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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
五章
56/186

コンプレックス

「では、リーパーさんはそこの壁に背中を付けて座って下さい」

「分かった。こうで良いのか?」

「はい」


 初夢で見た、黄ばんだ汚ったねぇ魔力。しかしそれは実は凄い夢で、皆に語ると何かの啓示ではないかとなり、俺はフウラからその極意について教えてもらう事になった。


「ではリーパーさん、失礼します」

「え?」


 言われた通り壁に背中を付け座ると、フウラは突然俺の上に座った。


「これから私が……」

「ちょっ、何をやっているんですかフウラ!」

「え?」


 突然始まった俺とフウラのイチャイチャ。それこそスカートのフウラが俺の上に座り、近い距離で向かい合う。そんな状態はもうまるでエロアニメの挿入のようだった。ただやっぱりリリアたちと同じ血を引くだけあって妹のようで、俺としてはそこまでではなかった。

 だがいきなり始まった学園精活みたいなエチエチタイトル状態は、ムラムラ期の三年一組には刺激が強く止が入る。


「何をやってるんですかフウラ! 早くリーパーから降りなさい!」

「え?」


 全員俺の初夢からここまでの展開は知っている。だからフウラが突然俺の上に座りイチャイチャを初めても、驚きこそすれど騒ぐ事は無いはずなのだが、何故かそれを見て一番あり得ないヒーが血相を変えてフウラに喰って掛かった。


「何ですかヒー? 何故邪魔をするんですか?」


 基本仲の悪い二人だが、この時ばかりはフウラもヒーが突然怒り出した理由が分からず、唖然としていた。


「フウラ! 早く離れなさい!」

「早くって……話を聞いていましたヒー?」

「聞いていました! ですけど直ぐにリーパーから離れて下さい!」

「?」


 俺もフウラも、クラスの誰もが謎だった。それこそなんでヒーがここまで怒っているのか分からなくて、リリアを見つめてもリリアさえ分からなそうにキョトンとしており、この場にいたヒー以外の全員が訳が分からなかった。


「とにかく直ぐに離れて下さいフウラ!」


 あまりに突然だったためか、フウラでさえ何が起きているのか分からないようで、ヒーが怒鳴るが俺の上に座ったままキョトンとする。


「フウラ!」

「ちょっ、ちょっと待てよヒー? どうしたんだ急に? これからフウラは俺にドレスとかいう技教えてくれるんだぞ?」

「分かっています! それでも直ぐに離れて下さい!」


 何が一番皆を困惑させたかというと、あの一番賢そうなヒーが一番訳の分からない事を言い始めた事だった。まだこれがエロに五月蠅そうなウイラや、スクーピーがいるエリックなら分かるが、理由を理解してなさそうなパオラやアドラでなく、あのヒーという事が困惑の一番の原因だった。


「悪いフウラ。一回降りて?」

「……分かりました」


 おそらく怒鳴り始めたのがリリアだったのなら、フウラたちは喧嘩していただろう。しかし相手がヒーだったことで、フウラも何が原因で怒っているのか分からないようで、すんなり離れた。


「どうしたんだよ急に?」

「どうしたもこうしたもありません! とにかく駄目です!」


 相当ヒーは怒っているようで、理由を聞くために近づくと顔を真っ赤にして、両手で俺を突き飛ばすように押して怒る。

 これにはリリアとフィリアも訳が分からず、困惑していた。


 非常に困った。ヒーが怒り出すときは、いつもは前兆のような物があって、何が原因かは直ぐに分かっていた。しかし今は何の前触れもなく、それこそ発狂したように怒り狂っている。


「なぁ? どうしたんだよヒー? 何がそんなにいけないんだ?」

「ダメな物はダメだからです!」


 本当に理由が分からなかった。それこそマジで怒っているようで、俺の袖を掴み下に引っ張りながら怒る姿に、あのリリアでさえ近づこうともせず、とにかくやめなければ止まらないという感じだった。


