意外と本気の訓練
マリアの投石により、主戦力であるウイラがまさかの事故死した。これにより俺たちエキストラ組は、主役抜きでパンジーとの戦いを余儀なくされた。当然そんなセリフすら貰えない俺たちヤムチャクラスに勝てるはずもないのだが、予防注射の如く必ずやらなければいけない状況に、嫌でも戦う羽目になった。
「じゃあ行くよ皆!」
RPGとかなら絶対負けイベントだと分かる戦いだが、ウイラ殺害の容疑が晴れたマリアはすっかり元気で、なんか物凄いやる気を見せる。
「お、おう」
「お、おー!」
この戦いは何度も言うが、エヴァが用意したちょっとした試練だ。そのため俺たちは怪我こそすれど殺されない事は既に承知で、一番年下の女の子であるマリアがやる気になっている以上、俺もエリックも嫌だが付き合うしかなかった。
そんな感じでマリア以外はボルテージ最低だが、なんかもうマリアがリーダーみたくなっちゃったし行動も開始しちゃったしで、とにかく作戦通りパンジーを取り囲むことにした。
「良い皆。頭は狙っちゃ駄目だからね。“パンジーさん”も本気だけど、怪我させないようにしてよ」
パンジーさん⁉
最早マリアは、敵であるパンジーをさん付けで呼び始めた。そうなるともうこれは訓練と呼ぶにも難しくなり、ただの練習になってしまった。だが逆にマリアがそう言ってくれたお陰でかなり気持ちは楽になり、ちょっと自分たちがどれだけ戦えるのか知るには良い機会だと感じ、本当にちょっとやる気が出た。
そんなことを思っていると、順調に俺たちは所定の場所に着くことができ、見事なバミューダトライアングルが完成した。
「よし! 皆位置に着いたね! じゃあ…………」
所詮素人。なんか作戦っぽくパンジーを取り囲んだが、この後どうすれば良いのか分からないようで、ここに来てマリアは空を見上げ考え始めた。
「…………じゃあリーパー! 先ずはリーパーが突っ込んで!」
「ええ⁉ 俺⁉」
マリアが考えている間、パンジーもきちんと空気を読んで待っていてくれた。なのにそれだけ時間があったのにも関わらず、結局特攻を命じるマリアには戦闘は向いていないと思った。
「だってリーパー以外いないでしょう? リーパーは棍棒持ってるし」
「い、いや……そうだけど……」
唯一武器と呼べる武器を持っているのは俺だけ。だけどこれは仕方なくウイラから借りただけで、棍棒など使った事も無かった。
「大丈夫だって。リーパーが行ったら私も直ぐ援護するし、エリックだって直ぐ魔法でなんとかしてくれるから」
なんとかって何⁉ それにマリアお前石持ってね⁉ 援護ってそれ投げられたら俺が怪我すんだけど⁉
これが現実。一応キャメロットで護身術程度の授業は受けたが、まともに戦いなどしたことの無い素人三人が集まったところで文殊の知恵になどなるはずもなく、ボタン連打のガチャ押し戦法だった。
「本気かマリア⁉ そんなの直ぐにやられちまうぞ⁉」
「だってしょうがないじゃん! 戦った事無いんだし」
「ええ⁉」
しょうがない⁉ じゃあ囲む意味ないじゃん⁉ さっきのなんか緻密な作戦的な説明は何だったの⁉
「大丈夫だって。パンジーさんも殺しはしないから」
「ええ⁉」
兄を鉄砲玉に使うマリアは、ある意味軍師の才能があった。だけどあまりに適当すぎる戦略には杜撰さしかなく、リリアみたいな事を言うマリアには、この先絶対に指揮は取らせてはいけないと心に決めた。
「とにかく良いから行って!」
「ええ⁉」
「エリック! これからリーパーが突っ込むから、いつでも魔法撃てるように準備して!」
「え、えぇ……分かりました!」
エリックの野郎~! アイツ裏切りやがった!
一瞬躊躇するような声を出したエリックだったが、結局俺に突っ込ませるのが一番良いと判断したようで、開き直ったように力強い分かりましたを出した。
「じゃあリーパー行って!」
「えっ⁉」
「良いから行って! 行かないとエヴァに怒られるよ?」
そう言われエヴァを見ると、“おい、いつ行くんだよ? 早く行けよ”みたいな感じでこっちを見ていた。
あの野郎~!
