の報告を受けております。現在真意の方の確認がとれておりませんので正確な人数は不明ですが、アズ神様の祠、ウリエル様の祠に加護印の発現者が現れたとの情報も入っています」
俺たち以外にも既に聖刻を狙う人物が⁉ それもよりにもよって俺と同じアズ神様とは⁉
昨日の祠開錠の感知からまだ一日くらいしか経っていないのに、もう試練を受けようとしている人物が現れているという情報には、ポケカ発売日開店同時に売り切れくらいの衝撃を受けた。
「ただ、ウリエル様の祠に現れた人物は未だ祠に入るような様子も見せず、アズ神様の祠に現れた人物に関しては、祠に辿り着く前に絶命したとの情報も入っております」
祠に辿り着く前に絶命⁉ アズ神様の試練ってそんなに過酷なの⁉
一っ番簡単に受けれて、一っ番簡単な試練と聞いていたはずなのに、ここに来てあり得ない情報には、一気に聖刻を貰いに行く気が無くなった。そしてこの人にとっては他人事なのか、好き放題言うだけ言うと勝手に会釈をして去って行き、俺がもし聖刻を手に入れたら、魔王復活は自分に関係ないと思っている人間は、全員まとめて天誅を下してやろうと思った。
そんな俺に、リリアが言う。
「リーパー、聞きましたか? アズ神様の祠に辿り着く前に絶命した人がいるみたいですよ? 大丈夫ですか?」
オメェも天誅下すぞ!
「オメェぶっとばすぞ」
「何故に⁉」
リリアは多分、本気で俺を心配して言ったのだろうが、今このタイミングでの発言には、悪意すら感じた。
まぁそれでも、大分気持ちも落ち着いたようで、軽口を叩けるリリアにはホッとした。
これで後はフィリアとジョニーが無事に戻って来てくれれば、例え聖刻を手に入れられてなくても何も問題はない。そう思い、少し気持ちが楽になったのだが、このタイミングで試練を終えた聖陽君が姿を現すと、その考えすら甘いものだったのだと痛感することになる。




