ゲーム開始
「すまん皆! 勝手な約束しちゃって! 姉さんも済みません!」
父さんと始まった命がけのゲーム。ルールはいたってシンプルに、一対一で戦う団体戦。俺たちは二勝二敗に、父さんたちは三勝すれば勝ち。
この戦いに俺たちが勝利すれば、アレックスの組織はマフィアから手を引くという条件により行われる事となったのだが、全ては俺の独断で決めてしまった。
「気にするな、モチロン・マックス。これほど簡単な条件となるなら、上出来だ」
「だけど姉さん、向こうはかなり強いですよ」
正確な強さまでは分からないが、キリア達全員は俺たちよりも聖刻レベルは上だった。特に父さんに至ってはそのレベルすら良く分からないほどで、例えるのならプロ集団と中学生が戦うような、それほどの差があった。
「聖刻の力ではそうかもしれない。だが、経験という面では、モチロン・マックスの父親とルキフェル様の聖刻者以外は“私たち”にとってはまだ子供だ」
私たちというのは、ルーベルトは勿論、ファウナやカスケードを含めた、大人という意味だろう。いや、もしかするとサバイバルという面で見ればチンパンもフォイちゃんも当てはまり、今気が付いたが、意外と我がチームは俺以外命がけには慣れている面子ばかりだった。
その頼もしさに気付くと、意外とこの条件下ではそう気負う必要も無いような気がして来た。
「先鋒は私が行こう」
「えっ⁉ 姉さんがですか⁉ 向こうはまだ誰が来るかも分からないんですよ⁉」
「分からないから私が行くんだ。それにこの戦いは我々の戦いだ。ブラービにもメンツという物があるんだ」
「それは分かりますが、先ずは俺が行きます」
ゲームというほどだ、おそらく父さんはいきなり強い相手を出さないだろう。先鋒で姉さんが出ればかなり勝率は高いだろうが、姉さんはファウナを除いた俺たちの中では下手をすれば一番強いだけに、流石に無理だった。それにこの戦いは俺が勝手に決めた手前、やっぱり俺が一番手になるのが筋だった。
「もし俺がここで一勝できれば、後は最悪ファウナにお願いして戦ってもらいます。あのメンツ相手でなくても、一対一でファウナに勝てる相手なんていませんから。そうすれば二勝二敗でも俺たちの勝ちなので、後は直ぐに負けを認めてくれればそれだけで勝てます」
父さんは完全に俺を舐めた事でミスを犯した。二勝二敗とは言っていたが、実際俺たちは二勝するだけで良い。つまり俺たちは三敗さえしなければ負けることは無い。
かなり頭が良さそうに感じた父さんだが、所詮は俺と同じじいちゃんの遺伝を持つ存在。
アルバイン家の人間がそんな知略的な事が出来るはずが無かった。
「なるほどな。何者かは知らないが、やはり彼女は最も英雄に近い存在だったのか」
「えぇ」
「そんな仲間を得るとは、お前は凄い奴だ」
「仲間とは少し違います。今はただ、目的が同じだけで一緒に行動しているだけです」
「それは少し残念だな?」
「まぁ……はい……」
カンパネラの姉さんとファウナは、社交辞令くらいでほとんど会話をしていない。それでも感づくファウナの圧倒的強さ。そして、それでも尚お婆ちゃんだとは気付かせない若作り。
頑張るところが違うファウナには、物凄いんだか凄くないんだか、正に得体のしれない強大さを感じざるを得なかった。
「そういうわけだファウナ。もし俺が勝ったら、戦ってくれるか?」
「構いませんよ。ただ、出来れば聖陽か、あの黄泉返りの彼と戦えれば幸いですけど」
「え? なんで?」
「フィリアの祖父である、ジャックに頼まれていまして。少し仕置きをして正してくれと」
「そうなんだ……」
フィリアの家は、結構武道の礼儀や志に対して厳しい。だけどまさか最強と謳われる英雄にボコってくれと頼むとは鬼だった。
「じゃあ、黄泉返りとは何で?」
「聖陽もそうですが、あの二人は“刀”を扱います。同じ刀を扱う者として、手合わせしたいと思うのは、性というものなのかもしれませんね」
結局のところ、ファウナはただ刀同士で斬り合いたいだけ。
多分ファウナの事だから、頼んでも嫌だと言うだろうと思っていたが、本質はゲーム好きの戦闘狂。
ここでひと悶着あって、無駄な犠牲が出るかと思っていたが、ファウナのノリの良さに助けられたことで、父さんとの勝負は意外とあっさり終わりそうだった。
「まぁいいや。とにかく一番手は俺が行く。もしここで俺が負けたなら、後はカスケードかチンパンかルーベルトに任せる。オメェらまさか別嬪さんに任せようなんて思ってないだろうな?」
「安心して下さい陛下。忠を尽くすが家臣です。私めにお任せください」
いの一番に胸に手を当て声を上げるルーベルト。その実力、性格は未知数だが、こいつは正に俺が望んだ仲間だった。無駄にデカいが。
“ダンナが行くとこ、例え火の中水の中、どんなところでもお供しやすぜ”
さすがチンパン。そう思うのなら俺が行く前に一人で先に行って終わらせてきて欲しい。忠というよりも、行かないと怒られるのが嫌というその根性は、クソッたれだった。
「何を言ってるんだ大将。俺たちの出番などあるはずが無いのは分かっている。ゆっくり見物させてもらうさ」
俺を信じている。という風に聞こえるが、全くやる気の無いカスケードもまた、さすが我が家臣だった。
“大丈夫だよ隊長。皆負けてもあてぃしが戦うから。こう見えてもあてぃし強いんだよ?”
