不良と貴族と芋侍
“な……なんだ……ふふ、不良が来た⁉”
倒れる扉、割れるガラス。俺たちが残りわずか先生が来るだろうと待っていた矢先、突如として訪れた暴力により、教室の前の扉が蹴り破られた。
「な……なんなんですか、いきなり……?」
一体何が起きたのか分からなかった。扉が蹴破られるほんのちょっと前に、廊下から『ここじゃね?』とかいう声が聞こえて来て、いきなり扉がガタガタ乱暴に揺すられたと思ったら『なんだこれ? 邪魔だ!』という声と共に突然蹴破られた。
これには流石のフィリアでさえ呆気にとられるほどで、それ以下の俺たちはもっと訳が分からなくなっていた。
そんな俺たちを他所に、扉を蹴破った張本人たちが教室に姿を現した。
「ん? どれが支障なんだ?」
「え? う~……ん」
入って来たのは、リリアたち以上に髪の毛が白髪に近い銀髪をした男女の二人で、白い肌に男子は目は赤く、女子は紫色をしておりかなりの美形だが、ボタンというボタンはしておらず上着の裾ははみだし、ネクタイをしていない胸元はV字に開いており、ベタベタにつぶされた運動靴は正に不良という感じだった。
「う~……ん。おい! 支障ってのはどれなんだ?」
誰に言ってるのかは分からないが、乱暴そうな男の不良は何かを直しに来たようで、俺たちにどこに支障をきたしているのか尋ねる。
も、もしかして修理屋さんか何か⁉
支障、支障言う姿に、現実逃避をする俺は思わずそう思った。しかし修理屋の訳はなく、突然響いたガラスや扉が割れる音に周りの人も気付き、衛兵のような人たちが飛んできて大騒ぎとなった。
「何をやっているのですかメデゥエイーク様……」
一大事に大勢の衛兵が集まる。こりゃ大変な事が起きたと驚く俺たちは、ますます悪化する状況に身震いさえ感じていた。
そこへさらにあり得ないほど大きな怒号が飛ぶ。
「何をやっているお前たちー!」
物凄い声だった。それこそガラスがビリビリするほどの声で、肝が冷えるとはこの事かと思うほど体の芯から冷たい物を感じた。しかしこれだけの大声の持ち主が助けに来るのだと分かると、その後は物凄い安心感があった。だが……
「やべっ!」
「やべぇ! フィオラ来た! 逃げるぞパオラ!」
「うん!」
不良は相当の手練れのようで、声の持ち主が誰か分かっているのか、そう叫ぶと物凄い勢いで逃走していった。そしてその後を追うように廊下から車でも走って行ったんじゃないかという音が聞こえ、二人の後を追いかけて行った。
まるで嵐が通り過ぎたかのような時間に、教室にいた全員が硬直状態だった。
その後すぐに周りにいた大人たちが教室に駆け寄り、俺たちに怪我は無いかと声を掛け、壊れた扉や割れたガラスを片付けていたが、それでも俺たちは先生が来るまで混乱していた――
「おはようございます皆さん。私はここのクラス、三年一組を担任する、アニー・ウォールです。よろしくお願いします」
扉の片付けが済み、さらに予備でも用意していたのか、あっという間に扉が元の状態に戻ると、丁度チャイムが鳴り、それに合わせるように先生がやって来た。
先生は眼鏡を掛け、とても頭が良さそうだが気の弱そうな顔をしており、ピシッと決まった髪型が真面目な印象を与えた。そしてこれだけの騒ぎがあってもとても落ち着きがあり、ゆっくりとした優しい語調に皆も安心したのか、軽い会釈をして挨拶を返す。
「皆さん、朝から大変でしたね。誰もお怪我はありませんか? ……そうですか、無事で何よりです」
先ほどの混乱のせいで誰も声を発しないが、先生は俺たちの顔を見渡して無事を確認すると、優しく笑みを見せ満足そうに頷いた。
「では、ホームルームを始めたいのですが、まだ皆さんの座る席が決まっておりません。そこで、先ずは何より、席を決めたいと思います」
席が決まってない? ……大丈夫なのこの先生?
普通じゃあり得ない発言には正直驚いた。それこそ、もしかして何も決まってないんじゃないのかと感じるほどで、前回の件で既に不信感しかない俺は、ただこれは形式的な物を繕っているだけで、俺たちをここに閉じ込めておくための口実なのではないかとさえ思うほどだった。
「それでは皆さん。メドゥエイーク家のお二人はいませんが、自分たちが座る席を決めて下さい」
ええっ⁉
超驚いた。突然先生が私は知らないみたいな事を言い出したのには、俺だけじゃなく全員が驚いていた。それこそ丁度視界にいたクレアとかいう女子に関しては口をあんぐり開けているほどで、意外と感情豊かなんだと分かるほど驚いていた。しかしクレアとかいう女子は気が強いのか、あんな顔をしていたのにも関わらず、直ぐに先生に反論する。
「ちょっと待ってもらえませんかアニー・ウォール教」
教⁉
「何ですかクレアさん?」
この時、先生は訊かれたからただ聞いただけなのに、クレアとかいう女子は何が気に入らなかったのかは知らないが、名前を呼ばれた瞬間ムスッとした表情を見せた。
「こんなことに時間を割く理由を教えて下さい? 私たちには時間を無駄にしている暇はありません」
超不機嫌。朝からといい、クレアっていう人は何なの?
