真似
パオラの狂気的行動により、一時調理実習室は恐怖に包まれた。それでも昼食が賭かる三年一組は、いつもの事だとそのまま調理実習を進めていた。
「良いパオラ。包丁はこうやって使うんだよ」
包丁騒動が治まると、ツクモはパオラに包丁の使い方を教えるようで、俺たちの班はツクモ先生の講義を見守る。
「先ず左手は、指を切らないように猫の手にして、ジャガイモをしっかり押さえる」
マリアの話では、ツクモもそれなりに料理が得意なようで、特に実家が真剣を使う剣術道場をしているだけあって刃物の扱いが上手く、見ていて損はないらしい。
そんなツクモは、綺麗に皮を剥き芽を取ったジャガイモを左手で押さえると、普通にジャガイモを切り始めた。
「で、こうやって包丁をジャガイモに当てて、それから刃を入れて引くようにして押し込む」
とても普通だ。それこそ料理なんてほとんどしたことが無い俺から見ても普通で、剣術とか関係なく普通だった。
「分かるパオラ。こうやって野菜とかは切るんだよ?」
「分かる」
「じゃあやってみて?」
「分かった」
パオラは本当に素直だ。包丁の使い方はあれだけど、実際パオラが作る料理は美味しく、上手だ。そんなパオラが基本的な包丁の扱いを知らないわけもないのだが、嫌な顔一つ見せずツクモの指示に従う。
「こう?」
「そう。パオラちゃんと出来るじゃん。なんであんな風に切ったの?」
「速くやろうとしたらああなっちゃう」
「…………」
「見てて」
ツクモ絶句。そりゃそう。だってどんなに速く切ろうと思っても、ああは絶対ならない。
“バンッ! バンッ!”
「ちょっ! 分かったからそれ止めてパオラ! 包丁折れるから!」
「うん」
ツクモに教えられた通り包丁を当てて半分に切り、さらに半分に切ると、パオラは次第にというか、突然先ほど見せた撲殺を始めた。そのシフトチェンジの速さは華麗で、もうYouTubeとかで見る鉄を加工する機械並みの動きだった。
「別に速くやらなくても良いから! とにかく、パオラは絶対に左手をジャガイモから離したらダメ! 分かった!」
「分かった」
「ゆっくりだからね!」
「分かった」
ツクモは意外と面倒見の良いおねぇさんタイプなのか、イライラはしているがきちんとパオラに教える。そしてパオラが教えられた通りゆっくりジャガイモを切り始めると黙って見つめ、様子を伺うように隣で自分が担当する玉ねぎの調理を始めた。
そんなエプロン姿の二人はとても女子らしく、面倒見の良いツクモがパオラの傍についたことで、この先問題は起こりそうな雰囲気は無かった。それに、ツクモの包丁捌きもマリアが言うほどの事も無く、後は放っておいても良いと感じたのだが、玉ねぎの皮を剥き終わったツクモが切り始めると、目を疑った。
えっ?