「分かった、分かったよヒー。止めるから」


 止めると言うと、そこでヒーは納得してくれたようで、手を離した。


「なぁ? なんでダメなんだ? 理由だけ教えてくれよ?」

「あれなら私にでも教えられます! だから私が教えます!」

「はぁ? ヒー、フウラみたいにドレス出来んのかよ?」

「できます!」


 全く以って今のヒーの考えている事には理解できなかった。しかしドレスが出来るのは本当のようで、パオラとクレアにヒーは協力を求める。


「クレア、パオラ、見ていてください。私は今からドレスをします!」

「わ、分かった……」

「う、うん……」


 突然我儘っ子になったヒーには、あのパオラでさえ圧倒されていた。それこそ俺を人間ヌンチャクにして振り回すあっちのドレスの方かと思うほどで、ちょっと危機感を覚えた。

 だがそんなことは無く、本当にドレスをするようで、ヒーは呼吸を整え目を閉じた。


「……あ、なった」

「おぉ! 本当に出来たのかヒー!」

「えっ⁉」


 超驚きの展開だった。まぁ、あのヒーが熱くなっているからとはいえ嘘を言うとは思ってはいなかったが、それでも賢者の称号を持つフウラでさえ五年掛かったというドレスをヒーが出来るとは誰も思ってもおらず、ただただ驚くばかりだった。


「おいヒー。なんでドレス出来るんだ?」

「勉強したからです!」


 相当熱くなっているヒーはほとんどリリアと変わらず、聞いても要領を得られる状態ではなかった。


「とにかくリーパーには私が教えます! ですからフウラはもうリーパーに近づかないで下さい!」

「何を言ってるんですかヒー……」

「行きましょうリーパー!」

「え?」


 何に対してヒーがここまで激昂するのか分からなかった。しかしフウラの言葉も待たずに俺の袖を力強く引っ張り、先生がもうすぐ来るというのにも関わらず教室を出ようとするヒーをこのまま放っておけば何をしでかすか分からない状態で、今は素直にヒーの言う事に従った方が良いと思った。そこで教室を出る間際にリリアたちも付いてきたので、ジョニーに『フウラに後で話すから待ってて』と伝言を頼み、ヒーに付いて行った――

 

 しばらくヒーに引っ張られて歩くと、何故か俺の部屋に連れて行かれた。


「そこに座って下さいリーパー」

「う、うん……」


 大分声は小さくなったが、ヒーはまだ怒っているようで、言葉には刺々しさがあった。その怒りたるや付いてきたリリア、フィリア、ジョニーたちでさえ黙って見ている事しかできないくらいで、とにかくヒーの気の済むまで待つしかなかった。


 言われた通り座ると、ヒーはフウラのように俺の上に座った。そしてそのまま俺の背中に手をまわし、抱き着くように顔を肩に乗せた。


「これから私がドレスをして、リーパーにも被せます。だからリーパーも私を抱きしめて下さい」

「あ……うん……」


 多分ヒーの事だから、沢山本を読んで沢山練習してドレスを覚えたのだろう。それが何のために覚えたのかは分からないが、きちんと教え方を知っているようで特に問題はなさそうだった。ただ、予想以上に強い力で締め付けてくる辺りに、怒りはフウラだけでなく俺にも向いているようで、面倒臭いことになったとため息が出そうになった。


「…………」

「…………」


 しばらく、本当にしばらくヒーと抱きしめ合う。しかしヒーがドレスをしていても全く感覚は分からず、これで本当に意味があるのか不明だった。それこそ怒りで熱を帯びるヒーの汗ばみで胸元が湿ってきてもそのままで、どうすれば終わるのか困るくらいだった。


「…………」

「…………」


 マジ参った。何なのこれ? 誰か助けて!


