生い立ち
ラクリマ・ジブリール・ミハエル。彼女は三人姉弟の長女として、一般のカナダ人のもとに生まれた。母子家庭の彼女の家はとても裕福とは言えず、一番下の弟が難病を患っていたことでさらに貧しかった。また彼女自身アルビノという病気を患っており、不幸を背負って生まれて来たかのような存在だった。
そんな彼女だったが、天に愛されていた。例え貧しくとも全くそれを物ともしないほど活発で、家族想いの明るい性格を備え、さらに四大天使であるガブリエル様の未来を見通す力をも授かっていた。
しかし彼女は、生まれ持った予知の力は、言葉のように誰しもが持ちうる能力だと認識しており、母もまた彼女の性格からそれに気付くことは無く、平凡な人生を送っていた。
そんなある日、弟の病が悪化し、手術が必要になった。だが貧しい彼女の家庭ではそのような余裕はなく、弟の命は枯れ行くだけだった。
家族想いの彼女はこれに大きなショックを受け、大いに苦しんだ。そんな彼女だったが、ある夜、良く知る丘の上に向かえば弟は助かるという夢を見る。そしてその夢に従い丘に行くと、そこで彼女は法皇様に出会う。
彼女はそこで弟を助けてくれと頼んだ。すると法皇様は、彼女が法女として養子になることが条件だと言った。
法皇様もまた夢を見ていた。それはある丘の上に行くと、一人の真っ白な少女が助けを求めているというものだった。そして傍らには四大天使であるガブリエル様が佇んでおり、『私はここに、滴を落とした』と告げたという。
予知夢など見た事も無い法皇様だったが、使命にも似た思いに突き動かされやって来た丘で、正夢を体験した法皇様は、彼女こそが次の法皇だと確信したという。そしてその少女を養子にすると、彼女をラクリマと名付け我が娘とした。
この時ラクリマ、八歳の出来事だった――
「ワタッ ファックッ!」
ラクリマは貧しい家庭で育ち、アルビノという病気を患いながらも、弟を救うために大切な家族と離れ離れになって法女となった。弟は無事元気になり、実家の方もラクリマが法女様になったことで裕福となり、今では二人の姉弟はそれなりに良い学校に通っているらしい。
しかし法女様になったことでラクリマは、あれから年に数回あるかないかしか家族と会えなくなり、立場上毎日大変な仕事をする羽目になった。そのうえやはり皇室という生活は辛いようで、テレビやゲーム、スマホやパソコンなど、俺たちが初めてキャメロットに来た時と同じくらいキツイ制限がされているらしく、そんな地獄のような生活を八年以上送っているという。
それを聞くと、ラクリマをとても尊く想い、とても辛かった。なのに……
「ファックッ! バイオレット! もう一回!」
「はいはい」
「……ワッタ ファックッ!」
法女様、現在ゲーセンのユーフォ―キャッチャーでピカチュウのぬいぐるみを狙っているが全く取れず、失敗するたびに台パンをして、綺麗な英語でグラセフのキャラクター並みにファックを連発する。
「ウェウェウェ……ダミッ! オウシッ!」
英語の全く分からない俺でも、法女様はスラム育ちなのかと思うほど汚い言葉を使い、頭を抱え絵に描いたような悔しがり方をする。それこそそういう系の映画とかに出れるんじゃないかというほどリアクション豊富で、天使みたいな見た目のせいで、それはもう堕天使という感じだった。
「ラクリマ。もうこれ店員に言って買った方が早いよ?」
「ファッキューセイッ!」
バイオレットさん曰く、どうやら法女様は、リリアのような性格で、遊び好きらしい。そのうえ今まで弾圧されたような生活を送っていたせいで、日本に来ることを大層楽しみにしていたという。っというか、彼女は、俺たちが加護印が出るかどうかを聞きに来ることを予見したとき、既に俺たちにくっ付いて日本に豪遊しに来るつもりだったらしく、全ては計画済みだったらしい。
ちなみに、これも一応予言通りらしいのだが、どうやら俺たち日本チームには全く危害が及ぶことは無いようで、俺たちを日本に行かせたのはそういう事らしい。だが、クレアたちの方はマジでヤバイらしく、襲撃があるらしい。しかしこれをクリアすれば誰かとは言わないが、誰かが加護印を発現させるらしく、クレアたちには言ってはいけないと言われるあたりに、力は本物らしい。
ただ、あれだけ遊びたがっていたリリアとヒーたちでさえ、ユーフォーキャッチャー相手に、シットから始まり今やファックを連発する法女様にドン引きしている姿を見ると、俺たち日本チームの方が外れの気がして来た。
「ファックッ! オーマイガーオーマイガー!」
「ラクリマ」
「シャラッ!」
「……」
おそらくラクリマという法女様は、熱が入ると相当周りが見えなくなるらしく、遂にバイオレットさんは諦めたような顔を見せた。
「ごめんね。誰かこれ取れる人いる? このままだと一生ラクリマここから離れないから」
「…………」
バイオレットさんは、年齢は二十歳ぐらいだが、スタイルも良いし、声も良いし、優しいし、フィリアとは違いとても格好良い女性だ。そんなバイオレットさんが手を焼くほどの法女様に、最早このチームリーダーはラクリマだった。
そんな既に機嫌が悪そうな法女様の機嫌をさらに悪くするような提案には、誰も声を上げる者はいなかった。
“ど、どうしますか……リーパー……?”