「はい! 作戦開始!」
「くそー! 絶対援護しろよな!」
「任せて!」
「行きますよパンジーさん!」
もう全部聞こえてるし、作戦開始を告げられたしで、とにかくパンジーさんに一声掛けて飛び出した。とは言った物の、戦ったことは無いし怪我もさせたくない俺は、ある程度まで勢いよくパンジーに近づくと、そこで足を止めた。そしてとにかく戦いっぽく見せるため、一応それらしく棍棒で軽く突いた。すると……
「え、えい! ……え?」
それっぽく見せるため棍棒で軽く突くと、簡単にパンジーに掴まれた。その瞬間だった。
「うっ! なんだこれ⁉」
突然体が重くなり、動けなくなった。しかしパンジーは手加減してくれているのかウイラのように地面に叩きつけられることは無く、なんだかんだ言っても良い人なんだと、ちょっと尊敬に似た親しみを覚えた。だがこれがいけなかった。
これは仮にも実践形式の訓練だとすっかり忘れて油断していると、パンジーは俺の胸にゆっくり掌底を喰らわせてきた。
それは叩くというよりもトンッと軽く押すという感じだったが、喰らった瞬間ドゥンという籠った小さな音が体内から聞こえ、痛みは全くしないが心臓が止まったかのように瞳さえ動かせなくなった。
この瞬間、何をされたのか全く分からなかった。まるで時間でも止められたかのように自由を奪われ、ただその状態で立ち尽くすだけだった。だがそこから数秒もしないうちに胸というか胃というか、体の内側からポワ~ンとした何かが膨らむような感覚がすると、突然猛烈な嘔吐と滝のように涎を垂らすほどの痛みに見舞われ、息もできないまま蹲ってしまった。
とにかく超痛かった。体が震えるほどの寒気がするのに体は熱く、一気に汗が噴き出すほどで、本能的に腹を押さえながら額を砂利に強く押し付けて痛みに耐えるので精一杯だった。それでも吐き気は治まらず、遂には嘔吐してしまった。
嘔吐もとにかく凄くて、最初この状態で吐けばさらに痛みが襲ってくると思っていたら、水よりも抵抗なく楽に真っ黒な水みたいのが口から噴き出し、なんだこれは? と驚くとほぼ同時くらいに魚の内臓のような臭いが口腔内に広がり、一瞬痛みを忘れてしまった。
口から魚の内臓出て来た⁉
あまりの生臭さに、こんな苦しい状況でも思わず驚いた。だがそれはほんの一瞬で、その生臭さで直ぐにそれが血であることに気付くと、これはマジでヤバイとさらに悪寒が走った。
「何これ⁉ えっ! 血⁉ 大丈夫リーパー⁉」
もう俺の中では滅茶苦茶だった。そんな中でマリアの声は何とか聞こえた。だけどもう俺にはそれに反応する余裕はなく、戦いは続いているのか中断したのか、今周りがどんな状態になっているのかさえ全く分からなかった。
ただ痛みに耐える事に精一杯で、そこからは痛みが引くまで蹲るだけだった。その間も中断になっていないのか、マリアやエリックが助けに来ることも、エヴァが治療に来ることも無く、ただただ痛みと自分が吐血した生臭さの中耐えた。
すると、暫くしてやっと少し痛みが引き、視線を動かすくらいの余裕が出来た。
そんな俺が真っ先に見たのは、もちろんエヴァだった。エヴァは人体に干渉する事で治療が出来る能力があると聞いていたし、ウイラも治療したんだかどうだか知らんが容態は確認できていたようだったので、先ずは痛みを取って欲しい一心でエヴァを探した。
ところがエヴァ。俺がこんな状態なのにまだ続けるようで、倒れるウイラの横に座って、まるで相撲でも見に来ている親子のように、スクーピーと一緒にエリック達の戦いを観戦していた。
あの野郎~!
超腹が痛い。超生臭い。そのうえ額には血がこびり付き超気持ち悪い。っというか直ぐに救急車を呼ばなければいけない状態。それなのに相撲を楽しむかのようなエヴァには、もう呆れるしかなかった。
それでも逆にエヴァが寛いでいる姿を見ると、俺の今の状態は直ぐに命に係わる程ではなく、かなり苦しいがもうしばらく耐えれば動けるようになるのだと思った。
そうなれば少しでも早くエリック達にはパンジーを倒してもらわなければ困ると、今度はエリック達の方へ視線を向けた。
エリックとマリアは、俺が離脱した事で後がなくなったのか、二人掛かりでパンジーを追いかけていた。だが先ほどとは違い二人は本気になったようで、特にエリックの変わりようは、主人公が戦っているのではないかというほどカッコいい絵面だった。
エリックは左目周りにあるあの格好良い加護印を発現させ、両手に宿した炎でパンジーに猛攻を仕掛ける。その炎もただ拳を纏うという感じではなく、腕を振るとまるで小麦粉でも巻いたかのように広範囲に炎が広がり、超必殺技のようだった。
これにはさすがのパンジーも回避する事で一杯なのか、ひたすら距離を取ろうとバックステップで逃げ回る。そしてその二人を追うようにマリアが石を持ち常に付きまとい、見た感じもう俺もウイラも最初から必要なかったのではないかという感じだった。
は、早くしてエリック!
マリアもいるし、完全にイケイケ状態のエリックの姿には、もう勝ちが確定しているような物だった。後は決着を待つばかりで、痛い俺は早く終わる事だけを期待していた。
そう願っていたのだが、いくら見た目が格好良くなろうとも、いくら強力な魔法を放とうとも所詮はエリック。その後しばらくパンジーと追い駆けっこをして、なかなか決着が付かなかった。
エリーック!




