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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
五章
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台無しの瞬間

 魔障を放つ結晶石を持ち上げるという試練を受けたエリックは、いよいよ結界の中へ入った。 

 結界はガラス張りになっており、外からでも中の様子が分かる俺たちは、いつエリックが倒れても駆け付けられる体制を取りながらも、ただ黙ってそれを見守るしかなかった。


 結晶石の放つ魔性は、俺の目には無色透明に映り、結界の中は何の変哲もない空間だった。だが魔障は確実に存在しており、中にいるエリックには相当な負担が掛かっているようで、口を開けて肩で息をしている。

 額にはここからでもはっきりと分かる程汗が滲み出ており、鬼の形相はまるで苦しんでいるかのように険しい。

 

「良い感じだな」

「良い感じ? エヴァ、お前それ本気で言ってんのか?」


 まだエリックは結界に入り、扉の前に立っているだけだ。それでも苦しそうにする姿に、これ以上結晶石に近づくどころか、後どれくらい持つのかさえ分からない状況だ。それなのにエヴァは事もあろうに良いと言い、まるでエリックが苦しむ様を楽しんでいるかのようだった。


「試練には丁度良いだろ?」

「丁度良いって……」


 確かに見た目は試練という感じだった。それでも今のエヴァの態度は不謹慎そのもので、とても嫌悪を感じた。そう思っていたのだが……


「まぁ、後はエリックが気付くかどうかだ」

「気付く? 何に?」

「世の中、怒りだけでどうにか出来る事なんてない。今は相当熱くなってるがそれに気付くかだ」

「どういうことだよ?」

「ラファエル様の力は、浄化だ。それを扱うには二面性を理解しなきゃならん。怒りと冷静さ……いや違うな。怒りの中の冷静さってやつだ」


 怒りの中の冷静さ。それはつまり、イライラしていても冷静さを保つ、怒りのコントロールという事だろう。ラファエル様の浄化の力は知っていても、そこからさらに奥の神髄を知るエヴァには、今までのエリックに対する非礼な行動は何かしらの意味があったのだと感じた。


「まぁエリックは頭良いからな、それに気付くだろう。でなきゃ俺はエリックにとってただの嫌な奴になっちまう。折角嫌われたんだ、エリックには嫌でも加護印出してもらわなきゃ困る」


 やはりエヴァは相当な策士だった。おそらくエヴァがここへ来てからずっとエリックを口撃していたのは、エリックを怒らせるため。最初はエリックが口答えした事が原因だと思っていたが、エヴァはラファエル様の力と試練の内容を知っていて、自然を装い敢えてそれに乗った。

 エヴァはエリックの事が嫌いなんじゃないかと思っていたが、ここに来てエリックを認める発言をする姿に、なんだか厳格なお父さんのような温もりを感じた。


 そんなエヴァの期待に……というか、多分エリックはもうエヴァに対して怒りしか感じていないだろうが、行けるところまで行くようで、大きく息を吐くと一歩ずつ結晶石へと歩み始めた。

 その矢先、エヴァは俺たちに釘をさす。


「おいお前ら、絶対に声を掛けるなよ。ここからは独力で突破しなけりゃ意味が無いんだからよ。だから絶対に応援とかするなよ?」


 本当にエヴァは抜け目がない。怒りの中の冷静さと聞いてから、俺はアドバイスとして『落ち着け』と声を掛けようと思っていた。それを察知するエヴァには、本当に脱帽だった。


 俺たちが釘を刺されたことで、エリックは完全に孤軍奮闘となった。そうなると鬼の形相のエリックは益々辛そうに見え、一歩進むたびに瘴気の圧は重くなるのか、どんどん疲弊していく。


 それでも最後まで諦めないつもりなのか、エリックはゆっくりだが結晶石へと近づき、遂に手の届く位置まで足を運んだ。


「さぁここからどうなるかだ。今のエリックじゃあ、あの場所じゃ一分も持たない。このまま怒りに任せて触ればお陀仏だ」


 そう言うとエヴァは、ここが本当に限界地点だと判断したのか、大きく息を吐くと一気に気配を変えた。それは臨戦態勢と言っていい気配で、試験官もそれにつられるように目つきを変えると、部屋の中は瘴気を抑え込むほどのピリピリした緊張感に包まれた。


