英雄たちの戦い
俺たちのちょっとした不注意により起きた、何の罪もない巡礼者との睨み合い。そんな中での、エヴァのやっちゃいな発言は事態をより悪化させた。そしてさらに標的にされた巡礼者の人が身の危険を感じ混乱した事で増々手が付けられなくなり、なんか全く訳が分かっていないが、とにかくなんかヤバイ事になった。
「お、おい。本当にやんのかよ?」
巡礼者の人は、一応自分は紋章を持つと言っていたが、見せられた紋章は完全にマジックで描いたような物で、なんか一応敵みたいな感じを出しているが、パンジーと言う名前とか何か演技臭い雰囲気に、なんかもう本当に訳が分からなかった。
「何言ってんだリーパー? ありゃどう見ても謎の組織の一員だ。多分加護印を持つ俺たちを狙って来たんだ。やらなきゃ遣られるぞ?」
なんかもう全然違った。俺がイメージしていた紋章を持つ組織は、そりゃもう見ただけでそれと分かる危険なオーラを発している人間の集まりだと思っていた。それこそ悪辣無比な存在で、俺なんかじゃ直ぐにウンコを漏らしてしまうほど怖いはずだった。なのに、現在目の前にいる男性は、確かに言われてみれば悪そうな感じはするが、パンジーと言う可愛らしい名前だし、自分から『紋章を持っています』って教えてくれるし、紋章は手書きだし、俺たちが防具何も身に付けていないのに襲ってこないしで、違う人だった。っというか、もし本当に危険人物なら護衛の人が直ぐに飛び出してくるはずだがそれも無く、なんかもう不自然な点が多すぎた。
「で、でもエヴァ……あの人の紋章、手書きだよ?」
エヴァもウイラもなんか強敵出現で戦うぞ! という感じだったから、俺やエリックはなかなか強く否定できなかったが、ここでマリアが強烈な発言をする。
「…………よし行けウイラ! 先ずはお前が突っ込んで何とかしろ!」
マリア無視!
「えっ⁉ し、しかし、私も一度確認した方が良いかと思います……あ、あの、もしかしてこれはエヴァが用意した……」
「五月蠅い! とにかくやれ!」
どうやらマリアの発言は、言ってはいけない事項だったらしい。っというか、完全にこれはエヴァが仕込んだ何かのようで、ウイラも明らかにおかしいと気付き、さっきまでやる気満々だったがとても冷静だった。
「…………」
エヴァが何を目的としているのか全く分からなかった。そりゃもう、それはスクーピーさえ不自然さを感じるほどで、どうすれば正解なのか分からないほどだった。
そんな中だった。もうとにかくこれは戦わなければいけないイベントのようで、パンジーと名乗る男が明らかに俺たちに聞こえる音を出すと、こちらに向かってきた。
「ほら来たぞ! 先ずウイラ行け!」
「えっ! しかし!」
「……行け」
「は、はい!」
エヴァは完全に目でウイラを殺していた。それこそ指示に従わなければ殺すぞくらいトーンが低く、行かんきゃマズイと悟ったウイラはとにかく突っ込んだ。
そんな感じで、これが何を目的として行われる戦闘なのか分からないが、とにかく強引に戦う羽目になったウイラは突っ込んだのだが、意外にもこれはかなり本気の仕込みだったらしく、ウイラは突っ込むと突然何かを察知して、もう手が届くと思いきや突然男との距離を取った。
そして一度構え直すと、今度は棍棒で地面を大きく抉り砂利を男に飛ばし、それを煙幕に再び突っ込み、またある程度距離を縮めると何もせず離れた。
ここまでの動きは、正に達人の動きだった。ただ煙幕を張ってまで突っ込んでも何もせず離れるウイラには何がしたいのかが分からず、元々これがなんのために行われてるのか分かっていない俺たちには、なんかヤバそうだなとは思っていても、もう何が何だか分からないままだった。
そんな感じで流暢に眺めていると、対峙したウイラにはこれが遊びではない事が分かったようで、真剣な表情をして強めの語調で声を飛ばした。
「気を付けて下さい! 彼は何か不思議な力を使います! 例えこれがエヴァが準備した何かであったとしても決して油断しないで下さい! 殺されることは無くとも大怪我をします!」
これを聞いて、な、なんだと⁉ とは出てこなかった。何故なら、ウイラは本気で危険だと感じてそう言ったのかもしれないが、完全にネタばらし発言の方が大きすぎて、危機感がしなかったからだ。
それはどれくらいかと言えば、俺、マリア、エリックが顔を合わせて“ど、どうする?”みたいな感じになるくらいで、折角準備してもらって悪いが、逆にエヴァの下手くそさを呪うほどだった。
「お前らこのまま見てても良いのか? ウイラがやられたら次はお前らの番だぞ? アイツは“多分”お前ら全員を倒すまで止めないぞ? “多分”そう指示されてるから」
くそっ! エヴァの奴とうとう開き直りやがった!
