美少女剣士
再開されたミカエル様の試練。ルールは単純に試験官が用意した相手と対戦するというもので、正に試練という感じだった。
もちろん試練までに、本試練である瘴気への耐性は行われ、加護印を持つフィリア、ジョニー、ツクモの三人は余裕でクリアしたようで、もっと言えばこの三人の家系は武闘派という事もあり、なんか俺たちの班とは違い、主人公パートだった。
そんな主人公たちの物語なのだが、俺たちが到着したときにはまさかのパワー系ファイターであるジョニーの試練は終了しているという、普通ならあり得ない状態で、既に一話大人の事情みたいな感じで飛んでいた。
だが、もしこの物語がコメディーでは無かったら超可愛そうなので、フィリアたちの話をもとに、俺なりに死闘を振り返って上げた。
試練は、何でもありの実践を想定しているため、ジョニーたちは防具を付け、真剣を使用して行われる。それに対し試験官は、試練であっても安全を考慮して、魔導人形という動きをそのまま再現する最先端のロボットを使用し、殺傷力の低い武器を使用する。
だがその分試験官はマジで戦う事が可能となり、話を聞く限りでは俺たちの班は一体何だったのかと疑問になる程ガチだった。
そのルールの元行われた第一試合。ジョニーの相手はあの”ヴィニシス”先生だったらしく、いきなりの激戦だった。俺たちは見てないけど……
ジョニーはあれから……というか、キャメロットに来てからは、前以上に鍛錬をかかさなかった。それはまるでセルゲーム迫るゼット戦士並みに頑張っていて、前回は全く歯が立たなかったヴィニシス先生との再戦は、かなり熱い展開だった。
そんな超見逃せない戦いだったのだが、俺たちは全く見てないし、どちらかと言えばリリア・フウラVSヒーの戦いの方が印象に強く残っていた。その上、ジョニーはあれから前以上に鍛錬をかかさなかったとは言ったが、俺が受けた印象では、キャメロット第二王子であるイーサンとばかり精神と時の部屋で筋トレばかりをしていた記憶しかなく、実際一回り大きくなった体が、プロテイン、筋肉、ベルセルクという感じだった。
そんな一戦。フィリアの話では前回よりも大きくなった体のお陰か、放たれる威圧感により間合いは大きくなり、放たれる筋肉によりなかなかのパワーファイトを見せたらしい。
序盤の距離の詰め合い、中盤の激しい攻防、そして終盤の技の応酬。時間も無いためかなりざっくり説明されたから何となくしか分からないが、話を聞く限りでは前回よりはかなり善戦したらしく、一撃で終わることは無かったらしい。
だが、やはりジョニーには戦闘センスは無かったらしく、案の定鍛えすぎて膨れ上がった筋肉が邪魔をし、最初こそは良かったが徐々にスピードで負け始め、最後はムキンクス宜しく、自分の筋肉に負けたらしい。
それは最後にフィリアが、『私の弟はボディービルダーにでもなるつもりなのでしょうか?』と、本気で心配したように俺に零すほどで、やっぱり何か間違っていた。
と、まぁ~、そんな感じ?
