破壊者
「おおっ!」
ジョニー、ツクモ、リリアたちと始まり、いよいよ迎えたフィリアの試練。その相手は世界二位という大男だったのだが、予想に反して試合はフィリアの優勢で進められていた。
「凄いフィリア! 漫画の主人公みたい!」
開始早々対戦相手の右目を潰したフィリアは、そこから死角を上手く利用し、左回りに円を描きながらジャブの猛攻を仕掛けていた。
そのスピード足るや、マジでボクシング漫画のスピードスタータイプ並みで、マリアが目を輝かせるほど鮮やかだった。
「狙ってるな」
「あぁ、狙ってる」
フィリアの現在の動きは、フィリアを知らない人からしたらそういうタイプなのかと思うだろうが、全てを知る俺とジョニーからしたら、完全にそれはメインディッシュを美味しく頂くための準備なのだと分かっていた。
フィリアは、とにかく腹を叩くのが好きだ。もっと言えば、左腕の下に隠れた脇の下。筋肉が付きづらく特に鍛えづらい肋骨だ。
フィリアはそこを、下斜め四十五度から利き腕の右で殴るのが大好きだ。
何故好きかって? それは勿論、そこが壊したときに最も感触が気持ち良いから。
フィリアが大好きなあの位置は、薄い皮膚があり、その下に弾力性のある肋骨、さらにその下に空洞の肺がある。つまりあそこを叩けば、程よい肋骨の固さと柔らかさがあり、さらに追い込めばタイヤのような弾力を味わえる。
本来ならそこは危険な人体急所であり、守りも固いためなかなか思い切り叩くことは難しい。しかし今は殺すか殺されるかの実践を想定した訓練であり、相手はいくら壊しても問題ない人形。
フィリアにとって、全力で人体に極め続けて来た全力の一撃を加える事は永遠の夢。それが今叶うこの場において、フィリアがそこを狙わない理由など一つも無かった。
「行け行けフィリア!」
「やっちゃえフィリア!」
「行っけー!」
鮮やかに、華麗に、そして大胆に攻めるフィリアの動きはいつしか観客を魅了し始め、遂にはラクリマ直属部隊の精鋭どころか、すっかり落ち込んでいたリリアたちでさえ見守る光を放つ。特にこういう事が好きなマリアやツクモ、ラクリマたちお転婆女子にはカリスマ性さえ植え付けたようで、声援は最早熱狂的ファンほどの勢いがあった。
「やはりあの右手の手甲が邪魔だな」
「……あぁ」
フィリアが繰り出すジャブは、フリッカーと呼ばれる鞭のようにしなるパンチで、めちゃめちゃ軌道が読みづらくさらに伸びる。その上その全てが潰された右目の死角から放たれることで、世界二位と言えど苦戦していた。だが、いくらフィリアのパンチが凄いと言えど所詮はアマチュア。攻略できないはずはなかったのだが、やはりあの右手の手甲が邪魔をしているようで、この試合展開まで読んで段取りをしていたフィリアには、凶悪さばかり感じた。
フィリアの格闘技術は凄い。そのうえ魔力による肉体強化もかなり凄い。だけどあれだけの体格差と実績経験を比べても、格としては世界二位の試験官の方が断然上だろう。
しかしだ。それはあくまでルールのある素手での戦いによる。
現在フィリアは、右手に鋼鉄の手甲をはめている。それは、言い換えればハンマーを持っているのと同じことで、イカれてる。スクーピーがハンマーを持って暴れていたら、俺でさえ怖くて近づけない。その数倍以上戦闘力が高いフィリアがそんな状況の今、世界二位がタコ殴りにあっているのは仕方が無かった。
手甲を右手にはめたフィリアの猛攻は、しばらく続いた。だが、さすがは世界二位の実力を持つだけあって、右目を潰されていても徐々に慣れて来たのか、ヒットする数が減っていった。それどころか距離もタイミングもかなり掴んだようで、次第にフィリアが描く円が崩れ始め、遂には大きく踏み込まれあわや片足を掻浚われそうになった。
「危ないフィリア! 逃げて!」
「あんまり近づいちゃ駄目だよ!」
フィリアの攻撃に慣れて来た世界二位の動きは、ここからが本当の戦いという印象を与えた。だが俺たちからしたら完全にフィリアの術中にはまっているという感じだった。
実際、ヒットこそ減ったが鞭のように切れるジャブを受け続けた魔導人形の顔は、皮膚までもリアルな造りのためかパンパンに腫れ、左目の瞼まで半分塞がっている状態からは視界はほぼ無いのと同じで、ゼロ距離で戦う以外方法はあるようには思えなかった。
フィリアは、パンチが当たる距離から密着したゼロ距離を最も得意とする。それは当然拳以外の戦いが出来ないからかもしれないが、剣聖とまで呼ばれるフィリアのお爺ちゃんでさえ、その距離での戦いでは勝てない“結界”と言うほどで、そこだけは英雄の血を引く。
だからこれから先、例えおじさんからフィリアの情報を得ていても、体が密着するほどの距離での戦いを余儀なくされた世界二位は、その結界内に踏み入らなければならない。
最早この戦いは、フィリアが掌握していると言っても過言ではなかった。
そんなほぼ死刑執行が決まった戦いは、俺たちの予想通り世界二位が多少被弾しながらも距離を詰め、タックルを狙う展開になった。だがやはり破壊に関してはフィリアの方が圧倒的に上手のようで、ここでも俺たちの考察を嘲笑う様な展開を見せる。
世界二位がタックルを狙い、フィリアがそれを嫌がるように距離を取る。それこそ何度も冷っとさせる場面もいくつかあり、徐々に劣勢へと追い込まれ始めた。そんな状況は、テイクダウンを取られるのも時間の問題だと誰もが思った。ところが……
“ガンっ!”
