演習開始
――まだ朝日も昇らぬ早朝。
「よし、じゃあ行くか。お前ら、おやつ持ったか?」
ミーティングを終え、準備を整えた俺たちを確認すると、エヴァはまるで遠足にでも行くかのように軽い冗談を飛ばす。
遂に始まった演習。これは聖刻を貰うための予行練習のような物だが、決して遊びなどではなく、入念な打ち合わせや計画のもとに行われる実践さながらの演習だ。そんな演習に、早朝と言えど皆緊張しているようで、エヴァの掛け声にも静かに頷くだけだった。
「そう緊張すんな。これは練習だ」
エヴァは今までどれほど過酷な訓練を受けて来たのか分からない。こんな状況でも皆の緊張を解そうとする姿に、とても頼もしかった。
今回の演習は、三班に分かれて行われる事となった。これは本来、全員で七か所ある、各神様が祭られている祠を巡りながら試練をこなしていくという物だったが、アルカナ寺院の敷地は阿保みたいに広いし、警備上不穏な輩は絶対に入って来られないという事を考慮して、時間短縮と効率を考えて三年一組で三班に分かれて巡ると決めていたためだ。
実際、移動手段は基本徒歩だし、敷地は一番遠いところで、端から端まで五十キロ以上あるし、自分が関係ない祠に行った所で意味ないしで、七か所にある祠を全て回っていれば何日掛かるか分からないため、三班に分かれた。
何より、前日あんなことがあったクレアと離れられるというのは、俺にとってはかなり大きな意味があり、結果として良い判断となった。
俺たちの班は、エヴァをリーダーに、アズ神様の聖刻を目指す、エヴァ、俺、マリアと、ラファエル様の聖刻を目指す、エリック、スクーピー。そして人数合わせのついでに、どれになるかまだ分からない和尚のウイラの、六名。
ちなみに他の班は、アテナ神様の聖刻を目指すクレア班の、クレア、ファウナと、ルキフェルの聖刻を目指す、アドラ、パオラ。そしてウリエル様の聖刻を目指す、キリアの五名。
もう一班は、フィーリア神様の聖刻を目指す、リリア、ヒー、フウラと、ミカエル様の聖刻を目指す、フィリア、ジョニー、ツクモの、リリア班六名。
「んじゃ、先ずはラファエル様の祠を目指すか」
俺たちの班は、やっぱりこういう事は慣れてない奴ばかりのせいか、他の班はもうとっくに出発していないのに緊張感だけは一丁前で、ここに来てやっと出発する。のだが、まだ準備があったようでエヴァがあらぬことを言う。
「あ、そうだ。俺たちの班にはスクーピーがいるから、一応車用意しておいた」
「車?」
「あぁ。こっちだ」
ルール上、徒歩以外の移動は禁止だ。もちろんそれはエヴァも知ってるし、皆承知している。それでもエヴァは普通に使おうみたいな感じで言うから、皆首を傾げたが先ず見ようと付いて行った。
「これだ」
「お、おい、これって……リヤカーじゃねぇか!」
そこにあったのは良く見る木のリアカーだった。それもちょっとなんか格好良く改造されていて、フレームは青いメタリックカラーだし、持ち手にヒラヒラしたリボンと皮当て付いているし、横に宅急便みたいなロゴ入ってるし、タイヤに昔のママチャリに付いてる虹色っぽいたわし入ってるし、自転車のベルは付いてるライトは付いてるサイドミラーは付いてるで、もうやりたい放題だった。
「おう、車だ」
「車じゃねぇよ! これ引っ張って行くつもりかよ⁉」
「あぁ。途中でスクーピーが疲れたら、これで寝てられるだろ? ちゃんと雨降ってもいいように、シートも積んであるから」
「いや! そういう事じゃなくて⁉」
ホントに、マジで、俺は真剣にこの演習に臨もうと思って緊張すらしていた。なのになんかちょっと頑張った感があるリアカーとスクーピーへ対する異様な愛が、そんな俺の声を荒げさせた。
「エヴァ、お前マジで言ってんのか⁉ ただでさえ物凄い距離歩くんだぞ⁉ こんなの引っ張って行けるわけないだろ⁉」
「何言ってんだリーパー? お前、途中でスクーピーがお昼寝したくなったらどうすんだよ? 交代でおぶっていくつもりか?」
「そ、そりゃそうだけど……でもよ……」
「それに、この班は全員足腰が弱い。ついでにこれ引っ張って行けば足腰も鍛えられるし、丁度良いだろ?」
俺、マリア、エリック、スクーピー。確かにこの四人は足腰が弱い。ウイラは一応少林寺拳法みたいなのをやっているだけあって強いが、確かにエヴァの言う通り俺たちの班は貧弱だった。というか、ウイラとエヴァ以外は戦闘要員にすらならなくて、俺たちの班はヤムチャ班だった。
