事件
白い柱、茶色い座席、赤い絨毯。高く吹き抜けた天井には絵画が描かれ、天使のような彫刻は礼拝者を祝福するように見つめる。長い絨毯の先にある祭壇には大きな女神像がステンドグラスを背景に佇み、金色の窓枠が神々しさを増す。
法女様と面会するために招かれた聖堂は、俺が予想していた以上に広く、ちょっと埃臭さを感じさせる、バイオハザードとかに出てきそうな教会という感じだった。
「前の方から順にお座り下さい。間もなく法女様が参られます」
ゲームとかだと、こういう時は先ず法女様が先にいて、そこへ俺たちがやって来て会話という感じだが、現実はそんな夢をぶち壊すようで、聖堂に入って行くと処刑人みたいな黒頭巾とマントを羽織った、ヤバそうな謎の組織にいそうな人たちが警備をするように配置されていて、祭壇にはなんか神父様的だけど超金持ちそうな人が二人立っているだけ。そしてそこに俺たちがキャメロットから警備してくれる人たちとぞろぞろ入っていき、映画でも見るように適当に前から座る。そしたら後は法女様が来るまでそわそわしながらただ待つ。
もうキャメロットを出る時点……というか、初めからRPG的要素など魔王以外一切ない学園生活だったが、昨日の夜“なんかちょっとゲームみたいだ”と寝る前思っていた自分が愛おしくなるほど現実的な現実に、なんか面倒くさい式典に参加している気分だった。
そんな台無し気分で待っていると、やっと法女様が来たようで、俺たちが入って来た扉が開く音が聖堂に響いた。しかしここでも現実は非情で、扉の方を見ると先ず処刑人みたいな黒ずくめの人たちが二列になり行進してきて、次に法女様の世話係的な位の高い聖魔導士みたいな人たちが入って来て、さらに今度こそ本物だ的な魔導士みたいな人も入って来て、その次にやっと法女様が入って来た。そしたらその後ろにも同じような感じで色々入って来て、結局最後は人だらけになった。
ちなみに、法女様だと直ぐに分かったのは、一人だけ白銀とはこの事だと思うほど白い衣装に身を包み、神器みたいな金ピカの錫杖を持っていたから“絶対あれ”だと分かった。
法女様は俺たちと同じくらいの年齢の女性で、とても気品がある綺麗な顔立ちをしている。髪はさすが法女様というほど透き通るような白い髪をしており、肌も眉毛も白い。そして瞳の赤い色が妖艶さを醸し出し、なんか物凄い力を持っているような偉大さがあった。
そんな法女様の登場に、これでやっと法女様の話が聞けると思っていたが、まだまだ準備があるようで、時間が無いって知っているはずなのに、祭壇に上がる前に儀式みたいになんか色々取り巻きが法女様にして、その後に法女様も祭壇に上がると後ろの女神像に祈りを奉げるような事をして、最後に先に壇上にいた二人の神父様みたいな人がモチャモチャっとして、ようやっと会話へと進んだ。……と思ったら、何故か神父様の方が喋り出した。
「ガブリエル様の導きの元、この良き日に……」
俺たちはただ法女様に、加護印が出るかどうかを占ってもらうためだけにここへ来た。なのに何故か大統領並みの車列を作り、何故か神父様の説教を聞いている。訳が分からなかった。
「人類は天上のご加護をその身に宿し……」
長い。とにかく長い。もう目の前には法女様が見えていて、ちょっと大きい声で呼べば聞こえるくらい近くにいる。なのに長々とどこの誰だか知らん叔父さんの話を聞かされ、時間だけが過ぎてゆく。苦痛だった。
それでも何とか苦痛に耐え抜くと、やっと法女様の元へ辿り着き、やっと法女様の番が回って来た。
長ったらしい説教で俺たちの精神力を削り取った神父様が壇上を去ると、黒ずくめの処刑人みたいな人たちをバックに、法女様が中央に立つ。そして法女様は何かを確認するかのように俺たちの顔を一人一人確認し、俺と目を合わせると優しくも哀しそうな眼差しを向けた。
