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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
五章
87/186

俺たちの青春

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 ――試練開始から凡そ五時間。


「だ、大丈夫かクレア?」

「だ……だ……大丈夫だ……」


 行って戻るを繰り返し、徐々にゴールに近づくクレアだったが、この頃になるとさすがに疲労も限界なのか、かなりの疲弊具合だった。


 その疲れ具合は、熱中症になって犬のように口を開けて呼吸している猫のようで、明らかにヤバかった。


「もう夕方だし、一回飯食ってゆっくり休んだらどうだ?」

「も……もう、時間もあまり、残されていない……こ、呼吸が整ったら……もう一度、挑戦する……」


 元々加護印を持っていた俺は、瘴気がどれほど危険な物なのかはっきりと理解していなかった。しかしクレアの状態を見て、初めて瘴気が危険な物であると理解した。だが……クレアがここまで疲労困憊なのは俺にも責任があると思うと、やっぱり瘴気より人間の方が危険なのだと知った。

 

 っというのも、あれからクレアが戻る度、俺は色々なシチュエーションをイメージしてどうにか愛を表現していたのだが、そのどれもが上手くいかなかった。

 

 あるときは学校祭準備期間中、あるときは修学旅行中、またあるときは三年生秋の放課後。俺が学んできた様々なシーンでクレアに愛を表現した。しかし回を増すごとに疲労によりクレアの反応が鈍くなり、演技が上達する事によって俺の鬱陶しさが増すばかりだった。

 そんな負の循環に巻き込まれたクレアは、予想以上に無駄に消耗を強いられていた。


「だけどよ、今の状態じゃまた失敗するぞ?」

「それは……」

「それによ、もう後半分無いくらいなんだし、もうあれだから、最後ヤバいと思ったら、覚悟決めて思い切り走り抜けちまえば良いだろ?」


 行ったり来たりしながら徐々にゴールに近づくクレアだったが、実際進んだ距離は約半分と言ったところだった。


「それは無理だ。瘴気は……奥へ進むほど、濃くなる。無理に進めば……どうなるか、分からん……」


 一応考えられて作られた試練。奥へ進むほど瘴気が濃くなる仕様は、受験生自らが合否の判断ができ、今の俺のような考えを持つ不正も難しくなる。

 加護印を持つ俺にとっては大したことない試練だったが、クレアを見ているとやはり加護印とは物凄い物なのだと思った。

 

「でもよ……」

「それに、この試練は……瘴気に耐える、試練だ。打ち勝たなければ……意味が無い」


 なんだかんだ言って、俺たちの中で一番真面目に英雄について考えているのは、クレアなのかもしれない。


 俺にとってはこんな試練、合格さえ出来れば問題ない気もする。っというか、別に合格出来なくても問題ない。駄目なら駄目で日本に帰るだけだし、これ以上危険な目に合う事も無くなる。だいたい俺如きが英雄になる必要も無く、もっと相応しい人物がなるべきだ。特にクレアたちのように、裕福な家庭があるのなら尚更その方が良いはず。

 だけどクレアはきちんと試練を理解し、合格しようとしている。それも、加護印の発現ではなく、瘴気に打ち勝つと言っている。


 第一印象が最悪だっただけに、仲良くなっても今まで俺はクレアの事を認めているようで認めてはいなかった。しかし打ち勝たなければいけないの一言で、クレアも誰かと同じで純粋な心の持ち主だと思うと、ほんの少し俺の中でクレアの評価が変わった。


「分かった。なら、やっぱりしっかり休め」

「しかし時間が……」

「大丈夫だ。クレアが休んでる間どうすれば良いか俺も一緒に考える。その方が効率も良いだろ?」


 そう言うと、焦るクレアだったが納得したのか、分かったと静かに頷いた。そして、それを聞いてファウナも俺の考えに賛成してくれるようで、直ぐに夕食の準備をするようお願いした――


「――もしかして気のせいじゃないのか?」

「そんなことある訳ないだろ!」


 夕食を取りながらクレアの回復を待ち、そのついでに試練の対策を考える俺たちだったが、いくら考えても有効的な案は一向に思いつかなかった。


「いやだってさ、クレアも一応英雄の血引いてんだし、もしかしたら実はもう加護印出てるって可能性もあるじゃん?」

「一応とはなんだ! 私は歴としたおばあさまの孫だ!」

「お前フランス人なのに、歴としたって言葉良く知ってんな?」

「やかましい!」


 全然突破口が思いつかない状況に、正直俺としてはほぼ諦めていた。


「でもよ、これだけ俺たち一緒にいて訓練してさ、クレアだけ未だに加護印出せないのおかしいじゃん?」

「そ、それは……」

「エリックだって出たんだぞ?」

「エリックは出て当然だろ? 努力家だ」

「ま、まぁそうかもしれんけど……」


 エリックはああ見えて努力家だ。その上真面目で勤勉で良い奴。だけど才能的にはクレアの方が絶対上のような気もする。俺はそういう意味で言ったのだが、なんかクレアには馬鹿にしたように聞こえたらしい。まぁ、それは良いとして。


