人材不足
車で凡そ一時間。急遽ホテルを飛び出した俺たちは、ミカエル様の祠に到着していた。
「あれ? キリア達も来てたのか?」
試験会場に入ると、休憩中か試練は行われておらず、そこにはリリアたちの班の他に、キリア、アドラ、パオラも合流しており、ジョニーとツクモ、それとクレアとファウナ以外の全員が揃っていた。
「あぁ。クレアたちの所に戻っても良かったんだが、連絡するとファウナが戻るなら先に終了した班と合流してから戻れと言っていたから、俺たちもここに来た」
「そうなんだ。クレアたちまだ掛かりそうなんだ?」
「あぁ。駄目なら離脱もあり得るからな。必死なんだ」
「そうか……」
クレアもファウナも、ここまで一緒にやって来たから最後まで諦めたくないのだろう。俺は加護印を持っていたからほぼ遠足のような演習だったが、本来ならそのくらい追い詰められる物だったのだと思うと、“加護印持ってなけりゃ日本に帰れたのにな~”と不謹慎ながらがっかりした。
「そういえば、ジョニーとツクモは?」
「今ジョニーの試練が終わって、ツクモが準備中だ。もう少しすればジョニーは戻ってくる」
「そうなんだ」
会場に入ったとき、一瞬もう終わってしまったかと思ったが、意外とジョニーたちの試練は時間が掛かるようで、間に合ったことにちょっとホッとした。
「それで、キリアたちの方はどうだったんだ?」
「それなりに苦戦はしたが、俺たちはクリアした」
「そうか」
キリアもパオラもアドラも、加護印を持っている。本試練はおまけみたいなもんで、実際は瘴気に耐えられるかの試練だったから、この答えには驚かなかった。それよりも……
「おい。お前ら何でそんな爆発に巻き込まれたみたいになってんだ?」
キリア達がいたから先に声を掛けたが、試練会場に入ってからず~っと、リリア、ヒー、フウラの髪がボサボサだったことが気になっていた。
「……ヒーのせいです」
「ヒー?」
三人が喧嘩をしたという話を聞いていたから、爆発に巻き込まれたような髪型になっている理由は分かっていた。だが、喧嘩をしたのは昨日一昨日だし、リリアが出した意外な答えには訳が分からなかった。
「そうです。ヒーがずっと怒っているからです」
「どういう事だよ? お前らフウラと喧嘩したんじゃないのか?」
「違います。ヒーが悪いんです」
「はぁ?」
てっきり俺は、リリアとヒーが二対一でフウラと喧嘩しているのだとばかり思っていた。しかしどうやら思っていた以上に面倒な事になっているらしい。その割には三人仲良く並んでいるのを見ると、この件に触れた事を後悔した。
「妃美華が悪いんです! いきなり私の頭を叩いてきて、最初に手を出したのは妃美華です!」
「そうです! そのくせ私まで叩いてきて、ヒーが悪いんです!」
リリアがフウラの味方をするのを見て、どうやら喧嘩はリリアとフウラ対ヒーの構図になっているらしい。だけどあの犬猿の仲のリリアとフウラがまさかの結託をしているのを見ると、増々訳が分からなくなった。
そんな二人に対し、ヒーも反論する。
「いえ。悪いのはフウラとリリアです。二人が私をバカにするからいけないんです」
声は荒げないが、強い口調で反論するヒーは、分かりづらいが間違いなく怒っていた。
ただどうしても分からないのは、三人は髪がボサボサになるほど喧嘩しているはずなのに、リリア、フウラ、ヒーの順に仲良く肩を並べて立っている。なんかの実験に失敗して喧嘩しているのではないのか、そんな風に感じてしまうのは否めなかった。
そんなことを悠長に思っていると、リリアの一声でキャットファイトが始まった。
「リーパーからもヒーに言ってやって下さい!」
その一言だった。何故かリリアがそう言うと、突然ヒーはリリアに襲い掛かった。っというか、たまに見せる姉妹の激しい掴み合いが始まった。
「ちょっ! 止めろ!」
「…………」
リリアとヒーは普段は仲の良い姉妹だが、やはり姉妹。理由は様々だが、時折猫が揉みくちゃになって戦うような喧嘩をすることがあった。今回もかなり本気のようで、リリアは止めろと言うし、ヒーは黙々とリリアを押し倒そうとする。
「おい止めろ二人とも!」
普段なら、二人が喧嘩をしても俺たちは終わるまで止めない。だが今はクラスメイトの目もあるし、仕方が無いから止めに入ることにした。のだが、なんか知らんがリリアとヒーが相撲を始めると、フウラが行司のように二人に近づき、止めるのかな? と思うと、何故かその輪に加わり、加わったことで三人は転倒し、揉みくちゃの泥仕合を始めだした。
なんなんコレ?
