マリア隊長
パンジーとの戦いは、ウイラが倒れ、さらにそれを救おうとしたマリアが投げた石がウイラの頭にヒットした事で、急展開を迎えた。
「待てマリア!」
自分が投げた石でウイラが死亡してしまった事でマリアはパニックとなり、突然石を持ち出すとパンジーに向かい走り出した。そしてそれを止めようとして転んだ俺と、それに躓いて転んだエリックはすぐさま立ち上がり、少し遅れてマリアの後を追った。
「うおおおぉぉぉ!」
マリアは完全に我を忘れているようだった。その証拠にリリア並みに雄叫びを上げ、俺たちの制止を振り切ってまるでエンダーマンのように石を抱えて猛進する。
その上マリアは意外と足が速く、俺たちが後を追ったときにはもうパンジーと接触直前だった。
これはかなりヤバイ状況だった。もう戦力がどうこうよりも、妹が怪我をさせられるorパンジーに石を投げて殺すのどちらかが決まっているようなもので、まだ間もないとはいえ実の妹に不幸が降りかかるのは何としてでも阻止する必要があった。
しかしあんな石を持っていてもとてもマリアには追い付けるような状況ではなく、去り行く妹の背中に伸ばす手は全然遠かった。
そんなピンチだったが、意外と空気を読んでくれていたのか、マリアが近づくとパンジーはウイラの棍棒から手を離し、大きく後ろに下がった。
「おいマリア! 大丈夫か!」
パンジーがマリアから逃げてくれたことには本当に感謝した。何故パンジーが離れたかは分からないが、これには本当に感謝し、軽くパンジーにありがとうと手を上げてしまうほどだった。
そんな俺の事など目に入っていないマリアは、パンジーが離れると石を投げ捨て直ぐにウイラの元に駆け寄った。
「ウイラごめん! 大丈夫⁉ 生きてる⁉」
返答がない。ただの屍のようだ。
「ウイラ⁉ ウイラ⁉ 息してる⁉」
全く反応を見せないウイラにマリアは増々パニックになる。そこへエリックが駆け寄り、ウイラの状態を見る。
「ウイラ⁉ ウイラ⁉」
「落ち着いて下さいマリアさん! そんなに揺すったらだめです! 大丈夫です、多分ウイラは死んではいません!」
「でも! 全然起きないよ!」
多分ウイラは死んではいない。だけどマリアにとってはあの光景は衝撃的で、本当に死んだと思っているのだろう。だけどあのまま揺すられてたら多分死ぬ。
そんなもう収拾がつかないような状況にもう無理だと思ったのか、エリックがエヴァに叫ぶ。
「エヴァ! ウイラの容態を見て下さい!」
「え? 大丈夫だ安心しろ! 死んでねぇよ!」
「しかし! このままではまともに戦えません!」
これが実践なら、それは通用しない。だがエヴァ的にもこのままグダグダされても困るようで、ちょっと考えるとため息を漏らし、リアカーの荷台から降りて来た。それもちゃんと一緒に見学していたスクーピーも降ろし、はぐれないように手をつなぎながら。
余裕あんねうちの隊長!