「ほらでも、英雄の孫でもなんでもないウィラも出てんだぞ?」

「うっ……」


 どうやらウィラの事は見下しているらしい。あんな奴に後れを取るのか的な表情を見せたクレアに、ウィラって女子に嫌われてるんだと思った。


「お前体調べてみろよ? もしかしたらもう加護印あるかもしれないべ?」


 そう言うとクレアは、ちょっと渋い顔をした。


「し、しかし……だとしたらあの息苦しさというか、苦しさは説明がつかん」

「いや、俺だって息苦しさは感じるよ。あっ! あれか!」

「何だ⁉」

「お前もしかして根性無いんじゃないのか?」

「どういう意味だ?」

「ほら、朝起きてさ、今日学校行きたくないって思うとさ、腹痛くなったりする奴いるじゃん? あれみたいなもんだよ?」

「それは思い込みではなく、精神的な苦痛から来る防衛本能だろう? 根性論とは違う」

「いや、そういう意味じゃなくってさ。今日は怠いから、なんかお腹痛いな~、的な?」

「お前ぶん殴るぞ!」


 いや! もうそうじゃなきゃ説明がつかん! じゃなきゃもう言っちゃいけない“お前実は孫じゃないんじゃないの?”って言うしかないじゃん!


 完全に行き詰っていた。それこそぶん殴られる覚悟で捨て子発言をするしかないくらいで、もう残念ながらクレア・シャルパンティエ様にはここで御失格になられて頂くしかなかった。


 そんな俺たちを見かねたのか、今までずっと静かに見守っていたファウナ様が、ようやっと有難いお言葉を授けて下さった。


「落ち着きなさい二人とも。クレアに加護印はまだ発現してはいません。クレアに加護印が発現しないのは、何か理由があるはずです。そこを考えてみてはいかがでしょう?」

「理由?」

「はい。肉体的なものではなく、精神的な何かです。加護印を発現させているリーパーなら、何か思い当たる節があるはずです」

「そうか! そう言えばリーパーは加護印が出ているのだったな! 発現したときの事を聞かせてくれ!」

「え~⁉」


 聞かせてくれも何も、ラクリマに言われて初めて出ている事を知ったのに、教えろと言われても困る。それこそズボンのチャックが開いていると言われて、いつから? と聞かれるくらい困る。


「俺だってラクリマに言われて気付いたんだぞ? 分かる訳ないじゃん?」

「……あぁ、そうだったな……そうだった……」


 クレアは今、完全にこいつは駄目だと絶対思った。


「ファウナ。ファウナは加護印を発現させた時の事を覚えているか?」


 そして、クレアはもう俺には何も期待していないようだった。


「はい。しかし私の場合は、本当に突然発現したので、今のクレアには参考になりません」

「突然? どういう事だファウナ? 今の私にはどんな些細な事でも参考になる。だから教えてくれ?」

「……分かりました」


 突然とは言ったが、何か深い理由があるようで、ファウナは逡巡するような素振りを見せた。それを見て、少し俺たちは緊張した。


「あれは、私がまだ若かった頃の話です。その日、私はいつものように学業をこなし、ヴァイオリンの稽古をしていました」


 ファウナの言う若い頃というのが良く分からんが、何やら深い話になりそうで、加護印についてまだ俺たちも知らないとても良いアドバイスが聞けそうな雰囲気だった。


「当時の私は、幼少期からの教育もあり、コンクールなどで成績を残せるまでに上達しておりました。そしてその日も、迫る祭典に合わせ、先生のピアノと共に練習に励んでおりました」


 どうやら特別養子縁組とは、俺が思っていた暗殺集団を育てる組織という感じではなく、寧ろ上品な貴族を育てるリッチな組織のようだ。あれだけの実力を持つファウナがバイオリンで成績を残すほどだと知ると、意外とエヴァとファウナは良い暮らしをして来たようだった。ただ……あの残虐性を考えると、やっぱり特別養子縁組は殺し屋を育てる方がメインなんじゃないのかという思いは否めなかった。


「祭典も間際ということもあり、演奏はほぼ仕上げという段階に達しており、また、心身共に仕上がりも万全という状況でした」


 ファウナはこういう語りは上手だ。だけど今は時間が無く、本来ならもっと簡潔に答えを教えて欲しい。それでも今のクレアには共感するところでもあるのか、ただ黙ってファウナの話を聞く。


「最後に必要な物があるとすれば、それは私自身の自信だけ。そう思いその日も、一曲、二曲と何度も繰り返し練習していました。そんな中……」


 いよいよ本題に入る。一体ファウナはどうやって加護印を発現させたのか、そしてそこで何を知ったのか。俺とは違いより深く加護印を知るファウナの言葉には、流石の俺でも息を呑んだ。


「一曲が終わると」


 一曲が終わると!


「先生が」


 先生が!


「『ファウナさん、左手が光っています』と言いました」


 一体演奏中に何が起きた⁉


「そう言われた私は、左手を見ました。すると……」


 すると!


