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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
四章
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次へのステップ

 キツイ……キツイぜ……


 どんどん気温が下がり始めた十一月下旬。キャメロットに帰国してから一か月ほどが過ぎていた。


「ヴァルハラ城という結界は、先ほどもお話ししたように、ラファエル様の聖刻を与えられた英雄が設計を行います。三年一組で言えば、それはエリックさんやスクーピーさんがその重責を担う可能性があります。そのため魔王との戦いは……」


 アルカナから帰国した俺たちは、自分たちの未熟さを知り、あれから毎日過酷なトレーニングと知識を得るための授業を行い、急ピッチでの成長を目指した。

 それは三年一組のスローガン、自分たちで考え判断を下すに則り決めた事なのだが、どうやら俺たちにはやはりまだ自分たちで決めるには早すぎたようで、今現在行っている、低酸素マスクを付けてランニングマシーンを走るという過負荷トレーニングと同時に、アニー先生の授業を受けるという欲張りセットメニューを敢行する羽目になった。


 これは今日だけに限らず、もう一か月ほど前から続き、筋トレをしながら授業、水泳をしながら授業、武道でボコられながら授業などなど、どんな状況でも続けられている。

 当然こんな脳に酸素が足りない状態での授業は超非効率で、いくらスピードラーニングみたいな効果を期待しても全く授業の内容は頭に入らず、それどころかもう先生の声さえ鬱陶しく感じるほど邪魔以外の何物でもなかった。


 それでもアニー先生は真面目だから、俺たちがそう決めたのなら全力で応えてくれる。


「仮に、幼いスクーピーさんが聖刻を与えられた場合、ヴァルハラ城の設計以前に、スクーピーさんを守りながらの戦闘は避けては通れず、非常に困難を極めます」

「ハッ、ハッ、ハッ……」

「特にガーディアンは聖刻を与えられた者とは違いほぼ人間と変わらないため、チームとしての協力が必要となります」


 もう先生も“おかしいな~?”って分かってるよね! もう俺たち全然聞いてないの分かってるよね!


 アニー先生はいつも本気だ。だから俺たちが今死にそうな顔で走っていても手を抜かない。それに言い出しっぺのクレアや、それに賛成したフィリアたちでさえ必死で絶対聞いてないし、なんかこういうのに憧れてたのか知らないが、熱く語っていたヒーも死にそうなのに、何故か誰一人おかしいという声を上げない。一応スクーピーは年齢も考え別メニューだが、特にまだ怪我が完治していないキリアがいるのに、誰一人『これはおかしい!』って言わないし、キリアも言わないし、やはり未成年になんでも自分たちで決めさせるのは駄目だった。


 ピピピピッ!


「はい、一分間の休憩です。皆さまマスクを外して呼吸を整えて下さい」


 最初は一分も持たなかったこのトレーニング。だが続ければ効果は出るようで、今では自分のペースで五分走って……走り切れはしないが、休まずに五分間動き続けて一分休憩の三セットを何とかこなせるようになった。しかし二セット目で全てを使い果たし、最後の一セットは気力だけでなんとか乗りきれる状態……というかほぼ立ち止まっている状態で、先はまだまだ長かった。


 ピピピピッ!


「休憩は後十秒で終了です。皆さまマスクを装着して下さい。……それではスタート」

「これまでの記録から、ミカエル様の聖刻者が最も護りに適していると言われています。三年一組では、フィリアさんとジョニーさんがその可能性が高く、お二人はどちらが聖刻を与えられても、その役割は非常に大切となります」


 休憩に入るとアニー先生も止まり、休憩が終わるとアニー先生も俺たちと同じく動き出す。これはもうただの嫌がらせだった。


 それでも、俺も先生もやらんわけにもいかず、ここ一月ほどはアニー先生の授業は何の役にも立っていなかった。

 そんな感じで俺たちには残された時間が無いため、生き急いだような事をして何とか間に合わせようと必死だったのだが、それは俺たちだけではなかったようで、十一月もあと僅かとなったある日、新たな動きがあった――


「え?」


 この日、俺たちはいつものように登校し、いつものように朝のホームルームが始まった。だが今日はいつもと少しだけ違い、アニー先生はとても重要な話を始めた。


「場所はここキャメロットにて行い、日時は来週の月曜日からとなっていますので、皆さんは普段通り登校して頂ければ問題ありません」


 魔人復活まで四か月ほどとなったある日、いよいよ世界政府もケツに火が着いたのか、俺たち英雄候補一軍と、リリアたちの従妹がいる英雄候補二軍、そして一般選考者の三軍が、この先合同での授業をする事が決まったとの報告があった。


「なお、それに伴いまして、来年一月に聖刻を受けるための模擬演習を行う予定です」

『えっ⁉』


 突然の報告に突然の報告が重なり、俺たちは驚きの声を上げた。それでも先生は構わず話を進める。


「これは誰かを落とすための試験というものではありません。あくまで模擬として聖刻を貰い受けるための練習という感じで、これが駄目だからと言って私たちが勝手に判断する事は決してありません。ですので、あくまで練習という気持ちで臨んでいただき、練習ですので沢山失敗して下さい」


 あくまでそれは練習。だからこそ沢山失敗して学べと先生は言う。そこにはプレッシャーを与えるようなニュアンスは一切なく、まるで学芸会の練習のように言うアニー先生に、緊張感は一気に引いた。

 それに、元もとこれは神様が決めることで、例えキャメロットだろうがアルカナだろうが、それを勝手に決めつけることは間違いだ。そう思うと、神様の次にそれを決められる権限を持つ自分が誇らしくなり、なんだか偉くなった気分だった。


「私からは以上です。質問や意義がある方は挙手をお願い致します」

「はい」


 色々と、色々と聞きたいことがあるが、先ず何を聞いて良いのか分からない俺たち何も考えていない組に変わり、学級委員長であるクレアが颯爽と手を上げる。


「どうぞクレアさん」

「はい。先ず、合同での授業についてですが、合同した月曜日からは授業の内容は変化しますか?」


 そこ⁉ 先ず気になったのそこなの⁉ こいつどんだけムキムキになりたいんだよ!


