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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
五章
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むかしの話

 夕暮れ時の公園。空が真っ赤に染まり、どこからか秋刀魚の香ばしい匂いが漂う。走る車の音はどこか寂しく、遠ざかるカラスの鳴き声は、まるで子供を呼ぶ母親のようだ。

 公園で遊んでいた子は母親と共に、一人、また一人と帰宅する。そして最後まで残っていた一人が帰ると、俺だけが公園に残された。


 あれは、リリアたちと出会うずっと前、いや、それよりも前。フィリアとジョニーにさえ出会う前。俺は一人だった……


 俺には、母親はいない。いや、正確には知らないだけ。俺の中にはあのボロい家でじいちゃんとずっと二人で暮らしていた記憶しかなく、母親どころか父親という物も良く知らないからだ。


 俺が生まれたときはまだじいちゃんも金持ちで、当時の俺はそこで暮らし、ばあちゃんもいたらしい。しかし俺の中にはそんな記憶は一切なく、俺にとっての始まりはあの家だった。


 夏は騒がしく、青い空と緑の畑、そこに白い雲と黄色い向日葵。

 冬は静かで、白い雪と白い息、そして赤いこたつと緑の絨毯。あと寒いトイレ。

 その間にある春は土の匂いがしてポカポカ。秋は薄暗く、小麦色。


 当時の記憶を振り返っても、俺の中にある記憶はそこが始まりで、どこを探してもそこには俺とじいちゃんしかいなかった。


 そんな記憶の中で、おそらく一番古く、匂いも色も感触も、感情さえもはっきり覚えていたのは、夕暮れ時の公園だった。


 覚えていると言っても部分的な物で、その日何故俺が一人であの公園にいたのかは良く覚えていない。そしてどのくらいそこにいたのかもはっきりとは覚えていない。

 ただ覚えているのは、夕暮れ時の秋刀魚の匂いを嗅いで、無性に家に帰りたくなってとても寂しくなったことだ。だけどその寂しさは、今でも言葉では言い表せない寂しさで、母親を知らないはずの俺だけど、とても母が恋しくなった。


 それは周りの子が母親と帰る姿を見たからかもしれない。もしくは、鳴きながら帰るカラスの声が、子供を迎えに来た母の声に聞こえたからかもしれない。


 そんな寂しさに襲われ、あの日俺は、夕暮れの中一人で何かを待っていた。


 あの時は何を待っていたのかは、当時の俺では正直良く分かっていなかった。だけど今思い返せば、俺はお母さんを待っていた。


 声も匂いも、見た事も感じた記憶も無いお母さん。だけどどこかで触れていて、知っている。それは俺のイメージなのかもしれない。もしくは前世の記憶。


 そんなお母さんが、帰って行った子供たちを迎えに来たように公園にやって来て、俺を呼び、そして手をつなぎ、帰ろうと言う。帰り道には『今日はカレーライスが食べたい』とか『誰誰が持っていたおもちゃが欲しい』とか、そんな話をしながらお母さんの手を握り歩く。そうすれば座っていたブランコが寂しそうにこちらを見ていても、俺は一切後ろ髪を引かれるような寂しさには襲われない。


 こうやっていつまでも我慢していれば、きっとお母さんは迎えに来る。な~んにも知らない当時の俺は、そんなような事を思いながら、その日は寂しさから逃れるため逃げるように頑張った。

 しかし当然ながら、どんなに時間が過ぎようともお母さんが迎えに来ることは無かった。


 赤焼ける色から、空が紫色に変わり始め、グラデーションを作り出す。そこにいつの間にか星が光り始め、気付かぬうちにちょっとずつ増える。ギリギリと鳴いていたキリギリスの声も、知らぬうちにコオロギの静かな声に変わり、乾いた風が涼しさを運ぶ。

