借金取り
ある日の事だった。
“次のニュースです。WSOは、近年多発する異常気象や、地震や火山の噴火による天災の原因を調べるために、インドにあるパンゴン湖に、研究員を含む二百人規模の調査員を派遣する事を発表しました”
その日、俺は学校から帰宅して、いつものようにじいちゃんと夕食を食べながらニュースを見ていた。
「WSOって、魔王の事調べてるやつでしょ、じいちゃん?」
「あ~? そうだ」
「あれ? インドってじいちゃんが最後に魔王倒したのもインドだよね?」
「そうだ」
じいちゃんも年のせいか、自分にめちゃめちゃ関係ありそうな話振ってんのに、全く興味なさそうに返事をして沢庵を頬張る。
普通、ちょっと自慢気に『WSOには知り合いがいる』とか『あの時は大変だった』とか武勇伝的に語らない?
WSOは、世界安全だか安定だかなんたらとかいう機関で、要は五百年に一度復活する魔王を常に監視し、なんかあったらその対策をするとかいう機関だ。じいちゃんが元英雄であることを知ってからそれなりに知るようになって知ったが、歴史とか世界の仕組とかそういうのはいまいちよう分からなくて、俺も何となくしか知らない。
“WSOは、近年多発する災害は、龍門の活動による可能性があるとして、魔力の噴出量や点穴の大きさなどを調べるようで、六か月ほどの調査期間を予定しているそうです”
龍門とは地球の気とか魔力みたいなのを噴出する場所の事で、魔王は世界中にある龍門のどこかから出現するらしい。そして魔王が出る場所はその気みたいな物が異常に多く出るようで、その気みたいな物は悪い影響を辺りに与え、生物が触れると感染して狂暴になって、ゾンビみたいになるらしい。ちなみに点穴は、そのT-ウィルスみたいなのが噴出する穴の事らしい。
「WSOが調査するくらいだから、やっぱ魔王とか関係あんのかな?」
「え~? ある訳ないだろう?」
そう言ってじいちゃんまた沢庵をボリボリ頬張る。じいちゃん歯が少ないけど沢庵大好き! 塩分の摂り過ぎに気を付けてよ!
「でも最近洪水だとか水不足だとか世界中で起きてるじゃん。それにコロナもそうだし、戦争だって起きてんじゃん。ネットでもこれはもしかしたら魔王復活が近いんじゃないとか言われてるし、もしかしたらあるかもしれないよ?」
「え~? そうだな。そうなったら若い連中が何とかするだろう」
じいちゃん全く興味なし! ちょっとは自慢話くらい聞いても良い気分なのに、そんな孫をスルーするほど我関せず!
「え~? そうなったらじいちゃん行かないの? 元英雄なんだし」
「……」
俺がそう言うとじいちゃんは無言になり、突然テレビのチャンネルを旅番組に変えた。
「函館か……イカが美味そうだな」
じいちゃんが不機嫌になったような感じはしなかった。だけどその態度からは完全にその話はもうするなみたいな雰囲気がプンプンで、その時超直感が働き“あ~多分父さんの事とかあるから嫌なんだな~”と感じ、俺もその話を止める事にした。
そう思い、話題をテレビに合わせて切り替えようとしていると、珍しくこんな時間に生い先の短い家の年季の入ったチャイムが鳴った。
“ンポ~ン”
「ん? リリアたちか?」
まだ明るい夕食時だが、こんな超田舎にはこんな時間に宅配が来ることなど滅多になく、じいちゃんも来る輩は大方予想できたため俺が出迎えに席を立った。
「はい、どちら様ですか?」
どうせ幼馴染の双子の姉妹が下らない用事で遊びにでも来たのかと思い、冗談半分で丁寧な言葉で扉を開けた。するとそれが運良く、扉の前に立っていたのはリリアたちではなく、サラリーマンみたいな人で恥をかかずに済んだ。
「アルバインさんのお宅ですよね?」
「あ、はい……」
「エドワード・アルバインさんは居られますか?」
「え……あ、はい。今呼んできます」
黒いスーツを着て、高そうな鞄を持った三人のサラリーマンみたいな人たちは、特に怖そうな感じはしなかった。だが借金の件もあるし、こんな時間という事もあって、絶対良くない来訪者だと思った。
それでも出ちゃった以上どうしようもなく、茶の間でボリボリ沢庵を食っているじいちゃんを呼びに行った。
「じいちゃん。じいちゃんにお客さんだって」
「あ~?」
背中を丸めながら案の定ボリボリ沢庵を食っていたじいちゃんは、そう返事をすると何故かそのままごはんを口に入れ、何事も無かったようにちょっと噛んでから箸を置いてやっと立ち上がった。
そしてやっぱり良くない来訪者なのか、じいちゃんは俺に内容が聞こえないようにするかのように茶の間と玄関の仕切り扉を閉めた。
参ったね~、絶対取り立て! いよいよその時が来たの?
じいちゃんは……いや、じいちゃんも含め、リリアんちも、フィリアんちも、全てを打ち明けるまで家に借金があることを上手く隠していた。それに、じいちゃんは結構物も買ってくれたし、今までこういう事もあったかもしれないけど俺は知らなかったから、家はボロくても貧乏だと思ったことは無かった。
何よりじいちゃんは、“物は良い物を使った方が良い”という職人みたいな考えの人だったから、買ってくれる物も結構凄くて、小学校の頃に買ってもらった自転車なんてスーパーカー自転車って言う超カッケー自転車買ってくれたり、パソコンだってパリピみたいに虹色に光るゲーミング用のやつに、さらにスポーツカーについてるやつみたいな椅子までセットで買ってくれたりしてたから、寧ろ裕福な方だとさえ感じていたくらいだった。
しかし現実は厳しいようで、借金がありながらも俺のために散財していた事で遂に限界が来たようで、俺はいよいよ今日の夜から布団無しで寝なければならないのかと、心臓がバクバクしながらじいちゃんの帰りを待った。
するとしばらくして戻って来たじいちゃんは、『早く飯を食え。お客さんが待っている』と言い食を急かし、食べかけのご飯の上に沢庵を乗せてお茶を掛け、侍の如し勢いでかき込み出した。
そんなじいちゃんを見て、余計に不安になり飯も喉を通らなかったが、借金取りの人を待たせている以上、食わんともっとマズい状況になると思い、何とか平らげテーブルの上を片付けた――