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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
五章
62/159

アースアイ

 暗く狭い階段は遺跡のように苔が生え、松明の灯りだけが照明を務める。時折やってくる踊り場は、越えるたびに深層へと誘うかのように湿度を増し、空の光から俺たちを遠ざける。


 最初の試験を受けるためラファエル様の祠を訪れた俺たちは、試験官を先導に地下にある試験会場を目指した。


「こちらから試練会場へ向かいます」


 長い階段を降りると、少し広めの部屋に出た。そこは二十人ほどが寝泊りできるほどの空間だったが、先ほどまでの狭い階段のせいでやけに天井が高く感じた。しかしここでも雰囲気作りのためなのか松明や篝火が照明となっていて、部屋全体は見渡せるが薄暗く、不気味さを醸し出していた。


「これより先は、大変危険が伴います。そのためこちらの扉から先はいくつもの部屋に分かれており、扉を一つ潜る度に皆様の体調を確認致します」


 そう言う試験官の前には金属の重厚な扉があり、かなりの歳月そこにあったのか、正にゲームとかに出てくる洞窟へと続くような味を出していた。


「試練会場までは同伴される方もご一緒できますが、ここから先は体調が優れない方や、体調に変化が訪れた方は速やかにご報告ください。最悪の場合、命に係わる重篤な状態になる可能性がありますので、無理はなさらずにお願い致します」

「あ、あの……」

「はい、なんでしょうか?」


 まだ試験は始まってはいないと言うが、やたらと不安を煽る事を言う試験官に不安を感じ、いきなり槍とか飛んでくる罠とか仕掛けられてたら間違いなく死ぬなと思い、声を掛けた。


「お、俺たちは同伴なんですが、そ、その……罠とかそういうのは無いんですよね?」

「はい、大丈夫です。試練会場までは部屋をいくつか抜けるだけです。ただ……ここから先は……」


 試験官がそこまで言うと、突然エヴァが手を上げて遮った。


「これも試練の一部だ。だからこれ以上余計な事を聞くな。ただ俺たちは言われた通り、具合が悪くなったら直ぐ言えばそれだけでいい」


 おそらくエヴァはこの試験について詳細を知っている。だからこそこれ以上は反則と判断したのだろう。少し困ったような顔をしていた試験官も、それ以上言わなかったことでそうだと思った。


「とにかく、先ずぁ行ってみれば分かる。あんま時間潰してると終わらなくなるから、とにかく進もう」

「……分かった」


 ここからは本当に危険なようで、あのエヴァが真剣な表情を見せた。そして試験官もこれ以上の説明は不要と判断したようで、小さく頷いた。


「では、進みましょう」


 試験官が合図を送ると、付いてきた二人の試験官が重々しく扉を開いた。すると突然臭気のような生暖かい淀んだ空気が流れて来て、得体のしれない何かが潜む洞窟へと進むような危険な香りがした。


「皆さま、くれぐれも体調の変化にはお気を付けください。些細な変化であろうともご遠慮なさらずにご報告願います」


 空気を浴びただけで、具合が悪くなると言っていた理由が分かった。それだけ奥から流れてくる空気は淀んでおり、まるで紫色の禍々しいオーラが漂っているかのようだった。


「それでは参ります」


 試験会場へ向かうだけでこの威圧感。昨日までは楽しいピクニックという感じだったが、ここに来て初めてこれが本当の試練なのだと痛感した。


 それは俺が思っていたよりもまだまだ過酷なようで、俺たちが扉を抜けると二人の試験官は外から扉を閉め、これ以上は危険なのか付いては来なかった。それどころか扉を閉めると空気はさらに澱み、まるで悪霊が漂うサウナに放り込まれたかのようだった。


「ここで五分ほど待機して頂きます。その間、体調に変化が訪れた方はご報告願います」


 扉を抜けた先は、先ほどいた部屋よりも狭く、次の部屋へ続く重厚な扉があるだけだった。もちろん照明は松明と篝火だけで薄暗く、空気もそうだが閉鎖された空間でさらに息苦しい環境となった。


「皆大丈夫か?」


 五分間待機するだけが、体に負担を掛ける。特に幼いスクーピーには過酷な環境だった。しかし流石は英雄の孫だけあって、五分間の待機を終えた俺たち全員は、無事に第一の部屋を突破した。


「それでは次の部屋に参ります。ここから先はさらに危険が伴います。体調の変化にはお気を付けください」


 第一の部屋を突破した俺たちは、第二の部屋へ進む。だが扉を開けるとさらに瘴気が増し、もう帰りたくなった。

 それでもやはり英雄候補に選ばれるメンバー。俺としては後は試練を受けるエリック達だけで行って欲しいが全員無事で、マリアがいる以上、兄の俺だけ『体調悪いです』とは情けない事を言える空気ではなく、第二、第三の部屋を抜け、最後の第五の部屋まで全員で辿り着いた。