 ヒーがここまで怒った姿は、おそらくリリアとおばさんくらいしか見た事が無いだろう。それこそ昔、リリアが犬に噛まれたときにヒーが木刀で報復したとか、リリアの事が好きだった男子がリリアの靴隠したりしてちょっかい出して、ヒーが報復で箒で頭を叩いてかち割ったとかそれくらいの勢いで、その話を聞いて報復を恐れるフィリアたちやそれを知るリリアでも手が出せないようで、俺だって報復されたくないから待つしかなかった。


 そんな状態でさらにしばらく続くと、やっとヒーの気が済んだのか、最後に近距離で俺の顔を睨むように見ると立ち上がり、そのまま黙って部屋を出て行ってしまった。そしてそれを追うようにリリアとフィリアもヒーを追いかけて行き、俺とジョニーだけが残された。


「何だったんだ?」

「多分、フウラにリーパーを取られるとでも思ったんだろう」

「取られる? なんだそりゃ?」

「ヒーはああ見えてお兄ちゃん子だからな」

「何言ってんだジョニー。お姉ちゃん子の間違いだろ?」


 ジョニーはこう見えて、良くヒーを理解していないようだった。っというか、ああ見えての意味も分からんし、どう見えればそうなのか……自分でも良く分からんかった。


「気付いてないのかリーパー?」

「何がだよ?」

「ヒーはいつもリリアと一緒にいるが、リーパーと三人でいるときはリーパーの傍にばかり居たろう?」

「そうか?」


 どうかは良く分からん。だが確かに三人でいるときは、ヒーが横にいた。


「特に相手は嫌っているフウラだ。そのフウラが馴れ馴れしくリーパーと触れ合ったのが悪かったんだろう」

「まぁ、それはあるかもしれん」


 それは一理あった。最近俺はフウラとリリアたちを仲良くしようと、結構フウラに近づいていた。それをリリアとヒーが面白くなかったのは知ってるし、フィリアにも気を付けるよう言われていた。


「面倒くせぇな。それじゃ何か? マリアにも気を付けなきゃ駄目か?」

「マリアは別だろう。マリアはリーパーの本当の兄妹だ。それがまたヒーには悪かったのかもしれん。ヒーは人一倍寂しがり屋だからな。家族と離れる事を極度に恐れるからな」

「まぁ、そうだけど……」


 何が原因でそうなったのかは知らないが、とにかくヒーは一人でいた事はない。いつもリリアと一緒にいるし、リリアもおばさんもいない時は、家に来てまでフィリアたちや俺の傍にいた。だからこそ人一倍努力して、“自分には価値があるから離れるな“というような姿勢を見せることも多々あった。

 それはヒーのコンプレックスであったのだが、俺たちはいつも五人でいたためそれほど気にはしていなかったが、ここに来て初めて大きなものだったのだと気付かされた。


「どうすれば良んだよジョニー?」

「ヒーもいずれ大人になって結婚するんだ。今のうちにこうやって慣れさせるしかないだろう?」

「そうかもしんねぇけどよ。もうすぐ演習だって始まるんだぜ?」

「良いさこれで。少なくともこの先俺たちは死ぬかもしれないんだ。そうなったとき、もしヒーだけ残されて、一人では生きていけないではもっと困るだろう?」

「確かに……」

「どうせ俺たちは、越えて行かなければいけない事が山ほどあるんだ。多少強引でもこれくらいで丁度良いさ」


 ジョニーもジョニーでそれなりに考えているようだ。いつもはぼ~っとしてるくせに。


「まぁ、後はヒーから報復されないようにだけ気を付けるしかないだろう? 気を付けろよリーパー?」

「オメェも気を付けろよジョニー。お前最近ツクモと良く話してるからな」


 従兄同士だから当然だが、ここまで来ると何がきっかけになるかはもう分からない。


「分かってる。とにかく授業に戻ろう。後は姉さんたちに任せるしかないさ」

「だな」


 この日を境に、俺たちはヒーの扱いに気を付けるようになった。だが、それ以上にこの出来事で変な波が訪れたようで、ここから三年一組は色気づくようになった。演習前なのに。


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