髪型は世界を救わない
“リーパー……リーパー……”
「あん?」
どこか知らない街。リリアたちと笑い合う誰かも分からない人。だけど俺たちは友達のように仲が良く、楽しそうに一緒に街を歩く。そんな中、突然ジョニーが現れ俺を呼ぶ。
“リーパー……おいリーパー……”
“なんだよジョニー? どうした?”
気付くといつしか周りには誰もいなく、暗い世界でジョニーの声だけが聞こえる。
“なんだよ?”
聞き返すがジョニーは応えない。
“なんだ……”
「おい起きろリーパー! もうすぐ飯の時間だ!」
「えっ⁉」
何度も何度も名前を呼ばれ、次第に世界がモヤモヤしだすと、突然ジョニーの声が鮮明になり、寝ている自分が起こされた事に気付いた。
「な、なんだ……ジョニーか……」
「もうすぐ飯の準備が出来る。早く起きてリリアたちの部屋へ行くぞ」
「え~?」
スマホを開くと、まだ自分が指定した目覚ましの時間より十分以上も早く、既に身なりを整え準備万端のジョニーのやる気溢れる姿に、朝からため息が出た。
「え~じゃない。早く着替えてリリアたちの部屋に行くぞ」
「え~? ……早ぇな~」
「とにかく早く着替えて、寝癖を直すんだ」
「寝癖はどうでも良い。別に髪型で世界を救うわけじゃねぇんだ」
「そ、そうか……とにかく準備をしろ」
「はいはい――」
キャメロットから帰還した俺たちは、あれからまさかのキャメロット帰りを果たしていた。それというのも、帰国して一週間ほど過ぎた頃に、諦めの悪いWSOの人たちが再び俺たちの元に来たからだ。
当然俺たちは猛反発した。しかしWSOや法皇様も前回の件で懲りたのか、家族と一緒でも良いし、スマホもインターネットもOK。それに好きな物も買いたい放題だし、外に出るのも自由で、学校も好きな時に好きに休んでいいし、言えば日本にだって帰りたい放題。という超破格の条件を付け出してきた。
さらに、部屋や学校も俺たちが馴染みやすいように日本風にすると言い、家に関しては借金までゼロにしてくれるという。
そんな好条件には、さすがの俺たちも断るわけにはいかず、それから一月ほどして一学期が終了する時点で正式に転校という形で手続きをし、夏休み明け数日前にキャメロットへと留学にやって来た。
そんな前回とは全く異なる好待遇に満足し、本日転校初日を迎える。ちなみにじいちゃんは、それでも嫌だと駄々を捏ね来ることは無く、俺は広い部屋を一人で使え、さらに充実していた。
「おはよう~」
「あ、おはようございますリーパー。今おばさんがリリアたちを起こしに行ってますから、先に一緒にご飯を食べましょう」
「あぁ。分かったフィリア」
「分かった姉さん」
フィリアたちもおじさんとおばさんと一緒の部屋で暮らしており、ストレスなく生活できているようで、国は変われどいつもと変わらない様子だった。
「それにしてもリーパー。ジャージは良いとして、寝癖ぐらい直してから来なさい。いくら自由とはいえ、ここは貴族が住む屋敷なんですよ?」
「え? 別に良いんだよそんくらい。それで文句言われたらもう来ないから」
「全く……まぁ、それもそうですね。前回の事もあるし、逆にこれくらいで丁度良いのかもしれませんね」
フィリアも相当前回の事を根に持っているらしく、俺が少し不機嫌そうに言うと、気にする様子もなく納得してくれた。
「それにしてもお前ら眠くねぇのかよ? 昨日寝たの十二時過ぎてただろう?」
昨日の夜、俺たちは明日が登校初日であるにも関わらず、『あんなとこどうでも良い』という感じで、夜遅くまでゲームをして遊んでいた。そして最後にはお決まりのストⅡ大会が始まり、ヒーを倒すため熱くなり、予想以上に寝るのが遅くなっていた。
「眠いですよそりゃ。でも一応初日ですからね、少しは真面目なところを見せなければいけませんから」
「真面目ね~」
そう言うと、ジョニーも珍しくそうだと言う感じで笑みを零した。
そこへ、やっと起こされた寝間着姿のリリアとヒーがやって来た。
「おはよ~ございます」
「おはよう、ございます」
リリアとヒーもおばさんが一緒に生活しているお陰で、こんな場所に来てもいつもの感じでリラックスしていた……それよりも、予想以上の寝癖に思わず挨拶よりも先に声が出てしまった。
「うわっ! お前ら頭凄い事になってんぞ?」
「え~……? 何言ってるんですかリーパー~。別に私たちは寝癖で世界を救うわけじゃないんですよ~?」
やっべぇ⁉ 俺と同じ事言ってる⁉ やっぱ後で寝癖直そう!