結局のところ、所詮奴は前座でしかなかったようで、結構ボコられながらもそれなりに頑張った挙句、リリアたちの喧嘩で全部持って行かれたジョニーは、俺たちと同じこちら側のギャグパートの人間だった。
さて、そんな話はさておいて、リリアたちの試合が終り、第三試合が始まる。
次の挑戦者は、ツクモだった。
ツクモは、袴姿に胸当てを付け、日本刀を武器に挑む。髪型はいつもよりもさらに高めの侍ポニーテールで、赤い髪留めが良く似合う。っというか、その姿にあの顔立ちは俺のドストライクで、格好良さの中に可愛らしさがあり、さらに凛々しさを兼ね備える今のツクモは、めちゃめちゃ付き合いたかった。
それはもう、汗とかめっちゃ良い匂いしそうで、そこにシャンプーの匂いとか混じってそうで、写メとか撮りたいし、俺だけに話しかけて欲しいし、防具脱ぐのとかめっちゃ手伝いたいほどで、この時点でツクモはもう合格だった。
そんなツクモの対戦相手は、どうやら兄である聖陽君のようで、魔導人形は日本刀を所持していた。
聖陽君を見るのは初めてだった。フィリアの話では、聖陽君はかなり強いらしく、あのフィリアが認めるほど腕が立つらしい。それに性格も負けん気が強く、鋭い目つきやすらっとした顔立ちから、俺はあまり近づきたくなかった。何より聖陽君は俺よりも一学年上の先輩で、同じクラスにいたら絶対パシリにされてそうで怖かった。だからもしツクモと付き合うことが出来たら、ツクモの家には絶対に遊びに行かないようにしなくてはならなくて、ちょっと嫌だった。
だって入ってみたいじゃん、ツクモの部屋。布団とか枕とかの匂い嗅ぎたいじゃん。
まぁそれもさておき、いよいよ試練が始まった。
開始の合図が掛かると、両者はほぼ同時に刀を抜いた。魔導人形の方も最先端だけあってかなりというか、ほとんど人間と同じ動きをし、刀を向け合う姿は正に人間同士という感じだった。
「あれ? 剣抜くんだ?」
「何を言ってるんですかリーパー? 当たり前じゃないですか?」
「え? そうなの?」
なんかバトル漫画の、一撃! っていう感じの抜刀対決をイメージしていただけに、ちょっと驚いた。しかしそれは漫画の中の話だったようで、もう所定の解説役に回り始めたフィリアが、教えてくれる。
「抜刀を期待していたみたいですが、あれは実践じゃ使えませんよ?」
「そうなのか? だって漫画とかならバッてやって、それで勝負すんじゃん?」
「それは漫画の話です。相手が大怪我をする刃物を持っているのに、防御姿勢を全く取らないのはおかしいと思いませんか?」
「ま、まぁ……そりゃそうだ」
やっぱり漫画の見過ぎだった。フィリアの言う通り、仮に俺が刃物を持った相手と戦うとなれば、まず間違いなく最初は切られないように何かしらの防御策を取る。大体いくら先に切ったから勝ちだとは言え、構えの時点で一番前に頭を出してる時点で終わってるし、自分で言っちゃなんだが、それで勝てると思うのはバイトテロ並みにイカれていた。
「それに、ほとんどの人が勘違いしていますが、抜刀と居合は違いますよ?」
「そうなの? 何が違うの?」
抜刀切り、居合切り。良く耳にするが、結局のところ良く分かっていなかった。
「抜刀は、鞘から刀を抜く事。居合は、座っている状態から刀を抜く事です」
「そうなんだ」
「居合は基本、座って話をしているときに奇襲を受けたり、奇襲を掛けたりするときに使用する技で、そもそもは護身としての面が強いらしいです」
「へぇ~」
「大体いくら刀が切れると言っても、余程の剛力でなくては抜刀では相手の首や腕は落とせません。一撃で確実に仕留める事が必要とされる立ち合いではほとんど意味が無いんです」
「そうなんだ……」
なんか良く分からんが、座ってるか座ってないかの違いは分かった。それに、骨まで断つのは相当難しいという話を聞いたことがあるだけに、片手で切りつける抜刀を二人が使用しないのも頷けた。
フィリアの解説のお陰で、二人が剣道のように構える理由に納得がいくと、ここからはどんな展開になるのか楽しみだった。
一応安全には考慮しているが、聖陽君側の人形が持つ武器は、当たると結構強めの電撃が流れる仕様だった。それによりツクモは怪我こそはしない物のそれなりに痛い目に合う。それに対しツクモも真剣を使用しており、例え人形でも当たれば切断もあり得る試練は、剣道とは違う戦いが繰り広げられた。