『おおっ!』
ここに来てフィリアが死角を使い突然大きく踏み込み、手甲を付けた右手を放った。その速さ、タイミングは見事で、左腕でガードこそされたが会場から大きなどよめきが起きるほどだった。
「準備は整ったようだな」
ジョニーが言った。
フィリアが放った右は、魔導人形を後退させるほど強烈な一撃だった。それは正にハンマーを使用した攻撃と変わらず、衝突の際に発した派手な音の影に、体内から聞こえるような鈍く籠った割りばしが折れるような音が僅かにしていて、間違いなく魔導人形の骨が砕かれていた。
テイクダウンを取られる危険を冒しても左腕を折りに行ったフィリア。あの思慮深く狡猾なフィリアがそこまでして腕を折りに行った事を考えると、ジョニーの言葉に疑いの余地はなかった。
鋼鉄の手甲で殴られたことで、魔導人形の左腕は明らかに変形、変色していた。人形による痛みの伝達はどれほどなのか分からないが、俺から見てもあれではもう左手の握力は無いに等しい事が分かった。
それでも試練終了の声は上がらず、闘志の衰えない世界二位もまだまだ続けるつもりのようで、左肘から先は機能していないが再びタックルを狙う構えを取った。
「アドラ、パオラ。ここからは“真似”をするつもりで見ていた方が良い。かなり見づらい状態になるが、もし見えれば二人には必ず役に立つだろう」
「…………」
姉を良く知り、一度見ただけで動きをコピーできるアドラたちを知るジョニーだからこそのアドバイス。今まで横で一挙一動見逃さないように真剣な表情で見ていたアドラとパオラは、それを聞くと返事をすることも頷くこともせず、分かったと言わんばかりに静かに目線をフィリアたちに戻した。
それほどフィリアは強かった……っというか、俺が思っていた以上にフィリアの戦闘センスは物凄いようで、マリアたちのように魅了される観客とは違い、ラクリマ直属部隊のプロたちの眼つきは観察という感じで、最早フィリアはそのレベルの破壊者という事を物語っていた。
腕を破壊したフィリアは、ここで仕切り直しのような感じで距離を取った。しかし本当に最終段階に入ったようで、今度は最も得意とする空手の腰を据えた構えを取った。
腰を落とし、手甲をはめる右手を引き、前に出す左手を柔らかく構える。その構えには柔と剛がバランス良く合わさり、且つ大地に根を張る樹木のような重さがある。
いよいよ本性を現した、フィリアの本気の構えだった。
この構えには世界二位も危険を感じたのか、ここからは先ほどとは違い動きの無い睨み合いとなり、会場の空気は一気に重くなった。
睨み合いはしばらく続いた。その間どちらも距離を詰めるような素振りは見せず、まるで先ほどのツクモたちの真剣勝負と変わらない緊張感があった。
「頑張れフィリア!」
「行ける行ける! 行けるよフィリア!」
「落ち着いて! ゆっくりだよ!」
まぁそれでも、刃物を持っていないだけそこまでピリ付くことは無く、応援を繰り出すマリアたちにとってはこれもまた一つのエンターテインメントという感じで、ちょっとした休憩感覚でペットボトルの水を飲んでいた。
そんな感じで、互いに戦略を練るように時間が空くと、先にフィリアの方が動いた。
「よおぉぉぉし! 行っけーフィリア!」
「GOGOGOGO!」
「左から! 左からだよ!」
フィリアは構えを崩さないように、すり足でゆっくりと距離を縮め始めた。すると丁度インターバルも終わりタイミングも良かったのか、マリアたちは監督気分の酔っ払いのようにテンションが上がる。そのテンションは最早演習と呼べるものではなかった。
距離を縮めたフィリアは、拳が届く一歩外で足を止めた。そしてそこからは一気に勝負を掛けるつもりなのか、本当にミリ単位で調整するかのようにちょっとずつ、本当にゆっくりと間合いを詰め始めた。
その作業はまるで職人のようで、ここで遂にジョニーは根を上げる。
「あれは無理だな。もう俺では絶対に敵わない」
緊張感漂う緻密な作業。その動きは俺から見ても狂気を感じるほどで、相手を壊すためだけにここまでやるフィリアには、ジョニーが諦めるのは仕方が無かった。
「フィリアはこの後どうすると思う?」
「決まっているだろう。相手を先に動かし、カウンターでボディーを狙う」
