お礼
抉られた大地に、硝煙臭さ。畑は不毛の地と化し、あちらこちらの窪地からは白煙が上る。豊かな農作物が育っていた土地は、最早その面影を残さない。
姉さんが粛正を行った土地は、そんな表現でも足りないほど荒れ果て、スーパーサイヤ人たちがバトルロワイヤルを繰り広げた後と例えた方が分かりやすいくらい滅茶苦茶だった。
そんな大地のど真ん中に、姉さんはいた。
「姉さん!」
「遅かったな、モチロン・マックス。悪いが、お前の分は残っていない」
残ってるも何も、これだけ派手にやられては残る物など何もない。しかし姉さんが手加減したお陰か、はたまた黒い紋章の力が想像以上に優れているのかは知らないが、黒い紋章を持つ奴らは虫の息だが生き残っていた。
二名は原型を留めず死亡。二名は間もなく力尽きる。そしてリーダーの能面女を入れた残り二名は、まだ会話が出来る程度には息があった。
「四人は残す予定だったんだがな、上手く加減が出来なかった」
「問題ありません。まだ魂が肉体に残っているなら俺の力で治せます」
「そうか。ならば頼む」
「任せて下さい」
肉体が完全に破壊され、魂が抜けた二名の蘇生は流石の俺でも無理だった。だが、まだ生きているのならいくらでも治療は可能だった。
「……よし。これであの二人もしばらくは大丈夫です。それにしても、何故全員殺さなかったんですか?」
「こいつらはカポン側の人間だ。情報も取れるし人質にもなる。これで少しは交渉出来るな、モチロン・マックス?」
「え?」
忘れていたが、今姉さんは俺たちの敵。そして今現在姉さんは、俺たちの戦力を材料にルーベルトと戦ってもらうという条件下にいた。
それをこんな状況の中でも忘れずにいて、さらにこのピンチを利用して俺たちとの交渉材料を確保するとは、全く以って俺なんかが太刀打ちできる相手ではなかった。
ただ、姉さんはこいつらが俺にとって交渉材料になると勘違いしている点については、俺の人を欺くセンスはなかなかだと思った。
「まぁ、そうは言ったが、その話は後だ」
「え?」
そう言うと姉さんの表情が一気に柔らかくなり、今のは冗談だったというような素振りを見せた。
「今私たちがやらなければいけない事は、彼に感謝する事だ。そうだろう、モチロン・マックス?」
表情が柔らかくなった姉さんは、さらに表情を柔らかくし、子供たちに見せるあの優しい笑みを見せてくれた。
それを見て、日々戦いの中に身を置く姉さんでも、そうせざるを得ないくらい苦労に感謝しているのだと分かった。
「勿論です!」
姉さんが、敵としてではなく仲間として俺に声を掛けてくれたことが嬉しかった。それも、子供たちを襲われた事に対する仲間意識ではなく、子供たちを愛する同志として。
その喜びから、もう嫌われているとか関係なく、苦労を馴れ馴れしく紹介する。
「姉さん! この人は苦労っていう人です! 姉さんもきちんとお礼をして下さい!」
俺は、苦労には全然、全くきちんとしたお礼などしていなかった。だけどなんかもう全てがハッピーな気がして、勝手に無礼講だった。
それでもまかり通るのが無礼講。
「クロウ。美しい名前だ。子供たちを見守ってくれて感謝する」
姉さんの言う通り。苦労を重ねてきたからこそ人に優しくできる。なんと美しい名だろう。彼はもう俺たちのチームメイトと言っても過言ではなかった。
「私はカンパネラだ。貴方のお陰で私の世界は救われた。是非お礼がしたい。勝手な願いだが、子どもたちの所へ一緒に来てくれないか? 救われた本人たちが感謝をしなければ意味がない」
姉さんたちの教育方針は、本当に素晴らしい。きちんと子供たちにもお礼をさせようという意思を感じる。こんな姉さんたちに育てられれば、あの子たちは将来素晴らしい大人になるだろう。
「何度も言うようだが、悪いが俺はそんな物が欲しくてこいつらと戦っていたわけじゃない。ただ単にこいつらのやり方が気に入らなかっただけだ」
そう言い、苦労は倒れている元仲間を見た。それを見て、苦労は本当にこいつらを憎んでいるわけではないような気がした。それは本当に俺の気がしたという話だが、なんだかその一瞬だけは苦労の目が優しくなったような、そんな気がした。
「こいつらをどうする気だ?」
「情報を吐かせて、後は交渉材料にするつもりだ。貴方には感謝をしている。貴方が望むのなら、悪い扱いはしない」
服装から苦労が彼らの仲間だという事は予想できたのだろう。これだけ恨みを買っていても、苦労を気遣う姉さんは本当に感謝をしているのが伝わった。
これを受けて苦労は、少し逡巡した。
「……どう扱おうが俺には関係ない。だが、こいつらを人質にするのは止めておけ。直ぐにでも聖刻者のチームが報復に来るぞ」
俺たちを想ってなのか、元仲間を想ってなのかは分からない。だけど苦労の忠告は確信を得ていた。
「一つ良いか苦労? こいつらって組織の中じゃそんなに偉いのか?」
俺の中じゃ、どう考えてもこいつら程度では聖刻者には敵わない。そんなこいつらのために、わざわざ皇太子様が聖刻者のチームを寄こすとは到底思えなかった。
「別に偉さじゃない。こう見えてもこいつらは仕事は出来る。俺が言うのもなんだが、与えられた任務は全て成功させてきている。特に今組織は人手不足だ。人材確保のためなら聖刻者だって動く」
