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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
一章
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クライマックス

“こんなはずじゃなかった……”


 日本を出発して三日、俺たちはキャメロットにあるキャメロット城にいた。


“なんでこうなった……俺たちは超VIPじゃないのか……”


 西洋風の超豪華な部屋、超大きなベッド、超お洒落なバスルーム、そして超広いトイレ。与えられた服も超貴族みたいな服で、靴どころか下着や靴下まで高級感が溢れる。

 天井にはシャンデリアみたいなでっかい電気があり、絨毯も良く分からない高そうなデザインが描かれており、座るソファーも固そうに見えて柔らかいという逸品。テーブルには常に色とりどりの果物が用意され、空気までもがリッチを演出する。


 そんな想像を上回るような環境を与えられた俺だったが、既にキャメロットへ来たことを後悔していた。


“…………”


 WSOの人たちが来た次の日、超上級国民へと変貌した俺たちは、当然のように学校を休まされ、情報を拡散しないようスマホやパソコンを取り上げられて、警護という名目でホテルに監禁された。そして三日間監禁された後、朝早くから飛行機に乗せられ、十二時間以上も掛けてキャメロット城へ連れてこられた。


 確かに俺たちは世界を救う最終兵器候補の最重要人物。WSOがここまで厳重に警護をするのは納得だった。

 

 しかしキャメロット城に着くや否や、一人一人離されこの部屋に押し込められて、着替えをしながら部屋の説明やこの城のルールを聞かされ、その後良く分からん偉そうな人達の挨拶やその人たちと堅苦しい夕食会などなど夜遅くまでやらされ、次の日には朝五時半に起こされ、七時くらいに王様とかとまた堅苦しい朝食食わされ、終わったと思ったら『明日の昼に、他の候補者と一緒に歓迎の儀みたいなものやるから、これ覚えて。それ終わったら英雄候補だから』的な事を言われ、自分たちの処刑みたいな事されるのにその儀式みたいなやつの練習やらされて、また美味くも無い昼飯食わされて、練習して、書類読まされてサインさせられて、練習して、処刑仲間のクレアっていう女子とキリアっていう男子が挨拶来て、それから練習して、飯食って、練習して、サインして、練習して、寝て、また五時半に起こされて着替えさせられて、飯食って練習して風呂入れられて着替えさせられて『王様遅れてるからやっぱ三時くらいからやるから、待ってて』って言われて、もう五時間くらい待たされて……もう帰りたいんだよ!


 マジ何なの! 俺もしかしたら世界を救う救世主かもしれないんだよ! なのに立つとき背中曲げんなとか足の角度に気を付けろとか細けぇことばっかり言いやがって全然寝させないし、全然美味くもねぇ飯食わせやがって! 大体外も見えずテレビも無い部屋ってどういうことだよ! チッチッ、チッチッ時計はうるせぇし窓は真っ暗だしトイレは広いし! リリアなんてもう死人みたいな顔してんだぞ! どうなってんだよ! えー!


 という感じで、あの日以降俺たちは、友達に別れも告げられず強制的に連れ出され、刑務所どころか捕虜収容所のような扱いを受け、既に満身創痍の状態だった。そしてさらに、こんな状況が魔王を倒すまでという途方もない時間続くのかと思うと、頭がおかしくなりそうだった。


 当然こういう事には慣れていないリリアとヒーも同じ心境のようで、顔を合わす度に日に日に目の光が失われていき、今ではあの月のように静かだったヒーでさえ死んだような顔をしていて、太陽のようだったリリアからは声も出ない。

 あのフィリアも下を向くことが多くなり、社交辞令で他の人とは明るそうに話すが、元気が無い。

 だが、ジョニーだけは元気で、元気が無い俺たちに『腕立てやスクワットをして体を動かせば気がまぎれる』だとか、『辛い環境も過ぎれば良い思い出になる、来年の今頃には普段と変わらず家にいるはずだ』とか無駄に前向きで、より一層俺たちから気力を奪っていき、魔王が復活する以前に俺たちは全滅寸前だった。


 そんな状況でも開かれた地獄への扉は閉じることは無く、虚しく時は流れやっと儀式の準備が整ったようで処刑台へと俺たちは導かれた――


「敬愛なる神の導きにより、我らは長い年月を生きながらえてきました……」


 五時間以上堅苦しい衣装のまま待たされ、遂に始まった俺たちの処刑は、練習通り聖堂へ入場してから滞りなく進んでいた。しかしただ只管偉そうな人たちが延々演説するのを壇上で聞かされて、処刑前に大勢の人の前に晒される辱めの拷問を受けるという事態に陥っていた。


 こうなると催眠術にでも罹ったかのような感覚に襲われ、いよいよ俺たちが法皇様から加護を受けるとかいう儀式が来たときには、操られるかのように体が動いていた。


「アテナ神、クレア・シャルパンティエ」

「はい!」


 儀式は、最初に三大神の子孫であるクレア、リリア、俺の順で三人が受け、その後に四大使者のキリア、フィリアが受け、最後にガーディアンと呼ばれる聖刻はもらえないが加護印を与えられた従者的な存在のヒーやジョニーたちが受ける。ちなみに他の四人は都合上ここには来れなかったという、ふざけた理由!


