帰国
――明朝。法女様の予言に従う事にした俺たちは、それぞれの班に分かれてアルカナを出発した。
「では、そちらは任せたぞリーパー」
「あぁ……」
飛行機の準備が整い、いよいよ俺たちは別行動になる場面、クレアは既に日本へ行くチームのリーダーは俺だと思っているらしく、力強い言葉を掛ける。
「そっちも気を付けてね」
「あぁ。お互い何があるか分からない状態だ、十分に気を付けて行こう」
「そ、そうだな……」
家のじいちゃん……というか、俺の家に行くのだから俺がリーダーなのは分かるが、突然任命されたリーダーという責任には未だに慣れず、嫌だった。それに、襲撃された昨日の今日という状態だし、まさかの法女様まで一緒というのは、最早嫌がらせだった。
それなのにクレアは、なんかもう“お前は仲間の中で一番頼れる奴だ”みたいな感じで言うし、もうほんと嫌だった。
「そう暗い顔をするな。これを越えればまた一つ、私たちは英雄である私の祖母やエドワード殿に近づける。危険は付き纏うが超えていくしかない」
いや、俺は別にじいちゃん目標にしてねぇから……寧ろ悪い見本としてそうならないように生きて行こうと思ってるから……
クレアにとって、英雄のおばあちゃんというのは尊敬に値する人物らしい。だが俺は違った。それが余計にクレアの熱いエールに応えられず、ただただ憂鬱だった。
「では、そろそろ出発しよう」
「あ、あぁ……」
「健闘を祈る」
「……じゃ、じゃあ気を付けてね」
「あぁ」
クレアはおそらく、こういう状況を幾度も想定され、そうなるように育てられてきたのだろう。こんな、言ってしまえばただ友達を連れて実家に帰るみたいな状態なのに、俺に別れを告げると『さぁ行くぞ皆!』とまるでゲーム主人公みたいな勢いで声を発し、堂々たる背中にキリア達を引っ張りながら去って行った。
それはもう本当に勇者のようで、スクーピーと手を握り、普通に幼稚園に行くようなエリックの後ろ姿まで格好良く見えるほどで、無駄なクレアのカリスマ性に“カリスマ性ってなんだっけ?”っと、自分にはない華やかな才能を遠くに眺めていた。
いやアイツら分かってんの? なんか『さぁ冒険の始まりだ!』みたいな感じで行ったけど、俺たち今命狙われてんだよ? 飛行機を一歩降りればそこは地獄なんだよ?
一方……
「さぁ、リーパー……私たちも行きましょう……?」
「え……あ……うん……」
リアル組の俺たちは、かなりテンションが低かった。特にフィリアのテンションの低さは異常で、呼びかける声には覇気がなく、まるで操られているかのように搭乗口へ向かう。そして、それに続くリリアとヒーも覇気がなく、徘徊するようにその後を追う。
無理はなかった。いや、リリアたちの反応の方が正しい。俺たちは現在謎の組織に命を狙われている。そのうえ目的も分かっていないし、昨日襲われたばかり。なのに今日、警護してくれている人はいるが、いきなり日本へ俺たちだけで向えというのは、自殺行為だった。
そんな状況で、『さぁ皆行くぞ!』と言えるわけがなく、テンションどころか意識さえ混濁するのは当然だった。
それでも法女様もいるし、ここまで来てやっぱり辞めますは出来ず、飛行機に乗るしかなかった。そんな中、一人頼れる者がいた。それは……
「さぁ行こうリーパー。ここまで来たらやるしかない」
ジョニーだ。彼だけは元気なのか空元気なのか分からないが、頼れる男だった。
「大丈夫だ。向こうに着けば俺のじいちゃんもいるし、リーパーのじいちゃんもいる。それに少し遅れるが父さんも来る。とにかく家に帰ればなんとかなる。だからとにかく先ずは向かおう」
「そ、そうだな……」
ジョニーのじいちゃんは元英雄だけど、魔王を倒した後も剣術を続けていて、アルティメットなんちゃらかんちゃらとかいう格闘技や、アーマーファイトなんちゃらかんちゃらとか、武器も鎧もパンチもキックも投げも何でもありのなんちゃらかんちゃらとかいう大会で世界チャンピオンになっていて、とにかくめちゃくちゃ強い。そしておじさんも強くて、なんちゃらかんちゃらとかいうか、なんか鎧着て戦う元世界チャンピオンで六連覇とか七連覇とかしていて、武術の“ヴィニシス先生”がレジェンドとかいうほどで、ほとんど無敵とか言われているぐらい強い。
それにあれだけど、家のじいちゃんもいるし、実家に行けば間違いなく俺たちは安全だ。だが、ジョニーがとにかくとにかく言っているのを聞いて、ジョニーも正直不安しかないのだろうと思うと、なんだか余計に不安になった。
それでもジョニーの気遣いを無下にするわけにもいかず、とにかくアルカナの人を信じて、頑張って俺たちは飛行機に乗った。
飛行機の旅は凡そ十二時間。その間俺たちは意外と快適な時間を過ごした。そして日本に着く頃には久しぶりの故郷に、俺たちは時差ボケなど無かったかのように明るい表情になっていた。
そんな感じで北海道の千歳空港に到着して飛行機を降りると、空気や匂い、景色や気温にすっかりアルカナで起きた事など忘れたように元気になり、あちらこちらに見える日本語や聞こえてくる会話に、帰って来たというなんだか凱旋したような気分になっていた。
「おぉ! 流石北海道ですね! やはり北海道は最高です!」
