娯楽
「おわっ! 熱ぃ!」
演習四日目。予定通りアズ神様の試練を受けに来た俺は、ラクリマの予言通り熱湯プールに飛び込まされていた。
「やったねリーパー! これで私たちも合格だよ!」
先に飛び込みを終えていたマリアは、これが本当に何のための試練なのかなんて疑問は既に消えているようで、茹で上がった俺の心配も他所に試練合格を喜ぶ。
「そ、そうだな……」
マジでこれが何の意味があるのかさっぱりだった。十メートルの飛び込み台に上げられ、熱湯プールに飛び込む。これがもし本当にアズ神様の試練を想定した訓練ならまだ納得がいくが、絶対にそんなはずもなく、芸人の罰ゲームのような嫌がらせには、世界は既に終わっていると感じざるを得なかった。
「後はエヴァだけだね! エヴァもクリアすれば私たちは全員合格だよ!」
家の妹は、純粋というか何も考えていないのか、さんざん飛び込むまであ~だこうだ言っていたのに、いざ終わると試練の意味など全く理解しようともせずただ喜ぶ。
「まぁ一応俺もやっとくか。マリアもリーパーも飛び込んだし」
そして家の隊長も何も考えていないのか、俺たちがやったから一応やるみたいな事を言い出した。
いや一応でなくやれよ! これリアクション芸人を発掘する企画じゃねぇんだから!
つくづく思う。俺たちは世界を救わないのだと。もし本当に俺たちに世界を救わせようと世界政府が思っているのなら、こんな事をさせている暇は無い。にも関わらず訳の分からない事ばかりさせているキャメロットやアルカナの考えている事は、意味不明だった。
そんな事を考えていると、一応やると言ったエヴァはもう飛び込み台の上に到着していて、足を止める事も、『ちょっと怖い』みたいな焦らしも一切せず、そのまま駆け足で普通に足から落ちて、普通に着水して普通に泳いで普通に上がって来た。
「これで俺も合格だろ?」
せめて『熱いっ!』くらいのリアクションすれよ! 何流れ作業で終了させてんだよ!
多分……多分だよ? 多分俺たちがなんか真面目な主人公とかのアニメとかなら、こんな試練でも『何か意味はあるのか?』とか『そういう事だったのか!』みたいな感じになるのだろうが、マリアの『こんなの怪我したらヤダ!』とか、俺の時の『早く飛べ!』のヤジとかのせいでただの罰ゲームみたくなって、挙句のエヴァの普通のダイブのせいで、中学生が考えたこれはバズる系の浅はかな企画と変わらなかった。
それに最初の瘴気に対する試練だって、エリック達の時にパスしてるからしないとか始まるしで、多分人類は滅亡するしかなかった。
そこへラクリマが止めを刺す。
「合格、おめでとうございます。これでこの班の演習は終了です」
どうやら本当に熱湯熱々ダイブが試練だったようで、本当に俺たちの演習は終わった。それは何とも腑に落ちない終わり方で、びちょびちょになって迎えた最後は、これまでの全ての時間が無意味な物にさえ感じた。
それでも本当に終わりは終わりのようで、最後にバイオレットさんが着替えや今日の泊まる場所、各班がまだ終わっていない事の説明を始め、まだ午前中にも関わらず普通に遠足は終了した。
そんな感じでホテルに戻ると、やっぱり消化不良を起こしている俺たちは他の班と合流しようと始まった。
「なぁエヴァ? まだ他の班終わってないみたいだし、合流しようぜ?」
ホテルに戻り、しばらくすると昼食を迎えた。
「合流?」
「あぁ。俺たち終わったから、合流するなら車で送ってくれるってバイオレットさんも言ってたし」
ホテルに戻った当初は、やっと終わりこの後は自由だと喜んだ。だが、所詮ここは己が精神を鍛える地。ホテルにいても遊ぶところも無く、遊ぶ物も無い。そのうえテレビは分け分からんし、ネットも規制だらけでヨウツベも入らんし、遊ぶ物も持って来ておらず、やる事といったらスパという名の温泉に浸かるくらい。さらに言えば、他の班が終わるまでこのホテルに滞在しなくてはならず、速攻でここに居ても何もないと分かるホテルは、ある意味演習よりキツかった。
当然そんなホテル。マリアたちも話し合いをする必要もなく合流しようというくらいで、これは俺だけの意見ではなかった。
「面倒臭ぇな。俺たちはもうノルマ達成したんだ、別にいかなくても良いだろ?」
エヴァという男は、本当に逞しい。
「ここにゃ風呂だってあるし、マッサージ器もある。それに俺、もう水戸黄門頼んじまったし、ゆっくりしようぜ?」
何故水戸黄門⁉ お爺ちゃんかてめぇは!