人手不足は、間違いなくパオラの父親、モルドル戦が原因。皇太子たちは世界中の国々どころかあらゆる組織を傘下に加えようとしている。こいつらを人質に取れば苦労の言う通り、間違いなく皇太子は聖刻者のチームを派遣するだろう。
ただでさえメインストーリーに絡みたくないのに、ここで皇太子たちの組織との全面戦争は絶対に嫌だった。
「どうするんですか姉さん! このままじゃ折角助けてもらった孤児院も全部なくなってしまいますよ!」
多分……というか、間違いなく標的にされるのは俺。だけどこうなってしまえば関係者として姉さんたちまで狙われる。
もう後には引けないところまで来ていた。
「困ったものだ……どうすれば良いと思う、モチロン・マックス?」
「えっ⁉」
姉さんまさかのお手上げ。
ブラービ、子供たち、ジェーンさん。姉さんには守る者が多すぎる。仕方がなかった。
この悲壮感漂う言葉には、諦めに似た空気が流れた。
「ジェーンさんと子供たちを連れて、モルドル自治区へ避難しましょう! あそこなら皇太子たちでも手出し出来ないはずです。あそこはじいちゃんたち英雄が作った街です。絶対に安全です! それに、モルドル様の娘は俺の友達です! 絶対に受け入れてくれます!」
モルドル自治区は、元英雄のほぼ全員が街を作るために協力している。そんな自治区に皇太子たちが喧嘩を売るとは考えづらかった。
「それは無理だ」
「何故です⁉」
「ブラービはどうなる。私たちだけが安全な場所へ避難しても、奴らは必ずブラービへ報復する」
「でも彼らは大人です! 子供たちはまだ自分で生きられない! 子供たちの未来への道を作るのが大人なら、優先するべきは子供たちです!」
「…………」
ブラービは腐ってもマフィア。危険な世界で生きる彼らには覚悟がある。
この言葉には、さすがの姉さんも反論できなかった。
「そんなもんですよ、“大人”って。いや、自分で何とか生きようってする奴は。俺だってまだ未成年ですけど、ここまで来たらいつ死ぬかなんてもんは覚悟できてます。それは俺だけじゃない。俺の仲間だって皆そう。俺たちだっていつ仲間がいなくなるかなんてとっくに覚悟できてます。だから俺たちは仲間なんです。家族なんです。ブラービは姉さんにとって家族なんですよね?」
「……そうだな」
「だけど子供たちは違う。子供は家族なんて程度のものじゃない。魂で繋がった自分の一部なんです。それは血が繋がっているとか繋がってないとかじゃない。姉さんが自分の子どもと決めた時、子どもたちが姉さんを母親だと決めた時。そこだけは絶対に間違っちゃいけない」
俺に子供はいない。だけど母親はいた。
自分でも珍しく熱くなっていると分かっていたが、あの日、ブランコでお母さんを待っていた気持ちが溢れ出てきたかのようで、分かっていても止められなかった。
それでもやはり大切なものは人それぞれ違うようで、姉さんは首を縦には振らなかった。
「モチロン・マックスの気持ちは分かった。だがそれとこれとは話が違う。モチロン・マックスとは子どもたちを大切に想うという気持ちでは共通の仲間だ。それでも今、私たちは敵と味方だ。それを忘れてはいけない」
「そんな事はありませんよ! こう見えても俺はリーダーです! 俺の意思でそんな物はどうとでもなりますよ!」
「それはお前の勝手な考えだ。仲間はそうは思わない。リーダーがあってチームがある訳じゃない。仲間がいて、そこにチームがありリーダーだ。仲間はお前の所有物じゃない。そんな事ではいずれ仲間に裏切られるぞ」
「あ……」
姉さんの言葉に、自分は随分と身勝手な考えをしていたことを痛感した。だけど……既に裏切られていると思うと、自分はリーダーですらなかった。そうなるともう、奴らには俺が何を言ってもダメ。
随分と自分は傲慢になっていたと思ったが、実際はただの勘違いだと分かると、自意識過剰の自分が非常に情けなく、傲慢な方がまだマシだったとあいつらを憎んだ。
「とにかくその話は後だ。先ずは子どもたちの元へ戻って、クロウに礼をしようじゃないか。それが終わってから考えよう、モチロン・マックス。敵も味方もその後だ。その後に憎しみ合おう」
姉さんは本当に答えが出なかったのだろう。難しい話に暗い顔をしていたのをぱっと明るくさせて言う姿には、まるで吹っ切れたかのような軽さがあった。
それが俺にはとても解決できる問題ではない事を教え、今は全てを忘れて“今”を大切にしようと思わせた。
「そうですね……そうしましょう! これ以上苦労を待たせるわけにはいきませんもんね!」
「あぁ。私たちが大切にするものは、憎しみや争いよりも優先される。もう少しだけ夢を見よう」
姉さんにとって俺は裏切り者。敵。それでももう少しだけ仲間でいて欲しい。
争いの世界で生きる姉さんのその言葉には、現実から逃げたいという弱さがあった。それほど今の状況は俺にとっても姉さんにとっても良くない。
間違いなくこれから俺たちは、多くの者を守りながらアレックスの組織と敵対する。
この魔王以上に面倒臭い事態は、これから先俺たちの全てを変えるだろう。だが、今はそれよりも姉さんの言う通り、憎しみや争いよりも優先させなければいけない、苦労への感謝をしなければいけない。
どの道面倒な事は面倒な事になったときにしか考えない俺だけに、今はいつも通り何も考えず、先ずは苦労へのお礼だけを考え子供たちの元へと戻ることにした。