 だ~れも迎えに来ないから、時間だけが過ぎて行き、それが余計に寂しさを増した。


 今気付けば、じいちゃんはもっと早く迎えに来るべきだったと思う。いや、もしかしたらその時には俺を見つけていたのかもしれない。だけど責任を感じているじいちゃんはどう声を掛けて良いのか分からず、躊躇っていたのかもしれない。当時を振り返ってみても、自分でも他を寄せ付けないオーラを放っていたと思うとそれもあり得た。そのくらいあの時の俺は病んでいた。


 ただ、二歳だか三歳だか自分でも良く分からんくらい小さなころだったから、その時はどうして自分にはお母さんがいないのか? とか、誰のせいでこんなに不幸なのか? なんて考える知能など一切無く、こうしていればきっと神様がお母さんを連れて来てくれるくらいしか考えていなかった。


 それでもやっぱり人間は他の生き物と同じで、暗くなる空にいつまでもこうしていても駄目だとそんな俺でも生存本能が働いたのだろう、次第にお母さんなんて迎えに来ないと思うようになった。


 当然その考えを受け入れるには子供ながらにも結構苦しんだ。だけど時間が経てば経つほど思考力が落ちて来たのか、そこまでの経緯は忘れ、覚えている記憶の中では、なんか“結局一人で生きなければならない”的な事をいつの間にか考えていた。


 それは物凄く寂しかった。多分そう考えたときの記憶は一生忘れないだろう。そのくらいあの時の事は今でも頭の底にあり、いつでもすぐに引っ張り出せる。おそらく俺にもし加護印が後天的に発現していたなら、その時だろう。そう思える記憶だった――


「――と、まぁ、そんな感じ?」


 今まで誰にも話したことが無い秘密を話すと、なんだか照れ臭かった。しかしクレアもファウナも一切馬鹿にすることなく聞いてくれた。それどころか意外と興味を持ってくれたのか、クレアはさらに質問をする。


「その後どうなったんだ?」

「え?」

「一人で生きようと決意した後だ」

「え? あぁ……」


 この話をするのは結構嫌だった。だけどクレアもファウナもきちんと聞いてくれたお陰で、なんか胸のつっかえが消えたようで、悪い気分ではなかった。


「やっぱどっかでじいちゃん見てたみたいで、ブランコ降りて帰ろうとしたらすぐ迎えに来た。で、その後普通に帰った」

「そこではない。フィリアやリリアたちとはどう出会ったんだ?」

「え? 別にそこ話しても、加護印はもう関係ないと思うぞ?」

「分かっている。だけど……私はその後が聞きたい」

「え?」


 今クレアにとって必要なのは加護印についてだ。それなのにその後のフィリアたちとの出会いを聞きたいというクレアには、首を傾げた。それでもやっぱり、なんか今まで見た事が無いクレアの優しい表情にもっと聞きたいという想いを感じ、もう少し話す事にした。


「よく覚えてないけど、たしかフィリアとジョニーは、じいちゃんが親戚だみたいな感じで連れて来たのが最初」

「そうか。それで二人とはすぐに仲良くなれたのか?」

「いや。なんか最初は、じいちゃんの畑仕事手伝うみたいな感じだった気がするけど、二人とも綺麗な服着てさ、フィリアは汚れるとか虫がいるとか言って全然手伝わないし、ジョニーはずっとフィリアの後ろにいて喋らないしで超嫌いだった」

「そうなのか⁉ 今では兄弟のように仲良く見えるが、そうだったのか⁉」

「あぁ。その上手伝わないくせにスイカとかはめっちゃ食うし、特にフィリアは態度も体もデカかったから、もう二度と会いたくなかった気がする」


 それを聞くと、クレアとファウナは声を出して笑った。


「そうだったな! フィリアたちはライハート家の令嬢だったな! それは仕方がない!」


 何でこいつ笑ってんの? クレアも金持ちの子供じゃん? え? 我が家の事馬鹿にしてんの?