「先は長ぇんだ、のんびり行こうぜ? ほら、荷物これに積め。ほら見ろ、エンペラー号のお陰で俺たちゃ荷物背負わずに行けるんだぞ? 楽だろ~?」
エンペラー号⁉ 何だせぇ名前付けてんだよ⁉
ネーミングセンスといい、デコリヤカーの改造といい、まるでじいちゃんみたいな事をするエヴァには、昭和生まれかと思ってしまった。
それでもやっぱり重たいリュックを背負って歩きたくないマリアがリアカーに積むと、エリックもウイラも積み出し、なんかリアカーは暗黙で使う事が決まったようだった。と言うか決定だった。
「ほらリーパーも早く積め。それともリーパーは背負って歩くのか?」
誰が? というか、多分俺たちで交代しながら引っ張るのだろうが、あんな大きなリアカーを引っ張りながら歩くのは嫌だった。しかし! 今回の演習は長くても五日ほどは掛かる予定で、寺院や宿舎などに着ければ宿泊できるが、途中で日が暮れればその場で野宿もあり、荷物は自衛隊並みにパンパンで重く、背負って歩くのも嫌だった。さらに、一応実践も兼ねているため武器となる剣や防具なども装備しており、とにかく重かった。
そこで誰が、というか、俺も絶対引っ張るが、どうせ引っ張らなければいけないならと、俺もリュックとついでに、剣も膝当も手甲やらも全部積んだ。
「おいおい。武器や防具は外すなよ? いきなり飛行機とか落ちてきたらどうすんだよ?」
エヴァは本当にこういう演習には慣れているようで、俺が装備一式をリアカーに積んでも怒ることなく言う。
オメェは子供か⁉ 飛行機落ちてきたらあんな防具着てても即死するわ!
「全く……せめてタオルくらい首に巻いとけ。そうすりゃなんとかなるから」
防具良いのかよ⁉ こいつどんだけタオルに絶対の信頼置いてんだよ⁉
貫禄というのか何というのか、結局エヴァも防具関係については必要だとは思っていないようで、なんだかんだ言っても咎める事はしなかった。だがそれがいけなかったようで、それを聞いたマリアも防具や武器を積むとエリックも真似し始め、最後には全員が身軽になった。
防具意味ねぇ~!
「んじゃ、出発するか。じゃあ先ずはエリック。エリックがリアカー引っ張れ」
「えっ! 私ですか……?」
「あぁ。こん中じゃ、エリックが一番足腰が弱い。ちゃんと交代で引っ張るから、まぁ、先ずは引っ張れ」
「わ、分かりました……」
エヴァの言う通り、この班の中ではエリックが一番ひ弱だ。スクーピーを除いて。それはエリックにも自覚があるようで、記念すべきエンペラー号の初運転手はエリックに決まった。
「そんじゃ出発だ」
これで全ての準備が整い、やっと俺たちの班は出発となるはずだったのだが、出発の声を上げたエヴァは、ほんと普通にリアカーの荷台に腰を下ろした。
「え? ……あ、あの~……エヴァさん?」
「あん? どうしたエリック?」
「あの、エヴァさんは、その……歩かないのですか?」
「え? あぁ、歩く。後で」
エヴァ完全にやる気なし。なんか一番やる気があるように見えていたが、やっぱりこういう面倒臭い事は嫌いなようで、既に超嫌な先輩みたいになっていた。
「それにあんまり軽いと意味ないだろ? これくらいで丁度良いんだよ。まぁとにかく気にすんな」
「そ、そうですね……分かりました……」
年齢的にはエリックの方が上だが、エヴァの放つ雰囲気は遥かに年上に感じさせ、かなり理不尽な事を言っているが、誰も逆らえない風格があった。
そんな感じで、他の班よりもかなり遅れたが、俺たちの演習はこうして始まった。ただ、エヴァの言う通りやはりエリックの足腰は最弱のようで、エヴァと荷物が積まれたデコリアカーを引っ張る事さえやっとのエリックのせいで俺たちの班はゆっくりしたペースとなり、さらに遅れての演習となった。
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私は出来るだけ宣伝はせず、作品の力だけで底辺作家を卒業したいと思っています。そうする事で地力がつき、より質の高い作品が作れると思っているからです。そのため現在まだまだ読者も少なく、未だに無名に近い存在です。しかしこの時期もいずれ成長したときに必ず大きな柱となる気がするので、頑張りたいと思います。何よりこのブクマやいいね! 一つ一つを大切にできなければ何も成せないと感じているので、この気持ちを忘れず真の小説家を目指し精進していきたいと思います。
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