対面
イタリア世界遺産、コロッセオ。ローマにある観光名所で、いつからあるのかは知らないが、その巨大な姿は貫禄があり、長い歴史の重みを放つ。特にライトアップされた夜の姿は幻想的で美しく、そこは正に芸術だった。
アレックスの組織へ宣戦布告したあの日から僅か二日。っというか、どんだけ早く解放した黒い紋章の奴らが帰ったのか知らないが、帰したその日の夜には早くもカポンを通してアレックスの組織から、対話をしたいと連絡があった。
この超優良企業並みの対応の早さには、流石の姉さんたちでも断ることが出来ず、何とか場所を確保するという理由を付けて時間を稼いだ。
しかしながら、当然俺たちが集めた仲間の到着など間に合うはずもなく、結局今の戦力で何とかするしかなかった。
「どうやら来たようだな」
アレックスの組織との話し合いには、当初はカスケード、カンパネラ姉さん、ルーベルトの各マフィアの聖刻者三人が行く予定だった。
これは向こうの使者に対して、一応ボスである俺が行くのはマナー違反だとか、話し合いの間にアレックスの組織が別の場所を攻撃する可能性があるだとかという理由でそう決まったのだが、仮にそうだとしても三人がやられればマナーも守るも意味を成さないため、結局クレア、苦労を含めた全員での参加となった。
「何度も言うけど、皆、これは話し合いだからな。特にフォイちゃん、俺たちは別に戦いたいわけじゃないから、向こうがいきなり攻撃してきても、俺が良いって言うまで絶対に攻撃しないでね」
“任せて隊長! 私は平和主義者だから大丈夫だよ!”
「そ、そうだったんだ……とにかく、何かあっても最初は皆守ることを考えてくれ」
『分かった』
どんな奴が来るのかは分からない。それこそいきなり攻撃してくる奴かもしれない。
俺たちは基本的にはアレックスの組織とは戦いたくはない。だけど突然攻撃されれば対処せざるを得ない。特にフォイちゃんはブチ切れると止まらなくなるため、細心の注意が必要だった。
っというか、フォイちゃんは大分人間社会に侵されているようで、平和主義者なんていう言葉まで覚えている時点で、もう手遅れだった。
「さて、一体どんな奴が来るのか……」
奴らが到着したのは、聖刻の気配で嫌でも分かった。それも思ったよりも大人数で、アズ様、ウリエル様、ミカエル様、ラファエル様、ルキフェル様の聖刻者の他に、黒い紋章の気配が四つ。
一応戦闘に備えてコロッセオを会場に選んだが、その威圧感にはカスケードが不安そうに声を漏らすのも仕方がなかった。
この緊張感。相手が明確な敵である以上当たり前なのかもしれないが、何か舞台に立って演技をする前かのようで、相手が近づいて来れば来るほど全員の気配が固くなる。
こいつは下手をすれば、即戦闘開始もあり得た。
そんな中待っていると、いよいよ交渉相手が姿を現した。
「あ……」
登場してきた相手は、キリアを先頭に、聖陽君、以前キリア達が襲われたという、黒い紋章とルキフェル様の聖刻の両方を持つ黄泉返り。顔を布で隠したアズ様の聖刻者。そして、髪を上げかなり眼つきの変わった、多分エリックの聖刻者チームと、この前帰した黒い紋章の奴ら。
まさかのチームの登場だった。
「久しぶりだなキリア」
「あぁ。随分と雰囲気が変わったなアルバイン」
「そうか? エリックほどじゃないさ。それ、エリックだろう?」
キリアは俺の事を今までリーパーと呼んでいた。だが今、アルバインと呼んだことで、完全に決別をしているのだと分かった。
「お久しぶりですリーパーさん」
「あぁ、久しぶり。随分とカッコ良くなったなエリック。イメチェンか?」
「そういうわけじゃありませんよ。ただ成長しただけです。昔の脆弱な“俺”から」
「……そうか」
言葉は相変わらず丁寧だが、中身は完全に大人に成長している。それも虚勢という感じではなく、本当に壁を越えたという感じだった。