「皆さま流石です。ここまで足を踏み入れられるとは驚きました」


 正直、第三の部屋を越えたあたりから慣れて来て、今では負担こそ感じるが思っていたほどの状態ではなかった。ただ、エリックにはかなり堪えるようで、エリックだけ額に汗をかき、フーフー太っちょのように息苦しそうにしていた。ちなみにスクーピー。さっき『妹は俺が守る!』とか言っていた兄とは違い、俺たち以上に慣れたのか平気そうで、寧ろさっきまで『兄は私が守る!』という話で揉めていたような気さえするほどだった。


「おいエリック。大丈夫か?」

「は、はい……大丈夫です。大分慣れてきました」

「本当か?」

「はい……」


 見た感じ、全然大丈夫じゃなかった。そもそもやっと大分慣れて来たと言ってる時点で遅いし、英雄の血を引いていないウイラでさえ平然としているのに、未だにはぁはぁ言っているエリックはもう駄目だった。って言うか、具合悪いなら言えって言われてんじゃん!


 それでも兄の意地か、気丈にスクーピーを心配する。


「スクーピーは、大丈夫ですか?」

「……うん」


 スクーピーは全然大丈夫。それどころか、寧ろ『お兄ちゃん大丈夫?』という感じの逡巡が出来るほど余裕がある程で、ウイラよりも元気そうだった。


「大丈夫ですか? エリック様?」

「だ、大丈夫です。かなりの負荷はありますが、これが魔障によるものだと理解しています。もう少し時間は掛かりますが、順応してみせます」

「ほぉ~。良くお気づきになられましたね?」


 魔障⁉ これって魔障の影響なの⁉


 はぁはぁ言ってもうグロッキー寸前のエリックだが、俺なんかよりよっぽど優秀なようで、この纏わり付くような嫌な空気の正体を理解していることに驚いた。


「そうです。これは瘴気です。この先に人口的に作られた瘴気の結晶があります。これはその影響です」


 瘴気は、魔王や魔人が発する魔力で、これに生物が触れるとゾンビ化するらしい。その上、防護服などは役に立たず、電子機器を狂わせる力があるらしい。


「これに耐えられるかがこの演習の第一の目標になります。この瘴気に耐えられるという事は、加護印を発現させられる素質は十分にあるという事です」


 瘴気に対抗する手段は、今の所加護印や聖刻の力くらいしかないらしい。つまりこれが本当に瘴気によるものなら、この状態でも正常を保っていられる俺たちはその資質があるという事で、実際加護印を持つ俺たちはほとんど順応していた。


「ですが、この扉の向こう側は真の力が試されます。ここまで辿り着きましたエリック様、スクーピー様は、合格ラインに達しています。加護印をまだお持ちでないお二人は、ここで試練を終了する事をお勧め致します。どうなさいますか?」


 やはり加護印を持たぬ人間には瘴気は危険すぎるようで、試験官は合格を言い渡し、エリック達に試験終了を勧める。だが、妹のスクーピーのためにエヴァにさえ嚙みついたエリック。そう易々と引き下がるわけが無い。


「そ、そうですか? では、私たちはここで終了とさせて頂きます」


 おい⁉ マジで言ってんのかエリック⁉ オメェもうちょっと意地見せろよ⁉


 思わぬ展開だった。息を切らして耐える姿は正に過酷な試練に耐える戦士だったのに、ちょっと甘い誘惑が漂うと直ぐに飛びつくエリックには、マリアでさえ唖然とするほどだった。


「では、ポロヴェロージ家の……」

「いや駄目だろ? エリック、お前最後までやれよ。オメェが瘴気に当てられて怪物になっても俺が処理してやるから、せめてお前だけでもやれよ」

「え……」


 そしてエヴァのスパルタにも驚愕だった。確かに啖呵を切った以上、そう簡単に参ったされては困るが、命の危険が迫る試練に放り込むのは酷という物だった。


「それにスクーピーは大丈夫だ。見ろよ。こんな状況でも欠伸してるぞ?」


 これは本当に多分だが、スクーピーは瘴気や疲労の影響でなく、あまりに頼りない兄に愛想が尽きて欠伸をした。だってそうだ。最初はなんか妹を守るとか言っておいて実は束縛していただけで、なんだかんだ言ってはぁはぁ言って、最後には勝手に力尽きてスクーピーも巻き込んで帰ろうとするんだもん。いくらスクーピーが幼いと言っても、これはさすがに愛想も尽きる。


 それを証明するように、欠伸をしているのを見られてもスクーピーはお構いなしに眠そうにして、おまけで鼻をほじり始めた。


「やれよエリック。一応お前だってアウローラの血を引いてんだろ? 瘴気に当たれば嫌でも加護印出すしかねぇんだ、やれよ」

「あ……いや……そうですけど……あの、一つ良いですかエヴァさん?」

「なんだ?」

「祖母を呼び捨てにするのは止めて下さい」

「あ、悪い」


 なんでそこには反応すんだよ! 今エヴァはエリックを焚きつけるために敢えて呼び捨てにしたのに、なんでそこだけは真面目に反応すんだよ!