「左手首に加護印があるではありませんか!」


 おお! つまり重要なのはここから!


「っという感じで、私は加護印を発現させました」


 ファウナ―! オチが雑過ぎる! 何でそこまで行って急に止めるの⁉ 面倒臭くなっちゃったの⁉


 あれだけ引っ張ってなんでそんな雑に終わろうとできるファウナには、驚愕だった。しかしこれは前フリとでも思ったのか、クレアはまだ掘り下げようとする。


「その時何かを感じたのかファウナ? 神とか?」

「いえ。本当に先生に言われて初めて気づきましたので、私は一切神秘的な物は感じてはいません」

「では、それを感じぬほど集中していたという事か?」

「いえ。確かに集中はしていましたが、演奏の最中漂ってくる香りに、晩餐のメニューはビーフシチューなのだと思ったのを覚えていますから、それほど集中はしていませんでした」

「なら演奏中、今まで最高の演奏が出来たという感触はあったか!」

「いえ。練習も終盤という事もあり、寧ろミスの方が多かったです」

「それなら!」


 もう無理だってクレア! これ以上ファウナ様掘り下げても、出てくるのは薄っぺらい語り部口調くらいだから!


「落ち着いて下さいクレア。いくら私に聞いたところで、クレアが求める答えは出てきません。私が加護印を発現させたのは、偶然とも言えない運だと思って下さい。当時の私は、自身でも加護印など発現させられるとは思った事もありません。もちろんそんな努力もしていません。私が加護印を発現させたのは、クジが当たったような物なのです」


 あ、やっぱり加護印ってポケカ的な物なんだ……


 知識だけでなく、あれほどの実力を持つからには、想像を絶するような人生を送って来たと思っていたファウナだったが、意外や意外、結局加護印は奇跡的な幸運に恵まれて発現したと言う。しかし今まで見て来たファウナの姿から、努力などしていないはずなど絶対にあり得なく、詰まるところ上手くはぐらかされてしまった。


 そんな見え見えの嘘だったが、純粋なクレアだけは信じてしまったようで、一気に表情がどんよりした。


「ですのでクレア、加護印については私より、やはりリーパーに助言を頂いた方が確実です」

「そ、そうか……ではリーパー……何か助言をくれ……」


 相当ショックが大きかったのか、完全に意気消沈してしまったクレアの声は、深淵から響く呻きのように小さく重かった。


「お、おい……大丈夫かクレア……?」

「大丈夫だ……」


 多分クレアはもう試練には挑戦しない。そう思うほどテンションがた落ちで、近くにいるだけで負のオーラに伝染しそうな勢いだった。

 そこで負のオーラに感染してゾンビになりたくない俺は、何でも良いからクレアが腐臭を放つのを止めさせるため、適当にそれらしい提案をすることにした。


「そ、そうだ! さっきファウナも言ったろ? クレアに加護印が発現しないのは何か理由があるって! だから先ずそこを考えようぜ!」

「運の無い私は、別に加護印など求めていない……試練さえクリアできればそれでいい……」


 完全にやる気を失ってしまったクレアは、ボソボソとさっきとは真逆の事を言い始めていじけてしまった。


「お、落ち着けよクレア? ファウナはああ言ってるけど、絶対努力して無いはずないだろ? 運で加護印なんて出るはずないじゃん?」

「しかしリーパーは、何の努力もせずに加護印が発現したんだろ……?」

「……いや……まぁ……そうだけど」


 何気に俺を馬鹿にするあたりに、もう完全にいじけてしまったようだった。


「でも、努力とは違うかもしれないけど、多分俺に加護印が出たのは理由があるかもしれない」

「どういう事だ?」

「いや……実はさ……」


 恥ずかしいとも、みっともないとも言えない理由だが、なんか今まで人に話すには嫌だと思っていた俺の過去。リリアたちにも話したことが無い、本来なら絶対に口外しない話だったが、このままでは埒が明かない状況に、俺は初めて自分の過去を話す事にした。


 しつけというのは難しいです。叱っても怒っているという感覚が無いのか、モップは遊んでくれていると思うばかりで、全然上手くいきません。

 最近も、足を狙いしつこく攻撃してきて、このままではいずれ踏むか蹴とばすかで怪我を負わせると思い止めさせようとしましたが駄目でした。そこで私は強いんだという事を知らしめるため戦いました。

 結果、最後はルールがあったようで、私が両手を使うのはズルいという感じで鳴き始め、撃破しました。


 良くある、暴力によるしつけというのは苦手です。その暴力が、大きな罪に対する罰だと理解させ、二度としてはいけないと教えるためなら必要ですが、普段から穏やかな生活を送る子ならなかなかそんな罪は犯しません。ですから、モップに対してはほとんど必要ありません。


 結局、私自身が正しさを手本として体現するのが一番良いしつけだと思っているのですが、猫と人間というのは難しいです。やはり今後は、何かある度バトルをしかけ勝利するしかないようです。

 


 

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