「なぁエリック? お前リリアたちに何したんだよ? あいつ等大分怒ってたぞ? エリックは敵だって」
「何もしていませんよ。ただ俺は聖刻の導きに従い離れただけです」
「本当か? フィリアが標的にしてるらしいぞ?」
「標的にされても困ります。相変わらずのリリアさんのいつもの戯言でしょう」
「だろうな」
多分リリアたちというか、リリアが怒っているのは、あんだけ長い間船に乗って連れて行ってやったのに、戻ったらいきなりさよならしたから。
俺はてっきりフィリアのパンツでも盗んだのかと思っていたが、ただの杞憂だったらしい。
「まぁ、あいつらには気を付けろよ。リリアがあんだけ言ってんだ、会ったら鼻くそくらいは付けられるぞ?」
「気を付けます」
エリックはかなり変わった。それでも別人になったわけではないようで、冗談に対して軽く笑みを見せた。
それが僅か半年ほどだが俺たちは少し大人になったのだなと感じさせ、敵対同士の対話だが変な緊張感を取ってくれた。
「なんだ大将、知り合いだったのか」
「あぁ。元クラスメイトだ」
「なるほどな。これなら交渉は大将に任せても問題なさそうだな?」
「そうでもないさ。お前だって気付いてんだろ?」
「気付いているわけじゃない。そうかもしれないと思っているだけだ」
「まぁそういう事だ。さてと……」
エリック、キリアとの久しぶりの挨拶。これは交渉前のただの雑談。これが終わればいよいよ本題に入るのだが、その前にもう一つ、やらなければならない事があった。
「さぁ話をしようぜ“父さん”」
顔を隠したアズ様の聖刻者。放たれる気配からはじいちゃんと同じ感覚が漂い、前情報からその確証は間違いなかった。
向こうだって顔を隠してはいるが、隠すつもりはさらさらなかったようで、俺が問い掛けると全く動揺せず素顔を晒した。
「分かるもんだな。やっぱり遺伝っていうのは直ぐにバレるもんなんだな」
顔を見せた父さんは、かなり若かった。歳は俺と変わらないくらいで、おそらく聖刻によって若返っているのだろう。
それも悪い事ばかりやっていた極悪人というイメージとはかけ離れて優しい顔をしており、言葉は丸く、寧ろ良心的な優しい人だった。
だけど感じる父親としての威厳。
父さんの言う通り、遺伝という物の強さにはまだまだ生命の奥深さを思い知らされた。
「お前には初めましてか。思ったよりも良い男に育ってくれて、俺も鼻が高いよ。勉強はあまり出来ないみたいだが、元気そうで何よりだ」
俺は父さんはもっと口が悪く、直ぐに暴力を振るうような人間だと思っていた。それも人を見下し、権力を利用して人を利用するような人間で、気に入らない奴は直ぐに殺すような。
だけど想像とは全く違う。
今までは憎しみの方がどちらかと言えば強かった父さんへのイメージだったが、こんなにも優しいとは、何故あんなにも馬鹿な事をしたのかとより強い反感を抱いた。
「なぁ父さん。ここの三つのマフィアを俺にくれよ」
優しい顔、今までの行い。そして今現在の立ち位置。見た目は全くイメージとは違ったが、中身は言葉など通じないほどの人物。
本来ならもっと色々と親子の会話をするべきなのだろうが、奥底から感じる俺のイメージ通りの性格。
本能が伝える父さんへの警告は、何も信用できない人間。
ぐちぐち言葉を交わすよりも、殺し合いをした方がよっぽど効率的。
親子だからこそ分かる。この男には俺とは真逆の魂が宿っている。
そんな父親だからこそ、回りくどい事は一切必要とせず体が動いた。
この俺の殺気にも似た感情をぶつけても、既に父さんはその遥か先にいるようで、全く気配を変えることなく笑みを見せた。
「息子のお前が欲しがるんだ、嫌とは言わないよ。やっぱりお前もこういう物が好きなのは、父さんも嬉しいよ」
父さんにとっては、もう利用できないマフィアなど要は無い。ここへ来た理由だっておそらく俺に会うため。ただそれだけの気まぐれ。