“なんで俺に聞くんだよ?”
“だってこのチームのリーダーはリーパーじゃないですか?”
小声でそう聞くフィリアはズルい。そしてそうだと頷くお仲間三人もズルい。
“リーダーとか関係ねぇだろ! 俺だって嫌だよ! 相手法女様だぞ!”
言えるわけがない。ただでさえ相手はあの法女様なのに、その法女様がトレバーみたいになっているのに、『もう行きましょう?』なんて言えるわけがない!
“じゃ、じゃあ、バイオレットさんに言って、ピカチュウもらえるか店員呼んできましょう?”
“何ってんだリリア! そんなことしたら結局俺たちが邪魔したってなるだろ!”
“で、でも……”
“それに法女様はピカチュウが欲しいんじゃなくて、自分で取りたいんだよ!”
あの熱の入りようは、もうピカチュウ云々じゃない事は明白だった。それなのに今度はヒーがとんでもない事を言う。
“そ、そうです! リーパーはユーフォ―キャッチャーが得意でしたよね?”
“嫌だよ! 俺は絶対にやらないからな!”
“何故です⁉”
何故ですって⁉ そんなに驚く事なの⁉
そんな疑問にリリアが答える。
“今やらなければ何のために上手くなったんですか⁉”
“このためじゃねぇよ!”
“じゃあいつやるんですか!”
“じゃあお前がやれよリリア!”
“無理です! 法女様に後でぐちゃぐちゃにされて冷蔵庫に入れられるのは嫌です!”
グラセフの世界じゃねぇんだよ! こいつ完全に法女様の事トレバーに見えてるよ!
日本チームは既に崩壊の危機に瀕していた。そんな中、まさかの勇者が現れる。それは……
“落ち着け皆。俺がいこう”
ジョニーだ。
“ジョニー! 何を言ってるんですか⁉”
“やめとけお前! お前マジでミンチにされんぞ!”
“そうですよジョニー! ジョニー、ゲームとか苦手じゃないですか!”
“そ、そうですジョニー、ここは機を待つしかありません”
まさかの登場に、あのヒーでさえ慌てて止めに入った。しかし今行かないでいつ行くという感じのジョニーは、『任せろ』と言うと、颯爽と法女様の元へ向かった。
「法女様……いや、今はラクリマと呼ばせてもらう」
この漢、ただ者ではない。まさか法女様相手に、いきなりタメ口で、それも名前で呼ぶジョニーに、思わずそう思った。
どうやらジョニーとはここで永遠の別れとなるだろう。それほど今の法女様は気が立っておられる。それでもジョニーは果敢に攻める。
「俺が代わりに取ってやろう」
取ってやろう⁉ こいつ死ぬ気か⁉
あの礼儀正しいジョニーが何故法女様相手にタメ口なのかは、全く謎だった。しかしそれが功を奏したのか、法女様は意外な反応を見せる。
「えっ! 本当⁉」
「あぁ」
「じゃあお願い!」
「任せろ」
この時初めて、ジョニーという漢の凄さを感じた。それこそか弱い女性のピンチに駆け付けるヒーローのようで、今まで舐めていたジョニーへの印象が変わる程だった。
「……くっ!」
「惜しい!」
「もう一度だ」
「……あっ! 惜しい!」
「くっ! しかしこれで良い位置になった」
「良し! 行け~!」
「任せろ。……くっ!」
「もう少しだった。今度は取れるよ?」
「あぁ、任せろ……くっ! もう一度!」
「OKOK!」
「……くぅ! もう一回だ! ……くっ! もう一度……」
いつまでやる気だよ!
法女様とジョニーの雰囲気は良い。それどころか、頼れるジョニーの登場でトレバー法女様の機嫌はどんどん良くなる。だが全く進展はない。
「くぅ! ……済まないラクリマ。少し待っててもらえるか?」
「え? 良いよ? じゃあ私がやる」
「あぁ。少しの間頼む」
「分かった」
もういくら溶かしたのか分からないジョニーは、トイレにでも行きたくなったのか、ここで中断すると戻って来た。
「どうしたジョニー?」
「あぁ……いや、済まない。リーパー、変わってくれ」
「…………」
ん~……
「しゃあねぇな!」
「済まない」
この不毛な戦い。どうやら誰かが終止符を打たなければならないようで、とうとう俺の出番が回って来た。
ストック終わり。