それはほんの数秒ほどだが、この時俺はドキッとした。不思議な力を持つという情報を持っていただけに、この眼差しからは言葉のような意思を感じ、何かを伝えていたと思ったからだ。
しかし法女様は言葉を発することは無く、そのままゆっくり左に視線を送り、おそらくクレアの事を見つめた。
これには多分法女様は、三大神の聖刻を持つ子孫である俺たちを先ず知ろうとしているのだと思ったのだが、クレアを見つめたと思った矢先、突然法女様が驚いたような表情を見せたと思ったら、いきなり血相を変えて叫んだ。
「キャッ〇△□×ッ!」
このどこかの外国語での法女様の叫び声には、朝からずっと続く訳の分からないイベントのせいでまた何かのイベントかという思いがあり、俺は全く危機感が無かった。そのせいで“何かな?”という感じで法女様が指さす方を見るほど油断しており、緊急事態が起こっていても全く反応が出来なかった。
視線を向けると、キャメロットから護衛してくれていた一人が俺たちに向けて手のひらを向けていた。その手は光り輝き、魔力を込めているようだった。
その状態でも俺どころか、視界に入るフィリアやクレアたちでさえまだ何が起きているのか理解していないようで、ただそれを眺めていた。だが光り輝く手がより強く光を発すると、本能的に俺たちを攻撃しようとしていると咄嗟に感じ、それと同時に胃が上がるようなぞわっとする嫌な感覚がした。
それでも俺たちはまだ反応できずにいた。その次の瞬間だった。本当に写真のシャッターのように、一瞬アドラが涼しい顔でFFの主人公が使うような大きな剣を片手で振り下ろし、手を向ける人を切ろうとしている絵が見えたと思ったら、黒い影が視界を塞ぎ、強烈な爆発音が響いた。
それは暗闇の中感じる衝撃と強烈な音の暴力で、自分が今どうなっているのかも分からないまま体中に何かが圧し掛かる感覚だけがした。そしてその後『伏せろっ!』という声や『動くなっ!』という怒号の声と共に爆発音が何度もし、火薬のような臭いと煙が鼻を劈く異常事態へと発展した。
もう本当に訳が分からなかった。耳鳴りのせいで音も良く聞こえず、目を開けても煙と誰かが圧し掛かっているのか視界は暗く、異臭のせいで鼻も利かない。体も自由が効かず、圧し掛かる重さが体に痛みを与える。
そんな中、やっとフィリアの『危ないからこのまま動かないでっ!』という声だけが聞き取れ、とにかく指示に従い蹲っていた。
そんな時間がしばらく続くと、今度は突然無理矢理体を引っ張り起こされ、正に連行という感じで強引に俺たちは別室へと押し込まれた。そこでようやく苦痛から解放されると、次の指示が飛ぶ。
「皆さん、先ずは落ち着いて下さい。ここに居れば安心です」
こんな状況でもとても落ち着いて話す処刑人みたいな人は、顔は見えないが優しく座り込む俺たちに大丈夫だと言う。しかし部屋の中には一緒に左側に座っていた俺、リリア、ヒー、フィリア、ジョニーしかおらず、外は依然騒がしく、部屋中はたくさんの処刑人みたいな人だらけで、とても落ち着ける状況じゃなかった。というより、あまりにも突然の事で、未だに理解できずに放心状態だった。
「怪我を負った方はお知らせ下さい。どこかお怪我をなされた方はいますか?」
処刑人みたいな人はそう尋ねるが、何が何だか分からない俺たちはポカンとしており、痛みなどあっても分からない状態だった。唯一の救いは、見た目はあれだけど処刑人みたいな人は優しく、とても落ち着いていたお陰で、俺たちはパニックにならずに済んだことくらいだった。
そんな状態の俺たちに、処刑人みたいな人は色々怪我をしていないか確認してくれて、大丈夫だったようでその後はさらに奥の部屋へ案内され、そこで離れていたクレアたちとも無事合流出来た。そしてそこで温かい飲み物を出されて今起きた事を徐々に理解し始め、しばらくリリアたちの泣き声が聞こえる中、俺は身震いに襲われていた。