 フィリアたちの幼少期の態度の悪さに笑っているのかと思ったが、なんか家が貧乏で畑仕事をさせた事が悪いみたいな感じで笑う二人に、金持ちの家は一度全部火事になれば良いと思った。


「それで! フィリアたちとはどうやって仲良くなったんだ?」

「別にフィリアたちとは今でも仲良くなってねぇよ」

「そうなのか? そうは見えないぞ?」

「それはリリアたちがいるからそう見えるだけだよ」

「そうなのか?」


 これは事実。おそらくリリアとヒーがいなければ、俺たちは一緒にいる事は無かった。


「あいつらがいつもフィリアとジョニー呼ぶんだよ。だから仕方なく一緒にいるだけ」

「とてもそうは思えんが?」

「本当だって。リリアたちがいないなら一緒にいる意味ないじゃん」

「では、何故リリアとヒーがいるなら許せるんだ?」

「そりゃリリアとヒーが、『フィリアとジョニーが一緒の方が良い』っていうからに決まってんじゃん?」

「決まっているわけではないだろう……?」


 “決まっている”は言葉の綾。だけどリリアとヒーがそう思うのなら、間違いではない。


「どうしてリーパーはそれほどリリアとヒーの事を大切に想うのだ?」

「そりゃ妹だから。当たり前だろ?」

「しかし血は繋がっていないのだろ? 本当の妹はマリアだろ?」

「ま、まぁ……そう言われればそうだけど……」


 クレアの言う通り、リリアとヒーとは血縁関係にはない。そしてマリアとは母は違えど血は繋がっている。しかしなんか知らんが、マリアは従妹? みたいな感じで、リリアとヒーが実の妹という感じがする。


「だけど……なんだろな? やっぱリリアたちの方が妹って感じがする。それに」

「それに?」

「フィリアとジョニーも兄弟みたいな感じがする。多分他に兄貴や姉ちゃんみたいな人が現れても、それは変わらないと思う」

「…………」

「俺たちはやっぱ五人兄弟って感じ?」

「そうか……」


 それを聞くと、今度は先ほどとは違う優しい笑みをクレアとファウナは見せた。


「それよりさ、今のでなんかヒントになったかクレア?」


 かなり話が脱線したことで、クレアの貴重な時間を費やした。今の話で少しでもクレアにとって有益な情報があったのなら良いのだが、俺的にはあまり意味が無かった気がして不安になった。


「あぁ、とても参考になった。ありがとうリーパー」

「いや、少しでもクレアの役に立ったならそれで良いよ」

「十分役に立ったよリーパー。ありがとう」

「そ、そうか……?」


 ただの昔話。今の話の中でそれほど役に立つことがあったのかどうかはさておき、クレアにとっては十分な収穫があったようで、満足そうな笑みを見せていた。


「では、もう一度行ってくる」


 クレアはそう言うと、どっこいしょという感じで立ち上がった。その表情には、先ほどの暗さはなく、とても活気に溢れていた。


「頑張れよ」

「あぁ。行こうファウナ!」

「はい!」


 俺的には、あの話のどこにそこまで力を与える要素があったのかは分からないが、クレアには十分効果があったようで、力強い声を上げると再び試練へ向かった。その後ろ姿は正に颯爽という感じがして、今度こそやってくれそうな気がした。

 先日、モップと散歩中に初めて鹿の親子と遭遇しました。怖いもの知らずのモップが忍び寄ると、母鹿は歩み寄る素振りを見せ、これはもしや子供と友達になってくれるのかな? と期待しました。しかし残念ながら、どうやら鹿は貴族体質なようで、突然母鹿は大きく地面を踏み鳴らすと、”汚らわしい貧乏人がうちの子に近寄らないでざます!” 的にピーっと威嚇してきました。そして”行くざます”みたいにどしどし足音を踏み鳴らし子供を連れて草むらに逃げて行き、相当頭に来てたのか、さらに草むらから”なんなんざます!”みたいに罵声をスナイプしてきました。

 その剣幕は、あのモップが目を丸くするほどで、思わず私も気にするなとモップに声を掛けるほどでした。

 

 鹿は一度投資に失敗して、破産すればいい!

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