聖刻は一番弱いが、多分俺たちの中じゃ一番強いフォイちゃんは、キレると肉片すら残さないくらい戦う。我がチームのアイドルなのに、最も残虐であり、それを自覚していない性格には“俺のチームって一体何なの?”と思わせるさすがの逸材だった。
「安心しろモチロン・マックス。私もいる。派手にやって来い」
この頼もしさ。俺を信頼しながら、きちんと背中を預けてくれる。それでいて知的で、容姿もスタイルも良い。ただ正規メンバーではないという理由だけで絶望を与えてるカンパネラの姉さんは、なんで本当に正規メンバーじゃないのかと自分を呪うほど完璧な仲間だった。
「そう気負わないで下さい。これはただのゲームですよリーパー? 楽しみましょう。ほら、クレアもエールを送りなさい」
「あ……が、頑張れよ……リーパー……」
殺し合いをゲームと楽しむ英雄ファウナは、もうただのサイコパス。そして、日に日に鬱が重篤化して、最早その存在さえ気を抜くといたかさえ忘れてしまいそうなクレアは、一体いつになったら日の目を浴びるのか。
「とにかく行ってくるわ。ちゃちゃっと終わらせて来るから、準備しといてくれよファウナ」
「はい。任せて下さい」
本当にファウナはやる気満々。だけどそのお陰でこっちはかなり気が楽になった。
そんな皆のエールを受けて、先陣を切った。
「なんだ、一番目はお前が出るのか? まだ父さんはキャラクターを選んでないぞ?」
「父さんがハンデをくれたからな。こっちもハンデだよ」
「随分と自信があるようだな? まぁ、父さんは一番にお前が出てくるとは思っていたけどな」
駆け引きでは間違いなく父さんの方が上。思考が読まれるのは分かっていたため、父さんが何を言おうが動揺は無かった。
「じゃあこっちの一番手はキリア君だ。これで対戦しよう」
父さんが選んだ一番手はキリアだった。これには歓喜した。
おそらくあの五人のメンバーの中で、一番弱いのはキリア。それは聖刻の強さとか関係なく、俺がそう思うだけ。
実際キリアの聖刻はあの中では三番目くらいに強く、俺なんかよりも遥かに強い。それでも性格は知っているし、一番会話した親友と呼べる仲。
手の内を知っているという点では非常に戦いやすい相手。それに、ウリエル様の聖刻は万能ではあるが特化した能力があるわけじゃない。常に俺が得意とする土俵で戦い続ければ負けることは無い。
それに加えこのコロッセオの地形。最初は映画とかみたく観客席に囲まれた円形の闘技場だと思っていたが、内部は岩の迷路みたいな形になっており、身を隠すには最高。
それを利用して、生体探知に優れるアズ様の力を使い、こちらは常に岩陰に隠れながら石でも投げていれば余裕で勝てそうな、この戦いは相手、地形、条件、全てが俺にとって超有利だった。
そう思い油断していると、あっという間に一つ目の利点を失う。
「それじゃあキリア君、舞台を整えてくれ」
父さんがそう言うと、キリアは突然聖刻の力を高めて、コロッセオの形を映画とかで見る、正にあの形に変化させた。
キリアの聖刻は、俺が思うよりも遥かに強大で、あのデカいコロッセオは見る見る新築のように綺麗になり、全てが映画さながらの美しく、それでいて歴史を感じさせる造りに変わった。
そのうえこれだけの力を使ってもキリアは顔色一つ変えず余力を残しており、早くも一敗の危機に瀕した。
「それでは対戦者以外は観客席の方へ移動してくれ。キリア君が飲み物まで用意してくれた。ゆっくりと寛ぎながら観戦しようじゃないか」
なんという事だ。これだけの力を使いながらも、キリアはなんか王様とか座りそうなVIP席までこしらえていた。既にキリアの力は、俺が今まで戦った聖刻者の中では最強の力を有していた。
「さぁバトルだ。二人とも好きに初めてくれ」
父さんにとっては、例え息子が殺し合いをする事になっても遊びなのだろう。まるで家で映画を見るように寛ぐ姿は、狂った金持ちの権力者という感じだった。
それでもキリアもやる気だし、好条件の戦い。
父さんはああ見えてもおそらくは自分で言った約束は守るタイプ。こんなくだらないゲームはさっさと終わらせて先へ進むため、キリアとの戦いが始まった。
ルキフェル様の聖刻者であるヌルが扱うのは、刀ではなく太刀です。ファウナが刀と言ったのは、説明する必要が無いからです。




