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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
五章
84/186

ファウナ様

「はぁっはぁっはぁっはぁっ……」


 突然本性を現したファウナ。その強さと残虐性は正に任侠映画の悪役並みで、突然俺はVシネマの世界へと放り込まれた。そんなファウナから浴室へ向えと命令されたことで、逆らえば次は自分が切り刻まれると恐怖し、ただただこの世界から逃れたい一心で浴室へと向かった。


 “ガチャガチャガチャガチャ”


「ハァハァハァハァ」


 恐怖に襲われた俺は、とにかくファウナの逆鱗に触れないように必死だった。力任せにドアノブを捻り、なりふり構わず扉を開けようとした。しかし扉には鍵が掛かっているようで、そのノブは頑なに入室を拒否した。


「ちょっ、ちょっと待ってくれリーパー!」

「その声はクレアか! ここを開けてくれ! ここは浴室だろ!」


 扉に鍵が掛かり、ドアノブが全く機能していない事を悟った瞬間は、正に血の気が引いた。そこへ聞こえたクレアの声は蜘蛛の糸だった。

 

 “早く浴室に入らなければっ!”


 浴室にさえ入れれば何とかなる。闇ファウナに飲まれた俺は、浴室へ向えと言われた時点でパニくっていた。そこへまさかの施錠というハプニングは、完全に俺から冷静さを奪い去っていた。それこそドアノブが動かなかった瞬間は体が一気に冷えるくらいで、猛吹雪の中パンツ一丁で外にいるんじゃないかというほど震えた。


「そ、そうだ! だからちょっと待ってくれ!」

「だだ駄目だ! 直ぐ開けてくれ! 早くしてくれ!」

「私は今、裸なんだ!」

「それは分かってる! だけど直ぐ開けてくれ!」


 今の俺が、何故自分が浴室へ入らなければいけないのか、何故クレアがいるのか、何故クレアは裸なのかなんてことを理解できるはずが無かった。今の俺の頭の中には、血みどろのベッドの上で倒れる大司祭トーマの姿があり、そこに重なる自分の姿に満たされていて、ファウナの足音が近づいて来ない事を願うばかりだった。


「とにかく何でも良いから早く開けてくれ! 時間が無いんだ!」

「落ち着いてくれリーパー! 私が間違っていた事も、リーパーたちがここへ来てくれたことも理解している! だけどせめて、これ以上私に恥をかかせないでくれ! 頼む!」


 クレアが何を言っているかなんて耳になど入っていなかった。ただただ早く浴室へ入らなければ殺されるという思いに駆られ、震える手でひたすらドアノブをガチャガチャしていた。それほど今の俺は追い詰められていた。


「良いから開けろ!」

「駄目だ!」


 ここまで来ると、最早クレアは敵だった。なんで俺がこんな事になっているのかなんてもう覚えちゃいないが、クレアのせいで殺されると思うと殺意すら沸くほどだった。


 そんな中、俺の力が覚醒でもしたのか、突然浴室内のクレアに異常が起こる。


「開けてくれ!」

「駄目だ! 今は……なっ⁉ なんだ体が勝手に⁉ あああぁぁぁやめろっ!」


”ガチャッ“


 なんか良く分からんが、必死に抵抗していたクレアが奇声を上げると、ドアノブが一気に動いた。その瞬間、俺はこれが最後のチャンスだと思い、全体重を掛けて扉を押し開け浴室へ飛び込んだ。


「わあぁぁぁ!」

「うわっぁぁぁ!」


 飛び込んだ勢いで俺はそのまま地面へと叩きつけられ、大きな衝撃を受けた。しかし今はそんな事よりももっと重要な事があり、痛みなど感じる暇もなく叫んだ。


「クレア! 早くドアを閉めて鍵をかけろ! ファウナが入って来る!」

「えっ⁉」

「良いから早く閉めろ! 殺されるぞ!」

「わ、分かった!」


 クレアが扉を閉めると、ひとまず気持ちが落ち着いた。だが、相当疲弊したようで、暫く息を整えるまで荒い呼吸が続き、自分が大量の汗をかいていた事にどれだけ危険な場面だったのか改めて理解した。


「リ、リーパー……」

「はぁはぁはぁはぁ……」

「あ……済まなかった……」

「はぁはぁはぁはぁ……」

「リ、リーパー……?」


 恐らくあれが必死ということだったのだろう。恐怖は去ったが、未だ尾を引く恐怖は鼓動を荒ぶらせ、視線を扉に向けさせたまま現状を理解させなかった。


「リーパー……?」

「え?」

「大丈夫かリーパー……? 何があった……?」

「あ、あぁ……お、おう、クレア」

「お……おう……」

 