 クレアの事だから、どんな人が来るのかとか、その人たちの能力を知りたいとか、なんか俺たちはそこが聞きたかった! って思う事聞くのかと思ったら、まさかあの無駄に体だけ鍛えるトレーニングが無くなるのか心配しているような質問には、こいつはとうとう脳まで筋肉になりだしたのかと思ってしまった。


「それは皆さん次第です。合同のクラスになったからと言って、三年一組のスローガンは変わりません。ただ、月曜日の一時限目だけは、顔合わせとしてレクリエーションを私としてはお勧めします」

「分かりました。では、月曜日の一時限目はレクリエーションでお願いします。皆もそれで良いな?」


 当然と言えば当然。寧ろホームルームで顔を合わせただけでトレーニングを行えば、多分一生彼らとは仲良くなれないだろう。

 このクレアの呼びかけには、全員が賛成だと頷いた。


「では先生。月曜日の一時限目はレクリエーションでお願いします」

「分かりました。その予定で調整します。他に質問や意義はありますかクレアさん?」

「はい。合流するメンバーの中に、加護印を発現させている者はいますか?」


 これは良い質問だった。キャメロットでは、俺たちに余計な心配をさせないためか、外部の情報はほとんど与えてもらえなかった。それは襲撃してきた男やスパイについても同じで、聞けばそれなりに教えてくれるがその程度だった。

 ただこれは悪い事ではなく、お陰で俺たちは余計な事を考えず、やるべきことに集中できた。っというか、もう俺たちにも時間は無く、そんなはっきりしていない事に労力を割いている場合じゃなかった。なによりアニー先生も、今は残り少ないこの時間を楽しむことを考えろと教えてくれ、マジでキツイがそれなりに青春を楽しめていた。


「はい。四名の方が既に発現させています」


 四人も⁉ 


 生まれ持ったものなのか、最近発現させたものなのかは分からないが、あっちにも既に四人が加護印を持っているという話には、意外と驚いた。


「その四名の名は教えてもらえますか?」

「それは今、私の口からは言えません。皆さんはこれから新たな仲間とチームとなります。それは友達という言葉では語れない、これから命を預け合う一生の存在です。そのためにはお互いを良く知り、教え、絆を深めなければなりません」


 先生の言う通り、ここはただの学校ではない。これから俺たちは命がけの戦いを強いられるだけに、アニー先生が自分たちで聞けと言ったのには、納得がいった。


「皆さんは絆を深めるということはあまり得意ではないですし、残された時間も多くはありません。だから彼らと出会い、沢山喧嘩して下さい。今は大分全員がこのクラスにいて当たり前という感じになりましたが、皆さんが最初に出会ったことを思い出して下さい。沢山嫌な事がありましたよね? 喧嘩もしましたよね?」


 初めてクレアとキリアを見たとき、嫌な奴だと思った。初めてアドラとパオラを見たとき、怖い不良だと思った。初めてエリックとスクーピーを見たとき、天使と奴隷だと思った。いや、それだけじゃない。初めてフィリアとジョニーと出会ったとき、リリアとヒーと出会ったとき、俺は……あれ? これ卒業式の前の教室じゃないよね? アニー先生は最初はあれだったけど、今は仲良くなったよねっていう事言いたいんだろうけど、なんか違くね? これから始まるんだよね?


 アニー先生はとても生徒想いの良い先生だ。だからこそ俺たちに分かりやすく伝えようとしているのだろう。しかしちょっと天然のせいもあり、ちょっと違う感じになった。

 

「ですが皆さん。皆さんは今、三年一組はこのメンバーだからこそ三年一組だと感じていますよね? この机は誰の。このロッカーは誰の。この場所には誰が。今はまだ完全な信頼というのは無いのかもしれませんが、この教室で聞こえる声はいつもの声。この教室で見える景色はいつもの景色ではありませんか? それを思い出し、月曜日からまた新たに一つ加えて見て下さい。最初は辛いかもしれませんが、沢山喧嘩して沢山言い合って、一杯辛い思いをして下さい。そしていつの日か、このクラスに彼らがいて当然となったとき、今のこの景色を思い出して下さい」

 

 なんかもう卒業式前という雰囲気になり、しんみりした。そして相当この教室は辛かったのか、何故かエリックがすすり泣きを始めると、リリアやヒー、パオラまで目頭が熱くなったのか、つられ始めた。


 いやちげぇから! お前ら先生に騙されんな! 言ってることは本当に良い事言ってるけど、なんだかんだ言って結局俺たち喧嘩すんだろ? って罵られてんだから!


 クラス内が卒業式のような雰囲気になったことで、クレアやフィリアまでが涙する彼らを気遣い始め、その後はもう新たに加わるメンバーどころの話で無くなり、この日のホームルームは終了した。だがどんなにしんみりした空気になろうとも鍛錬は鍛錬で、結局この日もいつもと変わらない地獄のトレーニングは通常通り行われた。


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