半分喧嘩腰のような口調で反論するクレアには、正直引いた。まぁ確かにこんな訳の分からん事を言い出す先生には分からんでもないかもしれないが、それでも引いた。
すると先生、意外とただのダメ教師ではなかったみたいで、漫画とかで出てくる師匠的な、超強いキャラのような事を言う。
「このクラス、三年一組は、魔王を討伐するために集められた候補者を育成するためのクラスです。そして魔王を倒すには、七名の聖刻を持つ聖者と、それを守る加護印を持つガーディアンのチームが必要です。これから先、あなたたちは自分たちで考え判断を下す。これが絶対になってきます。そのための最初の一歩です。お解り頂けましたか?」
まだお兄さんという感じの年齢で、さらにエリックよりも気弱そうな顔をしているくせに、先生の言っている事は何か凄みがあった。
「……そういう事でしたら、分かりました……」
クレア完敗。粋がっていても所詮高校生。若く見えるとはいえ、先生は大人だけあってなかなかのやり手だった。
そんな多分戦ったことは一度もないだろうけど強キャラ感溢れる先生のせいで、お互い険悪な雰囲気の俺たちは、渋々集まる事となった。ただ、あの従者がダメダメすぎてずっといるのかと思っていたが、まさかのスクーピーもクラスメイトのようで、それが唯一の救いだった。
「…………」
「…………」
超気まずい!
早速席順を決めるために集まった俺たち。しかし当然と言えば当然なのだが、クレアたちと俺たちの溝は深く、誰も喋らない。
「…………」
「…………」
そしてなんか知らんが、最初に喋った奴が負けみたいな空気ができ、ただ黙って睨み合う。それは幼いスクーピーでも感じ取れるほどのようで、この先命を預けて共に戦う仲間になるはずなのに、最早戦の様相を呈していた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
おい誰か喋れや! なんで俺たち遣り合おうとしてんの⁉ 先生も黙ってみてないで間に入れや!
最初から印象が悪かったのが原因なのは分かっていたが、まさかここまでとは思っていなかった。それとこれともいうのも、クレアとキリアという二人の高圧的な態度に対し、フィリアとジョニーがまるで受けて立つみたいな感じで睨むから、それが余計に輪をかけて事態を悪化させていた。そのせいで完全に貴族組VS芋侍組みたいな構図が出来上がってしまい、もうどちらも引けない状況になっていた。
「…………」
「…………」
先生先生! 早く助けて! このままじゃ初日に早くも最低二人の仲間を失っちゃうよ!
この状況は非常にまずい状況だった。何故なら、このままどちらかが息絶えるまで睨み合ったままだったり、突然どちらかが殴りかかったりして抗争に発展し兼ねない緊張感があり、既に俺、リリア、ヒー、エリック、スクーピーのわき役組は、ビビッて何もできなくなっていたからだ。
そんな窮地に、やはり英雄教室。救世主が現れる。
突然教室の前の扉が開くと、先ほどの不良二人が連行されてきた。
「申し訳ないアニー先生! 大変迷惑をかけた! 今このバカ二人を連れて来た! どうかこの二人を授業に参加させてやってくれないか!」
おそらく姉か何かなのだろう、紫っぽい髪の色をした若い女性が、先ほどの二人の首根っこを掴んだまま懇願するように頭を下げる。そして子猫のようにつままれる二人の頬は見事に腫れていて、降参したかのような表情は、普段からこんな感じなのかと容易に想像させ、三人が親密な関係である事が直ぐに分かった。
「いえいえ。問題ありませんよフィオラ様。ここは己が道を己で切り開く力を養う教室です。これもまたアドラさんとパオラさんが選んだ道。私は一向に構いません」
先生超いい加減。言っていることは超良い事を言ってはいるが、結局責任は俺たちにあるから知りませんよみたいな感じで、本当に教える気があるのか疑問になった。
「それはありがとうございます! ではこの二人を置いていきますので、後はよろしくお願い致します!」
「はい、分かりました」
それを聞くとフィオラさんは、二人の耳元に顔を近づけ何か言って、放り投げるようにして二人を教室にぶち込み、おまけに鞄も投げ込んだ。
「三年一組の諸君、迷惑をかけた。バカな弟と妹だが、どうか仲良くして頂きたい。それでは」
とても兄弟想いの人なのだろう。二人を気に掛けるような言葉を残し、深く頭を下げて去って行った。ただ、二人に耳打ちをした時にあり得ないくらい目が鋭くなり、頬の腫れあがった二人の表情が引き攣ったのを見て、おそらくあの時『これ以上迷惑を掛けたら殺すぞ』的な事を言ったと分かると、社交性は高そうだけどやはり元不良なのだろうと思い、気を付けようと思った。
この二人の登場で、フィリアたちの睨み合いはやっと終わりを告げた。