「何言ってんのあんた。良いから早くご飯食べなさい」
「は~い」
そんなリリアたちを余所に、リリアたちのおばさんも現れ、俺たちは登校初日の朝をストレス無く過ごした――
高い天井、広い廊下。床にはず~っと赤い絨毯が敷かれ、ギリシャ神話に出てきそうな彫刻や絵画が脇を飾る。窓もとても大きくお洒落な半円形をしており、そこから眺める景色は正に中世の城の中庭。天井のシャンデリアも金ピカで豪華さがあり、時折すれ違う人はアニメでしか見た事が無いような服ばかり。
俺たちが通う学校は、俺たちが住む部屋からかなり遠いが、廊下で繋がった建物にあるらしく、通学路は正に貴族という感じの人が歩く道だった。
「一体どんな人たちがクラスメートになるんですかね?」
俺たちが通う学校は、キャメロット聖なんたら学院とかいう何か物凄い学校らしく、世界中から貴族みたいな大金持ちばかりが大勢通う超居心地が悪そうな学校らしい。しかし! 俺たちは超VIPだから、他の一庶民たちとは違い、英雄の子孫ばかり集められた少人数の特別学級で、他の生徒とはほぼ関わらなくても良い。
クラスメイトは十一名だとは聞いているが、クレアとキリアというあの時挨拶に来た二人以外は誰が来るのかはまだ知らず何とも言えないが、それでも人見知りの激しいリリアには丁度良い人数なのか、楽しむかのように訊く。
「おそらく、クレアさんやキリアさんのように、とても上品で気品溢れる方が来るのではないでしょうか、リリア?」
「おぉ! なるほど! では私たちも『おじゃります』とか『何々で候』とかいう言葉を使わなければいけませんねヒー?」
「はい」
いや、それはなんか違う。って言うか、がっちりジャパニーズ。
一応世界は日本語が共通言語になっているため言葉の問題は無いが、黒のブレザーに赤いスカートという超お洒落な制服を着ていても阿保な事を言う二人に、頭の壁は超えられないだろうと思った。
「フィリアやジョニーも知らないのか?」
「はい。向こうから挨拶にも来ないし、こちらからも聞くつもりはありませんでしたから、私も知りません」
やっべぇ。フィリアもなんだかんだ言ってあんまりやる気ない。それ以前に“向こうから来ない”とか超上から目線で言ってるし、ヤバいんじゃないの法皇様? これかなり怒ってるよ~?
