最強のライバル
「ここか」
「あぁ。ここがラファエル様の祠がある、寺院だ」
ワイワイがやがや、今日も晴天に恵まれ、キャッキャッ言いながら楽しく進んだ俺たちは、やっと……と言うか、あっという間に目的地に到着した。
ラファエル様の祠がある寺院は小さな集落の中の奥にあり、試験が行われる寺は立派な造りをしている。それは正にタイとかにあるような感じで、金色が多く、象や動物のような形をした神様の像が並ぶ。
元々アルカナはミカエル様の祠がある場所で、英雄を目指す者たちが最初に訪れる場所で、遠い昔にその地を聖地としてガブリエル様の子孫……今で言えば聖刻を持つラクリマが導きとして守り続けている由緒正しき土地らしい。
そのため他の仏教や宗教とは違い、英雄を讃えまた育成する事を目的とした場所らしく、なんかそういったご利益がありそうな神様がごちゃごちゃ集まっているらしい。だからここはタイのような寺院でも、違う場所では日本のようであったり、またある場所ではインドのようであったりするらしい。
ちなみにウイラはここの出身らしく、人数合わせでこの班に入ったが、なんだかんだ言って道案内も兼ねていた。そしてもう一つちなみに、ミカエル様とタイの神様は全く関係ないらしい……意味分からん。
「んじゃ、早速行こうか。準備良いかエリック?」
「えっ!」
時間的には余裕をもって到着したくらいだった。それでもエヴァは全く休憩するような素振りも見せず、いきなり試験へ向かうと言う。
「あ……はい……」
そしてエリック。自分の方が年上なのにエヴァが怖いのか、うんと返事をしてしまうからエヴァは試験官に声を掛けてしまい、まさかのそのまま試験へと直行となった。
そんなエリックのせいで、久しぶりの里帰りで話をしたい友達もいるだろうし、案内を任されて色々考えていたであろうしのウイラに大きな悲劇が降りかかり、少し和尚が可哀想だった。
試験官に案内された俺たちは、寺院の地下に連れて行かれた。そこは小さな遺跡のような部屋で、灯りは雰囲気作りのためか松明で照らされ、なんかそれっぽい独特のオーラが溢れているように感じた。
「お待ちしておりました。こちらはラファエル様の聖刻の試練会場です。どなたが試練を受けますか?」
部屋には三人の神官のような服を着た人たちがいて、その中でも真ん中に立ち、明らかにこの人が責任者だという帽子を被り錫杖を持った人が訊く。
「エリック・ポロヴェロージです。私が受けます」
これは意外だった。さっきまでいきなり試験に突入すると聞いて暗い表情をしていたエリックだったが、打って変わって間髪入れずに一歩前へ出て堂々としていた。
「ウイラ・リィムです。私も受けます」
続いて、ウイラも堂々と宣言する。
ウイラは元々こういう感じの事をしていたし、ここにも住んでいた。それに多分試験官とも顔見知りの可能性もあったから、特に何も感じなかった。それが余計にエリックの態度の変化を際立たせ、最近の行動から情緒不安定なのかとちょっと心配になった。
しかしそんなわけではなかったようで、突然あらぬことを言い始めた事でその理由が分かった。
「他にはおりませんか?」
「はい。ここで試練を受けるのは私たち二人だけです」
おいおいどうしたエリック⁉
堂々とするエリックは、何を思ったのか、はたまた勢い余ったのか知らないが、スクーピーがいるにも関わらず試験を受けるのは自分たちだけだと言う。
これにはさすがに驚いた。だが何故かエヴァはそれを聞いても止めるような素振りは見せないで黙って見てるし、誰が受けるか知っているはずの試験官も何も言わないしで、俺たち下っ端が下手に口を出して良いような空気ではなかった。
「おいエリック。どういうつもりだ?」
エリックの突然の暴挙に、ほんの少しだが沈黙が出来た。その少しの間、試験官は困ったようにエヴァを見つめた。するとエヴァもこのままではいけないと悟ったようで、エリックを問い質す。
「スクーピーには試練は受けさせませんし、この先魔王と戦う事もさせません」
そこにいたのは頼りなく、弱弱しいエリックではなかった。今まで見せた事もない鋭い目つきをしており、あのエヴァに対して真っ向から対立してやるくらいのオーラを発していた。
「……なるほどな。でもそれはエリックが決める事じゃない」
妹を守るために、喧嘩腰と言っても過言ではないくらいの感じを出すエリックは、威圧感があった。だがここはやはりエヴァの方が一枚上手のようで、そんなエリックの押しに対し、エヴァは声を荒げることなく軽く返す。
「いえ、これは母でも父でもなく、私が決める事です」
妹を守ろうとするエリックの気持ちは分かる。だがそれは今ここで突然始める事じゃない。もし本当にエリックがスクーピーを守りたいと思うのなら、それはもっと早く決めておかなければいけない事だった。それこそ三年一組に入る前に。
この土壇場でのエリックの行動には、流石に俺でも無理があると思った。
「スクーピーはまだ四歳です。そんな子を危険に晒すなどあってはならない事です。スクーピーは今日でこのクラスを去ります」
突然の無茶ぶりは、もう我儘と変わらなかった。それでもエヴァはやはり大人のようで、全く気にする様子もなく言葉を返す。
「そりゃエリックが勝手に言ってる事だろ? スクーピーはどう思ってんだよ?」
「スクーピーだって戦う事が嫌いに決まっています。それに、いくら人類が滅亡するかもしれない危機が訪れようとも、四歳の女の子を戦場にあげる世界などありません。それほどこの世界の大人は情けないんですか?」
エリックの言い分は良く分かる。俺だって英雄の孫だからという理由でキャメロットに呼ばれたが、何度同じことを思った事か。世の中には俺よりも年上が沢山いて、頭の良い人も運動神経も良い人もいっぱいいる。それこそ椅子に座ってるだけで偉い人だっているのに、どんだけ今の大人は使えないんだと思った。
それを聞くと、正しいのはエリックのような気がして、突然反旗を翻した気持ちも分かった気がした。しかしやっぱりエヴァは凄くて、そんな俺たちの思想なんてちっぽけな物だと簡単に知らしめる。
「いや、そうじゃなくって。世界がどうとかはどうでも良いんだよ。スクーピーはなんて言ってるかって話だ」
「どういう意味ですか?」
「スクーピーの人生はスクーピーの物だ。誰がどうとかは関係ねぇ。スクーピーが四歳だからって舐めんなよエリック。もうスクーピーは自分で人生を決められる。それを勝手にエリックが決めるのは、それこそ口ばっかりの見た目だけで、『昔はこうだった』とか『今の若者はダメだ』とか言って、老後の資金も蓄えられてない、なんも得てこなかった生産性も無い穀潰しの大人と変わんねぇぞ?」
「そ、それは……」
それは言い過ぎ! エヴァってどんだけ大人嫌いなんだよ!