「やっぱりか……でも行けんのか? 相手は世界二位だぞ?」
「リーパーも知っているだろう? 姉さんはカウンターが一番得意だということを」
「……あぁ」
俺は素人だから良く分からないが、フィリアの一番の強みは守りらしい。っというのも、フィリア曰く『最初の構えが最も防御が堅く、攻撃をする際が最も脆弱』らしく、『カウンターが一番美味しいところを叩きやすいから、躱すついでに叩けばお得』という全攻撃振りの考えをしており、普通の格闘家の防御とは全く異なった思考をしているからだ。
そのためフィリアは、一番気持良いインパクトの瞬間から逆算するようなイメージトレーニングや、練習相手の脇の下を見る練習。どんな体勢からでも拳を全力で振り抜ける姿勢強化など、普通のアスリートがしない、漫画の主人公がしそうな変な練習ばかりを重点的に行っていた。
もちろんその他に、壁に拳を付けてずっと押してたり、重たいメディシングボールで高速のチェストパス練習をしたり、ひたすら地面を親の仇のように踏みつけたりと攻撃力強化も欠かさず行っており、ほぼグラップラーの世界からやって来たと言っても過言ではなかった。
そんな背中に鬼の顔がありそうなフィリア。機械並みの緻密な距離合わせを行うと、不用意とも取れるタイミングで突然左ジャブを放った。
当然そんなタイミングでの攻撃は、世界二位の実力者の前では通用せず、試験官は待ってましたという感じでタックルを仕掛ける。が、それすらもフィリアの罠だったらしく、試験官が飛び込むと同時に、左手を迎えに行くかのようにそのままフィリアも前へ出て、まさかの右肘打ちを試験官の額に思いきり叩きつけた。しかも土埃が上がるほど”震脚”全開で。
※ 震脚。足を強く踏みつける事で威力を高める中国武術のヤバイ技。フィリアが最も好きな殺人技術。
『おおっ!』
美しさすら感じられる芸術的な一撃。会場全体に響くカラ竹を割るかのような豪快な音。黄色い液体を血しぶきのように上げ、反動で頭が大きく跳ね上がる魔導人形。沸き上がる歓声。
ほとんど漫画の必殺技のような絵面だった。
それは誰しもが決着だと分かる程で、ハイライトのスロー映像で何度でも見たくなるほど見事だった。
だがこれで終わらないのがフィリア。
肘打ちを打ち込んでもフィリアの時間だけは止まらず、ここからは俺では目では追えない速さで動き、最後に目に焼きついていたのは、レ点の軌道を描き、手甲をはめた右手で左わき腹を打ち上げるインパクトの瞬間だった。そして耳に残ったのは、ドゥンっという聞いたこともない重たく鈍い音で、さっきまで盛り上がっていた会場全体が静まり返る様には、生まれて初めて戦慄というものを体験したかのようだった。
このオーバーキルにより、魔導人形は完全に機能を失い、フィリアの試験は終わりを迎えた。ただ、『そこまで!』の声が掛かるのは魔導人形が完全に動かなくなってからしばらくしてからであり、それまで誰も声を発せなかった辺りに、ある意味フィリアは失格だった。
久しぶりの投稿ですが、またしばらく休載します。
何から語れば良いか分かりませんが、ニャンコの名前が決まりました。暗黒超聖魔獣モップです。
暗黒超聖魔獣 モップ 闇属性 獣族 レベル4 ATK2100 DEF 500
効果 寒くなったり興奮するとフウフウ言い、暴れまわった挙句鼻水を飛ばし、最後はフウフウ言ったまま足元で静かになる。
という感じです。生後三か月から四か月ほどの長毛の黒猫で、黄色い瞳をしているオスです。名前についてはチョコや漆などの案を頂き良いと思いましたが、結局自然と出て来た「モップみたいだな」という印象からモップにしました。
風邪を引いていたので病院に連れて行ったり、家に慣らしたり、お留守番やら甘噛みやら色々教えたりして大分落ち着きました。そして猫じゃらしで一人遊びをするので私としても少し余裕が出来ました。しかし三時間おきに起こされたり、朝五時には起こされるので常に寝不足となり、投稿間隔を戻すにはまだまだ時間が掛かりそうです。
色々エピソードはありますが、それはまたお話します。一つ言えるのは、甘噛みを教えるために二度指を食いちぎられそうになりました。その時はマジで山に捨ててこようかと思いました。