リリアとヒーは、噛みつき以外は元々の攻撃力は三くらいしかない。それに攻撃方法も猫パンチ、引っ掻き、噛みつき、押し倒して乗っかり押さえつける子泣き爺アタックくらいしかない。そんな二人と見た目も背格好もそっくりで、尚且つ同じ血を引き、さらに同じような戦法を取るフウラが加わると、まるで三つ子姉妹が喧嘩をしているようで、いつものように終わるまで待っていても問題なさそうだった。
「痛いっ!」
「やめろ!」
「離せ!」
寝転がって順番に上に乗っかりあっこをして、髪の色も同じだからもう誰が誰だか分からず、関係なく見えた腕を噛み合う。その上ヒーをやっと押さえつけたと思っても、もう誰が誰だか分かっていない他二人は、それが例え味方でも押し倒し、適当に噛み付く。
猫の喧嘩よりも幼稚な戦いだった。
そんな戦いは、あのフィリアでさえ止める事もせず呆れるほどだった。だが決着は意外と早く、やっぱりというかやっぱりあの三人の中では一番ヒーが強かったらしく、必殺の子泣き爺アタックが炸裂した。
「降りろ!」
「重い!」
リリアとフウラがうつ伏せに覆いかぶさるように倒れると、ヒーは空かさずその上に乗っかり、フウラを挟んで一番下のリリアの服を掴みロックした。これにより非力な二人は、四十キロほどのヒーの体重すら跳ね除けることが出来ず抑え込まれ、もうどっちがどっちか分からない声で遠吠えするだけだった。
「降りろ!」
「どけろ!」
超弱かった。ほとんど乗っかっただけのような状態のヒーに抑え込まれるリリアとフウラは、布団すら返せないんじゃないかと思うほど非力で、この三人はスクーピー以上に戦力として期待できなかった。
賢者超弱ぇ~。
「降りろ!」
「降りろ!」
さっきから降りろ! 降りろ! 言ってんのどっちだよ?
本来なら、兄として見ていてとても恥ずかしいはずだった。だけどあのリリアとヒーが姉妹以外の人間に対し暴力を行使するのを見ていると、思っていたよりも二人はフウラと仲良くなったんだと分かり、なんだかとても心が温まった。
それはフィリアも同じ気持ちだったらしく、呆れたように見ていてもまだ止めに入ることは無く、良かったんだとなんだかしみじみとした。
そんな心温まる戦いだったが、ここでまさかのラクリマがこの戦いに終止符を打つため、止めに入った。
「何をやっているんですか! 止めなさい!」
子泣き爺アタックを決めるヒーの肩を掴み、ラクリマは仲裁に入る。その姿は平和を愛する優しき法女様という感じで、警備をするバイオレットさんたちさえ見守る姿は絵になった。
ところが今のヒーにはそんなラクリマさえ目に入らないのか、ここで突然ラクリマが差し出した腕に嚙みついたことで、幻想は一瞬にして消える。
「痛いっ! このっ!」
「あっ!」
噛まれた法女様は突然の出来事に頭に血が上ったのか、噛まれるとそのままの状態でヒーの頭に噛みついた。
これにはさすがのヒーも声を零すほどで、予想外の出来事にラクリマ直属部隊も実力を行使するしかなかった。
「止めなさいラクリマ」
「ちょっ! ファッ!」
本当に一瞬だった。ラクリマがヒーに噛み付いたと思いきや、いきなりあの殺し屋一家の当主のような爺さんがラクリマの横に現れ、乱暴に片手で襟首を掴み持ち上げた。そしてラクリマが吊り上げられると、あのドゥエイン・ジョンソンみたいなムキムキマンやランボーみたいなムキムキマンが、丁寧に両脇を抱えてヒーたちを抱え上げ、喧嘩を止めた。
「ちょっ! 降ろしなさいよ!」
ムキムキマンに抱えられたことでヒーたちは大人しくなった。それに比べ襟首を掴まれた法女様が騒ぎ出す。それこそ英語で暴言を吐きそうな勢いで、非常にマズい状態だった。
そんな危機でも、流石は直属部隊だけあって慣れているようで、ラクリマが暴れ始めると直ぐにバイオレットさんが近づき、人差し指と親指の間にスタンガンのような電撃を走らせた。そして……
「オーマイッ!」
どうやら何度かこういう事はあったらしく、ラクリマは電撃を見ると神に祈る事さえ諦めたようで、一言遺言を残すとピリッと電撃を受けて大人しくなった。
今回の次期英雄候補は、史上最低だった。そう思うほど幼稚で、貧相で、才能が無く、どこかが長けていても欠点だらけで、とても世界を救える人材ではない。どうやら間もなく人類は滅亡するらしく、早急に別の人材を探さなければいけないようだった。