超辛辣だった。それこそ家のじいちゃんや父さんの事を言ってるのかと思ってしまうほど辛辣で、妹を守りたいエリックなんてどうでも良くなるほど痛烈だった。
「エリック。お前そんな事言ってるからスクーピーに守られてんだ」
「わ、私はスクーピーに守られてなどいませんよ!」
「お前本気で言ってんのか? スクーピー見てもう一回言ってみろよ?」
本当にエヴァは凄い。支えではなく、守られているという言葉には深い意味を感じ、スクーピーを見ると、言葉では言い表せないほどの力でエリックとスクーピーが繋がっているという事を上手く表現していると思った。
「おい、しっかりしろよエリック。お前がスクーピーを大切に想う気持ちは分かる。だけど、本当に大切だと思うなら、お前がいなくなってもスクーピーが一人でも十分生きて行けるように“強さ”を教えてやるのが大事なんじゃねぇのか? おめぇ、もし自分が死ぬとき、スクーピーに『エリックがいなけりゃ生きていけない』って言われるのと、『あっちでちょっと待ってろ。直ぐにあの世中まで届くまで、スクーピー・ポロヴェロージの名を轟かせてやる!』って言われるのどっちが良いんだ?」
「そ、それは……」
「スクーピーは強い。だからお前が勝手に決めんな」
そう言うと、エヴァは拳でエリックの胸を軽く突いた。
「まぁ、それでもエリックの言う通りスクーピーがそれを選ぶんなら誰にも文句を言う筋合いはねぇ。どうするスクーピー? スクーピーも試験受けるか?」
「うん」
「死ぬかもしれねぇんだぞ? そしたらもうエリックやお母さんやお父さんに会えなくなるかもしれねぇんだぞ?」
「わたしのなまえは、スクーピー・ポロヴェロージです! おばあさまはえいゆうです!」
よっぽどエリックよりも逞しい様で、エヴァが尋ねるとスクーピーは胸に手を当て、自分には英雄の血が流れていると言わんばかりにしっかりとした自己紹介をした。
「だとよ。どうするエリック? おめぇの妹、もしかしたら三年一組で一番英雄に近いかもしれねぇぞ?」
多分そう。クレアもキリアもジョニーも、英雄の子孫であることを誇りに思っているが、名は出しても、自分の名に懸けて祖父母の名を出したりはしない。それは祖父母の名誉を傷つけてしまうという自信の無さから来るものだろう。だがスクーピーははっきりと示した。私は英雄の祖母の意思を受け継ぐものだと。
四歳にして己の役目を理解し、既に俺たち以上の覚悟を秘めていたここまで見事な小さな英雄には、脱帽を通り越して思わず笑みが零れた。
「エヴァの言う通りだエリック。スクーピーは俺たちの中じゃ一番英雄に近い。そんなスクーピーに対して勝手に決めるのは間違いだ。腹ぁ括れよエリック。スクーピーを戦わせたくなきゃ、お前が聖刻も加護印も全部先に取るしかねぇよ」
「リーパーさん……」
「少なくともマリアやリリアたち妹を巻き込みたくないなら俺はそうする。だけどマリアたちは俺より強いからな」
そう言うとマリアはそうだと言う感じで口角を上げた。
「認めるしかねぇよ。スクーピーはエリックの最強のライバルだ。いつまでも小さな妹だと思ってたら、そのうちエリックがスクーピーに『お兄ちゃんは戦わせない』って言われるぞ?」
「そ、それは……スクーピー?」
スクーピーは本当に凄い子で、俺たちの会話の内容はすべて理解しているようで、それを聞くとエリックの手を握り、見つめた。
そのキラキラした綺麗な眼差しには強い意志が現れており、認識を改めたエリックはそれ以上足を止めていることは無かった。