 この時、まだ俺の脳は情報を正しく理解できていなかった。だからもちろんクレアへの返事は無意識な物だった。それどころか、クレアがバスタオルを巻いた姿でいる事にさえ気付かなかった。


「…………」

「…………」


 しばらく沈黙が続いた。クレアは自分の落ち度に。俺は襲い来るファウナの恐怖に。

 その時間は重たく、ヒリついた空気が流れ、とても居心地が悪かった。だがその静かな時間が俺に冷静さを取り戻させた。


「クレア! 大変なんだ!」

「なっ! なんだ……⁉」

「ファッ、ファウナが大変なんだ!」

「ファッ……ファウナが?」

「そうだ! アイツは殺し屋だったんだ!」

「ファウナが殺し屋⁉」

「そうだ! ファウナの奴、大司祭様を斬りやがった!」

「トーマ様をかっ⁉」

「そうだ!」

「トーマ様は無事なのか⁉」

「それは今エヴァが治療している。だから死ぬことは無い」

「そうか……」


 冷静さを取り戻すと、自分がここへ来た理由を思い出した。しかし今はそれ以上にファウナとエヴァの正体を皆へ伝えなければいけない気がして、クレアが加護印のために過ちを犯した事などどうでも良かった。


「な、なんてことだ……私のせいでファウナが……」


 そんな俺に対し、クレアは相当反省しているようで、ファウナが殺し屋であった事も自分の責任のように言う。


 だが今は、そんなことは問題ではない。


「別にお前の責任じゃねぇよ。それよりも早くこの事を皆に伝えよう。このままじゃ……」

「ちょっと待ってくれ! こんな事をしておいて言えた義理じゃないが、それだけは少し時間をくれ!」

「別にお前の事を言うんじゃねぇよ! ファウナが殺し屋だった事を言うんだよ!」

「何⁉」


 クレアはよっぽど自責の念で頭が一杯らしい。仲間の命とクレアのエチエチ話を天秤に掛けてもまだ自分のエチエチ話の方が勝っているようだった。


「一旦落ち着けクレア! 確かにお前がしようとしたことは問題があるかもしれない。だけど今は皆の命だ! ファウナとエヴァが三年一組に来た理由は分からないが、あの二人はヤバイ。平然と人を斬った。このままじゃいつ俺たちの誰かが殺されるか分からないんだぞ!」

「そんなわけないだろ! 落ち着くのはお前の方だリーパー! ファウナとエヴァは英雄になるために三年一組に来たんだ。ファウナが強いのは当たり前だろ?」

「強い強くないの話じゃない! 俺が言っているのは、ファウナはこんなことしたくらいで大司祭様のアソコを斬った事を言ってんだよ!」

「こんなことくらいだと! ……って! アソコを斬ったのか⁉」

「そうだ!」


 クレア驚愕。俺の言い方も悪かったが、どれほどの怪我をさせたのかを知るとクレアはやっとファウナの恐ろしさを理解したようで、驚きの表情を見せた。


「トトトトーマ様は大丈夫なのか⁉」

「それは今エヴァが治療しているから大丈夫だ」

「そ、そうか……」

「そんな事よりも……」


 “コンコンッ”


「大分揉めているようですが、大丈夫ですかリーパー?」


 クレアのせいで余計な時間を費やし、声が大きくなっていたせいで、ここでいよいよ我慢できなくなったファウナが扉をノックした。


「だだだ、大丈夫です! ファウナ様!」

「……そうですか。しかし時間も時間です。明日もありますし、良いところで話を終わらせてください」

「わ、分かりました! もうしばらくお待ちください!」


 時間も時間。明日もある。どうやらファウナ様はお疲れになったようで、今日はもう終わりにしたいご様子だ。

 何一つ話はまとまっていないが、これ以上時間を費やせばいつファウナ様が扉をぶち破って来るかも分からない。

 そこで今はそれらしい感じを醸し出し、兎にも角にも早々に話を終わらせることにした。


「そういう事だクレア! お前は俺たちを裏切ったんだ! 何故俺たちに相談しなかったんだ!」

「ど、どうしたリーパー急に?」

「良いから黙って聞け!」


 扉の向こうには、刃物を持ち、褐色の肌に目を真っ赤に充血させ、血を求めるように牙を出すファウナ様が居る。今はそんなファウナ様のご機嫌を損ねないよう、全力で説教しているフリをしなければいけなかった。