なんという逞しさ。温泉入って、浴衣着て、マッサージチェアで寛いで、水戸黄門を肴に酒を飲む。うちのじいちゃんにしたら正にフルコースのような贅沢を望むエヴァは、あの齢にして既に熟練の御老人の域に達していた。
「い、いや、そうだけど……一応俺たちクラスメイトだぞ? フィリアたちが試練受けてるって言ってたし、応援に行こうぜ?」
「それなら別に俺誘わなくても良いだろ? 行きたい奴だけ行けば良いだろ?」
それが出来ないから言ってんだよ!
一応俺たちは超重要人物。例え安全が確保されているアルカナにいても、警護上全員で動かなければいけない。それはエヴァも知っているはずなのだが、まるで温泉旅行にでも来て、『勝手に遊んで来い』というエヴァには、ダメダメおっさんの風格があった。
「そりゃ出来ないのは知ってるだろ? それに俺たちが行くなら法女様も一緒に行きたいって言ってたし」
「そうなのか?」
これは、合流するにはどうすれば良いかをバイオレットさんに尋ねたときに聞いた話だ。どうやらラクリマもこの演習が終わるまでは本当に暇なようで、寧ろ行きたいと言っていたらしい。
そんなラクリマだが、やはり法女様という位は高いらしく、あのエヴァが珍しく考えるような表情を見せた。
「ん~……」
目を瞑り、唸るように考えるエヴァ。だけど時折ムシャムシャサラダを頬張る。一体どれほど水戸黄門を見たいのだろう。
「なぁ行こうぜ? 水戸黄門なんてキャメロット戻れば全話見せてもらえるから」
「ん~……でもな~……今くらいしかそんな時間ないぞ?」
「そうだけど……」
確かに俺たちがのんびりできるのは、今日明日くらいしかない。それもエヴァにとっては最高の環境での視聴ともなれば、例え法女様の御意向でも譲れないのだろう。
「それに、リーパー今水戸黄門なんてって言ったが、俺にとっちゃ魔王より大切だ」
オメェの頭ん中どうなってんだよ⁉ 大体オメェ日本人じゃねぇだろ⁉ なのに何故そんなに崇拝してんだよ⁉
恐るべきジャパニーズクオリティ。漫画、寿司、TENPURA、MITOKOUMON。世界を救うためだけに作られた組織で育ち、鍛えられてきたエヴァでさえも魅了する日本の創造力には、偉大さを感じた。
そんな超パワーに憑りつかれたエヴァには、もう俺では太刀打ちできなかった。そんな危機にマリアが加勢する。
「でもエヴァ。今私たちが頑張らなくちゃ、水戸黄門だって見られなくなるよ?」
「あ~……まぁそうだな……」
「それに魔王が復活したら、相撲だって甲子園だって将棋だって見られなくなるよ?」
それ全部ジャパニーズ⁉ それも年配の方に人気のジャンル! 別にエヴァ日本人のお爺ちゃんじゃないから!
マリアの中では、水戸黄門好き=日本人の年配というイメージがあるようで、まさかの西洋人のエヴァに対してジャパニーズ砲をぶっ放してきた。
しかしマリアの先見の明は凄かった。
「そりゃ困る!」
何でだよ⁉
何故か全部日本の物だが、エヴァにとってはその全てが必要不可欠な物だったらしく、ムシャムシャ食っていたサラダを放り投げるほど驚き、目の色が変わった。
「仕方ねぇな。よし! お前ら直ぐにフィリアたちの所に向かうぞ! おい! そこの君! 済まないが法女様に伝えてくれ! 俺たちは今からフィリアたちの所に向かうから、車を用意してくれって!」
恐るべきジャパニーズパワー。あれだけ温泉に浸かって水戸黄門を見たがっていたエヴァだが、全ての娯楽が無くなると知るや否や迅速な行動を起こす。
「おい! お前たちいつまで食ってんだ! 早く準備しろ! 五分後にロビーで集合だ!」
そう言うとエヴァは、最後にウィンナーを口に入れると、一人慌てて飛び出して行った。
いや、五分じゃ用意できねぇだろ⁉
その姿を見て、エヴァは強者であっても絶対に最後は仲間に裏切られて死ぬ悪役キャラだと思った。
それでもマリアのお陰で何とかこの地獄から解放された俺たちは、その後一応五分後に合わせて行動し、エヴァの気が変わらないうちにラクリマと共に、フィリアたちがいるミカエル様の祠を目指した。