言葉を交わせば交わすほど、近くにいればいるほどその凶悪さが鮮明になり、たったこれだけの時間だが父さんの本性というのが嫌でも分かるようになっていた。
「だけど折角会えたんだ。これで終わりは寂しい。もう少し父さんに時間をくれないか?」
「時間?」
「親っていうのは、子供が遊んでいる姿を見るのが幸せなんだ。遊んでやることも学校の行事も何も行ってやれなかったからな。折角友達もいるんだ、少しだけ父さんとゲームをしよう」
「ゲーム?」
「もしそのゲームに勝ったなら、マフィアをお前に上げよう。だから少し父さんと遊ぼう」
表情も気配も相変わらず穏やかなまま。だけど言葉の中には凶悪さが潜んでいる。
親子だからこそ分かる本性。父さんが何故あれほどの世界的な犯罪者になれたのか。その全てが今分かったような気がした。
「ルールは?」
父さんは絶対に関わってはいけない人間。そんな事は嫌でも分かる。だけどこれも親子の遺伝というやつなのだろう。
ここで父さんから逃げても、良い事など一つも無いという事だけは分かる。
本来なら仲間を危険に晒してまで相手をしてはいけないのだが、ここで無視をすればより危険が迫ると本能が瞬時に理解し、受けざるを得なかった。
そんな事など全く理解していないのか、父さんは嬉しそうに言う。
「そうか、父さんと一緒に遊んでくれるのか」
やる事なんて絶対命がけのゲーム。それを嬉々として遊びという父さんには、底知れない闇を感じた。
「ルールは簡単だ。五対五のゲームだ。それぞれが五人選出して、一対一で仲間を選んで“戦わせる”、ポケモンみたいなゲームだ」
父さんは本当に悪党だ。仲間の命を物のように感じている。それもゲーム感覚で。その父さんがさらに命を司るアズ様の聖刻を授かっているなんて、この世の理が一体何なのかさえ分からなくなる。
「先に三勝した方が勝ちだ」
「先に三勝? 父さんも戦うのか?」
「そうだな……もし二対二の接戦になったとき、お前がまだ戦いたいってなったのなら父さんも戦おう」
「父さんたちには五人しか聖刻者がいないのに? まさかそこの黒い紋章の奴らも戦わせる気?」
「それは秘密だ。どのキャラクターを選ぶかが分からないのもゲームだろう?」
マジで凄い人だ。おそらくキリア達は父さんの正式な仲間じゃない。それでも聖刻者相手に、キャラクターとまで言った。
この人にとっては、自分以外の全ての命は物と変わらないのだろう。じいちゃんが父さんを見捨てるのも仕方がなかった。
「なんだ嫌なのか? それなら二勝二敗になったらお前の勝ちで良い。父さんは強いからな、ハンデだ」
「だったら俺が戦っても問題ないね?」
「なんだ? 切り札が欲しいのか? いいだろう。ただし、一度戦ったらそのキャラクターはもう使えないぞ? 勿論お前もだ。お前が一人で全部倒しても面白くないからな」
父さんにとっては、俺以外は眼中に無いのだろう。そして、これだけ馬鹿にされてもキリア達は一切反論しない所を見ると、やはり父さんは相当な権力を有している。
それが実力なのか、組織に置いての立場なのかは分からないが、とにかく喋れば喋る程父さんのヤバさばかりが際立った。
「父さんが勝ったときの条件は?」
「これはお前へのプレゼントだ。父さんが負けたらそれだけだよ。もしお前が楽しみたいのなら、そうだな……父さんが勝ったら、そこのシャルパンティエの加護者を貰う。どうだ?」
「分かった、それでいい。ただし約束は絶対守ってくれよ?」
「息子に嘘はつかないよ」
負ける気も無いし、クレアを渡すつもりもない。余計な一言でかなりリスクを負ったが、後になって下手な条件を付けられるよりはマシで、さらに言えばアレックスの組織はまだまだアテナ神様やフィーリア神様の聖刻者を探している段階だという情報も得られた。
これで後は勝つだけに専念できるようになり、結果的には条件が揃った。
「よし、じゃあ始めよう」
こうして父さんとの危険なゲームが始まった。