「俺たちがいるだろ! 何故あんなどうしようもない大司祭に頼るんだ!」

「そ、それは……」

「それに大体なんでお前裸にバスタオル姿なんだよ! 風呂にでも入ってたのか!」

「い、いや……それは……」

「そんなんだから加護印出ないんだぞ! それにお前……あれだ! お前には最初から何か足りないと思ってたんだ! なんか金持ちぶってるって言うかなんというか……エリックを見て見ろ! アイツは加護印出したぞ! その、なんていうか……あれだ! お前には危機感が足りない!」


 自分でも何言ってんのか分かんないその場しのぎの言葉だが、この時ばかりはペラペラ良く回る自分の舌に感謝した。それこそ扉越しに伝わる圧倒的ファウナ様のオーラで覚醒したんじゃないかと思うほど言葉が飛び出し、なんか勝てそうな気さえして来た。


「フィリアたちの時にも感じたんだが、加護印ってのは限界まで追い込まれて初めて出るんだ! お前が加護印でないのはそれが原因だ! お前もしかして、三年一組で一番真剣に取り組んでないんじゃないのか?」

「そ、そんなことは無い! 私は……」

「五月蠅い黙れ! 今俺が喋ってる!」


 とにかく勢いで押すしかなかった。例え相手がクレアだろうが、今はなりふり構わず口撃を繰り出すしかなかった。


「自分が駄目でも誰かやってくれる。自分が居なくても誰かが魔王を倒してくれる。本当はそう思ってるんじゃぁ~ないのか! 俺たちは……」

「リーパー。もうそのくらいでクレアを許してあげて下さい」

「えっ!」


 勢い余ってジョジョみたいな言い回しになったのが本気を伝えたのか、ここでようやくファウナ様からお許しの言葉が出た。


「リーパーのお気持ちはとても伝わりました。もちろんクレアにも十分伝わっています。ですから、どうかクレアを責めるのはそのくらいで許してもらえないでしょうか? 後は私から伝えますので」

「は、はいっ! ファウナ様がそう言うなら!」

「ありがとうございます」

「いえ!」


 勢いなのか熱量なのかは知らないが、口の面に関しては俺の方が上なようで、まだまだ続くぞ的な雰囲気はあのファウナ様に勝り、遂にこの地獄の世界に終わりが来た。


「よし! じゃあクレアここを出るぞ。戻ってこの事を皆に伝えよう……どうした?」


 上手くファウナ様を欺けたことで、ようやく解放される。後はなんだかんだ理由を付けて部屋へ戻ればなんとかなる。そう思い安堵したのだが、ここまで来て今度はクレアの様子がおかしい。


「さぁ部屋へ戻るぞ。早く服を着て戻る準備をしろよ?」

「済まなかった……」

「え?」

「私のせいで皆に迷惑をかけてしまった……リーパーの言う通り、私は一番真剣に取り組んでいないのかもしれない……」

「ええっ⁉」


 そこまで言うとクレアは突然涙を流し始めた。


「あ、あれは冗談だよ! そんな事本気で思ってるわけないだろ!」

「いや……リーパーの言う事は正しい……」

「いや、ちげぇから!」


 超びっくり! ファウナ様の機嫌を損ねないために並べた言葉は、自分でさえ覚えてない。それくらい適当に放ったのに、クレアはそれを真に受けたらしく、ここに来てマジ泣きを始めた。


「済まない……済まない……」

「おい!」


 手で顔を押さえ涙を流すクレアは、遂には鼻までぐずぐず言い始めた。その音はドアの向こうに居るファウナ様にまで届いたらしく、さっきまであれだけ早く帰りたそうにしていたファウナ様は、急に息を吹き返す。


「今ですリーパー! クレアを抱きしめてあげて下さい! そして『もう大丈夫だ』と伝えて下さい!」

「えっ⁉」


 ファウナ様は殺し屋なのに、こういうのが大好き。例えドアに阻まれ見えなくとも、鼻息荒くそういう展開を所望する。

 しかしだ。俺はこんなことは初めてだし、第一女子が目の前で泣いているのにそういう事をしても良いとは思わない。何よりクレアは現在裸にバスタオル姿だし、髪の毛だってまだ湿っている! それを抱きしめるなんて、とてもとても人道的だとは思わなかった。


