魔法の授業
魔法室。そこは魔法の授業をするために作られた教室で、不意の事故による爆発にも耐えられるほど頑丈なコンクリートで作られている。室内は教室というよりどこかの倉庫という感じで薄暗く、冬は地獄のように寒い。が、ここはキャメロット。どこぞの田舎の学校とは違う。
高い天井、煌びやかなライト、完璧な空調、そして爽やかな匂い。そこはまるでプロ野球選手が練習するような屋内施設で、もうなんかのテーマパーク。甲子園の土みたいなめちゃくちゃ良い土の地面には、クラリッチ(ボールを使う魔法競技)のコートラインが敷かれ、スピーカーや音響設備の整った二階にはVIP席まである観客席が並ぶ。
この日、俺たちは初の魔法の実技授業のため、キャメロットの超豪華な魔法室にいた。
「え~、それでは、これより魔法の授業を始めたいと思います。初めまして、私は魔法授業の担任を務めます、趙浩然という者です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
魔法の授業の先生は、名前からどうやら中国の人らしく、二十代後半くらいの黒髪の綺麗な女性の先生だった。
「そしてこちらは、本日特別生徒として参加します。キャメロット第二王子の、イーサン・ウリエル・アーサー・キャメロット王子……」
出た! またあのムキムキ王子が参戦してきた! この人どんだけ暇なんだよ!
教室に入ったとき、魔導士とはとても呼べない体格の人物に驚いたが、どうやら魔法が得意というかは、余程暇か俺たちと仲良くしたいようで、イーサン王子の再登場に少々困惑していた。しかしそれ以上に気になったのが、その隣に並ぶどこかで見た事がある金髪の超可愛い少女だった。
「と、キャメロット第三王子の、フラヴィ・ウリエル・アーサー・キャメロット王子です」
王子⁉ ……あ、そうだった! 確か前来た時夕食のときにいた!
フラヴィ王子だけは前回来たときには部屋には挨拶に来ず、夕食のときに会っていた事を思い出した。そして王様の子供は全部王子だったという事も思い出し、あの超可愛いお姫様が男なのかと驚いたがそんなわけはなく、言葉って難しいねと胸をなでおろしたことも思い出した。
「既にイーサン王子については先の授業で面識があると聞いていますので、ご紹介は割愛します」
良いのかよ! 一応王子だよ? 先生大丈夫なの?
おそらく先生はかなり偉い立場の人のようで、平然とイーサン王子の説明を省いた。それでもイーサン王子は文句も言わず、よろしくという感じで軽い会釈をした。
「それではフラヴィ王子。皆様方にご挨拶をお願いします」
「はい。私はフラヴィ・ウリエル・アーサー・キャメロットという者です。本日は未来のご英雄様と少しでもお近づきになりたく参りました。授業の邪魔になるような事は致しませんので、どうぞよろしくお願いいたします」
身長はリリアたちよりは大きいがそれでも小柄で、年齢は俺よりも下。そして非常に可愛らしく、正にお嬢様という感じに、こちらこそぜひよろしくお願いしますという感じだった。
「お二人は、日頃私が指南させて頂いていますので、授業に関しては問題ありません。それにフラヴィ王子はとても魔法の扱いに長けているので、良き先輩として模範にして下さい」
体格的に運動は苦手そうなフラヴィ王子だが、先生の言う通り魔法に関しては上手そうで、魔法は全くの不得手の私としては、是非ともご教授願いたかった。
「それでは、これより授業を開始したいと思います。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
こうして始まった魔法の授業。しかしこの流れから行けば、当然魔法の使えない俺は基礎中の基礎からのクラスとなり、間違いなくスクーピー班に振り分けられて終わるのだなと覚悟した。が、やはり魔法は楽器以上に人を選ぶと言われるだけあって難しいらしく、そのまま先生は基礎的な授業を開始した。
「それでは先ず、この中に魔力が見えると言う人はいますか?」
稀に、魔力やその流れを目視できる人がいると言うのは聞いたことがあった。これはオーラと呼ばれ、その色や流れからその人の体調が分かると言う。だがそれは超稀な能力で、最初の質問でそれを聞く先生に、俺たちに期待し過ぎじゃないのかと思ったのだが……
「はい」
「はい!」
「あい!」
ここでいきなり三人の天才が現れた。クレア・パオラ・スクーピーが手を上げ、場内がざわつき出した。しかしスクーピーは違ったようで、エリックが慌てて止める。
「スクーピー、これは手を上げる練習ではありませんよ?」
「あい」
「スクーピー、魔力が何か分かりますか?」
「……う~……あい!」
「あ、先生。申し訳ありませんが、スクーピーは違いますので、続けて下さい」
「分かりました」