 エリックの家族愛には素ん晴らしいものがあった。だけど今はそこはどうでも良くて、エリックという存在に疑問すら感じた。


「とにかく、やれ。やらなきゃお前のケツに結晶突っ込んで、無理矢理加護印出させるぞ?」

「ええっ⁉」

「大体お前、いつになったら加護印出すんだよ? スクーピーはもう加護印出したぞ?」

「えっ⁉」


 エヴァの驚きの発言に、全員がスクーピーを見た。しかし加護印が出ているかどうかは見た目からは全く分からなく、突然皆に見られてスクーピーはキョトンとするだけだった。


「本当かよエヴァ⁉ スクーピーのどこに加護印出てんだよ⁉」

「え? 目を見ろよ。左目に出てるだろ?」

「ええっ⁉」

「あっ! ホントだ⁉ 見てよ皆! スクーピーの左目って言うか、両目凄い事になってるよ!」

「えっ⁉」


 エヴァに言われマリアが確認すると、本当に加護印が出ているようで、近づいて良く見るとスクーピーの両目が物凄い綺麗な色に変わっていた。

 

「な、なんだこれ⁉ 加護印って目に出るとこんなに綺麗な色になんのか⁉」


 スクーピーの両目は、まるで宇宙の果てにある銀河星雲のように赤や青がグラデーションを作り、瞬く星が散りばめられたかのようにキラキラ輝いていた。そして左目にはとても小さいが加護印のような紋章も見えた。それは薄暗い部屋の中では近づいて良く見なければ分からないほどだったが、その薄暗さが余計に幻想的に際立たせた。


「いや、それは多分スクーピーが生まれ持ったもんだ。加護印は左目にしか出てないが、その影響でそうなったんだろう」

「そうなのか⁉」


 スクーピーは元々ビー玉のような透き通る綺麗な瞳をしていた。それが加護印の影響を受けて、変化というか開眼というか、なんか分からんが凄い事になってて、とにかく凄かった。


「多分あれだろ。スクーピーってアースアイってやつなんだろ?」

「アースアイ⁉ アースアイってあのアースアイ⁉」


 マリアはアースアイについて知っているようで、驚いたように大きな声を上げた。


「知ってるのかマリア?」

「うん! アースアイって、アドラとパオラみたいな黄泉返りが持つ魔力と、普通の人間が持つ両方の魔力を持ってる人が持つ目の事だよ! だけどパオラのオッドアイと違って、アースアイは両方の魔力を混ぜたりできて、理論上は可能だけど本当に持っていた人は歴史上一人も存在しなかったってやつだよ!」

「そうなのかエリック⁉」


 パオラのオッドアイは十分凄かった。だけどスクーピーのアースアイは、見た目の時点でそれ以上に凄そうで、アースアイが未だ良く分からないが、人類史上初という偉業になんかもの凄い事だけは分かった。


「は、はい……というか、もしかしたらそうではないかと父も母も言っていました」

「ええっ⁉」

「ですけど、それが本当にアースアイなのかは分かりません。アースアイ自体神話的な物で、スクーピーはまだ魔力もまともに扱えません。私もそうであって欲しいとは思いますが、あくまでそれは願望に過ぎませんので……過度な期待はしないで下さい」


 まぁ確かに。可愛い妹にそう思う気持ちは分かるが、人類史上初を望むのは欲張り過ぎだ。それでもスクーピーが加護印を発現させた事も、瞳の色が美しい事も事実で、凄い妹であることに変わりはなかった。


「まぁとにかく。これで分かったろ? エリックも最後まで試練受けろ。エリックがさっきからはぁはぁ五月蠅いから、スクーピーがお前を守るために障壁張るのに発現させたんだからよ」


 エヴァ辛辣! そしてスクーピー物凄い偉い子!


「さっきも言ったろ? お前スクーピーに守られ過ぎなんだよ。瘴気くらい自分で何とかすれよ」


 エヴァはかなりの兄貴肌だ。だからこそいつまでも妹を守っていると勘違いして、実際は守られているエリックには許せない部分があったのだろう。何よりエリックは俺から見ても甘えん坊なところがあり、頼りなかった。


 そんなエリックに対し、エヴァがさっきからやたら辛辣な発言をするのには、こういった理由があったようで、ここで意地を見せなきゃエリックは本当に三年一組から追放されそうなくらいの圧があった。


「わ、分かりました……やります……」

「よし。んじゃ頑張れよ。化けモンになったらきっちり処理してやるから」

「そ、その時は、お願い……します……」


 こうして、なんだかんだ言って結局エリックも試練に臨むことになり、エリック、スクーピー、ウイラの三人は、試練会場へと進む。


 今週はここまでです。


 一つ注釈があるとすれば、リーパーがずっと試練を試験と言っていたのには、リーパーの中では所詮試験程度という考えがあったからです。

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