 儀式は、先ず法皇様が本と遊戯王の死者蘇生みたいな形の棒を向けてなんか言って、その後に俺たちが『承ります』とか言ってお辞儀をする。そしたら法皇様が、何かの草みたいなのに水みたいなの付けて振って俺たちを濡らして、ア~メンみたいな事言われて終わり。


 そんな儀式は粛々と行われ、順番上リリアが先に処刑される番となった。


「フィーリア神、リリア・ブレハート」

「…………」


 既にやつれきったリリアは声も発する事が出来ないのか、無言でゆっくりと前へ出た。するとこういう事に五月蠅い連中は微かに騒めき始めた。しかし綺麗なドレスに身を包み、まるで大人のように見違えたリリアが瘦せこけた後ろ姿に哀しみが溢れ、何もすることも出来ず眺めるだけだった。

 

 それでも儀式は余程神聖なものなのか、誰も止めようともせず法皇様は続ける。


「汝、リリア・ブレハート……」


 呼ばれるリリアの名前が酷く胸に刺さった。そしてそれを黙って聞くリリアの姿も痛々しかった。その時間はまるでリリアが消えてしまうかのようで、逃げられない現実に生まれて初めて絶望とはこのことなのだと悟る程だった。


 そしていよいよ、死刑宣告が下る。


「フィーリア神の元に、我ら命なる者をお救い給う」


 ここでリリアが『承る』と言えば、そこでリリアはこの先魔王を倒すまで永遠にここに居なければいけない死刑が決まる。しかし言わなければ違う意味でも死刑が決まる。

 どちらに転ぼうがリリアが殺されてしまう状況に、心の中で言うなと叫んでも何もできなかった。


「…………」

 

 リリアが言わなかったことで、静寂な聖堂には音の無いどよめきが広がった。それはしばらく続き、法皇様も我慢できないほどだったらしく、まさかの聞き直しを口にした。


「汝、リリア・ブレハート。フィーリア神の元に、我ら命なる者をお救い給う」

「…………」


 それでもリリアは言葉を発さなかった。


 するとこの事態に法皇様は気を利かせ、リリアに顔を近づけ「緊張しなくてもいいんだよ。『承ります』だよ」と優しく小声で話しかけた。


 それは法皇様の優しさの表れで、この行動でどよめいていた会場には温かい空気が流れ、張り詰めていた緊張感は一気に飛んだ。

 しかしリリアが言わなかったのは、緊張していたわけでも忘れていたわけでもなく、膨れ上がった感情は我慢の限界を迎える。


「汝、リリア・ブレハート。フィーリア神の元に、我ら命なる者をお救い給う」


 問題は解決したと思った法皇様は、三度目の仕切り直しを行った。会場からも法皇様の計らいに温かい笑い声が後押しをする。おそらくYouTubeとかで流れれば、法皇様の懐の広さを称賛する心温まる動画になるのだろうが、今の俺たちにとってそれは逆鱗に触れるには十分な行為で、遂にリリアの感情が爆発する。


「……嫌です! 私たちを家に帰して下さい!」


 まさかの発言だった。両足を踏ん張り、拳を力一杯握りしめて叫ぶリリアの声は、反響するほど聖堂全体に響き渡る。その瞬間はまるでリリアの体が眩い光に包まれたかのように見え、白銀のドレスがこの地獄から俺たちを救いに来てくれた神のように、リリアを神々しく見せた。


「もうこんなの嫌です! 私は家に帰りたい!」


 涙が出た。鼻水も出た。そして体の震えが止まらず、声が出た。そしてさらに、リリアの窮地を救うためにヒーが横に駆け寄る姿が目に映ると、心が震えた。


「私も家に帰りたいです! お母さんに会いたいです!」


 横に並んだヒーも、リリアと共鳴するように叫ぶ。それを見た瞬間、魂が燃えるように熱くなった感覚がして、心が解き放たれた。


「もうこんなの嫌だ! 俺も帰りたいです! もう世界なんて救いたくない!」


 魂の叫びだった。魂の炎に突き動かされた俺は、心のままにリリアたちの横に並び、リリアたちの声に驚き怯む法皇様目掛け、命一杯魂をぶつけた。


『家に帰してください!』


 この時、俺たちは家に帰りたいという想いだけで必死だった。しかしそんな甘えなど通用するはずもなく、突然法皇様の後ろにいた護衛みたいな人たちが間に入り、法皇様を守るように俺たちに剣や槍を向けて威嚇してきた。