お互い当たれば終わりの戦い。それだけに戦いはほとんど動きの無い距離の詰め合いから始まった。
剣道とかなら、細かな動きで互いに剣先で小突き合い、打ち込むタイミングを探る。だが実践を想定した戦いは全く異なり、二人は剣先すら当たらない遠い距離で睨み合う。
それは逆に漫画の抜刀対決のような静けさがあり、一瞬で勝負が着きそうな勢いだった。
それでもやはり実践。体のどこかに僅かでも触れれば大怪我をする条件では、互いに距離を詰めるような動きは容易にできぬようで、暫く重たい緊張感が漂う中じっとしていた。
これが実践。呼吸すら読ませぬように静寂を貫く二人は、正に死闘を繰り広げていた。しかしこんなことを言っちゃなんだが、長かった。
ルール上こうなることは先生たちも分かっていたはず。だけど何故かそれはしなかった。そのせいか、制限時間は設けていないこのルールでは、下手をすればどちらかが疲労で倒れるまで続きそうな勢いだった。
そんな戦い。十分ほど睨み合いが続くと、流石にツクモも疲労したようで、額から汗が流れるようになってきた。その汗はここからでも前髪がくたっとするのが分かるほどで、静止画をただ見ている俺は、こんな緊張感溢れる場面でもなんか……ちょっとセクシーだな~と思っちゃうほど飽きて来ていた。
すると、ツクモもやはりこの長さには耐えきれなかったようで、ここに来てゆっくりだが、やっと動きを見せた。
恐らく間合いの取り合いでは勝てないと思ったのか、ツクモは左手に鞘を持った。しかし二刀流にするという感じではなく、鞘を持ったまま手を添え、両手持ちのような形を取った。
それには何の意味があるのか分からなかった。だが何かしらの戦術が組み上がったようで、鞘を手にするとツクモは少しずつ距離を詰め始めた。そして剣先がもう少しで触れる距離まで近づくと、また足を止めた。
ちょっと動きはあったが、ここからもまた長かった。だけど素人の俺には分からないだけで、ツクモたちの間では超ハイレベルな駆け引きが繰り広げられているようで、動きは無いがツクモの汗の量はさらに増した。
床に落ちる汗。息は切らしていないが構えるツクモはそれほどの汗をかきだし、顔を赤らめる。その表情は今までに見た事が無く真剣で、格好良さプラスいつものギャッププラス汗は、俺にとってはご褒美だった。
そんな感じでムラムラする事さらに数分。ここで遂に決着の時が来た。
本当にいきなりだった。ツクモの妖艶な姿になんか見とれていると、突然ツクモが鞘を投げつけると同時に大きく踏み込んだ。そしてそれと同時に聖陽君も踏み込み、ほとんど体当たりするような感じで二人がぶつかった。
マジでビビった。突然動き出したツクモよりも、二人の衝突速度と、ぶつかったときの音が尋常ではなく、まるで車の事故でも起きたんじゃないかという、人が出す音じゃない音にマジでビビった。
それもほんの一瞬の出来事で、ぶつかったと思ったら次の瞬間にツクモが倒れ、本当に交通事故を目撃したくらいの衝撃を受けた。
「そこまで!」
正直ほとんど見えなかった。ただやはり聖陽君の方が強かったようで、ツクモが鞘を投げても一切それに構わず踏み込んだのが分かったくらいで、試験官の終了の声が掛からなければ、それ以外は何も見えなかったに等しかった。
それほどまでに凄い戦いだったが、やはり安全な試練だったようで、そこまでの声が掛かるとツクモは普通に立ち上がり、普通に互いに礼をして、普通に終了した。そして そのせいか、試合が終わるとツクモは普通に控室へと戻って行ってしまい、折角の格好良く、美しく、凛々しいツクモに、近づく事も、匂いを嗅ぐことも出来ず、“実践を想定しているならそこまで想定してよ!”と中途半端な演習を本気で恨んだ。
そんなショックに、少しでも傷を癒すためパオラに近づこうと考えていると、いよいよ真打が動き出す。
「では、次は私の番なので行ってきます。リリアたちをお願いしますねリーパー」
「わ、分かった……」
これは辛い試練。その上試合はあまり好きではないはずなのに、フィリアは楽しそうな笑みを見せた。その表情は、傍から見れば己の力を試す機会に胸を膨らますという好印象を与えたのかもしれない。だが、全てを知る俺にはそれは破壊を待ち望む悪魔のようで、正直息を呑んでしまった。
「では、行ってきます」
その日、俺は初めてフィリアの背中が、ゴツゴツのムキムキマンに見えた。