パオラが慎重にジャガイモを切り、後ろでは他の班が普通に料理をする、本当に普通の料理景色。だけどツクモが切る包丁の動きだけが異様に速く、まるで音がしない。
その動きはほんの一瞬で、ツクモの手の動きだけがバグっているようだった。それこそ自分の目がおかしくなったと思うほどだったのだが、それでも実際玉ねぎは切れており、思考が停止した。
「どうした師匠?」
「え? いや……ツクモが玉ねぎ切るの見えなかった」
「ん?」
本当に一瞬。それも丁度問題が解決してホッとした瞬間の出来事で、多分見ていたのは俺だけ。そんなタイミングだからアドラも見ておらず、何を言っているのか分からないという感じで首を捻った。
「ちょっ、アドラ。ツクモが玉ねぎ切るの見ててみ?」
「え? うん……」
超速で玉ねぎを切るツクモは、一つ目を切り終わると包丁でそれを寄せ、二つ目を切ろうとしていた。それを今度はアドラと二人で見つめる。
「な?」
「え?」
二個目の玉ねぎもやはり俺の目がおかしくなったわけでなく、ツクモは再び同じスピードで切った。
「あれがどうしたんだ師匠?」
「えっ! いや、超凄くねっ⁉」
「そうか?」
「えっ⁉」
いや超凄ぇから⁉
ツクモの速さは尋常じゃなかった。アドラの驚かなさも尋常じゃなかった。そしてこのままでは尋常が普通に終わってしまうと思い、もうアドラなんて放っておいてツクモに声を掛けた。
「な、なぁツクモ?」
「ん? 何?」
「ツクモ包丁めっちゃ早くね?」
「え? ま、まぁね、華麗なムーブっていうの? マリアにも言われた」
華麗なムーブ⁉
なんかラッパーみたいなワードが出たが、俺が声を掛けるとツクモは少し照れくさそうな顔をした。そんな俺たちに気付いたのか、ここでマリアとフウラも話に加わって来て、再び俺たちの班は料理の手が止まった。
「あ、見たの? ツクモって凄いでしょう?」
「あ、あぁ」
「ツクモって、包丁って言うか、日本刀とかやってて、大根なら戻し切りってやつ出来るくらい凄いんだよ!」
「マジで⁉」
戻し切りとは、細胞を全く潰さずに切断する事で、切った直後ならくっ付ければ元に戻せるという凄技。実際本当にそんなことが可能なのかどうかは知らないが、幕末の人切り抜刀歳が漫画でやっていたから知っていた。
「うん! ツクモ凄いんだから!」
マリアにとっては自慢の友達なのか、嬉しそうに言う。それを聞いてツクモが照れ臭そうに言う。
「そんなことないよ~」
「あるよ! ねぇツクモ、切るとこ皆に見せてあげて?」
「え? ……良いよ」
「ほんと! ありがとう! じゃあパオラも良く見てて? ツクモすっごい切るの上手だから、真似すればパオラも直ぐ上手になるよ?」
「本当! じゃあ見る!」
「もうやめてよ~マリア~」
正に女子トーク。フウラからはリリアたちのせいで俺は敵対視されてる感はあるが、それでも女子たちが明るく盛り上がる姿は華やかで、なんかちょっと今日は良い気分で寝られそうだった。
だが、なんかこの件はデジャヴ感があって、嫌な予感がした。
「じゃ、じゃあ切るよ?」
「うん! お願いツクモ!」
照れるツクモはそう言うと、先ほど見せた華麗なムーブで玉ねぎを切った。
「おぉ凄い!」
「流石ツクモです!」
「凄いねツクモ!」
近くで見ても全く音はせず、目でも追えない速さでツクモは玉ねぎを切る。それは本当に華麗なムーブで、マリア、フウラ、パオラ女子三人は尊敬するように褒め称える。
「凄いなツクモ。それどうやってんだ?」
「べ、別に凄くないよ~。料理上手い人は皆これくらいできるよ~」
そんなわけない!
「そんなことないよツクモ! やっぱりツクモは凄いよ!」
「そうです! ツクモは天才です!」
「も~止めてよ~二人とも~」
多分沢山努力したのだろう。口ではああ言っているが、尋常じゃない包丁捌きと照れる様子に、ツクモの凄さを感じた。っと思ったのだが、やはりツクモもこのクラスに呼ばれる人材だけあって、褒められすぎて奇行に走り出す。
“バンッ! バンッ! バンッ!”
「ちょっ! 危なっツクモっ!」
褒めちぎられたせいか、照れすぎてやり場に困りだしたツクモは、パオラのように突然包丁を玉ねぎに叩きつけ出した。
“バンッ! バンッ!”