どうやらスクーピーは、クレアとパオラが手を上げたから手を上げたようで、魔力が何か聞かれて迷った挙句手を上げる姿に、エリックは呆れていた。しかしそれはそれで可愛いので、何も問題なく授業は進む。
「ではクレアさん、パオラさん。お二人はどれくらい魔力を見ることができますか?」
「はい。私は集中すればその人から流れ出る魔力が見え、色まで見えます。他にも調子が良ければ空気中を流れる魔力を目視する事ができます」
「おお! それは素晴らしい! クレアさんは十分才能があります!」
「ありがとうございます」
流石クレアと言うしかなかった。魔力が高い高魔と言われる人種のリリアとヒーでさえ見えないのに、それを目視できるというクレアは、正に英雄の子孫に相応しい人材だった。
「ではパオラさんは?」
「私は、いっつも見えてるよ」
「いつもですか?」
「うん」
「それはどれくらいですか?」
「う~ん……う~ん……う~ん……」
パオラ全く返事が無い。パオラは頭が悪いわけじゃないが、こういう表現は苦手なようで、ずっと唸っている。
「色とかでも良いので、何か伝えられますか?」
「う~ん……なんか虹色? みたいな? アドラはいっつも赤いよ?」
いや赤は人間が出す色じゃないから! だから高魔族を紅魔族とか言う差別用語あるんだから! 何兄貴を化け物みたいに言ってんの⁉
赤い魔力は悪魔の力と言われるほど危険な魔力らしく、人間はもちろん生物は皆青い魔力を放つらしい。ちなみにリリアたちも魔力を高めると目は赤くなるが、魔力は普通の人と変わらないらしい。実際それが原因で、昔は魔女狩りがあったらしいが、今では科学的に根拠はなく、高魔はエリートと言われている。
「それに、コンタクト取ればもっと見えるよ?」
「そうなんですか。それは素晴らしいです」
「うん」
「分かりました。ありがとうございますパオラさん」
「うん」
あ、パオラ目悪いんだ……コンタクトしてるの初めて知った。
パオラのプチ情報にちょっと驚いたが、兄を化け物呼ばわりしてもパオラの言う事に嘘は無いようで、先生は諦めたのか納得したように頷いた。
「それでは皆さん。これからこちらで用意した眼鏡をお渡しします。こちらは今お話にあったように、魔力を目視できる眼鏡です。これを掛ければクレアさんやパオラさんが見ている同じような景色を見ることができます」
そう言うと、先生の周りにいた助手のような先生たちが、俺たちに眼鏡を渡した。
「さぁどうぞ。眼鏡を掛けてみて下さい。そしてお隣の方を見て下さい」
先生に渡された眼鏡というより、ゴーグルに近い緑がかったレンズの眼鏡を掛けると、言われるがまま隣にいたリリアを見た。するとリリアの体から湯気のように立ち上る魔力が見えた。
「おぉ! これが魔力か! リリアから出てるぞ!」
「本当です! リーパーからも出てますよ! なんか汗臭そうな湯気が!」
「お前もな」
色までは見えないが、確かにリリアの言う通り立ち上る湯気は、冬に汗をかくほど動いた後のようで、汗臭そうだった。
「私のは臭くないですよ! 見て下さい! ほら!」
「おお!」
リリアは余程汗臭そうと言われたのが嫌だったのか、魔力をコントロールして立ち上る湯気を綺麗に体に留めた。
「それどうやったんだ? 教えてくれ!」
「手に集めるのと同じ感じで、体全体にするんですよ」
「なるほど。よし!」
魔法は使えないが、一応日本の授業でもあっただけに、それなりにコントロールするやり方は知っていた。
そこで授業で教えられたように、立ち上るオーラを封じ込めるイメージでやってみたのだが、どうやら俺が教えられた先生の教え方が悪かったのか、上手くいかない。だって仕方ないじゃん! 俺魔法の成績一だし!
「どうだ!」
「何も変わってません。ただ汗臭いままです」
「ただはいらねぇだろ!」
日本では、というより、日常生活において魔法など使えなくても何の問題も無い。そのため魔法の授業はほとんどが知識を教えるだけで、音楽よりも意味の分からない授業だ。それこそ魔法を覚えようとするのは、将来そういった職業を目指す人くらいで、俺が出来ないのは普通だった。だがこのクラスではそれは通用しないようで、驚くべきことが起こる。
「それよりもリーパー。早く魔力をコントロールした方が良いですよ?」
「出来ねぇんだよ!」
「そんな事言ってて良いんですか? 皆もう安定させてますよ?」
「えっ⁉」
そう言われ周りを見ると、スクーピー以外のアドラを含めた全員のオーラが安定していることに気付いた。
「あらら。どうやらリーパーはスクーピー班みたいですね?」
くそっ! なんでこういう思考は一緒なんだよ! くそっ!
その後、結局いつもの班に分かれての授業となり、俺はやっぱりスクーピーと二人きりのスクーピー班行となった。