「ジョニーの方は何か情報はありましたか?」
「いや。俺も何も聞いていない」
「そうですか?」
「あぁ」
ジョニーもあまり興味が無いようで『別にいいじゃね? どうせ行けば分かるし』的に軽く答える。
「まぁ良いじゃないですか。私たちのお陰で他の人たちも自由を手に入れられたわけですし、もしかしたら私が学級委員長になるかもしれませんよ~」
まぁ確かに、今ある自由を手に入れられたのはリリアの功績のお陰だ。実際聞いた話では、他の人たちの中にも嫌がっていた人がいたみたいで、拘束も緩和された事で今回は一身上の都合はなくなり全員が参加する事になったようだ。
そのためリリアが本当に学級委員長になる可能性は十分にあるのだが、こいつは人前に出ると緊張して役に立たなくなるのに、本当に学級委員長に任命されたらどうするつもりなのか? と少し呆れた。
そんな他愛もない話をしながら、結構ノリノリで登校すると、やっと俺たちのクラス“特別学級”の教室に着いた。
「おいマジか⁉」
「おお! 本当に日本の教室みたいですね!」
ちょっと良い扉、廊下前の緑の掲示板、そして日本語で書かれた三年一組の表札。明らかにここだけ無理矢理改造した感が満載で、周りの景色と不釣り合いな造形が異様だった。
めっちゃ俺たちに気ぃ使ってる!
「見て下さいリリア! 私たちは三年生です!」
「おお! 何という事でしょう! 私たちは最上級生にしてもらえたのですね!」
「はい! 流石は英雄の子孫という事です!」
「おお!」
驚くとこそこなの⁉ この二人それで良いの⁉
流石は五十嵐家……いや、ブレハート家の子孫。これだけ違和感バリバリの空間に来ても自分たちが評価されたことが嬉しいのか、訳の分からないところでテンションが上がる。
「と、とと、とにかく中に入ってみましょう! わわ私たちは、さささ三年生ですから、ど、堂々と入りましょう!」
「は、はい!」
確かに三年生の教室に入るのは怖い。だけどそれは今は全く関係ない。寧ろそれでこれだけ動揺できるリリアとヒーの方が怖い。
「で、では、やややっぱり三年生なら、ま、前から入るべきでしょうか? そそそ、それともささ、三年生は慣れているから、後ろから入るべきなのでしょうか? どどどちらですかヒー!」
「そ、そうですね……や、やっぱり……」
「もういいわ! ほらさっさと入るぞ!」
「わあっ⁉」
こいつらに付き合っていたら、教室の前で無駄に遅刻すると思い、適当に後ろの扉を開けて教室に入った。すると既にあの時挨拶に来たクレアという女子とキリアという男子が到着しており、思わずドキッとした。
「リ、リーパー! 何という恐ろし……あ……」
「お、おはようございます……」
騒ぐリリアだが、既に来ていた二人と目が合った俺は、とにかく挨拶をした。しかし二人は睨むように俺たちを見つめた後、機嫌が悪そうにそっぽを向いて無視をした。そこへ阿保なリリアとヒーが追い打ちをかける。
「あ……」
「お、おはようございます!」
「おはようございます!」
「本日はご機嫌麗しゅうございます!」
「よろしくお願いいたします!」
この二人、無駄に礼儀には誠実だ。例えどんな悪人だろうが挨拶は礼儀正しくするよう教育されており、フィリアたちでさえ険悪な感じに声も掛けないのに、元気一杯に挨拶をする。
そんなリリアたちの声も虚しく、クレアとキリアとかいう二人は、何故か俺たちを無視していた。
「何なんですかねあの二人? 挨拶に来たときは愛想が良かったのに?」
これにはさすがのフィリアもカチンと来たのか、珍しく愚痴を零す。
「さ、さぁ? もしかしたら俺たちのせいで色々振り回されて、それで機嫌が悪いのかもしれない?」
「あ、そういう事ですか? なら仕方がありません。しばらくは放っておきましょう」
「あ、あぁ……」
フィリアがカチンと来るのは分かるが、少し冷たい気もした。しかしフィリアの言う通り、変に関わって余計拗れると面倒だと思い、触れるのは止めておこうと思った。
そんな気まずい空気が流れる教室は当然暗い雰囲気に包まれ、他のクラスメイトが現れるまで、しばらく俺たちは何とも言えない気分だった。