「ちょっ! 止めてツクモ!」
「あっ! ごめんマリア……つい……」
ついって……ツクモ褒めちゃ駄目だわ……
多分こういう子。普段は男勝りでしっかりしたような性格だが、照れると危ない奴。まだあんまり知らないツクモだが、真っ先に危ない部分を知れて良かったような気がした。
それでもしっかりした性格なのは確かなようで、直ぐに包丁を手放し頭を下げた。
「謝らなくても良いよツクモ。私たちがいけないんだから」
「そうですよツクモ。私たちも忘れていました」
「そうかもしれないけど……なんかごめんね。今度は気を付けるから」
「うん。私たちも気を付ける」
話を聞く限りでは今までも似たような事はあったようで、何があったのかは聞きはしないが、これからは俺も気を付けようと思った。
「まぁでも、私なんてそんな大したことないから。パオラも普通に料理やってればこれくらい出来るようになるよ?」
「うん。多分私にもできる。ツクモの真似すればいいんでしょう?」
「うん。そうだけど?」
ツクモなりの励ましなのだろうが、何を思ったのかパオラはそれを聞くと、珍しく挑発するような事を言い出した。これには全員がパオラが何を言いたいのか分からなかったのだが、パオラは切りかけのジャガイモに包丁を当てると、あっという間にツクモ並みの速さでジャガイモを切った。
「えっ⁉ なんでパオラそんなこと出来るの⁉」
「え? ツクモの真似した」
「ええっ⁉ 真似したって……えっ⁉ 嘘でしょう⁉」
「ううん。本当だよ?」
それは実力を隠していたというわけでもなく、本当に真似したという感じで、何が何だか分からない俺たちは、呆気に取られていた。それこそパオラが嘘を付くような子じゃないことくらい皆もう承知で、真似されたツクモでさえそれ以上言葉が出てこなかった。
しかしここでフウラが何か思い出したようで、謎が一気に解けた。
「聞いたことがあります。黄泉返りの中には、一度見た物をそのままコピーできる人がいるという事を」
「どういう事フーちゃん?」
「言ったまんまです。黄泉返りには、人の動きをコピーする能力に優れた特技を持つ人がいるようで、おそらくパオラはその能力に長けているのではないのでしょうか?」
「そうなのパオラ⁉」
「え? 分かんない?」
ここに来て驚愕の事実! もしそれが本当なら、それは物凄い特技だった。
「え? じゃあパオラ。ちょっと私の真似してみて?」
「え? 良いよ?」
そう言うとマリアは、左手の小指だけを曲げた。
「これ出来る?」
「こう?」
パオラは同じように左手の小指だけを曲げる。
「え? ちょっと待って。じゃあこれ真似して書いて?」
そう言うとマリアは、今度はポケットから生徒手帳を出し、そこに自分の名前の“佐藤麻利亜”と書き、パオラに渡した。
「これを真似して書けば良いの?」
「うん。それ書いて?」
「分かった……はい。書いたよ?」
「えっ⁉ 凄い……皆見てこれ! こっちがパオラが書いた私の名前」
手帳を見ると、そこにはマリアが書いた名前と全く同じと言っても過言ではない筆跡で同じ名前が書いてあった。
「え……ちょっ! アドラ! お前も書いてみろ!」
「え? うん……はい」
まさかと思った。パオラがフウラの言う通り人の動きを丸々コピーできる能力を持っているのなら、同じ血を引くアドラにも出来るのではと頼んだが、アドラから渡された手帳を見るとまた一つマリアが書いた名前と全く同じ筆跡の文字があり、ただただ驚くだけだった。
「マジか……おい! 皆来てくれ!」
体の構造だけでなく、筆跡まで完全にコピーできる能力。それは物凄いを通り越し神がかっており、三年一組でこの情報は共有すべきだと全員を集めた。
これにより一時調理実習は中断となったが、俺たちはまた一つ大きな物を得た。しかしそれ以上に皆にとっては昼飯の方が大切なようで、ちょっとはざわつきがあったが直ぐに料理に戻り、アドラとパオラの特技は一時お預けとなった。
左手の小指だけを曲げたコピーですが、アドラとパオラがコピーできるのは、二人の体の構造の範囲内だけです。そのため筋や筋肉などの特殊な構造は真似できず、パオラが小指を曲げられたのは、指の骨を折るような事が多く、元から曲げる事ができたからです。




