救世主
俺が離脱した事により、エリックとマリアは二人でパンジーと戦う羽目になった。そこで押さえつけ役がいなくなったことで二人は捨て身の特攻作戦に切り替えパンジーを圧倒するのだが、自力の差が少しずつ出始め、戦いは結局劣勢へと変わっていった。
「うおりゃっ!」
火炎攻撃でパンジーを追いかけていたエリックは徐々にスタミナ切れを起こし、既に戦いはマリアまで間に入っての波状攻撃と化していた。しかしエリックの派手な火炎攻撃にも慣れたパンジーにはマリアの動きまで把握されているようで、石を投げつけるが全く当たらない。
「うおぉぉぉ!」
そしてマリアの援護を受けてエリックは攻撃を繰り出すが、最早最初の勢いはなく、威力、スピード共に格段に落ちた火炎は余裕で躱される。それでもまだマリアが上手くサポートしているお陰かパンジーに掴まれることは無く、二人は何とか攻撃を続ける。
時間の問題だった。俺の目からも二人のスピードは落ちていて、肩で息をしている。その上マリアは、自分で投げた石を拾って投げるを繰り返しており、エリック以上にスタミナ消費が激しい。
だが立て直しを掛けて一度休憩を挟めば、素人二人がもうチャンスを掴むことは期待できず、このまま押し切るしかない。
俺の腹も限界だったが、エリックとマリアも既に限界が近かった。
そんな状況でも、唯一の救いはパンジーもそれなりに疲労を感じているようで、能力を使うほどの余裕もなく、逃げ回るので必死だった。
やっぱり俺たちじゃ駄目か……というか、もう終わりで良くね? 先ず俺の手当てが先じゃね?
まだパンジーにやられた腹部は大分痛むが、今の姿勢を保てば耐えられないほどの痛みではなかった。それでも徐々にこの姿勢もきつくなってきて、ほんのちょっとでも姿勢を変えると涎が出るほどの痛みが襲い、とにかく何でも良いから早く病院へ行きたかった。
何よりこれは訓練。ここまでやればもう十分で、頑張るエリック達には悪いが、早くギブアップしてほしかった。
それでも頑張るのがエリック達。無駄と分かっていても、当たればそこに勝機がある以上、ヘロヘロになっても猛攻を仕掛ける。
「うおぉぉぉ!」
エリックが火炎を撃ち、パンジーが避ける。
「おりゃあぁぁぁ!」
そしてマリアが石を投げ、外し、自分で拾う。
二人の頑張る姿は正に死闘という感じだった。だけど正直“もう良いんじゃないかな?”という感じだった。
そんなもんだから、二人よりヤバイ状態の俺の方が先に限界を迎え、いよいよ唇周りが痺れだし、耳が遠くなり、瞼が重くなってきた。
まるで魚の内臓の臭いを売りにしたホテルにでもいるかのようだった。ほんとそんな感じで生臭いけど眠気が襲い出し、寝落ち間際という危険な状態だった。だがちょっと動くと物凄い痛みが襲い目が覚め、ただただ生臭かった。
そんな中だった。意外とパンジーも余裕が無かったらしく、エリックとマリアに追いかけられるうちにバックステップで俺の方へ近づいて来ているのが見えた。
それを見て、限界間際だった俺は、これがもしかしたら一番早い決着のチャンスかもしれないと思い、そのまま黙ってパンジーが近づくのを待った。
するとこういう時は俺の運の無さが味方して、案の定必死な三人は俺が倒れてるのも無視して、踏み潰しにやって来た。
この時ばかりは殺意を覚えた。大怪我をしていても助けに来ないエヴァ。訓練なのに本気で打ち込んで来たパンジー。俺が倒れてるのに中止もせず踏み潰しに来たエリックとマリア。色々な不運が重なったせいもあり、世の理不尽さに痛みを超える怒りを覚えた。
マジで殺してやろうかと思った。そのくらい頭に血が上った俺は、完全に俺を踏み潰すだろうという所までパンジーが下がってくると、襲ってくる猛烈な痛みも覚悟してパンジーの足に飛びついた。
当然俺を踏む予定だったパンジーの右足は、痛みと引き換えに見事にキャッチした。するとパンジーは本当に俺が見えていなかったのか、全く反応できず綺麗に後ろ向きに倒れた。
この時点で俺は、目の前に星が飛ぶほどの想像以上の痛みに襲われ終わった。だがそんな痛みに襲われるだけの覚悟を見せたからなのか、神様は救世主をお呼びになられた。
「ぶっ潰れろー!」
まさかのDIO様が降臨した。
今まで体験したことの無い痛みに襲われる俺の耳に届いた声は、正にロードローラーを持って降ってくるDIO様その者で、まさかの声に世界はスローになり、一瞬痛みを忘れるほどだった。
両手に石を持ち、タッチダウンを狙うアメフト選手バリに飛び込んでくるマリア。視線の先にはエリックに押さえられ倒れるパンジーの顔があり、完全に潰しに行っていた。その姿はロードローラーではなく、タンクローリーを持った方のDIO様で、迷うことなく殺しに行っていた。
人が人を殺す瞬間……いや、妹が人を殺す瞬間というのは、本当に全てがスローに見える。それこそ色さえ白黒になったかのようで、写真のように瞳に焼き付く最悪の瞬間に、絶望を感じた。
なんという事だろう。これはただの訓練だったはず。なのに何故マリアは人を殺さなければいけないのだろう……
ゆっくりとした時の中で、ただそう思い、見ている事しかできなかった。