 これは死んだなと思った。恐らく俺たちはテロリストみたいな感じで捕まって、処刑される。そう思うほど武器を向けられた時俺たちはビクリとなり動けなくなった。


 しかし俺たちにもまだ絆という武器が残っていた。


 俺たちが驚き硬直すると、突然目の前に真っ白なドレスを着たフィリアの背中が飛び込んで来た。


 フィリアは両手を広げ、俺たちを守るように立ちはだかり、広く開いた背中がやけに大きく見え、母に抱かれているかのような温もりを感じた。


 それでも尚、法皇様を守る護衛は諦めることなく、警告する。


「下がりなさい! これ以上の行為は法皇様への攻撃とみなす!」


 フィリアは強い。だけど相手は武器まで持つフル装備のプロたち。もう勝ち目は無かった。だがもう逃げられない。どうすれば良いのか分からなかった。


 そんな状況で、いち早くリリアが動く。


「フィ、フィリア駄目です! 私たちは一緒に日本に帰るんです! だ……だから、一人では戦わないで下さい!」

「そうですフィリア! 私たちも戦います!」

「いいえ。リリアたちは私が守ります。皆は逃げて下さい」

「それはダメですフィリア! 私たちはいつも一緒です!」

「そうですフィリア! 今度は私たちで守るんです!」


 力の強い俺よりも、ずっとリリアたちの方が頼もしかった。しかしこの恐怖の中ではまだ動けずにいた。


「分かってますよヒーちゃん。だから先に行って下さい。私も必ず家に帰ります。そこで会いましょう」

「それは駄目ですフィリア! 一緒に行くんです! 私たち……」

「リーパー! リリアたちを連れて早く行きなさい! 貴方がリリアたちを家まで連れて行くんですよ!」


 おそらくフィリアにはもう二度と会えない。叫ばれ自分が今何をすべきか瞬時に判断出来たが、そう思うと再び大量の涙が出て来た。


「だ……駄目だフィリア……俺も置いていけない」

「リーパー! 今行かなければもう日本には帰れませんよ!」

「分かってる! だけどやっぱお前もいなきゃ駄目だ。だから……俺も戦う!」


 そう言ってファイティングポーズを取った。するとリリアたちも同じ気持ちのようで、ぎこちないが戦う意思を表した。


「あなた達では無理です! リリアたちが死んだら……私は困ります!」


 そういうフィリアだが、その目には大粒の涙が溢れ、現状を打開できない事が分かり切ったかのような表情を見せていた。


 その間も緊急事態に続々と警備の者が現れ、俺たちを囲むように集まる。


 居心地の良い茶の間、いつも流れるテレビの音、窓から見える見飽きた景色、そして……じいちゃん。


 懐かしい思い出が脳裏を過り、ぼろぼろの家だったがあそこが最高の居場所なんだったという想いが走り、それと同時にここが俺たちの墓場なのだと理解した。そんな絶望的な状況でも最後まで諦めるわけにはいかず、俺たちはポロポロ涙を流しながらも戦うしかなかった。


 そこに最後の救世主が現れる。


 颯爽と現れた背中はフィリアよりも大きく、そして分厚い。だけどそこには何故か弱弱しさにも似た柔らかさがあり、まるで大木が俺たちを包んでいるかのように頼もしい。

 最後の最後に現れたのは、ジョニーだった。


「すまない皆。お、俺は……家や家族の事ばかり考えて、皆を見捨てるところだった……」

 

 小さな赤いマントを翻す心強い味方の参上に、英雄という言葉がぴったりだったが、そのジョニーは俺たち以上に涙を流し、辛そうだった。


「自分の事ばかり考えて情けない俺だが、どうか許して欲しい……」

「ジョニー……」


 いつもは頼りなく、リリアたちにも揶揄われているジョニーだが、その涙はとても美しかった。


「さぁ行ってくれ、しんがりは俺が務める」

「何を言ってるんですかジョニー! 皆で帰らなければいけないと言ってるでしょう!」

「あぁ。だから大丈夫だ。ここまで情けない俺だ、これ以上情けない姿は見せられない。だから……必ず後で合流する。約束する!」


 あの頼りないジョニーが力強くはっきりと言ったことで、不思議と力が溢れて来た。


「それは駄目……」

「ダメだジョニー! 俺たちは五人で戦うんだ! じゃないと俺たちは何のためにずっと一緒にいたのか分からないだろ!」

「リーパー……」

「お前ら行くぞ! 戦うぞ! 俺たち全員で家に帰るんだ!」


 もうリリアたちにもジョニーにも、法皇様にも負けるわけにはいかない! 例えこの先地獄が待っていようとも全員で戦おうと声を上げた。すると皆も力を貸してくれるようで、心強い声が返ってくる。


「おうっ!」


 こうして俺たちは、あの場所、わが家へ全員で帰ると誓い、最後の戦いへと挑んだ。




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