時期的に秋の訪れを感じさせる景色は、これから冬に向かうどこか寂しさを感じさせたが、それでもこの地で生まれ育ったリリアの言葉に、同じような気持ちになった。
「それよりも早く“汽車”に乗ろうぜ? やっぱまだ不安だわ。先ずはどこか目立たない場所に行こう」
「そうですね。いくら日本が安全な国だと言っても、私たちが狙われているのは事実ですから」
キャメロットにいて外国人ばかり見ていたせいか、日本人ばかりの空港はとても安心できた。しかしフィリアの言う通り、俺たちが狙われているのは事実。いくら守ってくれる人たちが他人の振りをして周りにいるとしても、不安は拭えなかった。
「そうだな。一度駅に降りよう。駅は地下にあるから、ここよりかは目立たない」
「そうだな。案内してくれジョニー。俺たち千歳空港なんてほとんど来たことないから」
「分かった」
フィリアもそうだが、ジョニーも結構大会やなんやかんやで千歳空港をよく利用している。こういうときはやはりジョニーは頼りになる。
「あぁ。だが気を付けろ皆。俺たちが日本育ちだとしても、見た目は完全な外国人ばかりだ。いくら地下に降りて人目を避けても、俺たちはそれだけで目立つ」
……あっ⁉ ホントだ⁉
俺は間違いなく日本人! そう言い切れるほど日本しか知らなくて日本語しか喋られなくて、北海道が好きだ。しかしそういう俺でさえ見た目は完全な日本人ではなく、それ以上に見た目は外国人ばかりの集団に、既に俺たちは完全に狙ってくれというような危機的状況だった。
そんな危機的状況でも、既に日本に帰って来たことで気が大きくなってしまっているリリアは、平然とふざけた事を言う。
「まぁ落ち着いて下さいジョニー。確かに私たちはそう見えるかもしれません。ですがここは北海道です。東京ならいざ知らず、このアイヌの地で私たちに戦いを挑もうとする人などいません」
アイヌという言葉を出されたせいか、全く根拠は無いがまるで雄大な大自然が俺たちの味方をしてくれているようで、なんだか大丈夫な気がして来た。ただ、東京には行ったことは無いが、そんなには危なくないだろうと思うと、リリアは一度東京の人に怒られれば良いとも思った。
「ですが……」
「大丈夫ですよフィリア。私たちの周りには、あのアルカナで選ばれた精鋭部隊が身を潜めているんですよ? どうですかフィリア? フィリアには誰が精鋭部隊の人か分かりますか?」
「そ、それは……そうですけど……しかしリリア。今の状況を分かっていますか?」
「それにこれもあるんですよ?」
そう言いうとリリアは、アルカナを出るときに渡されたスマートウオッチを見せた。
これは最新鋭のスマートウォッチみたいなスマートウォッチらしく、これを付けていると俺たちが誘拐されても位置は常に把握できるし、いざとなれば会話もできる。それに体温や脈拍まで分かるらしく、なんかSFに出てくる凄い奴らしい。
「そうですけど……」
「分かっていますよフィリア。ですが本当にそれで良いんですか? これは試練なんですよフィリア。何のために私たちは日本に来たんですか?」
「そ、そうですけど……」
リリアは異常に気持ちが大きくなっている。そう取れる発言だが、リリアもバカではない。きちんと自分が置かれている状況を理解し、それでもなお危険を承知で言っている。だが、これだけ危険な事をリリアが言っても、ヒーが全く反論しないところを見ると、この二人の魂胆ははっきりと分かっていた。っというかフィリアも気付けよ! 実はお前が一番ヒヨってんじゃねぇの⁉
頭が良く、二人の事を良く知るフィリアが、まさかリリアに簡単にねじ伏せられているのを見て、このチームはもう終わっていると思った。
「おい。買い物はしねぇぞ」
「ええっ⁉」
「ッワッ⁉」
「え?」
リリアとヒーが『折角来たんだから買い物して行こう!』と言うのは分かっていた。しかしそれよりも驚いたのは、何故か俺が買い物はしないと言うと、リリアたち以上に法女様が驚いたように声を上げた事だった。
「私たちは安全よ! だから買い物はしないとダメだよ!」
『え?』
突然法女様が声を上げたと思ったら、突然猛烈な日本語で俺に迫って来た。これには買い物したいと言っていたリリアたちでさえ硬直してしまい、訳が分からなかった。
「先ずマック! Let’s goザ メッダッ~ノ!」
「え?」
メ、メタ~ノ? 何語?
「それからエミューズメンッターケー、POKEMONセナー、Bikkuriメェンチョコレー……」
物凄い英語。突然起きた法女様の啓示に、何を伝えたいのかが良く分からなかった。それこそポケモンセンターやらビックリマンチョコレートとか聞こえる始末で、俺には法女様の有難い言葉が全く理解できなかった。
そんな俺たちの動揺を察したのか、法女様の警護のバイオレットという名前のお付きの女性が、事態を収拾してくれる。
「ラクリマ。先ずはラクリマの事を説明しないと、皆驚いて何もできないよ?」
「え?」
「それに日本語で話さないと駄目だって言ったでしょう?」
「あ……そうだった……ソ~リ~」
軽っ⁉
驚きの連続で、この後しばらく俺たちは、法女様を理解するのに時間が掛かった。
法女様の発音は本場の英語です。ですが、リーパーにはこう聞こえていたということでカタカナにしました。