当然その間パンジーも空気を読み何もせず、一応実践形式の訓練だが、ここでまさかの一時中断となった。
「大丈夫だ。ただ寝てるだけだ」
「本当に⁉」
「あぁ。怪我もしてねぇよ」
「でも! 頭に当たったんだよ⁉」
「あんな一度地面に落ちた石じゃ怪我なんてしねぇよ。気を失ったのは多分パンジーの力のせいだ」
「本当に⁉」
ウイラの背中に手を当て大丈夫だとエヴァは言う。しかし触診と言うにはあまりにも時間が短く、ただ触っただけという感じにはマリアも信用できないのか、全く落ち着きを取り戻さない。
「本当だ。ほら見てろ」
そう言うとエヴァは、気絶しているにも関わらずウイラの鼻をつまんだ。すると苦しかったのか、ウイラは目を覚まさないがぷは~という感じでちょっと大きめの息を吐いた。
「な?」
何してんだよエヴァ⁉ オメェそれは怪我人にしちゃいけない事だろ⁉
「ほ、本当だ……あ~良かった!」
マリア―⁉ 一応お前が石ぶつけたんだから、今の態度は間違ってるよ⁉
怪我人の鼻をつまむエヴァ。それを見て生きてる事を確認して安堵するマリア。この二人は意外と狂っていた。
「じゃあウイラは俺が治療しとくから、マリアたちはパンジーを何とかすれ。終わった頃にはウイラは元気になってるから」
「ほんとに⁉」
「あぁ」
「分かった! じゃあお願い!」
我が隊には、実践よりもまず社会常識の勉強の方が必要だった。じゃなきゃ、お風呂入ってる間に洗濯しといてみたいな感じで続きなど出来るはずもない。だがそれでもやるのが我が隊。
「よ~し! じゃあリーパー、エリック、私たちでパンジーを何とかしよう!」
このまま中止という判断が一番正しい選択だと俺は思う。それくらい今の中断はあのエリックが“どうします?”みたいな感じで俺を見るくらいで、完全に集中力を削いでいた。
そんな俺たちとは違い、ウイラの生存が確認されたマリアは、結構やる気満々。
「多分パンジーの力は、パンジーを中心にした球体みたいな範囲で力が効くみたい。だから皆で三角形作るみたいにしてパンジーを囲って、近づかないようにして戦えば何とかなるよ」
流石我が妹。意外と分析をしていたようで、なかなかの作戦を出す。
「多分二メートルから三メートルくらいがパンジーの範囲だから気を付けて。それと……石を投げるのはもう止めよう?」
「…………」
やる気はあっても先ほどの事件はかなりの傷を残したようで、マリアは消極的だった。
「じゃ、じゃあ……俺はウイラの棍棒借りるわ。エリックは……魔法で何とか出来るだろ?」
「え、えぇ……で、では、私は魔法で何とかします……」
ここまで来ると、ほとんどスポーツ感覚だった。パンジーがどれだけやる気があるのかは分からないが、マリアがこうなってしまった以上、何とか形だけ取り繕って終わらせるしかなかった。そう思っていたのだが、マリアは意外と本気だった。
「じゃあ私は、この石使うね」
オメェ石使うのかよ⁉
「大丈夫、遠くから投げないから。これで殴るだけだから」
それ結局同じじゃね⁉
一応リアカーの荷台には武器がある。しかしそれは刃の付いた物ばかりで石より危ない。というか、俺たち素人じゃナイフであっても振り回せば自分を傷付ける可能性の方が大きく、とてもこんな場での使用は認められなかった。
「とにかく行くよ! 私は右から行くから、リーパーは私と一緒に右に行ってそのままパンジーの背中側に行って。エリックは左側ね」
「わ、分かりました……」
「わ、分かった……」
「大丈夫、これは訓練だから。怪我はするかもしれないけど、私たちでもパンジーを倒せるんだってとこ、エヴァに見せてあげよう?」
「そ、そうだな」
さっき石でパンジーを叩き殺そうとしていたマリアだったが、きちんとこれは訓練だと認識しているようだった。っというか、結構こういうのは好きなようで、楽しそうな笑みを見せた。
「じゃあとにかく作戦開始。一応誰かがさっきのウイラみたいに捕まったら、直ぐに他の人が助けに行けるようにしておいて。多分パンジーは一対多数の戦いには慣れてないみたいだから、そこを狙えば何とか勝てるから」
一対多数というより、俺たちの素人戦法が無茶苦茶過ぎるのが原因だと思うが、マリアの言う事には一理ありそうな気がして、俺とエリックは素直にそれに従うと頷いた。
「それと、リーパーは棍棒持ってるから、出来るだけパンジーに近づいて戦って」
「え⁉ 俺⁉」
「安心してよリーパー。私もちゃんと援護するし、リーパーがパンジーの注意を引き付けてくれれば、その分エリックが魔法撃ちやすくなるから。そうでしょうエリック?」
「えっ! あ、はい……私の魔法は大体三秒ほど発動までの準備が必要です。早ければ即発動できる魔法もありますが、それはほとんど攻撃には使えませんので……」
結構マリアは作戦を立てる事が得意なようだ。そして指揮も上手い。だけど結構無茶苦茶。
仮にもパンジーはエヴァが人選した能力者である以上、それなりに戦闘訓練を積んでいるはず。それを相手に俺が時間を稼ぐというのは、既に作戦は瓦解しているような気がした。
「そう言う事。だから頼んだよお兄ちゃん」
「ん~……」
「じゃあ行くよ皆!」
そんでも行くのが我が隊。とにかくなんかそれなりの事をして終わらせなければ、今日はここで野宿もあり得る状況に、とにかく俺たちはマリア隊長の作戦の元、行動を起こした。