「リーパー! 抱きしめましたか! 抱きしめたのですか!」


 ファウナ様大興奮。姿は見えずとも完全にドアに引っ付いている感は猛烈で、俺が今ここで無理だなんて言おうものなら即殺されそうな雰囲気に、やるしかなかった。


「どうなんですかリーパー! どうなんですか!」


 一体何がファウナ様をそこまで突き動かすのかは分からないが、もう考えている時間は無かった。そこでクレアがバスタオル姿だとか泣いているとか関係なく、とにかく抱きしめた。

 

 シャンプーの甘い香り、汗ばんだ肌、生温かい体温、柔らかな体。俺よりも少し身長の低いクレアを抱きしめると丁度頭皮の匂いが良く届き、最高だった。それこそこのまま行けるのではないかと思うほどで、悪くなかった。だが浸る時間も与えないのがファウナ様。


「抱きしめたのですね! では言ってあげて下さい! 『俺の妻になれと!』」


 ファウナ様は相当イカれた思考の持ち主のようで、自分の酒肴を求める。


「お、俺の妻になれ」

「おおっ! 遂に言ったのですねリーパー! クレアは何と言っていますか!」


 相当の地獄耳までお持ちのようで、かなり小さな声で言ったのにも関わらずファウナ様大興奮。そしておかわりまで求める。


「ク、クレアは泣いています! 多分まだ……」

「そうですか! それは素晴らしい! エヴァ! 聞きましたか! やはり二人は運命の糸で繋がっていたようです!」


 クレアは重い言葉のせいで未だ傷心中。抱きしめたときこそちょっと反応を見せたが、その後は俺の胸に顔をうずめてひたすら泣いていて、俺の言葉など聞いちゃいない。しかし見える見えない以前に、自分の思い通りに事が進んだことでもう止まらないファウナ様は、勝手に色々決めつけたようで一人ヒートアップしていた。


「こうしては居られません! エヴァ! 直ぐに二人に部屋を用意してください! それと! 明日の試練は午後からに変更する旨を全関係者に伝えて下さい! ……早くっ!」


 恐らくエヴァは、今物凄い顔をしているだろう。だけど逆らう事などできないようで、指示が飛ぶとどうやら部屋を出て行ってしまったようだった。


「リーパー。今エヴァが、今夜貴方たちが泊まる部屋の手配へ向かいました。準備が出来るまで申し訳ありませんが、しばらく時間が掛かります。部屋には夜食の用意もさせますので、二人はそれまでの間そこの浴室で湯に浸かり、お時間をお楽しみください。準備が整いましたらお迎えに参りますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 何のお願い⁉


 ファウナはもう俺たちがそこへ至ると思っているようで、なんか勝手に手配を始めるとそう言い残し、なんか勝手にその場を去っていった。


 そんなもん残されても困る俺は、とにかく困り、困った挙句クレアが離れるまでしばらく抱きしめたままだった。そんで結局どうなったかというと、クレアは離れると一人になりたいみたいなことを言って一人で入浴して、その間俺はファウナが戻るまで一人寂しく脱衣場で待った。で、最後はファウナが用意した部屋にクレアと入れられて、しばらくしてファウナが居なくなったのを見計らい自室に戻り、その日は本当にクレアとは何もなく終わった。


 先週、初めて消防団として出動しました。今まで何度か出動願いは届きましたが、どれも仕事の関係上出動できていませんでした。しかし今回、夜の十時半という事もあり出動に至りました。

 今まで何度かあった出動は、話を聞くとどれもボヤ程度で、初出動という事もあり今回も直ぐに終わると思っていました。しかし、署の前に着くと既に焦げ臭さがあり、いざ出動すると直ぐに赤い空と煙が目に入り、ヤバいと思いました。そして現場に到着すると案の定大火災で、初出動でいきなり映画のような世界でした。


 私が到着したときには、木造平屋の一棟が全焼していて、隣の棟に燃え移っていました。その炎も大きく、屋根を突き破った炎が上でグルグル火柱を上げており、本隊の消防士が何本もホースを伸ばし放水していても全く歯が立っていないほどでした。そして直ぐに隣町からも応援の消防車が駆け付け、それでも間に合わず消防団もホースを伸ばし、裏からの放水をするという大火災でした。


 皆さん、火の始末には気を付けて下さい。火事は金属以外は全て灰にしてしまうほど危険です。

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