クレアの答え
クレアたちとの仲直りのために開かれたクラス会。しかしそれは俺が思っていた物とは全く異なったものだった。キャメロットにある講義室で行われたクラス会は国会の様相を呈し、熱い議論が交わされ遂には裁判へと発展する。そしてフィリアが俺たちの罰をクレアたちに任せた事で、ここでいよいよ真打が登場する。
「どうぞクレアさん」
「はい」
今まで発言をせず参加してこなかったクレアだったが、この重要な場面での発言を許されるあたりに、やはりあの中では一番権力があるようだった。
「まず初めに、訂正願いたいことがあります。それは、先日私とリーパー・アルバインによる口論があったという旨のお話ですが、これは私が一方的に彼に不満をぶつけただけであって、決して言い争うというようなトラブルではありません。そのため、今回の件に関しては私に全責任があり、リーパー・アルバイン殿には一切の責任はありません。私の不徳の致すところにより、このような事態にまで発展させたことを深くお詫び申し上げます」
クレアは事実を述べ、自分に責任があることを認めて頭を下げ謝罪した。これには会場はきちんと自分の非を認め謝罪するクレアに、素晴らしいと感心したような空気が流れたが、既にクレアの性格を見抜いていた俺だけは、流石としか言いようが無かった。
クレアは、家柄のせいか周りの、特に自分に対して評価をしてくれるような有益な大人に対して良い印象を与えようとする。それは、俺の部屋に来た時のような周りにも聞こえるインターホン越しの会話や、レストランで飲み物が来てから騒ぎ出したことから何となく理解できた。そして今この場での俺に対して殿と呼んだことで、それがはっきりとした。
おそらくクレアは、幼い頃から英雄の子孫として恥じないよう生きるために厳しく躾けられているからそうなったのだろう。だからそれに対して俺はどうとも思わない。クレアは見た目も良く、後輩や元同級生にも慕われているようで、俺としても良いお嬢様という印象を持つし、なんだかんだ言っても理不尽な理由で相手を蔑まないから、寧ろ仲良くなれば良いやつだと思う。だけどそれ以上に短気なところが嫌いと言える要因だった。
三秒ほど頭を下げ謝罪を終えたクレアは、顔を上げるとそのまま答弁を続ける。
「次に、フィリア嬢よりの謝罪、誠に感謝致します。フィリア嬢のお話にありましたように、その点につきましては、私は不服であり、それが原因で大変卑劣で蛮行な態度を取ってしまったと断言できます。これについても大変申し訳ありませんでした」
再び頭を下げ謝るクレアは、大変英雄の御子息らしい、立派なご息女だった。それは書記官すら手を止めるほどの光を放ち、もはやクレアがこの裁判の主役だった。
それほど素晴らしいクレアに、リリアまでまさかの洗脳にかかり、なんか俺が悪者のように見つめてくる。
違うから! お前騙され過ぎだから! お前あれ見たら絶対そんな目できないよ!
恐ろしきクレアの力に、底知れないパワーを感じ、もしかして今日から俺は嘘つきと呼ばれるんじゃないかと不安になった。
そんな俺を他所に、全ての布石は敷き終わったのか、クレアがいよいよ俺たちの罰について口を開く。
「さて、それではそちら側に言い渡す罰についてですが」
これだけ完璧に布陣を完成させられた後の断罪は、それはもう恐ろしさしかなく、あのスクーピーが処刑人に見えるほどだった。
しかしクレアの答えは意外だった。
「特にはありません。ですが、代わりにクラス、及び授業に関しての変更を求めます」
意外な答えに、俺たちだけではなく、先生までもが感心したように驚いていた。
「一つ、土曜日の登山の授業は必修科目にする事。二つ、クラスの席替え。の二つです。ちなみに、二つ目の席替えについては、時期、位置等について、私の独断での決定を承諾して頂きたく思います。以上です」
思わぬ提案には、正直クレアの懐の深さを感じてしまった。しかしあのクレアがたったこれだけの理由で許してくれるとは到底思えず、何か裏があると勘ぐった。
「これについて、日本チーム、答弁をお願いします」
これにはさすがにフィリアたちも裏があると思ったようで、先生からの指名が掛かると、フィリア側からコソコソ話が始まり、リリアを通して内容が俺の元までやって来た。
「フィリアが、これで本当に良いのかと聞いているようです」
「え? 良いって聞かれても……」
「なんでも、これは元々クレアとリーパーの喧嘩から始まった話だから、リーパーがそれで良いならそれで答えるって言ってましたよ?」
「えっ⁉ そんなの俺が勝手に決めても良いのかよ?」
「そう言われましても……ジョニーはそう言ってたから……」
リリアもただ伝えられただけだから、どうしたら良いのか分からないようで、あくまで判断は俺に任せると言う。そこで確認してもらうために、フィリアへの伝言を頼んだ。
「じゃあフィリアに聞いてくれ。それで本当に良いんだなって。本当に良いなら俺はOKだって伝えてくれ」
「分かりました」
俺が確認を求めた事で、再び伝言ゲームが始まった。そしてフィリアに辿り着くと、フィリアは最後にヒーと何かを確認し合ってから手を上げた。
「はい」
「どうぞフィリアさん」
先生が言えって言ったにも関わらず、律儀に手を上げてからフィリアは立ち上がる。
もうそれ良くね? 一つ条件に言っとけば良かった。“次からクラス会を開くときは、挙手制は止めよう”って。
「お答えします。席替えについては、異論はありません。しかし登山の授業については、アニー先生の判断に委ねられますので、私共の独断では判断できません」
流石フィリア。クラスのルールに関しては“自分たちで考え判断を下す”と言われている以上俺達でも決められるが、授業に関してはあくまで俺たちは教えられる側だから何とも言えない。
細かな気配りをするフィリアには、なかなかの手腕を感じた。
それを受けて先生裁判長。皆の視線を集めて、納得したように頷き、結論を言う。
「三年一組は、全てにおいてスローガンは適用されます。故に授業の内容はもちろん、教室内の全ては、生徒である貴方たちの法の元に存在します。依って審判を下すのは生徒である貴方たちです」
まさか授業の内容まで決定して良いとは驚きだった。それほど俺たちが独自で判断して決定するというのは重要な事らしく、阿保な俺でも先生が第一に何を俺たちに教えたいのか理解した。
すると全員がその熱意を感じ取ったようで、フィリア、クレア共に“異論はない”と答えると、長かった答弁は終了した。
「それでは、これで第一回三年一組による、クラス会合は終了致します。二時限目は普段通り教室で行いますので、皆さま教室でお待ち下さい。閉会!」
ここで先生はやっと持て余していたハンマーを嬉しそうに叩くと、クラス会は終了した。
これにより俺たちはやっと一つ垣根を超え、クラスとしてまた一歩英雄へと近づいた。そう思っていたのだが、やはりまだまだクレアたちとの溝は深いようで、ちょっとずつ距離を縮めて行かなければいけないようだった。