 結晶石を前にして立つエリックは、今までの比ではないほど息を荒げ、まるで百メートルを全力疾走したかのようだった。それこそエヴァが一分も持たないと言っていたのは嘘ではないようで、顔を真っ赤にする姿に今にでも倒れそうな勢いだった。


 しかしエリックはまだエヴァの言った怒りの中の冷静さに気付いていないようで、相変わらずの鬼の形相をしていた。


 ここまで来ると、もうエヴァに助けに行けとは言える状況ではなかった。後は試験官とエヴァの判断に任せ、エリックを信じるしかなかった。


 そんな中でエリックは、暫く結晶石を見つめると、いよいよ持ち上げるのか手を伸ばし始めた。するとエヴァはそれを見て、小さく息を吐き、少し構えるように腰を落とした。


 それは諦めに似たため息に聞こえ、エリックはもう駄目なんだと思った。


 賢いエリックなら、きっとこの試練を突破してくれると思っていた。しかしやはり加護印を持たぬエリックが試練を突破するのは難しい様で、無謀にも結晶石にゆっくりと手を伸ばす。そしてそれに合わせエヴァはいつでも助けに行けるように腰を落とす。


 これは本当に駄目だと思った。そう思った瞬間だった。エリックはもう少しで結晶石に触るという所まで行くと、突然手を引っ込めた。


 ふぅ~……今そういうノリいらないよエリック? もう時間ないよ!


 普通こういう時、漫画とかなら触ってハプニングみたいな感じになるのだが、やはり現実はそうはいかないみたいで、ちょっとした焦らしはただ心臓に悪いだけだった。


 実際エヴァたちにとってもこれは予想外だったらしく、“あ、行かないんだ?”的な感じで拍子抜けを喰らっていた。と思ったら、マジでエリックは空気を読めないようで、手を引っ込めたと思ったら突然ガシっと結晶石を掴んだ。


「ぬぉ!」


 空気を読めないエリックの暴挙は、あのエヴァに何とも言えない声を零させた。しかし流石エヴァ。すぐさま我に返ると物凄い勢いで走り出し、試験官より早く結界の中へと飛び込んだ。


「エリック! 直ぐに手を……あ……悪いエリック、邪魔した……」


 えっ⁉


 エリックを救出するため颯爽と結界へと飛び込んだエヴァ。しかし問題があったのか無かったのかは知らないが何か違ったようで、なんかウンコをしているトイレに勝手に入ったくらい気まずい顔をすると、なんかオロオロしたような感じで、試験官と二人して面目なさそうに結界から出て行った。


 そして俺たちの元に戻って来て二言。


「……大丈夫だったわ」


 えっ⁉ 


「加護印出てたわ」


 エヴァー!


 普通こういう場面、漫画とかなら駄目なら助けるし、良ければ『つ、遂にやったのか』的な驚きの展開になるのに、なんか色々な偶然が重なったせいで、間違ってトイレに入ってしまった的な展開になった。

 それもただ間違ったというレベルでなく、エヴァが結界に飛び込むと、鬼の形相で睨むエリックは踏ん張り中という最悪さを醸し出し、さらに言えば結晶石を一秒以上持たないといけないから、それを持ったままの鬼の形相はなんかパンティーを物色中のような感じにも見え、折角エリックが加護印を発現させたという大事な場面でも、全部台無しだった。


 そんな何か、ラファエル様に愛されてないんじゃないかと思われるエリックは、その後もう試験官すら時間を計る事すら忘れている状況でも勝手に一秒を判断して結晶石を置くと、普通に結界から出て来た。


「おめでとうございますエリック様。試練は合格です」

「あ、ありがとうございます」


 結界から出て来たエリックに、時間さえ計っていなかった試験官は、しれっと合格を言い渡す。そこには大人らしい大人の姿があり、確かにアレは仕方が無かったとは思いつつも、ズルさを感じた。


 それでも顔を真っ赤にして汗を垂らすエリックの前では今はどうでも良く、無事加護印を発現させ試練を乗り越えたことを喜び合った。


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