多分だよ。多分エヴァは俺たちに実践を経験させようとしているのだろう。だけどもうそれは無理だと判断したみたいで、とにかくやらなきゃ痛い目に合うと脅迫してきた。
「おいエヴァ。本当に良いのか?」
「何がだよ?」
「あの人怪我じゃ済まないかも知んねぇぞ?」
「はぁ? 何言ってんだリーパー? アイツはお前らを殺そうとしてんだ。殺す気で行け」
「…………」
「やれ。即死させなきゃ俺が治せるから」
彼がもし本当の敵なら、俺はビビッて何もできなかった。だがこれだけ下手くそな演技をされればバレバレで、危機感もなんも感じていない今の状況なら普通に大怪我をさせるくらいの事は考え付いた。
「はぁ~……どうなっても知らねぇからな」
「そりゃやってから言え」
「はいはい」
エヴァがどれくらいの怪我を治療できるのかは知らなかった。だけどやらなけりゃエヴァは満足せず終わりも来ない。そこでエヴァが直ぐに中止と叫ぶくらいの事をすることにした。
「おいウイラ! ちょっと離れてろ!」
「え? ……あ、はい」
「よし。じゃあマリア、エリック。石拾え」
「え?」
「え? まさかリーパー……」
「とにかく拾えマリア。やらなきゃ終わらん」
「う、うん……分かった……」
ウイラを離れさせた俺たちは石を持った。
「じゃあ行くぞ?」
「本当にやるのリーパー?」
「あぁ。頭狙わなきゃ大丈夫だ」
「え? まさかリーパーさん? これ投げるんですか?」
「あぁ。頭を狙わなきゃ大丈夫だ。行くぞ」
足元には手ごろな石がゴロゴロ転がっていた。それこそ弾切れに困らないくらい。
「そら投げろ! これは殺し合いだ!」
パンジーには何の恨みも無かった。だけど俺たちは、無慈悲に石を投げた。
第一投は俺だった。その石はパンジーには当たらなかった。しかしそれを切っ掛けに、マリア、エリックが投石を開始した。それは最初当てる気の無い危険な遊びだった。だが次第に数を増し、勢いを増し熱を帯びると、徐々にパンジーを狙い始め、最後には狂った纏当てゲームのようになった。
「頭だ! 頭を狙え!」
「あっ! なんかあの人結界みたいなの張ってるよリーパー!」
「知ってる! だからもっと思い切り投げろ!」
ウイラの言う通りパンジーは不思議な力を使うようで、投げる石はまるで超一流のメジャーリーガーのフォークのようにパンジーの足元に落ちる。ただ、その変化がまた楽しく、俺たちを熱中させていた。
「だけどありゃ多分結界じゃねぇ! なんか下に引っ張る磁力みたいな力だ!」
「くそっ! ずるいっ! 喰らえ!」
狂気の沙汰だった。特にアルバイン家の血脈は狂っていた。最初は怪我をさせないように加減していたが、パンジーが何か不思議な力で守っていると知ると是が非でも当てたくなり、もう俺とマリアはゲームのようにパンジーを殺そうとしていた。
「分かったぞマリア! 上だ! 上に投げろ! アイツの力が下に引っ張る力なら、上に投げれば後は勝手に当たる!」
「そうか! よ~し!」
恐らくパンジーの力は、俺の読みが当たっている。俺がそう言い上に向かい投石を開始すると、パンジーはもう守り切れないと判断したようで、その隙をついて突然こちらに突進してきた。
「ヤバイ! ウイラ! 頼む!」
「分かりました!」
俺たちは、安全な位置からの攻撃には強かった。しかし危険が迫ると、最弱だった。それはウイラも承知の上で、焦った俺たちが投石を止めると直ぐにパンジーの前に立ちはだかった。
「頼んだぞウイラ! よしエリック! ウイラが居たら俺たちは石を投げられない。なんか魔法でウイラを援護してやれないか?」
「え? そ、そうですね……攻撃とはいきませんが、邪魔くらいなら出来るかもしれません」
「マジでかっ⁉ じゃあ頼む!」
「分かりました。やってみます」
そう言うとエリックはなんか魔法を使うようで、集中を始めた。その間ウイラはパンジーの力に捕まらないように上手く立ち回る。
漫画やアニメの世界では、俺たちのような戦い方は間違いなく姑息で見栄っ張りの雑魚キャラのすることだ。だがこれは現実。どんな手段を使ってでも勝つ。そう俺たちは世界を救う英雄。誰が何と言おうと英雄らしい戦法だった。
そんな勝ってなんぼの戦法は、エリックが魔法を発現させたことでいよいよ完成する。
「今ですウイラさん! 彼の足元の土を泥に変えました! 彼は踏ん張りが効かないはずです!」
地味~!
所詮素人の集まり。例えエリックが魔法を使えても、こんなもんだった。しかし! ここでマリアが驚きの発言をする。
「凄いエリック! 土を泥に変えたの⁉ しかもこの距離で⁉」
「えぇ。これでもアイアース学園でグレードⅢを頂きましたから」
「凄い!」
何が⁉
なんか知らんが、土を泥に変えるのは凄いらしい。だけどパンジーにはほとんど効果が無い様だった。
そんな超ハイレベルの戦いは、また俺たちの準備が出来たら石を投げての繰り返しで決着するはずだったのだが、なんだかんだ言ってもやはりエヴァが選んだ人物だけあってそう上手くいくわけもなく、ここから急展開を見せる。
今週はここまでです。
アイアース学園におけるグレードについて説明します。
アイアース学園は三千人ほどが在籍する、魔法を専門的に教える学校です。グレードⅠはリリアとヒーでも三か月ほど勉強しなければもらえないランクで、エリックが持つグレードⅢは、現在のアイアース学園に置いて五百人ほどしかもらえてない称号で、持っていると一流企業とかでかなり内定が貰いやすくなる、そんな感じのランクです。ちなみに、グレードⅤは七名しか貰えていないレベルで、フウラのグレードⅥはぶっ飛んで高いランクです。