そんな終わりの時間が終わりに近づくと、ここでやっと本当の終わりが来たようで、黒い影とはこの事を言うのだろうというほどの速度でエヴァが視界に飛び込んで来ると、綺麗に石を持ったマリアを抱え、そのまま視界の外へと消えて行った。そして時は動き出す。
「もう良いマリア。よくやった。お前たちの勝ちだ」
マリアを抱えたまま土煙を上げて止まると、エヴァはなんか遅れて来たヒーローみたいな感じで言った。
イカれてた。瀕死の重傷を負う俺。人を殺しそうになったマリア。頭に石が当たり死んだウイラ。そして殺されかけたパンジー。
全部エヴァが安易な考えで行った試練は杜撰そのもので、何とかエリック達の活躍によりそれっぽくなったが、少し間違えればたくさんの死者が出てもおかしくなかったこの状況でも、さも良くやった感を出すエヴァには、バカとしか言いようが無かった。
当然そんなエヴァにはマリアも怒り心頭で、降ろされるとエヴァを突き飛ばすように押し、物凄い剣幕で言う。
「何が良くやったよ! じゃあ早くリーパーを治してよ!」
「え? ……あぁ」
「あぁじゃなくて早く!」
エヴァの中ではこんなはずじゃなかったようで戸惑った様子を見せるが、もう俺たちにはそんな事など関係なく、代表するように怒るマリアは石を拾い出し、エヴァを威嚇する。
「分かった! 分かったからマリア石降ろせ!」
「じゃあ早くして!」
「分かった!」
一度DIOが乗り移ったマリアの怒りは凄かった。しかしそんなマリアのお陰で、何よりも早く俺の治療に専念してくれた。
「ったく……なんなんだよもう……おいリーパー、今治してやるからそのまま動くな」
相当ショックを受けたようで、エヴァは子供のように愚痴を零す。それでも俺を治さなければ次は自分が石で顔を潰される事を知るエヴァは、ぶつぶつ言いながらも俺の背中に手を当てた。
エヴァが背中に触れると、服の上からでもまるでストーブを当てられているかのようにエヴァの手が熱を持ち出し、その熱さは体の中に浸透していった。そしてその熱が損傷しているであろう胃の辺りに集中的に広がると一気に痛みが引き、息苦しさも取れた。
そこからは一分も経たないだろうか、そのままの姿勢でエヴァの治療を受けると、あっという間に治療は終了した。
「もう動いても良いぞリーパー。治ったぞ」
「え?」
魔法による治療は受けた事が無かった。それでもテレビなどではこんなに短時間で治療が完了しないのを知る俺は、その言葉が本当か嘘か分からず、また痛みに襲われると思うと直ぐに動けなかった。
「治ったって言ってんだ。とにかく起きて、これ飲め」
そう言うとエヴァは、小さな瓶に入った薬のような物を出した。
さんざん騙されてきたエヴァに対しての俺の信用はゼロだった。それもこんな本当に治ったかどうかも分からない適当な治療で、訳の分からない液体を出されても、Among Us並みに信用できなかった。
「早くしろよ。じゃないと俺、マリアに石で殴られるだろ」
本当に信用は出来なかった。だが物凄い目でエヴァを見るマリアを見ると、エヴァがこの状況で嘘を言っているとは思えず、まぁとにかく一旦信用しようと思い、ゆっくり体を起こした。
「凄い……本当に治ってる……」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだ?」
なんかちょっとグレンラガンみたいなセリフは出たが、完全に痛みの引いた体には驚いた。
「そら、これ飲め。傷は治ったが、治すのにリーパーの体力は使った。これ飲めばそれ使って体力も回復させるから、早く飲め」
「分かった……」
魔法による治療は、結局のところ患者の自己治癒力を高め直す治療法らしい。それでもここまでの速度での治療を施せるとは思ってもおらず、頭はあれだけど、エヴァはやはり実力は物凄いのだとちょっと感心した。そして、寄こす薬の不味さ足るや尋常ではなく、こんな兵器みたいな飲み物を持ち歩くエヴァにも感心した。
「うぇあ⁉ なんだこれ⁉ 超不味い!」
「当たり前だろ。それに美味さ求めんな。お前そりゃウンコに美味さを求めてるのと一緒だぞ? どんなに調理してもウンコが美味くなると思うのか? 良いから全部飲め」
何入ってんだよこれ⁉
マジで超驚きだった。ゲームとかで言えばエヴァは回復系なのだろうが、今まで見た事が無いほど酷い。これなら例え、自動全体全回復蘇生連発可能キャラであっても、リザーブ枠だろう。キャラクターと能力がここまで一致しないエヴァには、色々な意味で驚愕だった。
だけど腕が超一流なのは確かなようで、薬を飲み干し再び治療を受けると体の怠さも消えて、マジで意味が分からなかった。
「おぉ。本当に治った!」
「良かったリーパー! 私本当に死んじゃうかと思ったんだよ!」
俺の無事が確認されると、マリアは本当に心配してくれていたようで、抱き付いてきた。
「もう大丈夫だよマリア。心配掛けて悪かった」
「うん!」
いくら訓練と言えど、目の前で吐血を見れば心配でならなかったのだろう。少し強めに抱きしめるマリアからはその想いが伝わり、なんだか悪い事をしたような気分になった。
そして、ここまで本気で心配してくれるマリアに、これが本当の兄妹の温もりなのだと感じると、やはり血の繋がった家族というのは、俺が求めていた物に間違い無いのだと知った。